6話
どうやら血を失い過ぎたようだ。
それもそうだろう。あんな誰の得にもならない汚物を性別の見極めとは言え見てしまったのだから。俺も普通に普通たる自信があったが、一人めっさでかいやついた。縮小時から膨張時への拡張率が半端ないやつ。
あいつの近くには仮に彼女ができたとしたら絶対に近寄らせないと誓う。俺にNTR属性は無い。悪いが一方的に危険人物認定をさせていただく。
それにしても、スケルトン種は素晴らしいな。言うまでもないが男は例外だ。
あんな透明な体をしているからだろうか。全員が無防備なのだ。全員ブラしてなかった。よく女性はブラを付けていないと乳首が擦れて痛いと聞いたことがあるのだがスケルトン種は大丈夫なのだろうかと心配した程だ。
更に美人率も非常に高いと思われる。少なくとも俺が見極めた7人の女性はとても綺麗な顔立ちをしていた。見られることを意識していないからか髪は跳ね放題だがそんなことは問題にならない程に目鼻立ちが整っていた。女性の中には髭が生える子もいると聞くがそんな子はいない。全員つるっつるだった。ちなみにあそこもつるっつるだった。
思わず変な声が漏れる。これはきっと中学生時代ならば、前後左右男女問わずの学友が顔を引きつらせて内心でキモイと声にするぐらいのキモさに違いない。
だが今は大丈夫だ。俺は今多分布団であろう柔らかい何かに包まれているのだから。
徐々に覚醒に近づいていく意識。だが俺はその覚醒しようとする意識に歯止めをかける。単純にまだ覚醒したくない。
この心地良い空間から出たくない。
それはまるで真冬の日の朝、暖かい布団の中のような誘惑があった。だから俺は覚醒しようとする意識に抗い、再び深いまどろみへと旅立とうと目を強く閉じた。
『おい人種よ、そろそろ起きよ。一度起きかけたのを我が気づかぬと思うたか』
強く閉じた目をカッと開く。この声たまりませんね。
先程の倦怠感とはまるで逆の活力が体中から湧き出てくる。俺は知っているこの声を。だって俺の携帯のアラーム音はこの声が起こしてくれるボイス目覚ましだったもの。
布団の中から少しだけ顔をのぞかせると、そこには予想通り魅惑的ボイスの持ち主であるスケルトン種の騎士がいた。
『あぁ、おはようございます。どうやら長く寝ていたようで、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。それと、私は確かに人種ではありますが、できるなら貴方のような可愛らしいお声の方には名前で呼んでいただきたい。私の名は黒と言います。次回から名前を呼んでいただけると幸いです』
呼んでくれ俺の名前を。その脳プリンボイスで。
『ま、ままっま、また可愛い等言いおって!! もっと言ってくれ! いや、やっぱり言うな!!照れる!!』
相変わらず素直に口から出てしまう系骸骨のようだ。
なんと可愛らしいことか。と寝起きからなごんでいると、反対側から袖を引かれる。
目線を向けてみれば、そこにいたのはミエラさん。どうやらずっといたようだが声も発さずどうしたことやら。
『おはようございます。ミエラさん。またもやご心配をおかけしたようで申し訳ありません。
いらっしゃったのならばお声をかけてくれればよろしいですのに』
『ミエラ、嫌』
朝の小鳥ちゅんちゅんシチュでもあだ名呼びはさせくれないらしい。
未だに捕まれたままである袖。一体全体何用なのか。袖に手をかけている可愛らしいおて手に目を向けながら再度問いかけてみる。
『それで、どうされたのですか。なにか話したいことでも?』
『なん、となく。迷惑?』
いえいえ全然。ずっと、というより生涯掴んでてもらいたいぐらいですとも。ついでに熱い相棒も掴んでみるかい?
