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○141日前



本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。

『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』

KADOKAWA フロースコミック様にて

漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生

コミカライズ2025/08/29日より開始です。




デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。


そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)

RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




 三月に入ると本当に月日はめまぐるしく変わっていくもので、あっという間に卒業式当日になってしまった。こんなにもあっという間に感じるのは、午前授業ばかりで式の練習だけだったこともあるかもしれない。


「いてて……」


 そして私は目を覚まし着替えてから転倒しっぱなしなことで痛む肘をさすりながらリビングに向かう。


 けれど私のニュースタイル衣装によって、ドアノブに触れることすらままならない。何とか部屋に入ろうとすると、跳ね返るみたいにつっかえた。


 何度も試行錯誤を繰り返し部屋に入る頃には汗だくで、ぜえぜえ息を切らしながら姿見を見る。そこにはハンバーガーの着ぐるみを着た私が立っていた。


 そう、今の私はハンバーガーだ。


 着ぐるみはネットで購入した。他にポテトやドリンクなど様々な種類があったけど、見た目のインパクトが大きそうという理由でハンバーガーにした。


 正直めちゃくちゃ重いし、暑さは鎧といい勝負だ。またベランダから落ちたり、庭に大穴を開けたり池に飛び込んでしまいたい。私は今苦しい思いをしながら驚き提供のため着ぐるみを着ている。でもこれも兄のためだ。


 朝起きてリビングの中央に巨大なハンバーガーがあって、それが動き出し中身が妹だったらさぞ驚くに違いない。それも卒業式当日にだ。勝利を確信してリビングに仁王立ちしていると扉が開いた。


「舞、おはよ。早いね」


 兄は突如リビングに降臨したハンバーガーを一瞥した後、私の腕をとってソファに座った。前後浮き輪をしているようなものだから、私が体勢を崩したとたんボフッとソファにぶつかるような状態だ。


「すごいねこれ。どうやって買ったの?」

「ネット……」

「玄関入る……? ああ空気抜いてたのか」


 兄は自己完結しながら、ふわふわバンズ部分を少し潰して私の手を握りなおした――というよりがっしり掴んだ。軽く引っ張ってみても離さない。驚きの提供も兼ねて軽く齧ると兄は私を冷たく見下した。


「なに」

「いや何で手掴まれてるのかと思って」

「嫌ならリードにしてもいいけど」


 兄は表情一つ変えず宣った。そして無邪気にも「すごいねこれ。反発性ある」と私のハンバーガー着ぐるみのトマトの部分を押していた。かと思えばチーズ部分を引っ張ってみたり、手を差し込んだりし始める。


 なんだろう。兄はこんなことをして本当に楽しいのだろうか。トマトは赤い色をしているけど、所詮野菜。生きた人間の内臓とかじゃない。


「こんな風に潰れるんだね。ははは」


 ただ、兄の根本は相変わらず変わってはいないらしい。私は刻々と迫るデスゲーム開催までのカウントダウンにただただ危機感を覚えるしかなかった。





 体育館で在校生の位置に座る私をよそに、兄は清々しい顔で壇上に立ち、卒業生代表の言葉を述べている。卒業式も始まってしまえば名前を呼ばれて卒業証書を受け取る光景を眺めるしかなく、身内がいるといえど退屈だ。


「見てよゆかりちゃん。あれが私のお兄ちゃんだよ」

「知ってるよぅ。舞ちゃん落ち着いて。今日っていうか最近おかしいよぅ。何だか舞ちゃん追い詰められてるよねぇ?」


 声を落として隣に座るゆかりちゃんに耳打ちすると、彼女はこちらへ不安げな顔を向けた。


 今週、月曜日はもう手段は選んでいられないと、兄に「クレープ作ってあげるよ!」と言って見事なフランベを成功させた。練習をして綺麗で安全な火柱を上げたけど兄の感想は「火傷には気を付けな」だった。


 火曜日は兄の部屋からリビングに至るまでにドミノを作り上げたけど、超大作にもかかわらず兄は「よく出来てる」の一言であっさり済ませた。


 私のあのドミノは、絶対に超大作であったのに。


 テーマは全国巡り。北海道の牧場の牛から東京の雷おこし、大阪のたこ焼き、沖縄のゴーヤなどを模したドミノを要所要所に設置し、きちんと飽きないように工夫をした。


 せっせとプログラムを組み上げ、映画を見る為に使っているプロジェクターを使用し、ドミノの終着点、リビングで盛大にプロジェクションマッピングを披露した。きらきらとした春夏秋冬の極彩色の最後、輝かしいまでのレインボーカラー太字ゴシック体で、『特に意味は無いです』と表示される驚き。それを一言「よく出来てるね」で済ませた。


