16話 建国
「あとから来た奴らが攻めてきたぞ!!」
暗闇から演者が叫び、闘いのシーンとなった。会場の至るところで、叫び声が聞こえ、灼熱の炎があがる。
演者の身体に取り付けたセンサーによるリアルタイムの動きにあわせた映像演出と、立体的なプロジェクションマッピングを組み合わせた最先端技術を駆使したものだ。財団法人の総会に参加したものたちは、次第に心を奪われた。
今回の総会は、東京のコンサートホールでの開催となった。
財団法人は、女性を含めた家族同伴での総会への参加を認めた。その結果、参加希望人数は700名を超えて、前回の開催地であった地方の都市には収容できるところがなかったからだ。この東京の会場では、音響施設も充実しており、今回のデジタル演出が可能となった。
いま、会場では「庄の国」の成り立ちから滅亡までを舞台化したものを上映しているところだ。
楪葉教授の研究論文をベースに、例の映像プロデューサーが演出家として組み立てた。それに、最新のデジタル演出のエッセンスが加わり、舞台は完成した。
あの映像プロデューサーが演出したものなので、半信半疑だったが、なかなかの出来栄えだ。下手な三流映画よりも泣ける仕上がりとなっている。
遺伝子検査という科学的な裏付けによって、同一民族と証明された私達が、この会場に集められている。その我々の遠い祖先が、このような残酷な歴史を辿ってきたことをバーチャルリアリティで体験することになる。
会場の誰もが、自分自身の体験として感情を移入し、隣にいる家族との関係をダブらせる。
家族を守る=民族の誇りを奮い立たせることになった。
現に、何人のものたちが、その舞台に心を打たれ、泣きながら嗚咽している声が会場に響き渡る。
「会場を盛り上げるために、サクラを何人か仕込んでいたんですけど……そんな必要はなかったみたいですね。想像以上に皆さんの気持ちが込み上がってますね」
裏方で待機している私に、映像プロデューサーが耳元で囁き、私の肩を叩いた。
クライマックスのシーンに差し掛かった。
後から来た者たちが、一瞬のうちに庄の国との闘いを制し、我々の一族が皆殺しとなってしまった。
そして、庄の国のシンボルである祠が、後から来た者たちによって、無残にも壊されてしまった。
辛うじて生き残った者たちは、身を隠すように離れ離れになって村を去っていった。
この財団法人のことは、まだ信用をしていない。この舞台も偽りかも知れないと疑っている自分がいる。ところが、私も心を打たれて、心の底からの涙がでてきた。
映像プロデューサーが近づいてきた。涙を流しているところを、この男には見せたくない。
「それにしても、我ながら良いものができました。これは、舞台として、商売にしたいくらいの傑作です。僕は、この人たちとは全く関係がない他人だけど、仮にこの民族の一人だったら、胸が切り裂かられるくらいに辛いんだろうな。花城さん、僕が書いた原稿よりも、あなたが心のなかで感じたことをそのまま表現した方がよい。あなたの感じたこと、心の叫びをそのまま会場にぶつけてください! 」
彼は、私に最後の演出のアドバイスをした。
私の心の中で、何かが生まれたような気がした。いや、何かが降りてきたような気がした。
うまく表現できないが、少なくとも、映像プロデューサーが書いた偽物の原稿のほとんどが頭の中からとんでいた。
感動の余韻が残っている中で、再び、赤海副理事長がマイクを握った。感泣するのを恥じて、掌で顔を撫で下ろしてごまかした。
「私も一族のものとして、今の舞台をみて心が揺さぶられてしまいました。感極まってしまい、申し訳ありません。しかし、過去の辛い歴史を嘆いてばかりいてはいけません。現代まで生き残った私達は、先人に感謝しながら前を向いて歩かなければなりません。楪葉家に伝わる庄の国の古文書には、こう書かれています。我が一族の首長は、神から最初に分岐したものとすると。財団法人のスタッフは、約2,500人の会員すべての詳細な遺伝子解析をし、次の我々のリーダーを特定することができました。人類史上、ここまで公正なトップの決めかたがあったでしょうか? それでは、これからの我々一族の未来を導いてくれる方を紹介します。花城新理事長です!!」
一瞬にして、会場が真っ暗になった。壇上には、小さな朽ちかけた石碑が立体的に現れた。木枯と一緒に見たあの庄の国の崩れかけた祠の残骸だ。
冬の季節がきて、祠は猛吹雪に吹き付けられても、健気に耐えている。
