唸れ! 正義の鉄拳!
そして室内に鳴り響く、ザンクーガの主題歌。
その熱いBGMを聞いた鋼太郎は、たちまち恐怖を忘れ、1人の勇敢な戦士に生まれ変わった。
あっという間に『影』との間合いを詰めた鋼太郎は、最も近くに居た人型の『影』に斬空剣を振り下ろす!
「でぇりゃああぁっ!」
ザシュッ! という音と共に、鋼太郎の手には確かに何かを斬り裂いた手応えが伝わる。
肩口から腰の辺りまで真っ二つに両断された『影』。
寄り集まっていた黒い粒子は人の形を保てなくなり、やがて散り散りになる。
オオォン……という不気味な呻き声を残して『影』は跡形も無く消え去った。
「(やった……このチート能力なら、コイツ等とも戦えるんだ!)」
初めての戦闘、初めての撃破に対して感動する鋼太郎。
だが、鋼太郎の周りで蠢く『影』達は、そんな鋼太郎の感情の揺らぎから生まれる隙を見逃さない。
すぐ横に立っていた『影』が、鋼太郎の顔に向かって鋭い鉤爪を振り下ろす!
「え、お、おわぁっ!?」
鋼太郎は咄嗟に左腕を上げて頭をガードする。
ガキイィンッ!
「痛えぇっ!?」
金属同士が激しくぶつかり合ったような耳障りな音が響く。
だが、鋼太郎の左腕には変化は見られない。
制服は破れていないし、腕に裂傷も負っていない。
鉤爪の1枚1枚が、まるで肉厚な包丁のようであるのにも関わらず、だ。
だが、鋼太郎の左腕には確かに鋭い刃物のようなもので斬り裂かれたような痛みが残っている。
しかしその痛みも一瞬だけで、すぐに消え去る。
が、その直後に鋼太郎の視界に飛び込んで来たのは、空中に浮かぶ謎の数字だった。
4900/5000
その数字の意味を考えるだけの余裕は、鋼太郎には無かった。
激痛に怯んだ鋼太郎だったが、咄嗟に『影』の包囲網を強引に突破し、再び中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンの待つ光の壁の方へと逃げ出す。
そして自らの左腕が無事なのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。
「(やべぇ……腕が斬り落とされたかと思った……!)」
「(これがチート能力の恩恵ってヤツか……っつっても痛い事には変わらねぇけど……)」
「(っつーか、自分から集団に剣1本で突っ込むとか、どんだけ舞い上がってたんだよ俺ェ!)」
既に斬空剣は手の中から消え失せている。
そして尚もゆっくりと鋼太郎へと迫り来る『影』の集団。
その虚ろな眼からは鋼太郎への殺意も、仲間を倒された憤りも、何も感じられない。
そこにあるのは虚無のみ。
鋼太郎がチート持ちの勇者でも、ただの男子高校生でも関係が無い。
命あるものをただ殺す事だけを目的としている、鋼太郎の常識の埒外にある存在……それが『影』だ。
「(ちょっと考えりゃ解るだろ……これは不良相手の殴り合いの喧嘩じゃねぇって……!)」
鋼太郎は今までの甘い考えを改める。
これは戦争だ。
喰うか喰われるか、殺すか殺されるか、その2択でしかない。
そして『手加減』の影響によって、高位の知性を有する生き物を殺す事の出来ない鋼太郎が『影』を消滅させられた。
これは即ち『影』には知性が無い事を意味する。
「(だったら……思いきりやるしかねぇだろ! でなけりゃ、俺がやられちまうんだから!)」
何としても異世界に行き、魔王を打ち倒す。
そして日本での、平凡だがそれなりに幸せだった日常を取り戻す。
その決意が、ただの高校生だった鋼太郎を1人の戦士へと成長させる。
「ゴオォッドォ! 剛弓ウゥッ!!」
テッテレ~テレレレッテレ~♪
テ~レレレッテレ~テレレレッテレレ~♪
ラランランランララ~ン♪
ライジーン♪ ライジーン♪
鋼太郎のお気に入りアニメ『覚者ライジーン』の主題歌と共に、鋼太郎の両手に神々しい剛弓が現れた。
30体の『影』を相手に、接近戦は不利だと判断した上で選択された武器だ。
これで遠距離から射撃して、少しでも数を減らそうという作戦のようだ。
今まで弓矢など扱った事の無い鋼太郎だが、アニメの知識を頼りに矢を番え、弦を引き絞り、そして構える。
