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悩みなんか吹き飛ばせ!


「今のコウタローさんのお悩みを、全て解決出来るかも知れません」

 

 金髪キャリアウーマンは、掛けていた眼鏡を指でクイッと上げながら告げる。

 その出立ちは正に『出来る女』そのものだ。

 

 生前は、成熟した大人の女性とあまり接点の無かった鋼太郎は、そんな些細な仕種だけでドギマギしてしまう。

 基本的に学校の女教師(三つ編み+芋ジャージ)とは何もかもが違うのだ。

 色気だけでも、鋼太郎が小学校1年生の時に一目惚れした担任女教師よりも遥かに妖艷である。

 

「コウタローさんの第3のチートスキル……その名も『精神(スピリット)コマンド』を用いる事で!」

 

 鋼太郎の青い葛藤を置き去りにして、金髪キャリアウーマンはそう言った。

 右斜め45度で、やや上体を反らし気味にしながら、程よくドヤ顔で。

 

 

 

 金髪キャリアウーマンの言う『精神(スピリット)コマンド』という言葉は、鋼太郎にも聞き覚えがあった。

 というよりも、むしろ鋼太郎の方が詳しいかも知れない。

 

 何故ならそれは、鋼太郎がこよなく愛するスーパーなロボット達が集う、『スーパーロボット戦争(クリーク)』というシミュレーションゲームに登場するシステムの1つだからだ。

 

「これも実際に試された方が早いでしょう。コウタローさん、まずは『精神(スピリット)コマンド』と口に出して唱えてみてください。さんハイ!」

 

「え、あ、はい……えっと……す、『精神(スピリット)コマンド』!」

 

 鋼太郎の声に反応してか、目の前の光景が変化する。

 何もない中空に突然、40インチの半透明のテレビ画面のようなものが現れる。

 そしてその画面いっぱいに、2文字から3文字の漢字がいくつも列挙された。

 

「おぉ……こ、これは……!」

 

 集中(コンセントレーション)加速(アクセラレーション)熱血(パッション)気合(エール)……

 この文字群が何を意味しているのか、鋼太郎には瞬時に理解出来た。

 

「それ等のコマンドの1つ1つが、コウタローさんの身体能力や武装を上昇させるバフ効果や、敵の能力を下降・制限させるデバフ効果を有しています」

 

 金髪キャリアウーマンはそう言って、画面に釘付けになっている鋼太郎に肩を寄り添わせる。

 思わず興奮のベクトルが全く違う方向へとシフトする鋼太郎。

 青い性が爆発寸前である。

 

「各コマンドの効果は、コウタローさんの方がよく御存知でしょうから、ここでは説明は省略しますが……えっと……あ、これですね」

 

 大量の文字群の中から、ある1つの単語を指し示す金髪キャリアウーマン。

 至近距離に程よく熟れた女体と、そこから発せられるとても男好きのする良い匂いに、頭がホワホワしてしまう鋼太郎。

 そんな微笑ましい様子を、忍び笑いしつつ眺める中年サラリーマン。

 

 三者三様の思惑が交差する。

 

「……コウタローさん? 聞いていますかコウタローさん?」

 

 身長170センチの鋼太郎とほぼ同じ身長(ヒールの分も含めて)の金髪キャリアウーマンが、鋼太郎の顔を覗き込む。

 

「……へ? あ、いえ、はい! き、聞いてますです!」

 

 顔を赤くしながら首肯く鋼太郎。

 イカンイカンと思いながらも、金髪キャリアウーマンの青い瞳から目が離せない。

 心臓の鼓動を聞かれてしまうのではないのかと気が気ではない。

 

「では、説明させて頂きます。コウタローさんは無敵の武器とほぼ不死身の肉体を得ました。ですが、その強過ぎる武器で人を(あや)めてしまうのを危惧されている……そうですね?」

 

「は、はい……そうです……すみません、何か……情けないですよね?」

 

