オーバーキル
中年サラリーマンは右手の指をパチンと鳴らす。
するとそれに呼応して、白塗りの床の一部がパカッと開き、何かがせり上がって来た。
それは西洋仕立ての甲冑だ。
銀色というよりは鈍色にくすんだ全身鎧で、右手には槍、左手には盾を握っている。
ガシャンッ、と云う金属音の響きで、中は無人の伽藍堂なのだろうと推察する。
「さぁ、手始めにあの鎧に攻撃してごらん。まずは君の大好きなスーパーロボットが必殺技を放つ瞬間を、頭の中でイメージするんだ」
「えぇ……ほ、本当に出来るんですかぁ……?」
「それを確かめるのさ。ほら、イメージイメージ! 考えるな、感じろ!」
「どっちなんスか!? わ、解りましたよ……えっと……」
そう言って鋼太郎は、甲冑と相対する。
「(敵との距離は、約10メートルか……ってか、必殺技って言われてもなぁ……何すりゃ良いのかも解んねぇってのに……)」
「(……そうだ。マジンダーXのロケットナックルにしよう。スーパーロボットの必殺技の定番だからな)」
「(右手を敵に向けて、拳を固く握って、左足を半歩引いて……)」
『マジンダーX』は、スーパーロボットの始祖とも呼ばれるアニメであり、英霊で例えるならば古代バビロニア王のような存在である。(諸説あり)
鋼太郎は元祖スーパーロボットへのリスペクトを表す意味でも、マジンダーXの最も代表的な必殺技である、ロケットナックルの構えを取る。
「よし、じゃあ次は必殺技の名前を高らかに叫ぶんだ。小声だと発動しないかも知れないからね」
「わ、解りました……せーの……ロケットナぁックルうううっ!」
小学生以来のスーパーロボットごっこに、鋼太郎は少しだけ顔を赤くしながらも、今まで何百何千回と叫んだであろう必殺技の名前を叫ぶ。
そして、奇跡は顕現した。
デデンデン! デデンデン!
デデンデン! デデンデン!
テテーテーテーテテレテレテテーテー♪
突如どこからか大音量で鳴り響く音楽。
思わずビクッと身体を硬直させる鋼太郎。
だが、鋼太郎はすぐにその音楽が彼のよく知るアニメのオープニング曲のイントロである事を悟る。
そう、それは鋼太郎がアニメやゲームで何度も聴いた、マジンダーXのオープニング曲だ。
そして次の瞬間、彼の右腕の肘から先が弾け飛んだ!
バシュウウウウッ!!
「どわぁっ!? な、何だぁ!? って……うわあああああああ!? お、俺の腕があああああああぁぁっ!?」
鋼太郎は絶叫した。
それもそのハズ。何故ならば、鋼太郎の右腕の肘から先が鋭利な刃物でスパッと、学ランの袖ごと切断されたかの如く消え失せていたからだ。
「な、何でぇ!? い、痛くないのにぃ!? 肘の辺りがイキナリ爆発して……ってか、俺の右手はドコぉ!?」
鋼太郎はパニックになり、傍らに居る中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンの方を見やる。
中年サラリーマンと金髪キャリアウーマンはその問いには答えず、2人同時にある方向を指差した。
鋼太郎が2人の指の先を見ると……
ガッキイイイイイイイインンッ!
鋼太郎の肘から吹っ飛んだ右手の拳が、10メートル先の甲冑の兜にクリーンヒットして、そのまま兜を弾き飛ばす瞬間だった。
そして兜を落とした鋼太郎の右手は、空中を旋回して鋼太郎の方へと飛来する。
「う、うわあぁ!?」
鋼太郎は咄嗟に残った左腕で顔をガードする。
だが右手はそのままクルクルと回転して鋼太郎の右腕の切断面へと接着した。
ガシャンッ! という鈍い衝撃と共に、鋼太郎の右腕は元通りになる。
試しに指を動かすと、問題なく動く。
肘を動かしても、痛みは無い。
それどころか、学ランにもYシャツにも何ら変化は見られない。
そう。まるでたった今起こった衝撃の出来事を否定するかのように。
鋼太郎は唖然となり、いつまでも自分の右腕を凝視している。
だが、やがて鋼太郎は再び甲冑の方へと右腕を伸ばし、再び叫ぶ。
「す……スピンプレッシャーナックルうぅっ!」
ラーッシュ! ラーッシュ! ランランララン♪
ラーッシュ! ラーッシュ! ランランララン♪
ラーッシュ! ラーッシュ! ランランララン♪
スクランブルぅ~ラーッシュ!
