○256日前
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
『おはようございます。町役場が朝の六時をお知らせします。おはようございます。町役場が朝の六時をお知らせします。今日も元気に頑張りましょう』
「うわああああ」
おじいちゃんの住んでいる地域では、台風や地震などの時に避難を呼びかけるスピーカーが家ごとに設置されている。万が一故障していて鳴らない、なんてことがないように毎朝六時に朝を知らせる放送が鳴るらしい。それをすっかり忘れていた私は突然の爆音に飛び起きた。ずっと兄への弁当作りや驚き準備で四時起きだったからか、頭がぼーっとする。布団を片付け、ため息を吐きながら部屋を出て洗面所に向かうと、ちょうど兄が顔を洗い終わったところだった。
「舞おはよ。なんだか舞のほうが遅く起きるなんて珍しいな」
「おはよ」
珍しいと思っているだけで、驚きはしないのか。まぁでもこんな単純なことで驚かれたらそれはそれでこっちも驚くけど……。「ちょっと失礼しますよ」と兄が寝癖を直している間に私は顔を洗い始めた。
「完璧なお兄ちゃんでも寝癖はつくんだよね……」
「泡目に入って痛くならない?」
「なってるよ。激痛」
「じゃあ閉じなよ」
苦笑いを聞きながら私は顔をすすぐ。兄は「おじいちゃんさぁ、元気で良かったよね、手術はあるけどさ」と呟いた。
「そうだね」
「……何か反応薄いね、どうしたの?」
私の言葉に兄は首を傾げた。昨晩のなんだか死に急いだような雰囲気が頭の中から離れない。でも、私の気のせいかもしれないし……。
「そうかな?」
「うん。舞おじいちゃんのこと大好きだから、もっとなんか……あると思ってたけど」
「……本当におじいちゃん軽い病気なのかなって不安は抱いてるよ」
「なんで?」
「……雰囲気で」
兄はやけに食いついた様子だ。もしかして昨日の話を聞いていたり……? 試されている……? だとしたら、もう話を切り上げておいたほうがいい。
「お腹空いた、朝ごはんもう出来たかな」
そういって、台所に向かおうとする。けれど肘のあたりをぐいっと引っ張られた。
「寝癖ついてる。直すよ」
「いいよ、最新のファッションスタイルで生きていく」
「太古のファッションスタイルになってるから」
兄は私を洗面台の前に戻すと、ヘアブラシを私の髪にあて始めた。見るに堪えない状態だったからか、それとも尋問を中断したくないのか。
「昨日、おじいちゃんになんか聞いたの?」
後者だったらしい。私は「なんもないけど、なんか死んだときの話してたから」と話をごまかした。
「まあ、お葬式とかは困るだろうね。おじいちゃん、親戚の人からは変わり者扱いされてるみたいだし」
「え」
私が聞き返すと、兄は「内緒だよ」と人差し指を立て、声を潜めた。
「言っちゃ悪いけどさ、変な人でしょ? 声も大きくて空気が読めないっていうか、サービス精神が旺盛すぎるっていうか……。お婆ちゃんがしっかりした人だから親戚との仲を取り持ってたみたいだけど、結構距離は出来てるんだよ」
「そうなんだ……」
「小さい頃は一緒に住んでたから、なんとなく距離あるなーとは思ってたけど」
兄は不安げな声色を出す。でもなんとなく、嘘かもしれないと感じた。演技力があるし、本当かどうか分からない。疑うのは申し訳ないけど、兄とおじいちゃんの関係について気がかりなこともある。
「でも、変な人でも私はおじいちゃんのこと好きだよ」
「……うん。まぁ舞はあのお寺の子とも仲がいいからねえ」
「ゆかりちゃん?」
「うん。友達って言って家に連れてきたときはびっくりしたよ。ゴスロリって言うんだっけ全身ピンクでさ」