『はっはっは、なんだミエラ嫉妬か? お主も年相応な感情をもっておるようで安心したぞ!』
『違う』
『おい! 照れ隠しでも肩パンするでないわ! 痛い! いや、痛くない! でもやめろ!』
愉快そうに笑いながら話す素直系骸骨に対し、顔を赤くするまで怒り肩を殴りつけるミエラさん。
鎧がガンガンと音をたてている。
この骸骨の勘違いには苦笑する他無い。未だにあだ名呼びを拒否られているというのに仲が良いだのなんだのと。
『…肩が痛い』
『自業、自得』
『ええい、何が自業自得か! お前の態度を見ておればだれでも気づくわ! ツンデレ系ゴブリンめが!
っちょ!! 腕を振りかぶるでない! それは超痛いのだ!』
あ痛ああああああああああああああ
という叫び声が響き渡る。
少し目の端に涙がうかんでいることからも相当痛い模様。
その姿を見てちょっとだけゾクゾクしたことは内緒にしよう。エロいことならばS、Mどちらもばっち来いだ。
朝から元気にテントを張ろうとする我が息子をごまかすために布団の中に腕をつっこみズボンと布団との間に空間を作る。これでなんとかなるはずだ。
自身のことだというのに全くいうことを聞きそうに無く、反抗期真っ盛りな息子を誤魔化せそうでほっと一息ついていると、外がにわかに騒がしくなった。
見ると骸骨も少しピリつくような雰囲気でこちらを見ている。
まさかバレたのだろうか。いや、確かに少し興奮してしまったことはしてしまったが、男性ならば朝勃ちという自然な生理現象があるのだから、これぐらいは見逃してくれても良いんじゃないか?
それもこんな騒がしく攻め立てることは無かろうに。ピリピリした空気を出しおってからに。
分かった。勃ってしまうことが悪いというのならば今から他の男骸骨のところに訪問しよう。きっとあいつらもテントを張っているはずだ。もし男骸骨が勃っていたら俺も無罪ということでよろしく頼む。
『どうやら狼人種の者共がこちらに来たようだ。おい、黒と申したか。貴様に質問があってあやつらはここに足を踏み入れたようだ。あれだけ大口を叩いたのだ。食料問題、どうにかできるのであろうな?
できるのであれば、それをあやつらに口頭で説明しに行くぞ。付いてこい』
朝勃ちが原因じゃなかったようだ。
少し安心すると同時に、少し残念に思っているのは何故なのか。
お仕置きしてもらいたかったからである。びんたされたい。足踏まれたい。罵られたい。
『えぇ、一応対策を考えてはいますが、その前に現場を見ておきたいと考えているのですが可能ですか?』
『あまり時間はとれぬが、可能であろう。立て、すぐに向かうとしよう』
『よろしくお願いします』
良かった。建築技術、また鍛冶技術、その他生活基準から見て俺にも提案できそうな農業があるとは思うが、ゴブリンの町を見た時は色々な技術の発展具合がバラバラだった。種によって発展する技術もスピードも全く違うことが予想できる。そんな状態で実際の畑を見ずに的確な発言ができるはずも無い。
良く考えてみたら、いや、考えなくても分かることだが、ここは地球と比べることすらできない異世界だということだ。
地球では農業、鍛冶、その他諸々全てを作り出したのは人間という種だけだ。その他の生物が技術発展に貢献したことは無い。だが、ここは違う。ここ異世界では地球のように肌の色や目の色が違うなんてもんじゃない。種が違う、決定的に生物学的に違うのだ。だからこそ必要な技術というものが根本的に違うのだ。
発展速度など種によって、技術によって差があるのは当たり前だ。
『やっと出てきたわん! さぁ、説明してもらうわん!』
扉を開くと、けたたましい、壊れたアラームのようにわんわんと吠える狼少女。一人できたのか。まぁ昨日の時点で獣耳種は人数的には少なかった。もしかしたら少人数での部落をいくつも持つ種族なのかもしれない。狼の習性通りに。
あぁ~、癒されるんじゃ~。
『待つが良い獣耳種。く、黒も起きたばかりだ。まずは畑に連れてゆく』
『関係無いわん! 昨日あれだけ自信満々だったんだから早く吐くわん!』
『まずは実地を見てみなければ何も言えないだろうにそんなことも分からぬか。それだから脳筋と言われるのだ獣耳種よ』
がるるるるるるるるる
と吠える狼少女。本格的に仲悪いなお前ら。
早く止めなければ昨日みたいになりかねん。
それはそうともう一度照れながら俺の名前を呼んでくれないか。スケルトン種よ。ていうか名前を聞こう。お互いに名前呼びで仲良しアピールしたい。誰にかは知らないが。
『まぁまぁ、申し訳ありません獣耳種の皆様。確かにこのままでも何かしらの提案はできるでしょうが、現地を見ることでより確かな提案ができることは確かなのです。良ければ、とお願いしたのですよ。獣耳種も是非ご一緒にお願いします』
『む、むむぅ…』
まさに臨戦態勢に入りかけていた二人はこちらを見て気まずそうに殺気を収めた。
『分かったわん。く、黒わん。お前の言うことも一理あるわん。それと、うちのことはミルキュさんと呼ぶわん。獣耳種は種族名だわん』
おっと、まさか先に狼女子の名前を知ることができるとは。僥倖僥倖。それともう一度照れながら黒わんと言ってもらっていいですかね?
