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【コミック⑤発売中】デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した  作者: 稲井田そう
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼に殺される主人公に転生した
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さよなら

 大学三年生の夏、午後に目を覚ますと、アイドルが自殺を図ったというネットニュースを見た。

 果崎あかり。名前と流行りのアイドル、ということは知ってる。なにかのドラマで見た気がするし、ネットのトレンドにのっていたのも見たことがある。

 芸能人たちが「そんな」「こんなことあっていいわけない」「相談してほしかった」と悲しむコメントをSNSで発信して、ファンも動揺しているらしい。

 人が自ら死に近づいたとき、関係者は口々に言う。

 相談が欲しかったと。

 でも相談をしたとて、何になるのだろうか。

 漠然とした腑に落ちなさを抱えながら画面をスクロールしていれば、コメントをしている同期たちは、そのアイドルと仲が良かった形跡もなければ、むしろ当てこすりのような呟きをしていた──なんて炎上系配信者に取り上げられていた。

 過眠により重たい頭を枕に預けながら、皆に好かれて応援されているアイドルだって死にたくなるのだから、僕だって死んでいいだろうと思ったのが二十分前のこと。

 それからベッドのそば、昨日洗濯しようと思い適当に椅子にかけていた服を着て、家を出たのが十分前。 

 僕はバイト先そばの歩道橋へ向かっていく。

 退屈だし、頑張ることにも飽きた。

 そもそも頑張って好転する人生じゃない。

 頑張ってまで生きている意味を感じない人生だった。

 小学校中学校高校、それも2年生の夏ぐらいまでは、耐えられる退屈だった。でも、みんな将来のことを考え始めて、安定を考えるなら公務員だとか、あの大学は就職が強いとか、この学部だと詰むとか、そういう未来の話が増え始めてから少しずつ少しずつ、僕は皆から離れて逸れていった。

 普通に憧れながらなんとか大学生になって、大学に入ってからやっぱり浮き彫りになって、それでもお前は恵まれているほうだと自分に言い聞かせながら生きてきたけど、やっぱり駄目だった。

 生まれも育ちも気質も、すべてが世界と迎合できない。

 一番近い家族とすら無理だった。

 僕は言葉を気にしすぎて、家族は気にしなすぎる、のだと思う。

 結局どちらが普通に近いか分からない。結局、どちらも普通から遠いのだ。

 高校以降は人を家に呼べなくなって、ドラマや映画で恋人を実家に連れていく映像を見るたび諦観が浮かぶ。そんな家。

 虐待はない。育児放棄もない。目立った貧しさはないけれど裕福なわけでもなく、どこかズレている。

 帰りたいとは思えない、安心もできない。

 公園や駅のホームのベンチのほうが安心して、学校のほうが眠れる。ただ、家には帰る。

 母親は僕に微笑みかけるけど、本当に困ったとき頼れない。ペット感覚で僕を育てていて、遊びたいときに遊んでほしくて、大変なことがあったら僕に助けてもらうことを望む。

 嫌なことをやめてと言ってもやめないけど、僕を大好きと言う。それでいて母親の中では僕が常に間違っていて、すごく子供だと思っている。

 いい意味でも悪い意味でも行き当たりばったり。それを止める父親はいない。

 求められてきた役割は、いい息子じゃなく幼いお姫様の彼氏。

 それが染みついている。

 気を使いすぎると言われ続けてきたけれど、好きなように生きるなんて分からない。みんなの言う「自分の自由に」「思うままに生きる」「好きなように」が出来たらどんなに幸せだっただろう。

