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DUAL DIMENSION 第1部  作者: たいちょお
7/8

「太陽の冠」(7)


ヴィダリスの都。

聖戦士たちの社であり、通称を聖殿と呼ばれている。

宵闇も濃くなってきた頃、ティキたち一行は聖殿へと入ってきた。

ティキはいち早く馬を降りるとイグレックを急きたてる。

「イグレック、早く神殿までのゲートを開いて!」

 しかしイグレックはやや曇った瞳で静かに告げた。

「……申し訳ありませんが、それはできかねます。」

「何ですって!?」

イグレックは焦るティキを落ち着かせるように肩を抱くと、深い群青の瞳をティキの琥珀色の瞳に合わせ、ゆっくりと諭した。

「ティキ様、神殿へのフリーゲートも使うことができなくなっています。

そのためクレス様の神殿に行くには、地上からの唯一の道である

ディオの塔を上らなくてはなりません。」

ゆっくりと子供に言い聞かせるようにイグレックは続ける。

「ティキ様、焦ってはいけません。焦らず上ってください。

クレス様はきっとご無事です。ティキ様がついているのですから。」

優しいイグレックの言葉にティキは少し目を潤ませて頷いた。

「……そうね、ごめんなさい。私ちょっと混乱してた……。」

「我々聖騎士団に今できることは、魔気に対する結界を張ることだけです。

そのおかげで今のところこのあたりには魔物は現われていません。」

「……わかりました。イグレック。

あなたたち聖騎士団は結界の祈りを続けていてください。

私たちはディオの塔を上って神殿まで行きます。」

 ティキはエラルの方を振り返り、ついてくるように促す。エラルはイグレックのティキに対する態度に蹴り倒したくなるほどの不満を持っていたが、ティキに呼ばれて少し嬉しくなった。ティキは自分を信頼してくれているという自信が再び頭に持ち上がってきたためである。

 しかし次の瞬間、ティキとエラルの間にイグレックが立ちはだかった。

「……君は何なのだ? 

だいたいの事情は聞いたが、ついて行ってもティキ様の邪魔になるだけだ。

ここから先は俗人の入る道ではない。」

イグレックのこの言葉に、エラルは溜まりに溜まっていた不満が溢れ出すようにぶちんと切れた。

「何だと? じゃあティキをひとりで行かせろってのか!」

「クレス様をお救いできるのは聖術の法力を分かち与えられたティキ様だけだ。

貴様は足手まといにしかならん。」

「じゃあティキは誰が守るんだ? 俺はティキを守ると決めたんだ!」

むきになるエラルに対し、あきれたように溜息をついたイグレックは前髪を面倒くさそうにかきあげた。

「……言ってもわからないか。ならば剣で教えてやる。」

イグレックはすらりと剣を抜いた。幅広の長剣の刀身が、かがり火をうけて濡れたように光る。ティキは戸惑いを隠せず、イグレックに強く言い放った。

「イグレック! そんな暇はないでしょう!!」

「いいえ、あなたに足手まといをつけるぐらいなら、この方が早いでしょう。」

あくまで頑固に姿勢を崩さないイグレックに対し、エラルも唇をぺろりとなめると父の形見の剣を抜いた。

「……面白い。やってやろうじゃん。ティキは俺が守ってやるんだ!」

「エラル!」

もう止まらなかった。二人はティキの叫び声を合図のように跳躍し、剣をぶつけた。

静かな聖殿の広間に剣の交錯する音が乾いたように響く。イグレックは半身の構えで自らの死角をなくすと、容赦なくエラルに突きを入れてくる。エラルはそれを力で強引にはじき返すと上段の構えでイグレックの左肩口に剣を振り下ろした。

「……まっすぐな太刀筋だ。だが、まだ経験が足りんな。」

イグレックはエラルの動きを読んでいたかのように鎧の左篭手で剣を外に巻き返すと、無防備になったエラルの鼻先に剣を突きつけようとした。エラルはとっさに右に身体を回転させ、切っ先をかわすと、イグレックの左外に飛んでいた自らの剣をそのまま横に薙ぎ払った。イグレックはこれを見て剣の柄でエラルの会心の一撃を叩き落す。

その瞬間、エラルの剣は彼の手を離れた。

からからと石造りの床を回転して滑っていく。呆然とするエラルにイグレックは再び剣の切っ先を突きつけると、少し息を上げた。

終わりだ……、そう観念したエラルは敗北無念の悔しさに顔を歪める。しかしイグレックはその長剣をするりと鞘に戻すと、意外にも微笑んだ。

「やるな……。まだ我流で筋が粗いが、鍛えればものになりそうだ。

……聖戦士団に欲しいくらいにな。」

そして動揺しているティキにちらりと目を走らせると、エラルに背を向け静かに告げた。

「わかった。お前がティキ様をお守りしろ。」

エラルは瞬間驚きを隠せないようだったが、認められた満足感ににやりと笑った。

「当たり前だ。ティキを守るのは俺だ。」

「エラル……。」

ようやく安堵の表情を見せるティキにイグレックは優しく微笑むと、すぐに厳しい顔に戻り、膝をついて礼をあらわした。

「ティキ様、どうぞお通りください。」

その言葉を合図に、部下の聖戦士が広間奥にあるディオの塔への扉を重々しく開ける。

この扉が開かれたのはこの世界ができてから二度目だった。一度目は人々が女神の神殿を訪れるために塔を建てた時。その後フリーゲートができ、この扉の封印は聖戦士たちの女神を守る象徴ともなっていた。その扉が錆びついた鈍い音を立てながら今、開かれる。