耳がぴこぴこ揺れて癒されるんじゃ~。
『分かりました。ミルキュ』
『~~~~~っ!!!』
バリっと良いのをもらいました。お陰様で俺の顔面にはきっと見事な爪痕が残っていることだろう。
この方もミエラさんと同じく親し気に名前を呼ばれるのが嫌なタイプらしい。
『も、申し訳ありませんミルキュさん。少し馴れ馴れし過ぎたようです』
『そそそ、そうわん! 呼び捨てとか! 夫婦じゃないわん!』
獣耳種では呼び捨ては夫婦ぐらいしかしないのか。それは悪いことをしたな。責任取って夫婦になろうか。
真っ赤になりながら地団駄を踏んでいるミルキュを見て、妄想しながらニヤニヤしていると、後ろから凄い力で引っ張られて振り向かされる。
惜しい。今ミルキュが裸エプロンだったのに。もうちょっとで最後まで妄想できたのに。
『お、おい! 我のこともホロロと呼べ! 我は別に呼び捨てで構わん! 照れるけど! いや、やっぱり照れない! 全然恥ずかしくない!』
多分だがミルキュと張り合っているのだろう。見るからにミルキュが名前呼びされたことに対して動揺している。種族間の溝は深いな。
だが続けて骸骨娘の名前もゲット。嬉しすぎる。人生初の快挙と言ってもいい。ちなみに童貞にとって名前呼びを許可されることは非童貞にとって女子のメアドをゲットするくらいの感覚だ。俺の携帯には一度も女子のメアドが登録されることは無かった。一応妹のメアドは登録されていたがメールがくる用事と言えばパシリしか無かったのでカウントしない。兄萌え妹など現実には存在しないことを知れ。
『光栄です。ホロロ』
『~~~~~~~っ!!!』
ばんっ!!
っちょ、照れ隠しの肩パンはやめて! 痛い痛い!
ホロロもミエラさんと変わんねぇ!!
『で、ではホロロ。案内していただけますか。ミルキュも是非お付き合いください』
顔には爪痕、そして肩には青タンができるレベルの肩パン。このまま二人の意地の張り合いに付き合っていたら身が持たん。
口早に案内を促し、肩を押す。まだまだ顔を赤くしてかっかしているようだが、どうやら案内してくれるらしい。歩き出してくれたことに安堵する。
ほっと一息ついて歩き出そうとすると、どうしたことか足先に激痛!!
