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知らない電話


 無限の闇があった。 

 

 右を見ても闇。左を見ても闇。

 上も下も後ろも、ただただ闇、闇、闇。

 

 星も月も街灯すらも無い真夜中、閉めきった押入れの中。

 そんな鋼太郎の知るどんな闇さえ、今の深い暗闇には遠く及ばない。

 

 ただ唯一、鋼太郎の遥か前方に見える、小さな光の点。

 恐ろしい闇の世界に穿たれた、小さな小さな希望の道標。

 鋼太郎はそれを目指し、ただひたすら歩いている。

 

 だが、どれくらい歩いただろうか?

 10分程度かも知れないし、1時間以上かも知れない。

 時間の概念すら曖昧になりながらも、鋼太郎に出来る事は歩く事のみだ。

 

 だがこんなに歩いているのに、一向に目的地へと近づいている気がしない。

 光の点はその大きさを変えない。

 

 やがて鋼太郎は息苦しさを覚える。

 闇が物理的な粘度を有し、鋼太郎の前進を阻むように手足にまとわりつく。

 歩いている鋼太郎自身の足音さえ聞こえず、呼吸の音さえも闇に飲まれているかのようだった。

 

「くそっ! 歩きにくいったらねぇや!」

 

 それでも鋼太郎は止まらない。否、止める事が出来ない。

 歩みを止めたが最後、やがて鋼太郎の身体は闇に取り込まれてしまうだろう。

 

 そんな恐怖心を感じた鋼太郎は、自然と早足になる。

 全身に絡まる闇を振り払い、光を目指す。

 

「俺は行くんだ、異世界に! そして帰るんだ、日本に!」

 

 すると、次第に光の点がその大きさを増す。

 少しずつ光は大きくなり、やがてその光は鋼太郎の目と鼻の先に。

 

 それと比例するかのように、闇の粘度も(いや)増す。

 今の鋼太郎は、まるで深い海の底で必死に藻掻いているかのようであった。

 

 手足を動かす事も困難になり、呼吸をする度に口や鼻を通じて、闇が鋼太郎の身体の中に浸入しているのかと思える程に息苦しい。

 それでも鋼太郎は進む。


 あと10メートル、あと5メートル、あと3メートル。

 あと3歩、あと2歩、あと1歩。

 

 そして……

 

「うおおおおおおおおおっっ!!」

 

 鋼太郎の身体は、光の奔流に飲まれた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 あまりの眩しさに瞼を閉じていた鋼太郎は、恐る恐る目を開く。

 そこにあったのは空の青と、木々の緑だった。

 

「……こ、ここは?」

 

 鋼太郎は辺りを見回すが、青い空と緑の森と草、視界に入るのはその2色だけだった。

 

 何故自分がこんな森の中に居るのか?

 さっきまでの暗闇の部屋はどこに消えたのか?

 

 頭が混乱しているせいもあるが、元々学校での成績が赤点だらけの鋼太郎には、どれだけ悩んでもまともな正解に辿り着けるだけの思考力が備わってはいなかった。

 しかし、そんな鋼太郎でも、1つだけ直感的に理解した事がある。

 

 頬を撫でる緩やかな風。

 その風が運んで来たのは、小鳥のような何かの鳴き声と、生命力に溢れた森の香り。

 

 その芳しい香りを肺の隅々まで行き渡らせ、ゆっくりと二酸化炭素を吐き出す。

 そして鋼太郎が導き出した答えが……

 

「……ここが異世界、なのか?」

 

 それが正しい答えなのかは、今のところ解らない。

 ひょっとしたらヨーロッパ辺りのどこか見知らぬ国なのかも知れないし、はたまた群馬の山中かも知れない。

 

 だが当面の問題は、鋼太郎はこれから何をすれば良いのか、という点だろう。

 

 右も左も解らないし、異世界を取り巻く事情も知らない。

 こんな状況でまず何をするべきか、何をしてはいけないのか。

 

 そもそもこの異世界で用いられる言語は? 通貨は? 食料は?

 ここはどこで、ここからどこに向かえば良い?