「あれは甘ロリでゴスロリじゃないってゆかりちゃんは強く主張してたし、私の友達をディスるのはやめて。別にどんなものが好きだっていいじゃん。人に迷惑かけてないなら」
兄に強く抗議すると、一瞬むっとした顔をした。そしてすぐに笑顔を作りながら「でも」と食い下がる。
「この間テレビで見たよ。ああいうオタクっぽい子って何するか分からない、犯罪者予備軍って」
「関係ないよ。そんなの」
「そうかなぁ?」
「っていうか趣味と犯罪なんて関係ないでしょ。よく殺すゲームで人殺しが出るとかってやってるけど、どう考えても元の気質じゃん。それに趣味普通でも人殺したい、やっつけたいって思ってる人間なんていっぱいいるでしょ」
例えば兄とか。そう言いかけて慌てて止まる。駄目だ。友達のことを悪く言われてかっとなってしまった。というか、なんで突然兄はゆかりちゃんについて悪く言ったんだろう。
「でもまぁ、常々人のこと殺したいとか思ってたり、生き物殺すのが趣味に思ってる人も大変だとは思うよ」
「何故?」
「音楽聴いて楽しむとかはさ、合法じゃん。でもその人は心から楽しみたいってことしたら捕まるし、やっちゃいけないこと好きになっちゃって、ずっとこの先の人生妥協して生きていかなきゃいけないとかどう考えても大変だと思う」
一応、兄にフォローを入れようと思った。ちゃんとフォローになっているかは分からないけれど。
「そんな人間死んだほうがいいでしょ」
「死んだほうがいいことはないと思うよ。要するに人殺さなきゃいいわけだし、虫とか殺したりゲームで殺したりして、人間とか犬猫殺さないようにすればいいだけで」
「ゲームとか虫とか与えたら人間にエスカレートしない?」
「抑えつけたほうがむしろ危なくない?」
というか、なんで私が残酷な人間性の対処法についての意見を兄に伝えてるんだ。こういうのは当事者の兄のほうが絶対詳しいはずだ。「っていうかなんでそんな話に食い付いてくんの?」と不審がって見せれば、一般社会に溶け込むことに努めている兄は「いや見た映画でサイコパスについてやってたから、気になっちゃって」と笑う。
「そうなんだ、怖かった?」
「うん。怖かった。身近にいたらどうしようかなって思った」
「へー」
もしかして、理解者と巡り合いたいということを遠回しに言っているのだろうか。兄を見ても、「サイコパスを怖がる中学三年生」の顔をしているからよく分からない。
そしていつの間にか私の髪は整えられていて、お礼を言い私は洗面台を後にしたのだった。
◇
一人でおじいちゃんの家を出ることについて、どうにかいい作戦はないものかと考えていたけれど、その懸念は簡単に解決した。
何故なら朝ごはんを食べている途中、おじいちゃんが自分から「舞、今日はじいさんと一緒にお出かけだぞ」と声をかけてきたからだ。お父さんやお母さんはついていこうとしたものの、「たまには孫とゆっくりさせてくれ」と制した。じゃあ兄はどうするのかとも思ったけど兄とは午後に一緒に出掛けるらしい。
「ふむ、信号待ちというのは中々退屈だな」
朝ごはんを食べ終わるとおじいちゃんの運転で、隣町に出た。おじいちゃんの住んでいるところは田んぼが広がり周囲は山しかないけど、この辺りはファミレスだったりスーパーがぽつぽつと見える。それでも駅ビルが建設していたり電車が通る景色に見慣れているせいか、新鮮に感じる。
「おじいちゃん家の周り信号ないから、余計そう感じるのかな」
「ああ。人間が歩いてるほうが珍しいからなぁ。それでも狸だのハクビシンが通るからスピードは出せんが」
しばらくしていると信号が青に変わった。車は走り出し、窓の景色がどんどん移り変わり始める。
「もうじき……国に免許を返すから、こうしてお前を乗せることもなくなるんだろうな」
「高齢者なんとかってやつ?」
