チート老人
鋼太郎の背後の木に隠れていた子供には、何が起こったのか理解出来なかった。
つい先程、ゴレインが異能で操っているであろう大量の小剣が、鋼太郎を針の山にしようと襲い掛かった。
その瞬間、あまりの恐ろしさに背中を向け、目を閉じ耳を塞いでしまった。
恐怖で身が竦み、歯の根がカチカチと震える。
恐らく鋼太郎は死んでしまった。
そして次は、自分の番なのだ。
「ふっ……うえぇ……うあぁあああぁああんっ!」
子供は恐怖と絶望のあまり、木の根本にしゃがみながら泣いてしまった。
もうすぐ終わるであろう自分の命の心配よりも、こんな事に巻き込んでしまった鋼太郎に対する申し訳無さで。
子供の目からは大粒の涙がポロポロと止め処無く溢れ、喉が枯れる程の大きな泣き声が漏れ出す。
だが突然、背後で凄まじい光と音の奔流が起こった。
眩しくて、とても目を開けていられない。
うるさくて、とても耳を塞がずにはいられない。
その轟音と共に聞こえたのは、森の木々がベキベキと薙ぎ倒されたような音と、誰かの悲鳴のような声。
もしかしたらその悲鳴は、自分の声だったのかも知れない。
初めて見る光。
初めて聞く音。
初めて感じる震え。
ワケが解らなくなって、恐怖のあまり叫んでしまったのだとしても、何ら不思議ではない。
やがて、世界が正常な状態に戻る。
光も音も震動も消えたのを感じ、子供は閉じていた目を開き、塞いでいた耳を開放する。
そして、一体何が起こったのかを確認しようとして……誰かに急に抱えられた。
ビックリしてその誰かを見ると、それは鋼太郎だった。
近くで見る鋼太郎の顔は汗だくで、とても青白くて、今にも倒れてしまいそうな状態のように見えた。
それでもそんな限界間近の身体に鞭を打ち、歯を食いしばって耐えている。
「お待たせ……逃げるぞ。その木の棒、大事なんだろ? しっかり持ってな」
鋼太郎は駆け出す。
子供は鋼太郎にお姫様抱っこされながら、その場を立ち去る。
だいじょうぶ?
けがはしてない?
アイツらは、どうなったの?
鋼太郎に聞きたい事は沢山ある。
だが今は逃げる方が先だと思い直し、ただ黙って鋼太郎の胸に顔を埋める。
そして鋼太郎は『加速』を発動させ、そのまま東へと駆け抜けた。
◇◆◇◆◇
鋼太郎達が立ち去った後の惨状は、筆舌に尽くし難い。
まるで爆弾が爆発したような、巨大な竜巻が吹き荒れたような、大型の獣が暴れ回ったような。
何せ突然森の中に、直径20メートル程のクレーターがポッカリと空いているのだから。
間一髪、ラブライキャノンの直撃を免れたゴレインは、それでも苦痛に呻きながら身体を起こす。
そして目の前に拡がる惨状に、ただただ唖然となる。
樹齢何百年級の大木は言うに及ばず、範囲内の木々は折れるどころか、遥か遠くに吹っ飛んでしまった。
一体どんな異能を使えば、こんな事が可能なのか?
異世界人とはこんなにも別次元の存在なのか?
そうしてしばらく立ち尽くしていたゴレインだったが、ハッと我に帰る。
「闇猿達! 無事か!?」
ゴレインの叫びに応えるように、薙ぎ倒された木の下から這い出す影が。
闇猿はそれぞれ手酷いダメージを負い、お互いに肩を貸しながらゴレインの前に姿を現す。
ゴレインはホッと胸を撫で下ろしつつ、闇猿に報告を求める。
「状況を報せろ」
「はい……2名が戦闘不能です。辛うじて息はありますが、すぐに戦線復帰というワケには……」
そう報告する闇猿も、決して軽くはないダメージを受けているようだ。
6人の内、2人が重傷のようだ。
目立つ外傷は見られないが、他の闇猿の声掛けにも反応が無い。
「ならば回復の異能を使える1人が、ここで治療を行え。残る3人はボクについて来い」
「はっ!」
「コウタロー君に付けてある『蟲』は、まだ追えるか?」
「はい。ですが凄まじい速さで遠ざかっているのを感じます。このままでは私が『蟲』を感知出来る範囲を超えるのも時間の問題かと」
闇猿の1人は『蟲』と呼ばれる小型の探知機のような物を密かに飛ばし、鋼太郎の動向を察知していたようだ。
その報告を受け、ゴレインは素早く決断を下す。
鋼太郎が消えたと思しき方向を睨み、握っていた曲刀を天に掲げる。
すると倒木の下から次々と小剣群が宙に浮かぶ。
12本全ての小剣が浮かぶと、ゴレインは掲げていた曲刀の切先で天に円を描く。