 だから今朝ハンバーガースタイルで襲い掛かったのにそれもダメだった。


「こうして僕が生徒会長という大きな役割を全うできたのは、先生、保護者の皆さま、そしてこの学校の生徒皆のご協力があってこそです。本当にありがとうございました!」


 今兄は感極まった様子でスピーチをしているけど、絶対演技だと思う。卒業式で感動できる人間が、ドミノで感動できないわけない。


 先生、卒業生や在校生限らずみんな目を潤ませながら兄のスピーチを聞いているけど、兄は今、絶対に「ちょろい」と自分の言葉に瞳を潤ませる人間を見ているはずだ。


「僕たちはこの中学を卒業し、それぞれの夢へ向かって羽ばたきます。でも、永遠の別れではありません。僕たちが三年間をともに過ごした思い出は、ずっと心に残り続けると信じています」


 記憶は徐々に薄れていくものだけど、もしデスゲームが開催されてしまえば今卒業式に出席している人たちの記憶に、兄の存在はずっと残るんだろう。「あんなに感動するスピーチをしていた人間が、殺人鬼に豹変してしまった」という、悪しき記憶として。


 やっぱり、デスゲーム開催日当日、兄を家に閉じ込めておくしかないのかもしれない。漫画では「両親が旅行中なのもあって準備は簡単に進んだ」とか言っていたし、監禁するにも都合がいい。でもそれはあくまで最終手段だ。デスゲームの惨劇は防げても、その後何かする可能性だってあるし。


 何か、兄の興味が引けそうなことは他にないのか……。


 じっと眺めていると、やがて兄は視線をこちらに向けた。あたかも意味があるようにふっと笑い、あまりに不自然なタイミングだったためか皆は卒業式なのにこちらを見てくる。


 なんでこっち見るんだ。


 私は抗議のつもりで、壇上に立つ兄を見返したのだった。





 結局兄が私を変な風に見てきたせいで、クラスのみんなに「黒辺寝てたんでしょ」と揶揄われる事態となってしまった私は、式が終わると早々に教室を出て兄のクラスへと向かった。


 他のクラスでは教室で先生がしみじみと一年の振り返りをしていたり、寄せ書きを書きあったりしている。一瞬昇降口のあたりで待っていたほうが良かった気もしたけど、来てしまったものは仕方がない。私は廊下の隅に立ち気配を殺していた。


 窓の外は桜が舞っている。毎年卒業シーズンは桜が咲いて……なんていうけど、本当に卒業式で桜が咲いているのは初めて見た。


 白く吹雪いているのは間違いなく花びらだけど、小学校の卒業式も幼稚園の卒園式も、式自体は三月上旬で、桜が咲くのは三月下旬……たいてい入学式は四月上旬だから、式の日に満開の状態を見るのは新鮮どころか違和感がある。


「舞、待っててくれてたんだ」


 振り返ると教室から兄が出てきていたところだった。生徒会長であり学級委員長もしているのだから、もう少し遅く出てくると思ったのに。


 もういいのかと背後を見れば、やっぱり名残惜しそうな顔でクラスメイト達は兄を見ている。


「もういいの?」

「うん。寄せ書きはあるし、連絡もネットでとれるしね」


 まぁ、確かに実際に会わずとも連絡を取り合うことは可能だし、兄はクラスメイト全員と繋がっているはずだ。納得して一緒に学校を出ると兄は大きく伸びをした。


「なんか疲れちゃったな」

「生徒会長としてのスピーチもあったもんね、お疲れさま」


 生徒会の引継ぎは一月に行われ、以降は新しい生徒会で活動していたけれど、会長である兄だけは卒業生代表スピーチもあり忙しそうにしていた。一方の私はといえば生徒会選挙に出ていなければ何の役割もしていないから、存分に兄に提供する驚きの準備をして惨敗した。


「舞、本当に生徒会入らなくてよかったの?」

「うん。来年からは純度百パーセントの帰宅部として生きていく」

「舞なら絶対会長になれたと思うよ?」


 兄は残念がった。今年の選挙は会長候補が乱立した結果各々の投票が割れ、普段は二百票くらいとらないと会長になれないのに、今回はわずか八十票で生徒会長が選ばれた。特に可もなく不可もない人だったけど、兄の得票数が九割超えだったために今から不安視されている。


「ほら、私はお兄ちゃんと違って人の上に立つタイプじゃないから」

「会長なんてそんな大それたことしないよ。学生のごっこ遊びみたいなものだし」

「何言ってんの。校則三つも変えておいて」


 兄は生徒会として働いている間に茶髪禁止、カラーカーディガン禁止、自転車通学禁止の撤廃をそれぞれ行った。特に茶髪禁止は先生たちの間で揉めに揉めたらしいけど、染髪を禁じているのに茶色い髪をした生徒を染めさせるのはどういうことかと、兄の言葉がきっかけとなり先生たちは最後には同意した。特にゆかりちゃんは地毛が茶色っぽかったから安心していた。


 兄の支配力がこんな風に働けば助かる人も出てくると思う。でもきっと兄は人を助けることを楽しめないし、相手は助かっても兄は助からない。兄が嬉しくなったり助かるのは傷つけた時だけ。難しい問題だ。