見てみると足先にはミエラさんの踵が乗っている。間違えて踏んでしまったらしい。このドジっ子さんめ。
『み、ミエラさん? 私の足を踏んでいますよ?』
何秒か経っても足がどかず足先がプレスされている状況に骨が悲鳴をあげ、顔を青くしながらミエラさんに声をかける。さすがゴブリン種。力が強いね。
ただ歩くだけでこのような力を使っているとは。種族の差というのを改めて実感する。
『……今、気づい、た。それ、と、ミエラ、嫌』
『は、ははは、申し訳ございません。ゴブミエラさん、足をどけていただいても?』
俺がゴブミエラさんと呼びなおすと、何故か眉をよせていらっしゃる。どうしろというのか。
ていうか、もうダメ。ダメだって。人体が耐えられる圧力を明らかに超えているよこの力は。
『ご、ごごご、ゴブミエラさんんんんんん!! 流石にこれ以上は人体の構造上耐えられる圧力を超えているので足をどかしてくだささささささ』
圧搾するつもりか。俺の足先をつぶしてジュースでも作るつもりか。どうしたのだミエラさん。どうして急にこんなことをするのだミエラさん。
ついには蹲り震えていると、やっとミエラさんが足をどかしてくれた。
ふんっ、と鼻息荒くしながら。
またも童貞はやらかしてしまったらしい。童貞は童貞だけに童貞らしい失敗を童貞のように繰り返す。ミエラさんを怒らせてしまうのはこれで何度目か。難しいゴブリン心。攻略本が欲しい。
こうなれば食料問題をバシッと解決してバシッとかっこいい姿をお見せするしかあるまい。
・・・・・
現地到着。道中高床式の建築物が散見していたところから想像していた通り、スケルトン種は二圃式農業法、つまり大まかに一つの畑を二つに分け、一つを休作地、一つを耕作地とする農業法を行っている様子だ。森の中の広めの地を耕し使っている。
俺は農業のことに関してそこまで詳しいわけでは無いが。良かった。これならまだなんとかアドバイスができるだろうと思える発展具合だった。
まぁ根本的な農業法自体を変える訳ではない。肥料、農具等の改善点を告げるだけでもスケルトン種の発展具合からして、劇的とまではいかないまでも良い方向にむかうだろう。
というよりも、ここ異世界においてあまり得意気に地球での知識をひけらかさないほうが良い。俺は未だに、ここではどのような作物があるかすら把握していないし、どのような動物がすんでいるのか。害虫、益虫、その他にも農業において知っておかなければいけない知識というものがあまりにも足りなさすぎる。
地球の農業法を得意気に話しそれで土地が死んでしまったりしたら目もあてられない。
実際に自分がやってみて、そして有効だと思える手法でなければ伝えるのは無責任というものだ。
『では、実際に来ることで見えてきた改善点などを説明していきましょう。ホロロさん。よろしいですか』
『うむ、よろしく頼む』
了承を得られたところで、今回の改善点の説明をしていく。
まず肥料。家畜の糞尿などは肥料としている様子だが、それだけではまだ弱い。これから二圃から三圃へと移っていく可能性もある以上、そこから更に森からとれる落ち葉、枯れ草、藁なども肥料として使っていきたい。発酵という手順は更に大事になってくる、発酵という手順をふむことによって現代地球でみられる腐葉土というものが作られるのだから。
次に農具。ここは階級制度のようなものがあるのだろうか。ホロロさんをみると製鉄はできているようだが、農具はまだ石を削り出して作っているように思える。これも鉄に変えていきたい。石とか重すぎか。
その他、細々したものを伝え、説明を終える。
周りのメンバーを見る。ミルキュはわけのわからない、頭の中にちょうちょが飛んでいるような顔をしている。
ホロロは納得はしてくれているようだ。
納得どころか大満足といったご様子。だがホロロだけしか来ていないのだがそこだけが心配だ。昨日の流れからこのメンバーだけで説明会をひらいてしまっているが、ここは村だ。ホロロ一人に決定権があるとは到底考えられない。それとも決定権があるのか?ホロロはどのような立場なのか。
『ホロロ、貴方はこの村でどのような立場なのでしょうか。改めて町長、または村長に説明しに行った方がよろしいですか?』
『私は小隊長。下から数えると2番目となる。殆ど村娘と変わらん』
おっとマジか。これはもう一度説明パターンか。
ホロロが聞き、納得することがこの話を村長に話す条件だったのか。
『だが心配するな。私はお前たち二人と知り合いということで説明を聞きに来たわけだが、きちんと村長にも伝えておく』
先程の話の印象が良かったのだろうか、自信満々という風に胸を張るホロロ。透明だから意識していないのだろうが、俺には丸わかりですぞ。凄い揺れておりますな。
まぁ、とりあえずスケルトン種はなんとかなりそうでなにより。