 子供の時代に、子供らしくいられなかった人間は、少しだけ大人びていて、それでいて大人になりきることが出来ないらしい。

 殻を無理やり破られた蛹。生体となっても飛べない。蝶であっても蛾であっても。

 自分の得体のしれない生きづらさを解決したくて心理学の本を読み得たものは、自分はもう手遅れで、どうにもならないという結論だった。

 せめて、誰かが欲しい。そういう辛さを共有できる誰かが。

 でも、無理らしい。

 まずは自分を愛そう。

 自分を愛せないと他人も愛せない。

 そんな優しい抱擁言葉にがんじがらめにされて、どこにも行けなくなっていく。

 自分が愛せない分、他人を愛しては駄目ですか。

 そう思えど愛せる他人もいなくて、愛される他人はたくさんいて、結局僕が選り好みしているだけで、どうにもならない。

 結局僕はどうにもならない。

 誰にも理解されないし、誰かを理解することだって出来ない。なのに、気持ちが悪いくらいに喜怒哀楽が機能していて、古今東西あらゆる事象に反応しては、生きにくさを加速させる。

 死刑になりたい。ずっと思う。死刑になりたい。死刑になるようなことなんてしたくないし、する勇気もないけど死刑になりたい。どうにかして死刑になりたい。

 なのに多分きっと、死が突然目の前に迫ったら、僕はきっと怖いと思う。

 だから心なんていらなかった。

 つくづく思う。感情なんていらなかった。

 人からどう見られるか、自分がどう見るか、なにも気にせず最善手を選べて、機械的に動けていればどれほど良かったのだろう。なにもかも疲れた。

 人と一緒にいられないのに、どうして空虚を感じるんだろう。人に興味が出てしまうんだろう。

 報われない努力を続けて、勝手に無駄な夢を見て、手遅れになっていくほかないのに。

 ハッピーエンドなんか絶対にありはしない人生に、せめて意味がほしかった。

 そんな我がままを抱えながら、生まれつきどうにもならない、どうやったって無価値なクズが生まれてきてしまったことを許される瞬間が、誰かと繋がれる瞬間が、ひとつだけある。

 誰かの為に死ぬ時だ。

 僕は、一段一段、階段を上っていく。

 半年前、この先の横断歩道で、女子大生がダンプカーに轢かれた。即死だった。

 たまたま同じ大学、同じバイト先の子だった。

 たいして面白い話なんて出来やしないのに、初対面の相手なら問題ない中途半端さが僕にはあって、給料に惹かれ選んだのが、今まさに見えてきたファーストフード店。

 接客だし、少しは人とどうにかなれるんじゃないかと思ったけど、理不尽に怒り出す客や、店に来る家族を見るたび結局僕は駄目なんだと思い知った。

 それでも、バイトは少しだけ楽しかった。

 店にいたのは、皆にシフトを頼めず自爆的にワンオペをする店長と、必要最低限しゃべらないおじさんと、少し思想の強いおばさんと、アイドルヲタク──轢かれた女子大生。 

 みんな生きづらそうで、少しずつ駄目だった。だから居心地が良かった。

 所詮、金の繋がり。

 でもこの客大変だったねとか、新しいメニューやりづらいねとか、マイナスなことで同調してたけど、話をしているとまるでこれから先、少しくらいは理解者ができて、ちゃんと幸せになれるような錯覚がした。

 そうした中で、女子大生が死んだ。

 事故現場はもともと見通しが悪いと評判の横断歩道だ。

 信号を作ろうと署名活動があって、僕も名前を書いた。信号無視のバイクのせいで小学生が転んで、思想の強いおばさんが手当てをしたり、お年寄りが転んで店長が救急車を呼んだりと危険の多い場所だった。

 このままだと大きな事故が起きるんじゃないか。

 ずっとそう言われていた。

 でもそのままだった。放置。

 そして女子大生が轢かれた。

 彼女は、ただのバイト先の仲間。正直連絡先も分からない。おじさんがスマホじゃなかったから、トークアプリのグループはなくシフトの交代は思想の強いおばさんが仕切っていた。