「よし……喰らえぇっ!」
まず第1射、人型の胴体に命中。消滅。
次いで第2射、獣型の頭部に命中、消滅。
第3射、第4射と次々と命中させる。
だが『影』の歩みは止まらない。
数は減らすが、それでも『影』は1つの塊となってジリジリと迫り来る。
その不気味な威圧感からか、構えが不完全な形となり、自然と矢の命中率も低下する。
当たればほぼ撃破出来る威力のチート武器でも、当たらなければどうと云う事は無いのだ。
「クソッ! クソッ! 来るな! 来るなぁっ!」
今の鋼太郎の心境は、まるで不死身のゾンビの群れに半狂乱で拳銃を撃ちまくる、映画の終盤で死ぬザコキャラだ。
そんな冷静さを欠いたまま戦い続ける鋼太郎に、救いの女神が声を掛ける。
「コウタローさん! そんな時こそ精神コマンドをお使いになられては?」
光の壁の向う側から、本物の女神である金髪キャリアウーマンがそう促す。
その清らかな鈴の音のような声を聞き、ようやく我に帰る鋼太郎。
「そ、そうか……す、精神コマンド!」
鋼太郎の声に反応して、目の前に広がる精神コマンド一覧。
それ等に素早く目を通した鋼太郎は、早速1つのコマンドを作動させる。
「『集中』!」
【『集中』が発動されました。これより1分間、術者の命中率と回避率に30%の上昇補正が加わります。チャージタイムは3分です】
鋼太郎は『集中』を選択する。
これは鋼太郎がこよなく愛するロボットシミュレーションゲームに於いて、最も使用されるであろう万能コマンドの1つである。
果たして、このコマンドを使用した後の矢の命中率たるや。
百発百中、とまでは行かないものの、それでも誤射は確実に減った。
10発中8発程の命中率で、みるみると『影』がその数を減らして行く。
そしていよいよ『影』が10体近くまで減る。
だが『影』と鋼太郎との距離も、すぐそこまで迫っていた。
しかし鋼太郎は慌てず騒がず、次の精神コマンドを発動させていた。
「『加速』!」
【『加速』が発動されました。術者の本来の移動力に+30歩分が加算されます。チャージタイムは3分です】
次の瞬間、その場から鋼太郎の姿がフッと掻き消えた。
かと思えば、鋼太郎の姿はあっという間に『影』達の背後に現れていた!
「うぉっととぉ!? す、すげぇ……」
まるで瞬間移動さながらの高速移動。
あまりの速さに、背後を獲られた事にまるで気付かない『影』の集団。
その隙を逃がす鋼太郎ではない。
一気呵成に勝負を仕掛ける!
「ツインハーケン!!」
テテ~テッテテ~♪
テテテッテ~テテテッテテ~テテン♪
ゆけ~ゆけ~デューティーフリー♪
とべ~とべ~紅蓮大帝~♪
何故か日本よりも海外、特にフランスを始めとする欧州で絶大な人気を博したロボットアニメ『免税ロボ紅蓮大帝』の主題歌が流れる。
その声とBGMでようやく、敵が背後に居る事に気付いた『影』。
「遅ぇよっ!」
鋼太郎の両肩から、三日月型の鋭い刃が飛び出す。
その刃にはそれぞれ80センチ程度の柄が付いている。
それ等を両手で掴んだ鋼太郎は、その鎌槍の石突(槍の穂先とは逆の、地面に突き立てる部分)同士を合わせる。
すると2つの短い鎌槍は、両端に三日月型の刃が付いた1本の長槍となった。
「だらっしゃあああぁああっ!!」
鋼太郎はツインハーケンを車輪の如く振り回す。
初めて手にしたにも関わらず、それはまるで鋼太郎の身体の一部であるかのように自由自在に扱える。
そしてツインハーケンが振り回される度に、周囲の『影』が1体、また1体と消え去る。
その刃の軌跡は、まさに死の轍だ。
あっという間に、残りの『影』は2体となる。
鋼太郎は近くに居た『影』の首と胴体を、ツインハーケンの一振りで泣き別れにする。
「あと1匹!」
鋼太郎が最後の『影』の方へと向き直る。
だがその瞬間、鋼太郎が見たものは……
今まさに自分の顔面に振り下ろされんとする、巨大な鉤爪だった。
ギャリイィイィイイインッッ!!
「っぎゃあああああ!? いぃってえええええええええ!!」
最初に喰らった鉤爪よりも更に巨大で、鋭く、殺傷力十二分の凶器が、鋼太郎の無防備な顔面を縦に斬り裂いた!