というより、町の様子を見る限り、最初からスケルトン種にできることは少なかったのだろう。
根本的に、食糧問題をどうにかしてほしい、と言っているのは獣耳種だけで、スケルトン種は困ってすらいなかったみたいだし。
早速伝えに行くというホロロを見送り、改めてミルキュを見る。
ミルキュはやはり、どこか納得のいかない顔をしている。
予想通りだ。
それはそうだろう。ミルキュ達獣耳種は将来では無く、今食料問題を抱えているのだから。多分話の内容は2ミリぐらいしか理解できていないだろうが、この方法が今すぐ食料問題を解決するものではないということは分かったらしい。
だが大丈夫。ちゃんと考えてある。
きちんと今を解決できる方法を。
今から伝える、ミルキュ向けのアプローチ方法。それは食料保存方法、つまりは保存食だ。
『大丈夫ですよミルキュ。貴方達獣耳種は今を困っていることを私は忘れていません。きちんと対処方法を考えてきていますとも』
『ミルキュって呼ぶなわん!!』
『またもやっ!!』
先程は右斜めに走る爪痕、しかし今回は左斜めに走る爪痕。今の俺の顔はさぞかし中二病のような傷を残していることだろう。
『も、申し訳ありません。つい口元が滑ってしまいました。とにかく、きちんとミルキュさん方の今を改善できるように致しますのでご心配なさらないでください』
『………』
ぼそぼそと何かをいうミルキュ。小さすぎて聞こえない。
『…聞こえなかったのですが、何か仰いましたか?』
『……ありがと、わん』
キュン死させる気か。
大きな三角形のふさふさ耳に、瞳孔が縦に開く少しきつめのくりくりお目目。少し癖っ毛なセミロングの鈍い青髪。
そんな狼女子が間近で上目遣い。殺す気か。
『はは、いえいえいえいえいえいえいえ。はは、とんでもございません。当然のことですよはは。それでですね。あのですね、ミルキュさん達獣耳種の今の保存食がどのような物があるかを知りたいのですが教えていただけますか?』
萌えすぎて変な笑いが漏れる。
可愛いんじゃ~。
ゴブリンの町では、保存食と言えば焼き固めたパンや干物が主だった。
スケルトンの町でもそれに違いは見られない。となると町という概念すらあまり見受けられない獣耳種はもっと遅れている可能性すらある。
というよりもどういった生活をしているのかによって俺から提案できる保存食も変わってくる。なので、どのような保存食があるのかを知る必要があった。
『わ、分かったわん。というか、保存食?っていったいなんだわん?』
…っ!
のっけからとばしてくれるミルキュさんだぜ。
それから話し始めた内容には愕然とするしかなかった。
まず、食物を保存する。という概念すら獣耳種にはあまり無いということが分かった。
幸い部族、つまりは集落、生活する場所が転々と変わるような生活はしていなかったが、その他がまさに野生動物じみた生活をしていた。
その日暮らし、つまりその日食べるものはその日に見つける。獣を狩る。食べきれなかったものを保存するのではなく、その場に置いておきその他の動物が食べられるようにする。
野菜にしてもそれは同じだった。
冬の前には多めに狩りを行い、冷暗所。といっても洞窟だが、その場所に狩った物をためておくらしい。それが獣耳種にとっての保存食なのだそう。
まさに狼。野生動物だと言える。
だからこそ、農業をし、家畜を育てるスケルトン種とは折り合いが悪かったのだろう。
そりゃ大事に育てている家畜が朝起きると無残にも食い漁られていれば怒りもする。
『わ、分かりました。もう良い。もう説明は大丈夫です。把握しました』
まだまだ集落の生活を語ろうとしてくれるミルキュさんだが、もうこれ以上は聞いていても良い情報など無い。
食で言えば、愕然とする他無かったが、良かった情報と言えば、衣食住のうち衣と住がスケルトン種と比べても殆ど遜色ない、それどころか種族柄身軽であることを重視しているおかげか衣に関しては上回っているとさえ言えることだろうか。
まぁそこらへんは疑ってはいなかった。スケルトンの町を見たことに対する反応は無かったし。今着ている衣服は地球と比べても遜色無い。ゴブリンの服と良い勝負をしているとさえいえる。
種によって発展具合に違いがあることは想像していたが、この獣耳種はいっそう酷い。衣食住の食がもう野生動物でしかない。
保存食という概念すら無いなら口頭での説明なんてしても無駄でしかない。ならば実際に行って実際に作って実際に学んでもらうしかあるまい。
最後まで話しを聞いた結果。俺はある決意をした。
ちょっと獣耳種の集落まで保存食の伝道師として行ってくるわ。
『ミエラさん、私は少しミルキュさんの部族まで行ってきます。多分ですが半月から一月は帰らないのでホロロさんと仲良くしててくださいね』
『行く』
ん? どこに?