厳しい冬が過ぎて、春がやってきた。雪解け水の流れる音がどこからして、空から、桜の花びらが一枚一枚と降ってきた。
会場が桜の花びらでピンク一色になったところで、一番後ろの扉が開かれた。
眩い光の奥で、民族の新しい首長が登場した。
会場の何人かが、その場で立ち上がり、新しい首長に頭を下げた。人間とはおかしいものだ。それにつられて、会場のほとんどが立て上がって、私を出迎えた。
後ろの扉から、舞台まで一直線光の道ができた。私はその光の道をゆっくり歩いた。一族の皆が、景仰の眼差しを浴びせてくる。
新しい一族のリーダーが、光に包まれた壇上に立った。
しばらくの間、私は目を瞑った。自分で驚くほど、心は穏やかだ。
新しいリーダーが、何を話すかを固唾をのんで待っている。こんなに広い会場なのに静寂が包む。
「この度、新理事長に就任した花城と申します。いま、ご覧いただいのが、私どもの祖先が歩んだ暗くて悲しい歴史です。我々は、後から来たものに追われ、身を潜め、離れ離れになりました。そして、長い年月が過ぎることにより、庄の民であることも忘れてしまったのです。ただ、現代の科学技術の進歩のおかげで、私たち庄の民は、こうしてまた集まることができました。それが、この財団法人なのです」
どこか、おかしい。なぜ、思ってもいないことをスラスラと出てくるのだろうか。
「私は、一般の家庭で生まれ、普通に育ってきました。振り返ると、自分の祖先がどこで生まれ、どこからやってきて、どういう歴史を辿ってきたのか、そして、何者かも分かっておりませんでした。その時に、皆さんも体験された遺伝子検査サービスを受けたのです。解析の結果、我々の祖先は、平和を好み、仲間を愛し、誇りある民族だったのです。私は父親から小さい時に教えてもらったことを思い出しました。うちの遠い遠い先祖はね。昔、花の城に住んでいたんだよ。だから、うちは花城と名乗ったのだと」
こんなの嘘だ。父親からこんな話を聞いたことはない。映像プロデューサーが書いた原稿にあったことを、さもあったかのように話している。
「しかし、我々の民族は、高尚で潔癖な考えを持っていたため、争いを嫌い、すべての武器を放棄することを選択しました。そのため、野蛮で残虐卑劣な後から来たもの達に滅ぼされ、全てを失いました。みなさん、悔しくないでしょうか? 正しい生き方、正しい行いをしたにもかかわらずです」
先ほど上演された舞台のせいだ。私の感情が奪われたままだ。会場の会員たちは、私の話をどのように聞いているのだろうか。みな、私と同じく、恍惚の表情を見せている。これが、映像プロデューサーの演出の力なのか。
「振り返って、この現代ではどうでしょうか? 上辺では平和が守られているような気はします。ただ、それは幻想に過ぎないことは皆さんも気づいていらっしゃるのではないでしょうか? 人は憎しみあい、人を蹴落とし、人から奪う。世界を見渡せば、この瞬間においても戦争で何人もの弱い者たちが犠牲となる。世界一平和と呼ばれるこの国でも、会社の中においても、学校の中においても、介護施設においても弱い者たちはいじめの標的となる。こんなにも、科学技術が進んだにもかかわらず、なにも、太古の時代と変わらないのではないでしょうか?」
なぜ、こんなことを語りかけているのだろう。会社で起きた雨池の一件があったからだろうか……。
まずい。心の中で感情が暴走している。歯止めがきかなくなってきた。
私はお飾りの一族の首長、赤海たちに利用される象徴。
そんなことは、わかってる。だから、これ以上、踏み込むのはやめろ。
「そこで、皆さんの心奥底にある遺伝子に話しかけます。もう一度、離れ離れになった我が民族を結集させましょう。みんなで一緒に、我が民族の誇りを取り戻そう。そして、この腐り切った世の中を立て直し、先人たちが夢見た真の争いのない理想的な国を作ろうではないか!!」
私は何を言ってるんだろうか? もう、後戻りはできなくなった。
会場の誰かが立ち上がって、スタンディングオベーションをした。それにつられて数人が続いた。そして、会場全体が拍手に包まれた。
壇上の横にいた赤海が叫んだ。
「今日は我が国、庄の国の建国記念日です!!」
民衆は、カリスマの指導者の誕生に我を忘れて乱舞した。非公認の新しい国が誕生した瞬間だった。
その様子をみながら、赤海が小さな声で呟いた。
「想像以上の働きだ。一族のみなさん、これから広がる未知の世界へようこそ! 」