「いや、頭をいじるからな。何もなかったとしても頭をいじった老人が運転する車がそこらを走ってんのはよくないだろ」
前にテレビでおじいちゃんおばあちゃんが事故を起こしたニュースを見て、お父さんがおじいちゃんを心配した結果、喧嘩になったのを見たことがある。電話をしている様子しか見ていなかったけど、おじいちゃんは「何で怪我もしてないで運転やめなきゃならない」「100歳まで運転するんだ!」みたいな主張はしていたようだった。
「……おじいちゃんさぁ、何で神社なんて行ってたの?」
「何でってお前そんなこと言ってたらばち当たるぞ」
「神様なんていない、自分で何とかするしかないってよく言ってたじゃん」
私の言葉におじいちゃんはばつの悪そうな顔をした。
「こっちは手術も控えてんだ。神にも縋りたくなるだろ」
「そんな重いの」
「別に重くはねえがなあ。頭開くんだぞ……あ、ついた。あそこだ」
おじいちゃんは傍の花屋を示した。淡いピンクの屋根に、学校みたいな黒板の看板がある。冬だからか、小さなもみの木やクリスマスフラワーが軒先に並んでいた。
「あの店の店主なの? お兄ちゃんのお母さん」
「ああ。間違っても誠の名前は出すんじゃねえぞ。何されるか分かんないからな」
「うん」
何されるか、分からない。でもお店は開いているし大通りにも面している。おじいちゃんの車を出てお店に辿り着くと、お店のカウンターの中で小さい女の子が絵を描いていた。傍にはエプロンを来た女の人が立ち、「いらっしゃいませ」と私を見てほほ笑んだ。
「何かお探しですか?」
「いえ……えっと、いつもお花……遠目から綺麗だなって思って見てて……今日はちょっと入ってみようかなって……」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます。ごゆっくりご覧ください」
おじいちゃんからは、いざとなったら花を買えと二千円を渡されている。
だから後で適当にお花を買えばいいだろう。どれにしようか選んでいるふりをして、ちらりと店員さん……兄の実のお母さんを盗み見る。
見ている感じ、本当に普通の人だ。目元の涼やかな雰囲気は兄に似ているけど、兄の親しみ辛い、異質っぽい美しさのある面立ちというより、親和性のある優しい印象だ。
そしてカウンターの中にいる女の子のほうが、兄といるよりも親子としてしっくりきた。
女の子は、動物や花をカラフルに描いている。じっと見ていると、「お姉ちゃんも描きたいの?」とこちらに声をかけてきた。
「ううん。上手な絵だなーって思って」「ふたばお姉ちゃんのお店に飾ってもらうの!」
「お姉ちゃん?」
……お母さんではなく? そんな私の疑問が伝わったのか、兄のお母さんは「この子は姪なんです」と付け足してきた。姪の頭を撫でながらこちらにほほ笑む姿はいいお母さんそのもので、心の中のもしかして、という思いが強まる。
「……あの、私、嘘をつきました」
「え?」
「私、黒辺舞と申します。今日は、兄について聞きに来ました」
そう発すると、想像通り兄のお母さんの顔が険しいものに変わった。でも怒っていたり警戒する顔ではなく、どこかこちらを不安視する顔だ。
「洋子、ちょっとお婆ちゃんに絵がどれくらい出来上がったか見せてきてくれない?」
「いいよ〜」
「それと、お婆ちゃんに伝言があるの。お母さんの昔の知り合いがお店に来たよって。言ってくれる?」
「分かった〜!」
兄のお母さんは女の子にそう伝え、足早に店の扉へ向かうと開店の札を準備中にひっくり返した。そしてこちらへと振り返る。
「今日は、一人で来たの? 誠はいまどうしてる?」
「祖父と来ました。兄は祖父の家にいます。受験生なので、勉強をしていると思います。だから、ここには来ません」