すると曲刀の動きに合わせ、小剣群がクルクルと回転を始める。
だが次第に回転数と速度を増し、ギュウゥウン! と恐ろしげな音を奏で始める。
あっという間に12本の小剣は12枚の丸鋸と化した。
「進路はボクが確保する。お前達はボクが切り開いた道を進んで、何としてもあの子供達を捕らえ……『世界樹』を手に入れろ!」
ゴレインが曲刀を振り下ろすと、飛来する丸鋸が大木をスパスパと容易く斬り倒し、丸鋸の通った後には視界を遮る物の無い広い道が出来上がる。
3人の闇猿はその丸鋸の後を追うように走り、ゴレインは殿として走り出す。
「(逃がさないよコウタロー君……今度こそ、殺してやるからな!)」
ゴレインの目は、狂気の炎を宿していた。
◇◆◇◆◇
一方、こちらは森の中を全速力で駆け抜ける鋼太郎。
羽根のように軽いと思っていた子供も、次第に腕の中でその重さを少しずつ増して行く。
そしてそれに伴い両足も限界を迎えつつある。
それでもチャージタイムを終える度に『加速』を使い、更に逃避行を続ける。
「もういいよ! あいつら、みえないよ? やすまないと、コウタロー、たおれちゃうよ!?」
子供は必死に、そう訴える。
無論、鋼太郎も休みたいのは山々だし、マップ画面にも鋼太郎を追う赤いアイコンは表示されていない。
だがそれでも鋼太郎は足を止めない。
先程の闇猿達に追跡されていた時もそうだった。
奴等は鋼太郎が視界に入っていない距離からでも、正確に鋼太郎の位置を把握して追って来ていた節がある。
恐らくだが、いつの間にか鋼太郎かこの子供の身体か、はたまたこの木の棒に発信器のような物を取り付けてあり、それを異能で探知されている可能性がある。
だがそれを悠長に調べている余裕は無い。
鋼太郎に出来る事は、とにかくこの森を抜け、神様に指定された街まで向かう事だ。
人の多い所まで逃げ込めれば、何とか追っ手を振り切る事が出来るかも知れない。
そして日を跨げば、神っTELで神様からの助言を得る事も出来るだろう。
その為にはまず、今この危機的状況を脱するのが先だ。
先程のラブライキャノンでゴレイン達を全滅させられていれば良いのだが、もし仮にゴレインなり闇猿なりが戦闘不能になる程のダメージを与えられていなければ……
今の鋼太郎に、異能を使っての戦闘を行える程の余力は残っていない。
本人もそう感じているからこそ、全速力で逃走しているのだ。
だがそれでもいい加減、鋼太郎の体力が尽きかけようとしている。
そろそろ止まらなければ心臓が破裂する、と思われたその時。
「(!?)」
マップ画面の表示に変化があった。
先程まで森の緑一色だった画面に、何かの道のようなものが見える。
「(やった! これが神様の言っていた、南の街に通じてる街道だ!)」
鋼太郎は更に走る速度を速める。
壊れそうな身体に鞭を打ち、1秒でも速く森を抜けようと必死で走る。
あと10メートル、5メートル、1メートル……
「抜けたぁっ!!」
鋼太郎の視界に拡がる、遥かな地平線。
左右には舗装されていない、土が剥き出しの幅広な道が遥か遠くまで繋がっている。
南へと続く道の途中には川があり、林があり、畑があり、そしてその奥には人家のような建物が見える。
それを見た瞬間、鋼太郎の全身からチカラが抜ける。
ヘナヘナと尻餅をつき、そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。
全身から大量の汗が噴き出て、喉は大量の水を求めている。
「(ハァ、ハァ、ハァ! し、死ぬ……マジで、死んじまうかと、思った……!)」
激しく喘いで酸素を吸い込む鋼太郎。
その鋼太郎の腕の中には、未だに子供を強く抱いて離さないでいる。
もう大丈夫だ。安心しろ。
そんな言葉を掛けてやりたかったが、今の鋼太郎の口から出る言葉はゼーとかハーとかヒーのみだ。
何とか呼吸を整えようと、マイナスイオンをたっぷり含んだ森の新鮮な空気を肺にどんどん取り入れる。
ふと、鋼太郎の手に何か温かいものが触れた。
霞む目で見ると、それは子供の両手だった。
そして鋼太郎の指先に、温かい雫がポタリと落ちる。
それは子供の大粒の涙だった。
「あり、がと……」
子供は泣いていた。
ゴレインの魔の手から逃れた事への安堵からか、ポロポロと涙を溢しながら、鋼太郎の手を握り感謝の言葉を述べる。
