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情報収集


 本題に入る前に、ゴーチェとは異世界にある貿易が盛んな港町で、ティルミンドンナーとは主に織物を扱う行商人の呼称である、という割りとどうでも良い情報だけお伝えしておく。

 

 

 

 さて闇猿を肩に担いだゴレインは、大量に伐採した倒木をヒョイヒョイと飛び越えて森の中へ入る直前、最後に鋼太郎に声を掛ける。

 

「ま、今日のところはスパッと諦めるよ。でも忠告しておくけど、その『杖』は絶対に手放さない方が良い。例えばそこのトミー・イエローゲートが一時預かろうなんて事を言い出しても、絶対に拒否すべきだとボクは思うねぇ」

 

「これこれ、儂はミツェーモンじゃと言ぅておろうに……」

 

 ミツェーモンの抗議を無視して、ゴレインは更に続ける。

 

「それくらいその『杖』は真に難物なんだ。それだけに、その価値は計り知れない。下手にその辺の小国の暴君の手に渡ってしまえば、あっという間に力の均衡(パワーバランス)は容易く崩れ去る。だからこそ、その『杖』は我らが帝国が正しく管理するべきなんだが……まぁ異世界人のキミには解らないかな?」

 

「……ンな手前勝手な理屈、解るハズねぇし渡すワケもねぇだろ。オッサンが悪人だってのはよく解ったけどな。おいオッサン、俺には嫌いな物が2つある……何だか解るか?」

 

 ゴレインに対して唐突に問いを投げ掛ける鋼太郎。

 突然の問いにゴレインは目を瞬かせるが、ニマッと笑って鋼太郎に答えを催促する。

 

「へぇ……解らないなぁ? でも参考までに聞いてあげるよ。コウタロー君の嫌いな物2つって、何かな?」

 

「よっく聞いとけよオッサン! 俺が嫌いな物、1つ! 子供を泣かせるヤツ! 2つ! 子供を怖がらせるヤツ! 3つ! 子供の大切にしてる物を無理矢理奪い取ろうとするヤツ! そして4つ! 小難しい理屈をグダグダと並べて人を煙に巻こうとする鼻持ちならねぇ残念中年だ! つまりお前の事だよオッサン!!」

 

「4つ!? 2つって言ってたのに、4つ!? 3つまでならまだしも、4つゥ!? しかも初対面なのにボクの事を悪く言い過ぎじゃないかなぁ!?」

 

 ゴレインは驚愕する。

 兎角(とかく)この鋼太郎という少年、さすがは異世界人らしくゴレインの常識の枠内に当てはまらない。

 

「カッカッカッ! 一本取られたのうヴォン・ゴレインよ」

 

 と、そのやり取りを聞いていたミツェーモンが、さも愉快そうにカラカラと高笑いする。

 

「まぁ今日のところは大人しく退いておけ。お主を手こずらせたというからには、このコウタローなる少年も大層腕が立つのじゃろうし、何より儂の目の黒い内は、帝国なんぞに好き勝手はさせんぞ? のぅスネさんや、ガスさんや」

 

「「はっ」」

 

 名前を呼ばれた両イケメンが応える。

 どうやら金髪ロン毛がスネさんで、茶髪オールバックがガスさんらしい。

 

「(やっぱりあの御一行じゃねぇか……異世界でも諸国漫遊してんのかよ……?)」

 

 疑惑は確信に変わる。

 それは鋼太郎のよく知る……否、日本人なら誰もが知っているあの御方のような存在なのだろうか?

 という事は、鋼太郎はその辺に居る剣士や魔術師よりも、よっぽど強力なあの御一行様とお近づきになれたのではなかろうか?