私の言葉に、兄のお母さんは納得した様子で頷いた。そして店の椅子を二つ出してきて、私に座るよう促す。
「……少し、長い話になるけれどいい?」
試すような、冷ややかな視線。私はしっかりと目を合わせ、強く頷いたのだった。
◇
「あの人、再婚したの?」
エプロンを外した兄のお母さんは、こちらをまっすぐに見つめる。私は「今から四年ほど前に、だから兄とは血が繋がっていません」と答えた。
「……そう。それで貴女は何を見たの? それとも誠に何かされた?」
「いえ、何かされたりはありません。ただ……違和感はずっとあります」
「でしょうね。あの子は頭がいいもの。それに、被害を訴えたところですぐに排除されるわ。私みたいに」
私、みたいに? 兄のお母さんの顔を見ると、彼女は目を伏せながら頷いた。やっぱり、この人は兄を叩いてなんかいない。虐待をしたことにされ兄に排除された人だ。
「あの子は、小さい頃から頭が良かった。心も優しくてね。友達とおもちゃの取り合いをしたり、我儘を言って困らせることなんて何もなかった。だから、お母さん友達と会話をして、羨ましがられるくらいだった。でも、私はそれが怖かった」
「怖い?」
「ええ。なんだか逃げ場を塞がれていくみたいで。例えば、学校でものすごく優秀な生徒がいたとして、裏で悪いことをしているって劣っている生徒がその子について言っても、誰も信じないでしょう?」
確かに、そうかも知れない。あれだけ優秀なのだから、そんなことをするはずがないと。二人と仲が良くなければ、何も知らなくてもその優秀ではない生徒を僻みだと悪くいう人がいるかもしれない。
「誠がこれから先何か悪いことをして私が叱ったとして、それを誰も認めてくれないんじゃないかと思って。結局、そうだった」
そう言って私に向ける目は、しっかりとした意志のあるものだった。ずっと一緒にいたからこそ、その手で育てたからこそ、分かったのだろう。
「それから、私はずっと誠がおかしなことをしないよう見張っていた。あの子が何かしないように。でも、あの子は私よりずっと聡明で残酷だった。幼くなんてなかったのよ」
兄のお母さんは、手のひらを握りしめた。
「それから一年後のこと。突然幼稚園から電話がかかってきたの。誠くんの背中に痣があるって。昨日今日じゃない、年単位でつけた痣が。私がなんのことか分からずパニックになっている間に児童相談所の人といっしょに父方の祖母が来てね、誠を虐待したと責められたとき、ようやくわかったわ。自分は排除されるのだと」
「兄はそのときって……」
「ええ、助けて!なんて言って泣き叫んでいたわ。まさしく虐待され母に怯える子供の顔をしていた。でも最後に祖母と家を出ていくとき、私のほうに振り返ってあの子は笑ったの。それに酷く私は取り乱してしまって……化け物と……あなたなんて私の子じゃないと言ってしまった。紛れもなく自分の子なのにね」
化け物。たぶん、兄は最後の仕上げとして、証拠作りのために振り返ったのだと思う。でも、自分の親に化け物と言われてどう感じたんだろうと複雑な気持ちになった。
「それからすぐに離婚の手続きになった。慰謝料とかはもう関わらなければ支払いの義務はないと言われていて、でも住む場所も突然一気になくなったし、両親は早くに他界していたからどうしようってなったとき、姉さんが拾ってくれたの。あの子の実家は県内にあるけれど、さすがに県の外には出なくてもいいと許しをもらって」
「そうだったんですか……」
「でも、まさかあの子に義妹が出来るなんてね……今は中学生?」
「はい中学二年生です」
「悪いことは言わないから、高校は全寮制の県外のところへ行ったほうがいいわ。誠から離れたほうがいい。あの子の本性を知ったと気付かれたら、自分の人生をめちゃくちゃにされてしまうわ」
「……そうですね」