「いいえ。むしろその不殺を貫こうとする決意は素敵です。私……コウタローさんの事、ちょっと好きになってしまったかも……♡」

 

「う、うえぇっ!? ちょ、まっ、そんな……って……」

 

 アタフタ慌てる鋼太郎だが、頬を膨らませながら必死に笑いを堪えている金髪キャリアウーマンを見て、すぐに冷静さを取り戻す。


「……からかわないで、さっさと説明してくださいよ!」

 

 照れと怒りで更に顔を赤くしつつ、鋼太郎は仏頂面でそう促す。

 

「フフッ……ごめんなさい。では早速……これを御覧ください」

 

 そう言って金髪キャリアウーマンが指をさした文字を読む。

 

「『手加減(アラウアンス)』……って、まさか?」

 

 金髪キャリアウーマンはニコッと微笑み、その細い指で『手加減(アラウアンス)』と書かれた文字に触れる。

 すると文字の色が、白から黄色に変化した。

 

 そして鋼太郎の耳に、誰かの声が聞こえた。

 

【『手加減(アラウアンス)』が管理者権限で発動されました。以降、対象の敵のHP(ヒットポイント)が本来ならゼロになる威力の攻撃を与えても、HPは1だけ残り、敵は死亡しません】

 

【この効果は常時発動し、術者が人間、または高位の知能があると認識した生物に敵対した時に有効となります。また、この『手加減(アラウアンス)』の常時発動状態は術者本人では解除出来ません。解除するには管理者の許可が必要となります】

 

 その声は男とも女とも解らない声で、鋼太郎の脳内に直接語りかけてきた。

 

「ちなみに今のガイダンス音声はコウタローさんと私達にしか聞こえません。ですので異世界で誰かに盗み聞きされる事はありませんので御安心を」

 

「えっと、今の説明からすると、つまり……?」

 

 戸惑う鋼太郎に、金髪キャリアウーマンはにこやかに答える。

 

「はい、つまりコウタローさんは自分の意思に関わらず、異世界で人間及び人間と同等の知性がある種族を殺害する事が出来なくなりました。これは私達の観点からすると大きなデメリットですが、コウタローさんにとってはこれ以上無い程のメリットではないでしょうか?」

 

「ほ、本当ですか? 本当に、誰も殺さずに済むんですか!?」

 

「えぇ。それでもいくつか気をつけなければいけない事はありますが……まずは当面の心配は消え去ったと考えてくれて構いません」

 

「あ……ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」

 

 鋼太郎は金髪キャリアウーマンの手を両手で掴み、ブンブンと上下に振る。

 目をキラキラと輝かせ、期待と興奮で顔を桜色に染める鋼太郎に、金髪キャリアウーマンも中年サラリーマンも苦笑いを浮かべる。

 

「さて、じゃあ懸案事項が消え去ったついでに、他のコマンドも試してごらんよ」

 

 中年サラリーマンはそう言うと、再度指をパチンと鳴らす。

 すると奥の白い壁の一部がパカッと開き、人が出入り出来る程度の空洞が見えた。

 

 中は暗く、空洞と鋼太郎達との距離が開いていた事もあって、中には何も見えない。

 だが、微かに何かの音が聞こえる。

 

 ヴヴ、ヴヴヴ……ズ、ズズズズ……

 

 その音は徐々に大きくなる。

 そして、やがてその音の主が姿を現す。

 

 空洞内から現れたのは、黒い影だった。

 影のようであり、煙のようでもあり、霧や(もや)のようでもあり。

 

 それらを纏った()()が複数体、空洞の中からゾロゾロと這い出て来た。

 それは大小様々な形となっている。

 

 或いは2足歩行の大小の人の形、或いは4足歩行の獣じみた形、また或いはそれ等の頭上を翼を羽撃(はばた)かせて飛び回る鳥や虫の形。

 そしてそれ等全ての個体が、ボヤァッと微かに明滅する光る双眼を備えていた。

 