 

 考えなければいけない事は山積しているのに、それらを紐解く情報を得る術を知らない。

 手詰まりである。

 初めてのおつかい以上に困難なミッションだ。

 

「終わってる……始まったばかりでもう終わってやがる……普通こういう場合、まずはチュートリアルから始めるべきだろうがよ……」

 

 鋼太郎は頭を抱える。

 頭が不出来な鋼太郎は、考える事が得意ではない。

 

 これがゲームなら……と思った鋼太郎は、ふとある考えに到る。

 

「ゲームなら……そうだ、まずは俺が出来る事を知っておくべきだ。もしこの異世界でも、俺の知ってるゲームのシステムが使えるなら……!」

 

 天啓を得た鋼太郎は、早速試してみる事にする。

 

「えっと、まずは……セーブ!」

 

 ……反応無し。

 鋼太郎が『精神(スピリット)コマンド』を使用した時に、頭の中でハッキリと聞こえたガイド音声は聞こえない。

 

「セーブは使えない……じゃあロードも使えないって事か……何でもかんでもゲームと同じってワケじゃないのか……」

 

 神様は言っていた。異世界で死ねば即ゲームオーバーだと。

 考えるまでもなく、セーブ&ロードを利用したやり直しは不可能だという事なのだろう。

 

 だが落ち込んでいるヒマは無い。

 土壇場で慌てふためくより、今の内に何が出来て何が出来ないのかを知っておく必要がある。

 

「次は……ステータス!」

 

 すると鋼太郎の声に反応し、何もない中空に文字が現れた。

 うおっ!? と思わず飛び退く鋼太郎だったが、やっとの事で掴んだ情報である。

 小さくガッツポーズをした鋼太郎は、早速目の前に表示された文字に目を通す。

 

 

 

 黒鉄鋼太郎 レベル1

 

 HP 5000/5000

 

 異能 『神の鎧』

    『神の武具』

    『神の知恵』

    『女神の加護』

 

 

 

「……これだけ?」

 

 思わず呟く鋼太郎。

 それもそのハズ。そこに表示されたのは、ごく最低限の情報のみだったからだ。

 

 鋼太郎の知るゲームでは、各アニメを代表するロボットの詳細なステータスや、それを操るパイロットのステータスまで事細かに記載されていたのだが。

 なのに、鋼太郎が現段階で知る事が出来るのは自分の名前・レベル・体力と、初めて見る『異能』という文字だ。

 

「これが神様の言ってたチート能力ってヤツか? この異世界では異能って名称になるって事か……っつーか、何だこれ?」

 

 見慣れぬ文字はそれだけではない。

 鋼太郎が異世界へ行く前に説明を受けた3つのチート能力の下に、新たな単語が追加されていたからだ。

 

「『女神の加護』って……何だ? こんなの貰ってたっけ?」

 

 鋼太郎は何気なく手を伸ばし、その『女神の加護』と書かれた文字に触れた。

 すると突然ピピッ、という電子音と共に、文字の横にウィンドウ表示が現れた。

 

 

 

『女神の加護』

 

【発動条件を満たしていません】

 

 

 

 無情なる表記。

 ガクッと項垂れ、重いため息を吐く鋼太郎。

 

 これでは何も解らないに等しい。

 発動条件とあるが、どうすればその発動条件を満たせるのか、発動条件を満たした場合どうなるのか、皆目見当がつかないのだから。

 

「……ま、それも追々解るんだろうな。何せチート能力の欄に載ってるくらいなんだから、いつかはとんでもない反則級のチート能力で、俺を助けてくれるハズだ! ……よな?」

 

 若干の不安を覚えながら、鋼太郎は他の異能の項目にも触れてみる。

 再度ウィンドウ表示が出現し、今度は詳細な説明が表記されていた。

 

 

 

『神の鎧』

 

【希少金属オリハルコンを身に纏う事により、通常の鎧の何倍もの耐久力を誇る。レベルの上昇に応じてHPも段階的に増える】

 

『神の武具』

 

【術者の知る限りの武器が、神の権能を用いて具現化される。武器の威力や効果に応じて精神力を消費する為、使用する際には注意が必要】

 

『神の知恵』

 