私は曖昧な返事をした。「もしかして……あなた……」と兄のお母さんは、はっとした顔をする。
「趣向は変えられずとも、せめて人を傷つけたり、殺したりはしないようにしてくれれば、と思ってます。それができるかは分からないですけど……でも、絶対何とかしたいと思ってます」
本性を知るまで、兄のことが好きだった。結婚したいと思っていた。相手は黒幕殺人鬼に将来なると知ってその気持ちは消えてしまったかもしれないけど、これまで過ごしてきた分の情がある。それにクラスメイト達の命もある。私だけ逃げ出すわけにはいかない。
私の言葉に、兄のお母さんが複雑そうな顔をする。突然現れた息子の妹を名乗る人間にも気をかけるくらいなのだから、きっと優しい人なのだろう。しばらくそのまま話をして、私はお昼過ぎに店を後にしたのだった。
◇
おじいちゃんの車に近づいて、こんこんと窓をノックする。車に乗り込んで早々私は今日ずっと疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「おじいちゃんさ、お兄ちゃんが叩かれてなかったんじゃないかって、八割くらい思って私に会いに行かせたでしょ」
「なんで分かった」
「だっておじいちゃん、私にすっごく甘いし心配性じゃん。改造防犯ブザー送ってくるくらいになのに、子供叩くような人のところになんて一人で行かせたりしないでしょ」
「原因は可愛がりすぎか」
おじいちゃんが悪戯がばれた子供みたいに笑う。私は「それだけじゃないけどね」と言葉を続けた。
「怪我してるはずなのに運転しようとしてたり、不自然すぎるんだよ。それにおじいちゃん階段から落ちたって言っていたけど、病院の人は倒れただったよ? 普通階段から落ちて気を失ったならおじいちゃんと同じこと言うじゃん。どっちが本当なの?」
「……倒れたのは、二か月前のことだ。今じゃない。……寝転ぶ位置を間違えたかな」
「この時期寝転んだら凍死するよ」
「なに、ただでさえ人なんか通らん土地だ。でもゴミを集める収集車は決まった時間にしか来ん」
「……二か月前に倒れたのって、脳の?」
「ああ。だから来月おれは、脳をいじる。医者の言う話には、まぁ確率は低いものの、おれがおかしくなる可能性はゼロじゃない。だから、おれがしっかり、おれであるという自覚があるうちに確かめたかった。そして確かめるのはおれじゃなく、お前のほうがいいと思った」
「なんで、私……?」
「お前は誠によく懐いていたろ。だから、危険を知らせるべきだと思った。真っ向から否定しても聞かないと思ったんだ。遠回しにでも一回痛い目にあった人間に話を聞いたほうがいいと思った。でも、今朝洗面所で見たときはびっくりした。お前と誠には明らかに距離が出来てたからな」
確かに、私はこの夏兄がサイコパスであることを知った。それまでは兄にべったりだったから、いくらおじいちゃんが言ったとしても兄が危険であるなんて信じなかっただろう。だからおじいちゃんはわざわざ倒れたふりをして私たちを呼び寄せ、私を兄のお母さんに会わせたんだ。でも、少しだけ疑問は残ったままだ。おじいちゃんはいつ兄がお母さんに叩かれていないと思ったんだろう。
「いつから、お兄ちゃんがお母さんに叩かれてないと思ったの?」
「……これといったきっかけはない。ただ、ずっと誠を化け物と呼ぶ嫁さんの目が忘れられんかった。それにな、一度だけばあさんが孝之を叩きそうになったことがあるんだ」
「おばあちゃんが?」
「ああ。その頃おれは海外に仕事に行ってて、ばあさんは一人で孝之の面倒を見てた。でも、ある日電話がかかってきて助けて、ってばあさんに言われたんだ。もうこれはおかしなことになってると慌てて日本戻れば孝之のこと叩きそうになってしまったと泣いてたんだよ」
