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○345日前

「舞、舞は昨日はお布団で寝てたんだから、今日はいつもより早く帰るからね」

「ウン」


 自分の兄が将来何者になるのかを知った私は翌日、また兄と塾に行き公園の中を通って家へと帰ろうとしていた。いつもとは少しだけ、距離を離して。


 今までは手を繋いでくれなきゃ歩かないとねだっていたけど、今日から繋がない。なぜなら、さよ獄の黒辺舞――漫画の私は、黒髪ストレートのロングヘアで、周りには冷たくプライドが高いけど兄にだけはべったり。一言で言えばまあまあなブラコンだったからだ。


 私は常にポニーテールでいるし、髪もそんなに長くないけど、朝鏡をこれでもかと見たけど顔は同じだったし、兄が大好きというのも共通点がある。


 でも優しく聡明で完璧な兄に甘やかされたら誰だって慕うだろう。


 実際は、「だって、妹を適当に甘やかしていればみんな俺が優しいお兄ちゃんだって簡単に思うんだよ? 邪魔だけど便利な存在ではあったよね。あはは」なんていう思惑あってのことだった。


 そんな裏があるとは夢にも思わない私は、当然昨日まで兄を慕っていた。「将来お兄ちゃんと結婚する!」と公言していた。


 漫画の黒辺舞も同じように兄を慕っていた。黒辺くんの来歴ダイジェストを回想シーンで見たことがあるけど、『俺の父親の再婚相手には娘がいて、それはかなり俺を慕っていた』と書いてあった。今振り返ると、現在兄は私を心の中で「それ」と呼び物体同然として見ているのだ。震える。


 そして黒辺くんはデスゲーム開催にあたり、自分の死体を偽装するため前日に黒辺舞を殺した。性別も背格好も違うけど、ぐちゃぐちゃにすれば男女の差なんて無いという彼の主張通り最終回になるまであの死体が誰のものか読者も分からなかった。


 私はこのままだと兄の死体偽装に利用され殺される。あの箱の虫みたいにされてしまうだろう。間違いなくお葬式で「ウワ……」みたいな空気になってしまうし、両親だって泣いてしまう。友達だって大泣きだ。


 今まで私は綺麗な表現なら親鳥を追う雛鳥のように、現実は金魚のフンが如く兄の後を付き纏い何処に行くにでもついていこうとしていた。トイレの鍵を開けようとしてお母さんに捕まえられたこともある。


 でももう駄目だ。漫画と同じようにしていたら舐められて殺される。話は最低限で挨拶のみ、聞かれたことに答えるだけに留めなければ。


「なんか今日、距離あるね」

「うん。兄離れするから。強くなるから」

「え?」

「頂点を目指していくんだよ。あの山みたいに」

「山なんてないけど」


 兄は私がやけに離れて歩くことを疑問に思ったのだろう。でも妹が離れて行って淋しい……というより、不審がる目だ。


 きっとこのまま距離をあけていてもあの惨劇は起きてしまう。ただちょっと兄妹の仲がアレになったくらいで、兄は己のポリシーを捻じ曲げたりはしないはずだ。


 でもその強固な信念を変える事が出来れば……人間の命をぎりぎり弄ばない人間性に変えれば、あの惨劇を未然に防ぐことが出来るはずだ。


 いくら将来的に超弩級の大量殺人鬼になるとはいえ、現在の兄は大量殺人鬼ではない。


 これまでの情もある。出来れば真っ当に生き幸せになって欲しい。黒辺くんは、「何でも予想外なことが起きなくてつまらなかった」と言っていた。


 そんな理由で四十人も殺すな。


 そう言いたいけれど、兄にとっては大きな理由なのだろう。私たちが美味しいものを食べ、外を走り回ることが楽しいのと同じように、兄は生き物を殺すのが好きなのだ。


 ならばどうするか。答えはたった一つだ。兄の予想から外れた行動を起こせばいい。


 予想外を求める兄に、予想外を提供してあげればいいのだ。私が普通ならあり得ない行動を起こすことで、「あなたの見てる世界、そんな単純じゃないよ」「予想外のことなんて、わりと沢山あるよ」ということを兄に見せつける。


 デスゲーム開催までだいたいあと一年。兄の正体を知るのが惨劇前日じゃなかっただけ、ましだと考えよう。それまでに兄のわくわく残虐知的好奇心を満たし、惨劇の結末を幸せな結末に塗り替えればいいのだ。


 ただ、「あなたのすること全部分かってるんですよ」なんて言って兄の思考を揺さぶれば、驚くだろうが早々に「邪魔な奴」として排除される。


 だから出来る範囲で、兄の本性を悟られない範囲で予想外の行動を取ればいいのだ。


 つまり兄に驚きを届け、将来のクラスメイトの命……そして、兄を救う。


「お兄ちゃん、いいもの見せてあげるね!」


 池に差し掛かったところで声をかけると、兄は私に顔を向けた。目は合っているけど私を認識しているとは思えない。兄にとってこの世界は退屈で、私のことは邪魔な置物くらいに思っているのだろう。


 今はそれでもいい。でもこれからは違う。その置物が生きるびっくり箱だったことを教えてやる。


「黒辺舞! いきまあああああああああああああああす!!」


 私は大きな声を発して、勢いよく手を上げる。


 公園で遊んでいた子供たちはぱっとこちらに視線を集中させた。兄が困った声で呼び掛けてくるけど気にしない。そのまま地面を思い切り蹴り上げ駆け出すと、私はそのまま大きな飛沫を作りながら池に飛び込んだ。


「舞!」


 水面から顔を上げると、すぐに兄の声が聞こえてきた。ちゃんと驚いた顔をしている。漫画の兄は私を遊び半分で突き落としていたけれど、自分からやると驚くらしい。計画通りにいったことにほくそ笑み、自分で池から上がると兄が私の頭をタオルで拭った。


「何してるの?」

「えっと、お兄ちゃんの受験のストレス、解消……?」

「は? ……とりあえず帰るよ」


 兄は私を怪訝な目で見ている。でも、突然のことで取り繕っているだけかもしれない。兄は退屈な日々を送っているのだ。突き落とそうとした妹が自分から飛び込めば、驚きに満ち溢れとても愉快なはずだ。今頃脳内は狂喜乱舞かもしれない。


 少しずつこうして驚きを提供していき、別にわざわざデスゲームを開催しなくても目の前の妹を見ていれば刺激的だと思わせていこう。その為には、私は手段を選ばない。


「お兄ちゃん!」

「何?」


 私は兄を真っ直ぐに見た。相変わらず目の奥は昏く底の見えない状態だ。でも負けない。この瞳をキラキラに、それこそ私の読んでる少女漫画のキャラみたいに変えてやるのだ。私の提供する驚きで。


 一年後、兄に惨劇を起こさせないために。


「私、頑張る!」


 私は力強く拳を握り、兄に向って親指を突き立てたのだった。


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