今度は先程とは違うBGMが流れる。
これはマジンダーXの正統後継アニメ『ウルトラマジンダー』のオープニング曲だ。
鋼太郎の叫びと共に、伸ばした右腕にも変化が。
手首から肘にかけて、ジャキンッ! と出現したのは、ゆるやかな曲線を描く幾筋もの鋼鉄の刃だった。
そして肘から先がギュイイイイイン! と高速回転を開始して、そのまま先程のロケットナックルと同様に肘の辺りが爆発。そして切り離された右腕の断面に現れたロケット噴射口から猛烈な炎を噴き上げながら、目標の甲冑へと飛翔する。
死の螺旋を伴うスピンプレッシャーナックルは、それ自体が強力なドリルと化し、甲冑の胸当ての辺りで大量の火花を撒き散らし、そのまま甲冑に大きな風穴を開ける。
そして空中を旋回して鋼太郎の右腕へと戻る。
鋼太郎は再度右腕のチェックを行う。
指は動くし、肘も曲がる。左手で右手首を掴んで引っ張ってみるが、右手がすっぽ抜ける事も無い。
「……どうやら無事に発動したみたいだねぇ。で、念願のスーパーロボットになれた感想は?」
中年サラリーマンが鋼太郎の背中に尋ねる。
別に鋼太郎は自分自身をスーパーロボットにしろとは言っていないのだが。
鋼太郎の背中は震えていた。
その震えが表すのは、怒りか? 恐れか? 悲しみか?
「……………………すっ」
「す?」
「スッゲエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
選ばれたのは、喜びでした。
「すっげぇ! すご過ぎィッ! ね、今の見ました!? 俺の右手がバァーッてなって、ドカーンッてなって、ガッキーンッて!」
たちまち低下する語彙力。
「あ、あぁ……そうだね。凄かったねぇ」
中年サラリーマンの肩を両手で掴んでチカラ任せに揺さぶる鋼太郎。
あまりの興奮状態に、中年サラリーマンも金髪キャリアウーマンも苦笑せざるを得ない。
だが鋼太郎はそんな大人2人に構う事なく、もう一度ロケットナックルを放とうと、既にボロボロになった甲冑に向かって右腕を突き出す。
「あ、ちょっと待って。どうせならもっと色んな必殺技も使ってみない?」
と言って中年サラリーマンは再度指をパチンと鳴らす。
するとボロボロになった甲冑が床の穴に沈み、新しい無傷の甲冑がおかわりとして現れた。
「別に同じ系列のスーパーロボットの必殺技に限定しなくても、君が知ってるアニメやゲームに出て来るスーパーロボットの必殺技なら、何でも使えるハズだよ」
そうアドバイスする中年サラリーマンを見る鋼太郎の目は、まるで最高級の宝石の如くキラキラ輝いていたと云う。
そして鋼太郎は次から次へと憧れのスーパーロボットの必殺技を披露する。
それはマジンダーXやウルトラマジンダーと同年代に放送された変形合体ロボの元祖、『ゼッタイロボ』のアックスブーメランであったり。
デケデケデン! デケデケデンデケデケデン!
デケデケデン! デレッデレッデデレッデレッデ!
バンバンバンバン!
またはリアルロボットの金字塔、『駆動戦士ガンバル』のレーザーライフルであったり。
燃えやがーれー燃えやがーれー燃えやがーれーガンバルー♪
ゼッタイアックスもレーザーライフルも、武器名を叫んだ瞬間に光の粒子が集まって形となり、アニメやゲームで見たままのそれが鋼太郎の手の中に収まっていた。
そしてその威力たるや。
全力で振りかぶった手から放たれたアックスブーメランは、甲冑の胴体を真っ二つに両断した。
レーザーライフルの銃口から放たれたレーザー粒子は、堅固な盾を苦もなく貫通する。
恐らく西洋ファンタジーをベースにしているであろう異世界において、鋼太郎のこのチカラは驚異である。
これは活躍待ったなし。いわゆるチート無双になる事はほぼ間違い無い。
つまり鋼太郎の未来には、勝利と栄光が約束されているのだ。
鋼太郎は思わずニヤリと笑う。
口角は吊り上がり、喉の奥からクックッと忍び笑いが漏れ出るわ、生えていないハズの犬歯が覗くわで。
それはまさに、ヒーロー物の主人公にあるまじき邪悪な笑みであり、どちらかと言えばダークヒーローのそれである。
鋼太郎は酔っていた。
自分が手にした強大なチカラに。
この無敵のチカラさえあれば、自分は何でも出来る、何にだってなれる。
鋼太郎はつい先程まで、普通の高校生に過ぎなかった。
それが運命の悪戯により、憧れだった超絶パワーを自由に行使出来るようになったのだ。