 

 可能なら、この先この御一行に付いて行けば安心だなー、何なら一緒に魔王討伐してくんねーかなー、と脳内で勝手なプランを組み立て始める鋼太郎。

 

「フン、それでも帝国は諦めないよ。必ずやその『杖』を手に入れる。例えどんな犠牲を払っても。そしてその犠牲が……ボク自身の命であっても、ね」

 

 そう言い残し、ゴレインと闇猿は森の中へと消えた。

 後に残されたミツェーモン御一行と鋼太郎と白い子供は、お互い顔を見合わせる。

 

 そして地面にへたり込んでいた鋼太郎は、足をガクガクと震わせながらも、両脇をスネさんとガスさんに支えてもらい、何とか立ち上がる。

 

「あ、あの! 助けて頂いて、ありがとうございました!」


 鋼太郎はミツェーモン達に深々と頭を下げる。

 それに倣って、子供も木の棒を両手で抱えながらピョコンと頭を下げる。

 

「いやいや、儂らは偶然通りかかっただけで、大した事はしておらんよ。もし助かったというなら、それはそなた自身が持って生まれた幸運の賜物か、神様の思し召しじゃろうて」

 

 ミツェーモンはそう言うが、あの時の鋼太郎はまさに絶体絶命だった。

 鋼太郎達が逃げた先にミツェーモンが居なければ、最悪の結末は免れなかっただろう。

 

「さて、儂らはこの先の村で宿を探そうと思うのじゃが、そなた達はこれからどうするのじゃ?」

 

 と、ミツェーモンが鋼太郎に尋ねる。

 この先の村、とは神様の指定した場所の事かも知れない、と考えた鋼太郎はミツェーモンに同行する事にした。

 

 鋼太郎は初の実戦で心身共に疲れ果てていた為、ガスさんに背負われる事になったのだが。

 ガスさんに軽々と背負われて移動する鋼太郎の横を、子供はいつまでも心配そうに見つめながら歩いていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 その村に到着したのは、地平線にそろそろ夕日が沈もうかという時刻だった。

 村は鋼太郎が思っていたよりも広大で、村の住人は意外と活気に溢れていた。

 

 村には動物が放し飼いになっており、鋼太郎が見た限りでは犬・猫・豚・牛・鶏は地球のものとほぼ変わらなかった。

 

 ミツェーモン御一行と鋼太郎と子供は、この村唯一の宿へと入る。

 スネさんがカウンター内の店主らしき中年男性に話し掛ける。

 

「2部屋借りたい。今日の夕食と翌日の朝食付きで、頼めるか?」

 

「あいよ。時期外れなんで他には誰も泊まってねぇんで、自由に寛いでくんな。ただし前金で頼んます」

 

「心得ている。ではこれで」

 

 と、スネさんが懐から何かを取り出す。

 それは金色に輝くカードのような物だ。

 スネさんはそのカードを、同じく店主が持つカード(こちらは赤銅色)上にスッと(かざ)す。

 

 すると、赤銅色のカードがボンヤリと発光した。

 それを確認すると、店主は赤銅色のカードに指で触れ、何かを確認している。

 

「……へい、確かに。部屋は2階の端でさぁ。夕食の準備が出来たらお呼びしますんで、それまでどうぞごゆっくり」

 

 スネさんは鍵を2つ預かると、こちらへ戻って来る。

 

「では御前、参りましょう」

 

「そうじゃの。ガスさん、コウタローさんとそのお子さんを部屋へお連れしておやりなさい」

 

「承知しました」

 

 鋼太郎はガスさんに背負われて階段を登る。

 案内された部屋は、シングル程度の大きさのベッドが2つあるだけの、質素な部屋だった。

 

 ガスさんはその内の1つのベッドに鋼太郎を下ろす。

 子供はトテトテと歩いて、鋼太郎の横にチョコンと座った。

 

「じゃあ、俺は御前の部屋に居るから、何かあったら隣の部屋に声を掛けるなりしてくれ。身体、ツラくはないか?」

 

 と、ガスさんは鋼太郎に尋ねる。

 

「え、あ、はい。ありがとうございます……助かりました」

 

「礼なら御前に言ってくれ。俺もスネさんも、お前みたいな得体の知れないガキを助けるつもりは無かったんだからな」

 

「それでも俺もこの子も、スネさんとガスさんには危ないところを助けてもらいました。本当に、ありがとうございました!」

 

 そう言って鋼太郎は立ち上がり、頭を深々と下げる。

 それを見ていた子供も、鋼太郎と同じようにお辞儀をする。

 

「……主に湯を持って来させるから、夕食前に身体を清めておけ。じゃあな」

 