無論、鋼太郎の全身はオリハルコンでコーティングされている為、どんな武器であっても鋼太郎の生身の肌に届く事は無い。
が、それでも相応のダメージが鋼太郎に与えられたのは間違い無い。
4400/5000
という数字の表記が、鋼太郎のすぐ目の前に現れた。
だが顔面を両手で多い、のたうちまわりながら悶絶している鋼太郎には確認しようがない。
「ちょっ! マジで、これ、死ぬじゃん! いってぇって! シャレになってねぇってぇ!!」
怪我は無い。
出血も無い。
斬り裂かれたハズの眼球も、視界を失ってはいない。
だが痛いものは痛い。
痛いんだから仕方が無い。
なので、敵がすぐそこに迫っているのに隙だらけになるのも、無理からぬ事なのだ。
オオォオン……コォォオ……
うずくまって痛みに耐える鋼太郎のすぐ目の前に、最後の『影』が迫る。
その眼には如何なる意思も宿さずない。
そして『影』が禍々しい鉤爪の付いた黒い腕を、頭上高く掲げる。
そしてその凶刃を、鋼太郎の背中を目掛けて……振り下ろした!
「『閃き』!!」
【『閃き』が発動されました。1回だけ、どんな攻撃も100%回避する事が可能です。チャージタイムは10分です】
が、その凶刃が鋼太郎を斬り裂くよりも前に、鋼太郎は素早く身を翻す。
先程までの痛がり方が、まるで擬態であったかのように。
そして『影』の鉤爪は誰も居ない空間を素通りし、白い石床に僅かな爪痕を残した。
何が起こったのか理解出来ないのか、愚かな『影』は緩慢な動きで周囲を見回し、そして……
鋼太郎の姿を見つけた時には、もう勝負は決していた。
テ~ン♪
テッテッテレッテレッテ、テテッテ~♪
冷やせ~冷やせ~真っ白に冷やせ~♪
絶対零度で凍らせろ~♪
倒せ~倒せ~チカラ任せに~♪
お前のカラテを見せつけろ~♪
「ダブル、トルネエェェェェド!!」
鋼太郎は両腕を大きく広げ、そして胸の前で勢いよく交差させる。
すると振り抜いた両腕の辺りから、猛烈な勢いで旋風が吹き荒れる。
本来目には見えないハズの風の流れだが、その風は強烈なエネルギーと化し、その場に居る全員の目にハッキリと見えた。
風は猛烈な竜巻となって、そのまま『影』の周囲を取り巻く。
そして『影』はその風の圧力に抗えず、遂には竜巻の中心に飲み込まれてしまう。
オオオオオオオオオ……
虚ろに叫ぶ『影』は、どうにか竜巻の中から逃れようとするも、指1本すら動かせず。
それどころか『影』の足が床から僅かに離れ、そのまま宙に浮いてしまう。
やがて『影』は1メートル、2メートルと竜巻によって高く巻き上げられ、そしていよいよ部屋の天井ギリギリまで、悠に10メートルは飛ぶ。
そして不意に竜巻は消え、それに伴い『影』の身体も浮力を失い落下する。
それと同時に鋼太郎はしゃがみ込み、そして強く地面を蹴って飛翔した。
それは凡そ人間離れした跳躍力だ。
陸上選手やバスケット選手でも、垂直跳びの平均値は70センチ程度で、世界記録でさえ129センチと云われている。
だが鋼太郎は、その何倍も高く跳躍して見せた。
そして、空中で身体のコントロールを失っている『影』に迫り、その無防備な胴体へと拳を突き立てる!
「必殺! 疾風! 正中線五段突きイィッ!!」
喚んでる~♪ 喚んでる~♪
マンモスマンモス励闘マ~ン~モ~ス~♪
み~んな~がお前を~喚~ん~でる~♪
北海道の永久凍土で氷漬けになっていたマンモスの遺伝子を注入された主人公が、吹雪流空手を習得して悪の異星人と戦う『励闘マンモス』の必殺技が炸裂した。
哀れな『影』は、身体の正中線に強烈な正拳を5発も叩き込まれ、そのまま黒い粒子となって跡形も無く消え去った。
そして無事着地する鋼太郎。
だがその顔には、疲労の色がありありと見て取れた。
やがて、鋼太郎の意識は闇に呑まれた。
「ボウガン」は商標名だった為、泣く泣く剛弓に変更しました。
次回更新は5月30日18時です。