表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

いざ異世界へ

 

「私も伝えるべきかどうか迷ったんだけどねぇ……でも、伝えなきゃ伝えないで問題だし」

 

 と、中年サラリーマンは頭を掻きながら言う。

 

「私達は君がここに来る以前にも、地球で不慮の事故死を遂げた少年少女達を異世界を救う旅にスカウトし続けていた。そしてようやく、その取り引きを受けてくれた子が居たのさ」

 

「でも、そうやって異世界へ行った最初の子から連絡が無くなって、心配した私はすぐにもう1人の子とも契約を成立させ、最初の子への増援として異世界に送り出したんだ」

 

「だけどその子も行方知れず……その次の子も、またその次の子も、異世界を生き抜けるだけの強力なチート能力を授けて送り出したんだけどねぇ……」

 

 はぁ、という重いため息が、薄暗い部屋の空気と混じって消える。

 

「だから私と彼女は相談して決めたのさ。君……黒鉄鋼太郎君を最後の勇者として送り込んで、それでもダメなら……」

 

「だ、ダメなら……?」

 

 ゴクリ、と生唾を飲む鋼太郎。

 答えを待つ鋼太郎に、中年サラリーマンは鋼太郎が最も聞きたくなかったであろう答えを突きつける。

 

「これ以上の関与は無意味……どころか逆効果にもなりかねないと結論づけて、この異世界と地球との道を閉じる。地球への悪影響を考えると、それは本当に最後の手段なワケだけども……ま、こちらとしてはそのまま道を繋いでおく方が更に悪手なんで、ここはもうバッサリと行かせて頂きます」

 

 薄ら笑いを浮かべながら両手をチョキの形にして、人差し指と中指とで何かを切る動作をする中年サラリーマン。

 徐々に青褪める鋼太郎。

 その笑みと言葉が意味するものは……?

 

「あ、あの……ま、万が一、万が一ですよ? お、俺が、魔王と戦って、ま、負けて……異世界を、救えなかったとしたら……?」

 

 渇いてひりつく喉を無理矢理動かし、鋼太郎は中年サラリーマンに改めて問う。

 果たして中年サラリーマンの口から出た答えは、やはり鋼太郎が最も望まぬ答えだった。

 

「そりゃあ……ゲームオーバー、だよね」

 

「げ、ゲーム……オーバー?」

 

「そ。ゲームオーバー。セーブ無し、リセット無し、そして君は地球には戻れず、死ぬまで異世界ライフを堪能する事になるってワケ」

 

「ど、どういう事っすか!? ってか、このタイミングでそんな恐ろしい事言いますぅ!?」

 

 鋼太郎は中年サラリーマンの安物ネクタイを両手で掴み、そのまま中年サラリーマンの頭をガクンガクンと前後左右に揺らしまくる。


「ちょ、やめ……ギブギブ! 死んじゃう! おじさん死んじゃうから!」

 

 中年サラリーマンは堪らず叫ぶが、錯乱した鋼太郎の耳には届かない。

 

 すると、そんな半狂乱な鋼太郎の肩に、そっと手が置かれる。

 鋼太郎はハッとなって振り向くと、暗いオレンジの光に照らされた金髪キャリアウーマンの優しげな笑みが、視界いっぱいに映し出された。


「コウタローさん。そうならないよう、私達が精一杯サポートしますから……」

 

 金髪キャリアウーマンの顔が徐々に鋼太郎へと近づく。

 そして、鋼太郎の頬にチュッと何かが触れた。


 それは温かくて、柔らかくて、艶かしくて。

 それが離れた後、金髪キャリアウーマンの吐息が鋼太郎の頬を撫でる。


「ですから……頑張ってくださいね」

 

 と、鋼太郎にウィンクを贈る。

 

 思考停止する鋼太郎。

 全身のチカラが抜ける。膝が笑って立っていられない。

 当然握力も無くなり、中年サラリーマンの襟首を掴んでいた手を離す。


 急に支えを失った中年サラリーマンは「ギャフン!」と情けない悲鳴をあげて尻餅をついた。

 鋼太郎も床にペタンと尻をつき、顔どころか全身を真っ赤に染めながら、温もりの残滓を感じる頬に手を当て、アウアウと言葉にならない声を漏らし続けている。

 そして金髪キャリアウーマンは、そんな鋼太郎にクスクスと悪戯っぽい笑みを向けていた。

 

「アイタタタ……何だかよく解らないけど助かったよ。じゃあ鋼太郎君、これは私達からの餞別という事で」

 

 曲がったネクタイを結び直しながら、中年サラリーマンはスーツのポケットから何かを取り出す。

 そしてそれを、未だに呆けたままの鋼太郎の学ランのポケットへと入れた。

 

「さ、では行こう。君の決心が鈍らない内に。やれ行こう、すぐ行こう!」

 

 中年サラリーマンが鋼太郎を抱き起こし、金髪キャリアウーマンは部屋の中にある唯一の扉を開ける。

 呆けていた鋼太郎だったが、開け放たれた扉の中を見て、ハッと我に帰る。

 

「いや、ちょ、待っ……!」

 

 扉の向う側は、無限の闇が拡がっていた。

 闇、影、虚無、全てを呑み込む永久の夜。

 

 そんな中、闇の奥底に小さな明かりがポツンと見えた。

 その明かりは闇の中でもハッキリと、まるで星のように光り輝いていた。

 深い闇の只中にある謎の光は、まるで本当の星の如く瞬いて見え、鋼太郎に何かを訴えているかのように感じた。

 

 鋼太郎は誘われるかのように、フラフラとした足取りで前へと歩を進める。

 だが扉の直前でピタッと止まり、それ以上前に進もうとはしない。

 