【術者の知る限りの精神(スピリット)コマンドが、神の奇跡となって術者やそれ以外の第三者に様々な効果をもたらす。コマンドによって再使用に必要なCTはそれぞれ違う】

 

 

 

「うーん……概ね聞いてた通りか」

 

 各異能の説明にザッと目を通し、改めて思案する鋼太郎。

 謎の異能である『女神の加護』については一先ず置いておくとして、他に何か出来る事が無いかを確認する方が先決だろう。

 

 今はまだ目に見える危険は無いが、こうしている間にも時間は刻一刻と経過している。

 異世界と云えども朝も夜も来るだろう。

 

 何も解らない状態での野宿などは絶対に避けるべきなのだ。

 山賊や野生の獣、はたまたモンスターに襲われてしまう可能性も決して低くはない。

 

 ましてや鋼太郎は何も所持していない。

 所持している物と言えば、着ている学ランのみだ。

 慌ててズボンのポケットを探ってはみるが、財布も携帯も見当たらない。

 

 まぁ例えそれらがあったとしても、この異世界では何の役にも立ちはしないだろうが。

 続いて鋼太郎は上着のポケットに手を入れ、そして指先に何か硬い物の感触があった。

 

「あれ? 何だこりゃ?」

 

 取り出した物は2つ、どちらも掌に収まる大きさだった。

 1つは何も書かれていない、黒いカード。

 もう1つはかまぼこ板程度の大きさの、黒い金属板だ。

 

「こんなの持ってたっけ……?」

 

 鋼太郎は記憶の糸を辿ってみたものの、当然ながら思い当たる節は無い。

 だが、これがいつ自分の上着のポケットに入る事になったのか、その経緯は思い出せた。

 

『じゃあ鋼太郎君、これは私達からの餞別という事で』

 

 と、自分が前後不覚に陥っている時に、神様がそっとポケットに何かを入れていたのをようやく思い出した。

 思い出した……が、これが一体何なのかは解らない。

 

 鋼太郎はしばらく掌の上でそれ等を裏返したり、太陽に透かしてみたりしてみたものの、特に得られた情報は無い。

 だが、次の瞬間……

 

 ピロリロリ~♪ ピロリロリ~♪

 

「うへぁっ!?」

 

 急に鳴り響く電子音。

 驚いた鋼太郎は変な叫び声をあげながら、手の中の黒いカードと黒い金属板を落としてしまう。

 

 草の上に落ちたまま尚も音を発し続けているのは、どうやら黒い金属板のようだった。

 

「ビックリしたぁ……何なんだよ一体……?」

 

 鋼太郎はおっかなびっくりながらも、カードと金属板を拾い、金属板をマジマジと見つめる。

 そして、金属板の中心にチカチカと光が明滅しているのを発見する。

 

「え……こ、これ、押して良いのか……?」

 

 鋼太郎はそれが何かのスイッチではないかと推察した。

 したのは良いが、それを馬鹿正直に押せるだけの度胸は、今の鋼太郎には無い。

 

 が、戸惑う鋼太郎の手の中で、その金属板はいつまでもピロリロリ~♪ という些か間の抜けた音を止めるつもりはないようだ。

 ここが治安の良い日本の街中ならまだしも、治安の良し悪しどころか未だ詳しい生態系すら定かではないこの異世界で、延々とこの奇妙な音を鳴らし続けているワケにも行かない。

 

 鋼太郎は迷いに迷った末、点滅する光に指で触れてみた。

 

 ピッ。

 

 …………

 

「…………?」

 

『…………もしもし? もしもーし!』

 

 黒い金属板から、ふとどこかで聞いた覚えのある声が聞こえた。

 鋼太郎はハッとなり、表面に光の灯った黒い金属板を、自分の耳に押し当てた。

 

「も、もしもし!? その声は……か、神様ですか!?」

 

 鋼太郎は金属板を電話のように扱い、その向う側に居るであろう、神様と思しき声の主に問い掛ける。

 果たして、その声の主の返答や如何に……?

 

 

 

『とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ!』

 

 

 

 ……ピッ。

 鋼太郎は無言で金属板から耳を離し、表面の光に指で触れ、通話を終了させた。

 

 

 

 


次回更新は6月2日18時です。

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