 と、ガスさんはぶっきらぼうに言い放つ。

 その頬がほんの少し赤く見えたのは、窓から射し込む夕日のせいだったかも知れない。

 

 悪い人ではない、と鋼太郎は強く確信した。

 


 

 程なくして、店主が木桶に入ったお湯と手拭いを持って来た。

 なのでとりあえず鋼太郎は学ランの上着とYシャツを脱ぐ。

 

 だがTシャツを脱ごうとした時、こちらをじっと見る子供に気づいた。

 

「っと……まずは君から綺麗にするべきだな」

 

 鋼太郎は子供に手招きをして、湯に浸した手拭い

を固く絞る。

 

「あちち……身体、拭いてあげるから、服を脱いでくれるかい?」

 

 鋼太郎は子供に優しく語り掛ける。

 幼少期からの両親の厳しい人格形成の賜物で、鋼太郎は女子供には決して居丈高に接する事はしない。

 

 目上の人間には常に敬語(尊敬に値しない人間は別だが)、女性に対しては身分や年齢問わず「お前」などとは呼ばない。(2つ下の妹のみ例外)

 特に子供に対して下手に威圧感など与えようものなら、両親から厳しく叱責されて育った。

 

 そんな気遣いを察しているのか、白い子供も鋼太郎に対しては無警戒で居られるのだ。


 

 

 子供は鋼太郎の目の前まで来たが、服を脱ぐ気配が無い。

 

「ん? どした? ほら、バンザーイ……は通じねぇか、異世界だし。ほら、両手を挙げてみな」

 

 鋼太郎が両手を挙げて見せると、子供も不思議そうな顔をしつつ両手を挙げる。

 それを見て鋼太郎は子供の白い服の裾を掴むと、一気に真上に捲り上げた。

 

「はい、じゃあ今から身体を拭いて綺麗にして、あげる、から……?」

 

 鋼太郎の動きが止まる。

 

 子供の服(白いブカブカのTシャツのような)を脱がせたら、中は裸だった。

 下着の類いを身につけていなかったのだ。

 

 まぁ別にそれは良い。

 何せ異世界なのだから、地球の常識を当て嵌めても仕方がない。

 それがこの子供にとってのフォーマルな装いなのかも知れないのだから。

 

 それに鋼太郎は、年端も行かない子供の裸に欲情するような変態嗜好ではない。

 これくらいの年齢の子供の裸など、2つ上の姉と2つ下の妹と一緒に風呂に入っていた幼少期に散々見慣れている。

 

 では何故鋼太郎は固まっているのか?

 何故鋼太郎の口が、池の鯉の如くパクパクしているのか?

 

 その答えは、鋼太郎の視線の先にある。

 まず、子供の裸体は全体的に痩せ細っていた。

 同世代の子供と比べても、圧倒的に脂肪が少ない。

 

 だがそれは決して病的な細さではなく、極めて均整の取れた美しい身体と言えなくもない。

 少なくとも欠食児童のそれとは全く異なる。

 道理で羽根みたいに軽いハズだと、鋼太郎は後に思う。

 

 問題はそこではなく、ある一部分だ。

 ある一部分が、鋼太郎の知る常識とは大きく異なっていた。

 

 それは、股間だ。

 股間にあるべきものが、無い。

 凸も無ければ、凹も無い。

 

 ぶら下がってもいなければ、割れてもいない。

 山も谷もなく、あるのは平野だ。

 

 そう。

 その子の股間には、何も無かったのだ。

 まるで幼児向けの着せ替え人形の如く。

 

 鋼太郎はパニック寸前の頭をフル回転させる。

 そうだ。そう言えば。

 

 鋼太郎はここに到るまで、トラブルの連続だった。

 だからこの子供の事を、何も知らない自分に気づく。

 

 鋼太郎は恐る恐る、目の前のキョトン顔が何とも可愛らしい全裸の子供に、今更ながら質問する。

 だがいきなり「何で君にはおニンニンもおニャンニャンも付いてないの?」と聞くワケにも行かないので、敢えて遠回しな質問から入らざるを得ない。

 

「あ、あの……そう言えば、まだ君の名前を聞いてなかったなぁって……」

 