ティキは小走りに扉をするりと抜けると、イグレックを含めた聖戦士団に一礼をした。

「ティキ様……どうぞ御武運を。」

「わかっています。イグレックたちも気をつけて。」

続いて走り抜けるエラルとイグレックの視線が絡み合った。イグレックが声をかける。

「傷ひとつつけるなよ。」

「そんなこと、あんたに言われなくてもわかってる。

ティキは俺が命に代えても守ってやるさ。」

イグレックは髪をかきあげると少し笑みを見せた。

「……お前もだ。戻ってきたら聖戦士としての使命が待っているからな。」

その意外な言葉にエラルは驚きつつもにやりと笑った。

「今度会う時はあんたが上司か。……ため口はこれが最後だな。」

二人の男はどちらからともなく右手を高くさしあげ、握りしめた拳を交わす。そしてエラルもティキの跡を追って扉の奥に消えた。


 聖殿の渡り廊下を抜け、再び夜の風舞う屋外に出ると、古びた塔が目の前に姿を現した。その高さは闇の中に消えていて窺い知ることはできない。もっとも昼間でも見ることはできないだろう。ここが下界から直接女神の神殿へと続く唯一の道、ディオの塔であった。

 二人は互いを守り合うように塔の中へ入っていく。聖戦士の祈りの結界の効果か、塔の中には魔物はいないようだ。しかし果てしない上り階段が二人の体力を地味に削っていく。息が上がるにつれて空気も薄くなっていくようだ。

ある意味魔物との戦いよりも辛い、己との戦いであった。一度立ち止まったら二度と歩き出せないような気がする。そんな感覚を覚えながら二人は言葉を交わすこともなくいにしえの巡礼者となって上り続けていった。

 いくつの階層を越えたことだろう。やがて二人は天井が柱のみで支えられている広間に足をとめた。外壁はなく、暗く強い風が直接塔の柱にあたり渦を巻く。思わず足をとられよろけそうになるティキをエラルが支えた。

「……ここは何かしら?」

エラルの肩を借りながらティキは広間を観察する。柱の数は六本あり、それぞれに火をつける炉のような物がついていた。二人は広間の中心に進むと、床に古びた金属板を見つけた。腰を落としランタンの灯をかざすと、かすれてはいるが古代文字が彫られていた。

「なんて書いてあるかわかるのか?」

当然エラルには古代文字などの知識はない。しかし女神クレスの半身ともいえるティキには意識せずとも聖術の力で読み取ることができた。

「ええ……。これはこの塔を造った者からの巡礼者への試練のようね。」

そう言いながらティキはその文字を一字一句確かめるように読んでいった。



我は世界の中心なり


陽 出づる海 隣の支えよりふたつ後に炎を捧げよ

陽 出づる天 奇数の歩み炎を捧げよ


陽 真天を指す処 最初に炎を捧げよ


陽 沈む天 偶数の歩みにて炎を捧げよ

陽 沈む海 左右の支えより先に炎を捧げよ


星 真天から動かず処 最後に炎を捧げよ


  我は世界の中心に還る



「……謎かけね。このレリーフのとおりに柱に灯をともせばいいみたい。」

「うへぇ、俺パス。わっかんねぇよこんなの。」

お手上げのポーズを見せるエラルをティキは見咎めた。

「ちょっとややこしいけど、落ち着いて考えれば大丈夫よ。ほら……。」

ティキはエラルを金属板の中心に立たせると、両腕を水平に伸ばさせた。

「今、エラルは世界の中心にいるの。

そうするとエラルの顔がお日様になって、ほら両腕の前側が空になるのよ。

それで腕の後ろが海ね。」

ティキは先生のように飲み込みの悪い生徒に説明する。エラルはしばしの間その意味を考えていたが、やがてはっとしたように顔を左後ろに向けて言った。

「もしかしてあの柱が『陽 出づる海の支え』ってやつになるわけか?」

「そうそう。」

なるほど、自分を中心に見据えると顔が真南を指し、左腕の後ろ側が北東、前が南東になるようだ。エラルはティキの頭の回転の良さに感心した。

「で、そうすると最後の『星 真天から動かず処』とはどこでしょう?」

「空を動かない星……北極星か! それは北の柱だ!!」

「そうでーす!」

にこやかにティキは声を上げた。しかし次の瞬間にはその笑みは消えていた。

「これでどの支えがどの柱かわかったわ。

柱に灯をともして神殿への道を開きましょう。」

ティキたちは試行錯誤して柱の松明へ灯をともす。長い間使われていなかったにもかかわらず松明は赤々と燃えていた。

そして最後に北の柱に灯をともす。そしてゆっくりと中心にある金属板へと戻った。

次の瞬間、柱から柱へ六芒星の白い光が走り、目を開けていられないほどの光の中に二人は包まれ融けていった。

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