 鋼太郎の全身に悪寒が走る。

 鳥肌程度ではなく、心の底からこの影の集団に怖気(おぞけ)を感じていた。

 

「それはね、異世界で魔物(モンスター)と呼ばれる物の原形、さ。異世界に棲む全ての魔物の中身は、この影の集合体さ。でも中にはこの状態で異世界を彷徨っていて、むしろこの状態で居る時の方が手強いんだよね」

 

 と、中年サラリーマンは鋼太郎に告げる。

 

「実体が無いから普通の武器は効かないし、魔法にもやや耐性がある。コイツ等を倒せるのは中級より上の魔法使いか、魔法の加護を付与された武器か、神の奇跡や祝福を限定的に扱える神官か聖騎士くらいかなぁ。異世界では単純に『影』と呼ばれているね」

 

「そ、そんなヤツに……俺が、勝てる見込みはあるんですか……?」

 

 鋼太郎は中年サラリーマンの声を背中で聞きながら、そう問い返す。

 今も鋼太郎の膝は震え、歯の根をカチカチと鳴らしている。

 その震えは恐怖故か、はたまた武者震いか?

 

「それを今から調べるのさ。さぁ鋼太郎君! 君が身につけた3つのチート能力、(ゴッド)(アーマー)(ゴッド)武具(アームズ)(ゴッド)知恵(ウィズダム)を駆使して、あの『影』を倒すんだ!」

 

 中年サラリーマンがそう宣言すると、30体近くの『影』の眼が、一斉に鋼太郎の方へと向けられる。

 

「ヒッ!?」

 

 怯える鋼太郎。

 だが中年サラリーマンは意にも介さず、淡々と説明する。

 

「これが僕達からの最後のチュートリアルだ。これをクリアーしなければ、魔王を倒す事はおろか、異世界を生き抜く事すら出来ないからねぇ! さぁ、存分に暴れたまえ!」

 

 そして闘いのゴングは唐突に打ち鳴らされた。

 

 まず、鋼太郎と後ろの2人、中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンとの間に光の壁が出現した。

 

「え、ちょっ!?」

 

 鋼太郎は背後に現れた光の壁に触れるが、それはさながら水族館の巨大水槽のガラスじみていて、鋼太郎が拳をガンガンと叩きつけても、壊れるどころかヒビの1つも入らなさそうだと直感した。

 光の壁の向こうでは、中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンが手を振っている。

 

 まるで鋼太郎との別れを惜しむかのように……ではなく、両者とも爽やかな笑顔だった。

 

 そうしている間にも『影』はゆっくりと鋼太郎の背後から忍び寄る。

 その禍々しい気配を察知し、慌てて光の壁を背にして立つ鋼太郎。

 

 事ここに到って、鋼太郎はようやく理解した。

 

「(……もう後戻りは出来ない! ここであの黒いモヤモヤにやられちまったら、俺は異世界にすら行けない……魔王を倒す以前の問題だ!)」

 

「(やるんだ……腹を決めろ! 俺は異世界に行って、魔王を倒して、そして日本に帰るんだ! その為のチカラはもう手にしてる! 後はやるかやらないか、それだけだろ!)」

 

「う、うぅっ……うおおおおおおおおっっ!! やあぁってやらああああっっ!!」

 

 鋼太郎は意を決して、大挙する『影』に向かって走り出す。

 それはさながら、生まれた町を守る為、大切な人を守る為になけなしの勇気を振り絞って敵に立ち向かう、ロボットアニメの主人公の如く。

 

「行くぞぉ! 斬! 空! 剣!」

 

 鋼太郎の魂の叫びと共に現れたのは、鋼太郎がこよなく愛する『超獣魔神ザンクーガ』の必殺武器、斬空剣だった!

 

 

 


次回更新は5月29日18時です。

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