 と、鋼太郎は子供に名前を尋ねる。

 むしろそんな情報は最初に聞いておくべきなのだが、出会い頭でゴタゴタに巻き込まれたので、悠長に名前を聞く暇が無かったのだから仕方がない。

 

 だが子供は全裸のまま、困ったような表情で首を横に振る。

 そして小さな声で、こう囁いた。

 

「なまえ……ない」

 

「な、名前……無いの?」

 

 鋼太郎が戸惑いがちにそう聞き返すと、子供はコクンと首肯(うなず)く。

 何故名前が無いのか、と尋ねて良いものなのか判断に苦しむ鋼太郎。

 悩んだ末に名前の件は一旦据え置いて、鋼太郎は別の質問をする事にした。

 

「あ、えっと、じゃあどうしてあんな森の中に居たの? っつーか、お父さんとお母さんはどこに居るんだ?」

 

「おとうさん、おかあさん、いない……」

 

「ぐっ……!」

 

 優しく放った球が、意図せず強烈なピッチャー返しとなって顔面を直撃したようなリアクション。

 鋼太郎は何とも言えない渋い顔になる。

 

「そ、そっかぁ……ごめん、無神経な事聞いちゃったな……えっと、それじゃ、あの……き、君は、お、男の子かな? それとも、女の子なのかな?」

 

 他の質問が不調に終わるも、鋼太郎は半ば強引に本来訪ねたかった質問を試みる。

 

「……わかんない」

 

 が、これも不発。

 

「……ソウデスカ」

 

 結局、この子供について新たに判明した事実は何も無く。

 名前も無い、両親も居ない、性別も定かではない。

 

 頭から金色のツノを生やした、何だかよく解らない木の棒を帝国に奪われそうになっていた子供。

 異世界に来たばかりなのに、難事件に関わってしまったと頭を抱えたくなる鋼太郎。

 

 だが、この子を守った事については一片の後悔も無い。

 この子供はこれからも様々な悪人に追われ、その全てがあの木の棒を奪う為、幾度も襲って来るだろう。

 

 守らなければならない。

 この子を害さんとする、全ての悪しき者共から。

 それが、自分の使命であると勝手に解釈する鋼太郎であった。

 

 

 

 とりあえず子供の身体を拭き終わり、自分の身体もパッパと拭いた鋼太郎。

 しかし着替えなど持っていない事を思い出し、仕方なく再び学ランに袖を通す。

 

 だが、てっきり汗と泥と埃にまみれていると思われていた学ランが、まったく汚れていない事に気づく。

 Yシャツも、Tシャツもトランクスも靴下も、ほぼ新品同様だ。

 

「(これもオリハルコンの効果ってヤツなのか? 今度神様から電話があったら聞いてみるか)」

 

 いくら新品同様とは云え、毎日同じ服で過ごすのはさすがに気乗りはしないが、当面はこの服装で過ごすしかない。

 だがこの子の着替えに関しては、早めに調達する必要がある。

 少なくとも、毎日ノーパンというワケには行かない。

 

「(そう言えば、神様に貰ったあの黒いカード……ひょっとしたらあれで買い物が出来るかも知れないなぁ)」

 

 先程スネさんが宿賃の支払いに使ったあの金色のカード、あれと同様の使い方が自分のカードでも出来そうだ。

 ならばこれからの旅で必要になりそうな物を揃えておかなければ、と思う鋼太郎だった。

 

 

 

 コンコンコン。

 

『俺だ、ガスだ。夕食の準備が出来たから、下の食堂まで来てくれ』

 

 扉の向こうでそう声を掛けるガスさん。

 

「あ、はーい! すぐ行きます!」

 

 鋼太郎はそう返事をして、子供に手を差し出す。

 

「さ、行こう。これから色々大変だけど、まずは腹ごしらえだ」

 

 すると子供は、ほんの少しだけはにかんだ笑顔を見せ、遠慮がちに鋼太郎の手を握った。

 

「(そうだ……この子がこれからもずっと、こんな風に笑えるように……俺がこの笑顔を守るんだ!)」

 

 子供に微笑みながら、鋼太郎はそう固く決意した。

 

 

 


次回更新は6月12日18時です。

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