 アイドルヲタクで、女の子のアイドルを応援し、ライブにいったり握手会に行っていた女の子。

 大学で、友達がいない。だから欠席できないと言っていた。

 お盆の後、ご当地土産を買ってきていたから地方出身。

 それしか知らない。

 ああ、たしか、自殺未遂をはかっていたアイドルが好きだったはずだ。

 生きていたらショックだっただろう。そうして色々考えていて、特に何も知らない人間の死に勝手にショックを受けている自分に気付いた。

 僕が死ねば良かったのにとも思った。でも正義感とか優しさじゃない。

 多分、おじさんが死んでもおばさんが死んでも店長が死んでも思う。

 僕が死ねば良かったのに。死んでもいいやつだから。

「あー」

 なんとなく声を出す。もう一週間くらい出してないから、自分で自分はこんな声なのかと少し驚いた。僕は歩道橋の階段を上りながら、バイト先の前の横断歩道を見る。

 花束はない。

 事故直後は花束やジュースがあったけど、三か月ほど経ったころ皆すっかり忘れたようで見向きもしなくなった。

 同じように事故直後は信号を作ろうという話になったけど、今、動きは見られない。

 最善手。裏技。ショートカット。

 なにかを動かすことに最も有効的なのは、人の死だ。

 人が死ねば、皆動く。

 逆を言えば、誰かが死ななくては、ものごとは動かない。

 話し合いなんて意味がない。生きている以上、限界を訴えても見過ごされる。

 生きているから。まだ大丈夫。

 まだ我慢できるはず。いけるいける。みんな忙しくて、みんな疲れてるから。はみ出したりはぐれたりする人間が、道からいなくなれば気にするけど、ぎりぎりのところを歩いているうちは、手を伸ばす気力がない。自分に何かできることがあったんじゃないかなんて考えるのは、せいぜい一週間。コンビニのレジ横にあるいつなくなっても分からない焼き菓子のほうが、消費期限はずっと長い。

 自殺を図ったアイドルだってそうだろう。炎上をしていたが、批判していた人間は死ぬなんて思って攻撃してないし、死んだとしても自分のせいでなんて決して思わない。

 気が滅入ってたんだな、不幸が重なったんだな。それで終わり。

 だから見るからに気が滅入っていて不幸が重なっている僕が死ねば、なおさらだろう。

 無駄な死だ。なんの意味もない。

 でも事故現場の近くの歩道橋で飛び降りたら、あの横断歩道に注目が集まるかもしれない。

 本当は、こんな方法じゃなくて署名を集めたほうがいいのは分かる。でも、そこまでして信号が出来て欲しいわけでもない。

 なにかの為に死んだと、なんで生まれてきたか分からないこの人生に意味が欲しい。

 僕は階段をのぼりきり、歩道橋の中央に向かう。

 靴底から伝わる橋の感触がやけに柔らかい。格子状の手すりは日差しの熱を帯びて生ぬるかった。ざらついているが、嫌な感じはしない。

 思えば触れたことがなかった。手すりが必要な小さい頃は、身長的に、ここに届かない。手すりに手が届くようになった今、捕まることはない。

 でも今飛び降りに便利な台になった。

 僕は格子と橋の接合部に足をかけ、手すりによじ登る。力をいれたことのない部分に力を加え、膝を使って手すりの上に立つ。

 今、歩道橋の下を走る車から、僕はどう見えているのだろう。そもそも見えているのだろうか。風はない。白線がどこまでも伸びている。空が青い。風の音が聞こえる。

 自由だなと思った。閉塞的に感じ濁っていた視界が、やけに澄んだ気がする。気が楽だ。思考も同じ。霧が晴れてる。今日は晴れていた。雨上がりの匂いがする。

 ああ、もしかして普通の人はこんな感覚なのかもしれない。

「こんなものか」

 意図せず声になったのは、ずっと読んでいた漫画の、黒幕の台詞だった。

 すべて持っているのに退屈に耐えかね、デスゲームの果てに自分の首を切った殺人鬼。

 サイコパスだからその考えは分からない。

 でも、人に共感できなくても、感情なんてなくても死にたくなるのがこの世界かと、目を閉じて飛ぶ。

 温かい暗闇と、痛み。

 そのあと、そこまで苦しくない冷たさが全身に広がる。

 もう、生まれたくない。

 人間は疲れる。

 生き物は嫌だ。

 それでももし、次、生まれ変わるのなら、どうか感情のないものにしてください。


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