『わた、しも、行く』
…え?mjd?
『で、ですが、ホロロさんに会いたいからここまで来たのでは?なのに私の用事に付き合わせるのは心苦しいと言いますか…』
『また、来る。も、んだい、無い』
頑なに付いてくるというミエラさん。
あちらはまだまだ未解明な土地だ、できるなら友人がいるであろうスケルトン種の村で待っていてほしい。
どう説得するかと迷っていると、そこにガシャンガシャンと大きな音を立てて、歩いてくる人物がいた。
『はっはっは、ならば我も向かおうではないか! それならば黒も安心できるであろう!我も寂しいと思っていたから一石二鳥だな! いや、やっぱり全然寂しくない!ミエラが寂しがるから行くだけだ!』
登場の仕方も、喋りかたもうるさいが声が可愛い。
続きがあるのか、んふふ、と笑うホロロ。どうにもニヤニヤしている。なにか良い報告でもあるのだろうか。
『それに、獣耳種の村が森の外にあるのも後少しのあいだだけだ! 獣耳種も今さえ凌げればまた森に入れるようになるのだぞ! なんせ黒のおかげでスケルトン種の生産量はもっと増える! 今までも備蓄するには問題無いぐらいあったが、畑を増やし、そして黒の言った通りにすればもっと短いスパンで備蓄を増やせるかもしれん!
そうなれば獣耳種もルールさえ守ればまた一緒に森で暮らせるぞ!嬉しいな!いや、やっぱり全然嬉しくないけど!
そそ、それに、保存食ももっと長持ちになればずっとずっと一緒だな!おぬしらも森で狩りすぎることもなくなって、平穏に、みんなで暮らせる!よいことだ!んふふ!!』
思ったことをすぐに喋ってしまうホロロさん。キュン死しそうです。
ていうより、俺としては『やっぱり』という気持ちが強い。すっきりしている。それ程までに、スケルトン種は俺の意見を聞く必要が無い程に生活基準が高い。なのにどうしてわざわざ俺の意見を聞くのか、という疑問がずっとあったのだ。
このツンデレ種族。獣耳種と仲直りして一緒に森で暮らしたかったらしい。
だから備蓄する量をもっと増やして、獣耳種が飢えることのないように、狩りすぎることの無いようにしたかったようだ。
獣耳種のミルキュと言えば、流石に理解したのか、頬を、いや、顔全体と首元を真っ赤に染めて俯いている。
『~~~~~~っ!!ど、どうでも良いわんよ! い、行くわん!!』
『あぁ! そうしよう!んふふ!』
どう言えば良いのか分からなかったのだろう。ホロロから顔を背けると、足早に歩きだすミルキュ。
その後にスキップのホロロも付いていく。
あぁー、その、なんだ。ミルキュさん、顔、ニヤついてますよ。
どうにもこの世界の種は可愛すぎてめんどくさい。
どうもお久しぶりです。手羽先を食べるのが苦手でいつも手の全部の指が油まみれになる隙間好き真人間です。
次回、保存食ということなのですが、少しは考えていますがなにかこの時代感に合うような、画期的な保存食があれば教えてください。