「……舞」

「なに?」


 改まって名前を呼ばれ、兄のほうへ振り向く。目の前に現れたのは小さな袋だ。春らしいピンク色の薄い包みに白いリボンでラッピングがされている。


「去年と今年、お弁当作ってくれたから、お礼」


 私に、贈り物を……? 誕生日プレゼントを貰ったことはある。でもこんな改まったプレゼントは初めてかもしれない。いつも両親の前で「舞、誕生日おめでとう!」と好青年全開で渡されていたけど、今日の兄はこちらを探る様子で笑いもせずじっとこちらを見ている。


「あ、ありがとうお兄ちゃん!」

「……別に」


 兄はそっけなく返す。袋を開くと黒い蝶々のようなシュシュが入っていた。角度を変えるとシュシュについていた青いラメが赤く変わる。とても可愛くて、うれしい。


「どこつけようかな」

「頭以外になくない?」

「手首とかにつけても可愛いんだよ」


 兄は「そうなんだ」と興味なさげな返事をした。そして俯いたかと思えば、自分のブレザーの第二ボタンに手をかけそのまま引きちぎった。


「は!?」


 突然の暴挙に目を丸くすると、兄は私に向かってボタンを差し出してくる。


「はい」

「え、なんで?」

「卒業式って第二ボタンの交換とかあるでしょ? ついてたら母さんとか父さんが心配するかなって」

「ええ……? 心配なんてしないよ……」


 せっかくの制服が勿体ない。同じ学年の男子の制服はわりとボロボロだったりほつれていたけど、兄の制服はいつもシワもシミもない新品みたいだった。というか、なんで妹の私にボタンを渡すんだ。兄のことだからお金を取ったとしてもボタンを求める女子は多かったはずなのに……。


「私がもらっちゃっていいの?」

「うん。処理しておいて」

「いやごみの業者じゃないし。っていうか捨てないでしょ、思い出とかいいの?」

「いいよ。ブレザーとかも捨てるし」

「もったいなー……」


 そう言いかけながらはっとした。兄のいらないブレザーをもらって、小さな制服を作りテディベアに着せて兄に渡すのもいいもしれない。


 前におじいちゃんが私と兄の使い終わったランドセルを切ってミニランドセルを作っていた。生地は余るだろうし……ならいっそブレザーの生地でクマを作るか……どっちがいいんだろう。


 手術も無事成功したことだし、おじいちゃんに電話してどちらがいいか聞くのもいいかもしれない。今日、早速かけてみようかな。シュシュも自慢したりして。


「なに笑ってるの?」

「何でもないよ」


 行きはハンバーガー作戦が失敗したことで足取りは重かったけど、今はとても晴れやかな気持ちで、私は帰り道を歩いたのだった。





 「めっちゃ喉乾いた」


 その日の晩おじいちゃんと電話をした私は、うとうとしながら一階の台所を目指して階段を降りていた。おじいちゃんは特に術後の後遺症もなく元気で、車の免許を返したから遠くまで運動がてら歩いているらしい。「今、三軒向かいの水橋さんの家のところ歩いてるんだ」とちょくちょく言ってきて、メリーさんの予告をされているみたいな気持ちになった。


 このまま眠ってしまいたいけれど、喉が乾きすぎて眠れない。兄の部屋の扉から光は漏れ出ていたから、虫を殺しているわけでもないし丁度いいだろう。


 深夜零時ぎりぎりを示す時計を横目に台所へ向かうと、薄暗いライトが点灯していた。お父さんかお母さんが夜食を作っているのかもしれない。今のところ無臭だけど。用心しつつそっと扉を開くと、兄の横顔が見えた。兄も水を飲みに来たのかもしれない。でも次の瞬間、視界に入った光景に足が床へ縫い付けられたように止まった。


 兄は今、無表情で何かを捨てている。


 こちらに気づく様子はない。作業のように捨てているそれは、肉や人間の身体の部位ではなく紙だ。手紙や寄せ書き、卒業アルバムまでが兄の手によって無残にごみ袋に詰められていく。瞳は昏く、濁った沼底の目だ。


 この目はいつもの兄の目じゃない。冷たい目をするけど兄のこの目は間違いなく――本性を現した後の黒辺くんだ。


 そうはっきりと感じた瞬間、身体が前へと進まなくなった。声すら出てこない。なんとか身体を動かそうとすると、ようやく後ろに下がることは出来た。気づかれないようになんとか部屋へと戻った私は、扉を閉めるとそのまま床にへたり込む。


 確かに今まで驚きの提供についてその手ごたえを感じたことはなかった。でも、微々たる驚きが蓄積し、その変化で惨劇を回避できるんじゃないかと期待をしていたところがあった。


 しかしさっきの兄の様子は、あれは間違いなく黒辺くんだった。


 もう三月だ。兄がデスゲームを開催させるまで、あと四か月。どうすれば兄を惨劇に向かわせずに、引き起こさせずに済むんだろう。


 心臓がうるさく脈打つのを感じながら、私はただただその場に座り込むことしかできなかった。




本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。

『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』

KADOKAWA フロースコミック様にて

漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生

コミカライズ2025/08/29日より開始です。




デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。


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