「そんなことあったんだ……」
「そん時のばあさんの目と、誠の母さんの目が違うってずっと思ってて、ばあさんは自分がもしかしたらそうなってたかもしんねえって、だからこそ許せねえって余計誠守ろうとしてて、考えれば考えるほど、あいつは普通じゃねえって思うしかなくなってな。老いぼれの勘って言ったらその通りだけどな」
「おじいちゃん……」
「それに、ちょっと仕事しなきゃいけねえってなったとき、誠に映画見せたんだが、ずーっと人が死んでく映像巻き戻して見てんだよ。孝之がおとなしいだけでこんなもんかと思ってたけど、お前がうち来るようになって、余計思うようになった」
私と、兄を比べたことでおかしいと判断する決定打になったと言うことは、もしかしたらおじいちゃんは漫画では兄の本性について気付いてなかったのかもしれない。
「私とお兄ちゃん、そんな違うかな」
「目と笑い方がな、明らかに普通のやつとは違うんだよ。でも証拠もなんもない。おれの勘だ。でも一か月後、頭いじればその勘も消えるかもしんねえ。あん時頭に出来物があったからそう思ったって、なんもしなくなる。その前に何とかする必要があった」
どこか切迫しているように感じたのは、おじいちゃんが手術を受けた後と受ける前で違う思考になることをおじいちゃんが恐れていたからだったんだ。
「なぁ、舞。お前は誠のことどう思う。じいちゃんの考えは、間違ってるか」
「おじいちゃんの考えた通りだと思うよ。何も間違ってない。正しいと思う」
兄は、おじいちゃんや本当のお母さんが考えてる通りの人柄だと思う。人を傷つけることや思い通りに動かすことが好きで、人の気持ちに関心がない。でも、あの人は私の兄だ。
「おじいちゃん、私がお兄ちゃんのこと何とかするから、安心して手術受けて、元気になって欲しい」
躊躇いなくまっすぐそう言うと、しばらくしておじいちゃんは呆れたように笑った。
「お前は本当に兄ちゃんと、じいちゃんが好きだなぁ。誠と俺は幸せもんだ」
「おじいちゃんはともかく、お兄ちゃんは幸せかな」
「ああ、あいつは頭がいい。一人でも生きていけるだろうさ。でも、普通の人間と感覚が違う。孤独だ。お前みたいな何でも受け入れてやれそうな奴がいるほうが絶対にええ」
一人で、生きる。確かに生きていくことが出来そうだと思う。
両親が出掛けて二人で留守番をしているとき、兄は何でもそつなくこなす。何かを苦手としているところは見たことがない。
何に対しても完璧な兄。そんな兄を、受け入れてくれる存在……。いっぱいいると思う。もしかして、恋人とかそういうことだろうか。
兄は雰囲気的にお父さんやお母さんにすら冷めた目を見せる。
私に対してはわりと邪魔みたいな目をする。
友達もたくさんいるし、周囲からも好かれているけど兄から好意を発していると明確に感じたことは一度もない。
「……帰ったらお兄ちゃんと出掛けるんだよね?」
「ああ。殺されんよう気を付けなきゃなぁ」
「洒落にならないこと言うのやめて」
おじいちゃんがエンジンをかけ、やがて車が走り出した。特に言葉を交わすことなく、私は目まぐるしく変わる景色を眺める。
兄に、理解者……。確かに朝そんな話を兄から聞いた気がする。でも、友人も恋人も、ぱっと思いあたる人材はない。粘土や布で生き物は作れても、人間は作れないし。
私が与えられるのは、驚きだけだ。あんまり上手くいってないけれど。
「あ、おじいちゃんホームセンターってこの辺りにある?」
「おう。でっかいのがこの先にある。行くか」
「お願い! ちょっとやりたいことあってさ」
遠くの空を見つめながら、私は兄について考えていたのだった。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