 生き返って日本へ帰りたいという強い願い。

 手に入れたチート能力を存分に使ってみたいという欲望。

 だがもしかしたら、もう2度と日本へと帰る事は出来ないかも知れないという恐怖。

 

 期待と不安とが綯交ぜになり、鋼太郎の心に大きな葛藤を生む。

 そんな鋼太郎の背中に、中年サラリーマンは静かに語り掛けた。

 


 

「……さっきも言った通り、私達が異世界へと送り込む人間は、君で最後だ。その君が魔王討伐に失敗したら、もう次は無い」

 

「君は異世界にその屍を晒すか、魔王の威光を恐れながら、寿命が尽きるまで異世界で生涯を終えるか……その2つの選択肢しか与えられない」

 

「まだ迷っているくらいなら、いっそ諦めて地球で生まれ変わるってのも1つの手だと思うよ? だから……」

 

「……俺は!!」

 

 中年サラリーマンの言葉を遮るように、鋼太郎は2人に背を向けたまま叫ぶ。

 

「俺、感謝してるんです。神様……確かにアンタは胡散臭くて、怪しくて、イマイチ信用出来なくて、詐欺師みたいで……」

 

「……それ、全部同じ意味の悪口だよね?」

 

「オマケに……胡散臭くて……」

 

「胡散臭いって2回言った!?」

 

 中年サラリーマンの抗議も、鋼太郎には届かない。

 鋼太郎は拳を強く握り締め、少しずつ言葉を吐き出す。

 

「でも、感謝してるってのは本当で……こんな馬鹿で、暑苦しくて、喧嘩っ早い俺に……こんなスゴいチカラをくれて……上手く行けば生き返れるチャンスまで……だから、ちょっとくらいのリスクは当然、ですもんね?」

 

 そう言って振り返った鋼太郎の顔は、笑っていた。

 一切の悩みも迷いも躊躇いも、全てを捨て去った男の会心の笑顔が、そこにはあった。

 

「俺、絶対にやり遂げます! 魔王を倒して、異世界も地球も救って、必ず日本に帰ります! だから、待っててくださいね!」 

 

 鋼太郎の決意を見た中年サラリーマンは、呆気に取られていた。

 だがその決意が本心からのものだと理解すると、フッと笑みがこぼれた。

 

「……礼を言わなければならないのは、私達の方だよ」

 

 と言うと、中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンは、同時に鋼太郎へ頭を下げた。

 

「こんな無茶な要求を引き受けてくれてありがとう。だからこそ私達は君に充分な能力を授けたし、君が異世界に行った後も全力でサポートする事を約束するよ」

 

「はい。ですからコウタローさんは、頑張って魔王をやっつけてください。そしてまた、お会いしましょう!」

 

 中年サラリーマンはズレた眼鏡の位置を直しつつ、金髪キャリアウーマンはウィンクを飛ばし、鋼太郎を激励した。

 鋼太郎は奮い立った。最早何の憂いも無い。

 

 鋼太郎は両手で自分の頬をパンと張り、気合いを入れた。

 そして中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンの方へと向き直り、こう言った。

 

「それじゃ、行って来ます!」

 

 こうして鋼太郎の旅は幕を開けた。

 果たして、彼を待ち受ける運命とは?

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 鋼太郎が扉の中へと足を踏み入れる。

 程なくして鋼太郎の背中は完全に見えなくなり、扉は音もなく閉まる。そして扉は消えた。

 

「……後悔なさっているのではありませんか?」

 

 タブレット端末を小脇に抱え、金髪キャリアウーマン……女神は中年サラリーマンにそう問い掛ける。

 

「そう見えるかい?」

 

 中年サラリーマンこと神様は、肩をすくめながらそう答えた。

 

「私が後悔しているとしたら、それは鋼太郎君に『彼等』の情報をあげられなかった事に尽きるね」

 

 灰色の天井から吊り下がる裸電球をボンヤリと見つめながら、神様は呟く。

 

「せめて前任の5人の行方さえ掴めていればなぁ……生きてるのか死んでるのかすら、今の私には解らないんだからねぇ」

 

「もし『彼等』が生きているとして、その……コウタローさんと『彼等』が協力して、魔王と戦えたなら……」

 

 女神はそう言って、タブレット端末の画面を操作する。

 画面に映し出された5人の少年少女の顔を眺め、女神は深いため息を吐いた。

 

 魔王と対等に戦えるだけのチート能力を授け、そして異世界で消息を絶った『彼等』が、もし生きていたら……と女神は願って止まない。

 だが、神様は脳内でその可能性を否定する。

 

 どころか、女神とは全く逆の想像をしていた。

 

「(もし『彼等』が生きていたとして、鋼太郎君と『彼等』がすんなり手を組めるかどうか……最悪、鋼太郎君と『彼等』が殺し合うなんて事も有り得るかも知れない……)」

 

 

 

 ここで読者の皆様にだけ、渦中の『彼等』の情報の一部を公開しよう。

 とは言っても、ここでお見せ出来るのは『彼等』の名前と年齢のみなのだが。

 

 鋼太郎よりも先に異世界へと渡り、その後行方知れずとなった5人の名前は、以下の通りである。

 

 

 

 島村(しまむら)(しょう) 19才

 

 半蔵門(はんぞうもん)(しのぶ) 15才

 

 (はなぶさ)(ゆう) 14才

 

 刀野(とうの)(らぶ) 16才

 

 雷電院(らいでんいん)(いさむ) 18才

 

 

 

 果たして5人の少年少女の生死は?

 異世界征服を企む魔王の正体は?

 鋼太郎は異世界と地球を救えるのか?

 

 全ての謎は、遠からず明らかになるだろう。

 

 

 

 


長々と続いた導入も終わり、次回から異世界編です。

次回更新は6月1日18時です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