「太陽の冠」(1)
遥か昔……
世界は〝永遠の穴〟と呼ばれる穴から噴き出る〝魔気〟により
人々は〝魔〟に侵され苦しんでいました
しかしある時
地上に降り立った女神クレスの持つ
〝太陽の冠〟の輝きにより魔気は消え去り
光あふれる平和な世界が訪れたそうです
緑あふれる大地。青く澄み渡る空。温かい太陽の光を受け深く輝く海原。
三百年の昔、女神クレスが地上に降り立った時よりこの平和で美しい世界は続いている。
その世界の最も高き山の頂きに女神クレスの神殿はあった。
神殿に仕える巫女たちは、女神を信仰し身の回りの世話を担うのみならず、いざというときは彼女の守り刀として戦う神女でもあった。その巫女たちの頂点に立つのが〝聖女〟と呼ばれ、女神から〝聖術〟という法力を授かった者……紅き法衣に身を包み、聖女の証である額の金環と、翡翠色の宝珠をはめ込んだ錫杖を持つ若干十七歳の少女ティキであった。
女神クレスの神殿の謁見の間は、神石と呼ばれる大理石のように磨かれた美しい石と、千年の齢を過ぎた大樹のような柱とで出来ている。柱は彫刻も何もない簡素なものであったが、それがかえってこの広間の神聖な空気と緊張感をかもし出していた。
女神クレスの座する玉座から一直線に引かれた緋色の絨毯。
その女神の前にかしずき、琥珀色の瞳の視線を床に落としている少女がいる。赤みがかった長い金髪は高く結い上げられ、肩に流れている。聖女ティキであった。
「わがままを申し上げてすみません、クレス様。すぐ戻ります。」
心地よいソプラノが申し訳なげに言葉を綴る。
「いいのです、ティキ。
お母様のお傍にいておあげなさい。それが何よりの薬です。」
美しい声であった。女神クレスの御言葉である。
優しい静かな湖のような青い瞳と薔薇色の口元は静かに微笑んでいた。
女神はこの世で一番美しい金剛石よりもさらに輝く金色の髪を揺らし、額には、見たこともないような美しい光沢を放ち、縁に白い翼を模した飾りを持つ円鏡を中心に配した冠をいただいていた。
太陽の冠である。
青く透き通るローブを幾重にも重ね、一番上にかけている白い絹のような帯は神の御力か天女の羽衣のように舞っていた。それに合わせて麝香のそよ風も女神の周りを舞う。その香りはなんともかぐわしく、女神の美しさと気品をさらに際立たせていた。
「クレス様……。ありがとうございます。では……。」
ティキは一礼をして、心なしか足早に広間を去る。
心はやる彼女の行き先はティキの故郷、レクタの町であった。