たかだか16才の少年が、全能感に酔い痴れるのも無理からぬ事だろう。
だが、鋼太郎はふと冷静になる。
自身の必殺技を喰らい、無惨な姿となって床に転がる甲冑の数々を見て、ゾクッと背中に悪寒が走った。
鋼太郎は傍らの中年サラリーマンに恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……ちょっと聞きたいんですけど……仮に、仮にですよ? あの鎧を人が身に着けていたらと仮定して、俺の必殺技を受けた人は……」
「あぁ、そりゃ死ぬだろうね。悲鳴をあげる事もなく、一瞬でお陀仏かな」
事も無げに答える中年サラリーマン。
すると先程までの感動と興奮はどこへやら、全身から血の気を引かせる鋼太郎。
そして項垂れる鋼太郎。
それからしばらく、鋼太郎の心の中ではかつて無い程の葛藤が渦巻く。
その表情は苦悩に満ちていた。
さながら買い与えられたばかりの玩具を取り上げられた幼子のような。
それでいて、例えそんな理不尽な運命でも受け入れなければならないと、自分に言い聞かせているかのような。
どれ程の時間が経っただろうか。
唇を噛み、拳を握り締めて思い詰める鋼太郎に対し、中年サラリーマンも金髪キャリアウーマンも、何も言わずに鋼太郎の答えを待っている。
やがて、鋼太郎は顔を上げる。
その顔は泣いているようでもあり、怒っているようでもあり、そして笑っているかのようでもあった。
「あ、あの……大変申し訳無いんですど……やっぱり、異世界に行くのは無しって事には……出来ませんか?」
「んん? それは……つまり、生き返るチャンスをふいにするって事だよ? せっかく憧れのスーパーロボットのチカラも手に入れたっていうのに、それを使わずに自分の死を受け入れるって事になるんだけど、それで良いのかい?」
中年サラリーマンは少し驚いたように、鋼太郎に問い返す。
だが、鋼太郎は目を伏せながら、こう答えた。
「俺……馬鹿だから、みっともなく舞い上がっちゃって……でも、正義のスーパーロボット好きとしては、いくら自分が生き返りたいからって……他の人間を殺すなんて、出来ないっス……」
それだけ言うと、言葉を詰まらせる鋼太郎。
だが、中年サラリーマンは目の前の少年が何に対して苦悩しているのか、ようやく理解したようだ。
「つまり……君は自分が異世界の人間を殺す事になるかも知れないって思って、ビビってしまった……と?」
「ヘタレですみません……魔王だか何だか知らないけど、ソイツを倒すまでには、俺は色んな奴等と戦う必要があるんですよね? 悪いモンスターとかならまだしも、下手すりゃ人間相手に、あんな……恐ろしい威力の必殺技は、出せないっス……」
鋼太郎はチラッと、無惨な姿で散らばる甲冑の残骸を見る。
もしあの甲冑の中に人間が入っていたらと思うと……リアルにそれを想像してしまった鋼太郎は、胃の辺りがギュッと締め付けられたような不快感を感じる。
「(……見込み違い、だったかな?)」
その反応を受けて、中年サラリーマンは困り果ててしまう。
だが確かに鋼太郎が危惧する通り、異世界で人間の騎士や傭兵、山賊の類と争う事になる可能性はゼロではない。
もしそこで不可抗力的に必殺技を放ち、その人間を殺してしまう事にでもなれば……その瞬間に鋼太郎の精神は呆気なく崩壊し、使い物にならなくなるだろう。
馬鹿で直情的で単細胞ではあるものの、鋼太郎は元来心根の優しい16才の少年なのだ。
喧嘩で人を殴る事はあったが、それはあくまでお互いのチカラが拮抗していた場合がほとんどだ。
圧倒的なチカラで相手を虐殺する事など、正義の味方を自認する少年には出来はしない。
「(『彼等』はこんな事で悩んだりしなかったから、それが普通なんだと思ってたんだけどなぁ……)」
完全に及び腰になってしまった鋼太郎と、ウーンと腕組みしながら考える中年サラリーマン。
そんな悩める男2人の前に、救いの女神が現れた。
「あの、少しよろしいでしょうか? コウタローさんのお悩みを解決する方法を、私から提案させて頂きたいのですが……」
金髪キャリアウーマンはそう言うと鋼太郎の目の前まで歩み寄り、ニッコリと微笑む。
それはまさに、女神の微笑だ。
さっきまであんなに葛藤していた鋼太郎が、その笑顔に思わず見蕩れてしまう程の。
次回更新は5月28日18時です。