鋼太郎は何も言わず、反対の手で子供の頭を優しく撫でてやる。
子供もその手を嫌がらず、どこか気持ち良さげに撫でられている。
子供は鋼太郎に対して、助けてくれてありがとうという気持ちを抱いた。
鋼太郎は子供に対して、信じてくれてありがとうという気持ちを抱いた。
そして2人の間に、心安らぐ穏やかな空気が流れた。
「おや、あそこに誰か倒れていますぞ」
そんな甘い空気を凍らせる、謎の声。
「!?」
鋼太郎はすぐに身体を起こし、子供を両手で抱き締めて庇う。
その声は、鋼太郎の目的地である南の道とは真逆、北へ続く道から聞こえた。
そしてその声の主は、老人だった。
「どうかされましたかな? 魔物か山賊にでも襲われて、命からがら逃げ出したように見受けられますが……助けが必要ですかな?」
総白髪に白い髭、杖をついた、如何にも好々爺然とした老人。
その両脇を固める、見るからに強者の雰囲気を醸し出す2人の男。
向かって右の男はスラッとした細身を赤い皮鎧に包み、腰にはこれまた細身の長剣を差し、眼光鋭く鋼太郎を睨む金髪ロン毛のイケメン青年。
左の男はややガッシリとした体型を緑の皮鎧に詰め込み、武器の類いは持っておらず、老人を守るように半歩前に出る茶髪オールバックのこれまたイケメン青年。
鋼太郎が見る限り、周囲にはその3人組しか人影は見当たらない。
その3人組から視線を逸らさぬよう注意しつつ、鋼太郎はマップ画面を一瞬だけ見る。
鋼太郎を示す白いアイコンと、そのすぐ隣に青いアイコンが1つ、そしてその近くに黄色いアイコンが3つ。
「(黄色かよ……今の段階じゃ、敵か味方かまでは解らないって事か……)」
鋼太郎がこよなく愛するゲームに於いて、敵味方の判別方法はアイコンの色分けで解る。
青いアイコンは味方、赤いアイコンは敵、そして黄色いアイコンはどちらにも属さない第三勢力である事を示す事が多い。
その時の状況次第で、敵にも味方にも転ずるユニットなのだ。
「(見たところ、真ん中の爺さんは友好的っぽいけど、左右の兄さん等が敵意剥き出しなんだよなぁ……まぁ道端で正体不明のヤツに会えば、そんな反応になるのが普通だろうけど)」
さてどうしたものかと鋼太郎が考えを巡らせていると、左右の男が老人に忠告する。
「御前、迂闊に近づいてはなりませんぞ。あの黒一色の装い……もしや帝国の者ではありますまいか?」
「あの白い子供も、どこぞから拐かして来たのやも知れません。ご用心を!」
どうやらあちらは鋼太郎の事を、帝国の人攫いだと思っているようだ。
即座に否定したくとも、まだ鋼太郎の息は整っていない。
それでも何とか話そうとして、鋼太郎は盛大にむせてしまう。
炎の匂いも染み付いていないのに。
「ぐへっ! げほっ! ぉえっ!」
「だ、だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫……ごめんな、心配、かけ……げほげほっ!」
むせる鋼太郎を気遣い、小さな手で背中をトントン叩く子供。
その何とも緊張感に欠けるやり取りを見て、老人は肩をすくめて笑ってみせる。
「お前さん達には、あれが人攫いとそれに拐かされた哀れな子供に見えるのかな?」
「……いえ、見えません」
「我々の早とちりだったようです……」
2人の青年は苦笑しつつ、誤りを素直に認める。
「そんな事よりあの白い子は良いが、黒い方の子ははかなり衰弱しておるようじゃの。お前さん達、手当てをしておやりなさい」
「「はっ」」
どうやら老人は、善良な心の持ち主のようだ。
それに鋼太郎の事を帝国人ではないかと警戒していたという事は、少なくとも帝国に対してあまり好意的ではないようだ。
敵の敵は味方というワケでもないだろうが、今はこの謎の老人達の厚意に甘える事にする。
だが、そこへ……
バキバキッ! メキメキメキッ!
森の中から聞こえる、ただならぬ木々の悲鳴。
その音は徐々に大きさを増し、やがて……
ドオオオオオォン!!
森から飛び出して来たのは、何本もの木と、宙を舞う円盤のような物体。
鋭利な刃物で切り倒された木は、街道にゴロンゴロンと散乱する。
そして、そのすぐ後に飛び出したのは、黒い外套を纏った3人の仮面の者達。
鋼太郎達は、その仮面の刺客を知っていた。
「あ、アイツ等!? 追って来やがった!」
息も絶え絶えにそう叫ぶ鋼太郎。
慌てて立ち上がり戦闘態勢に移行しようとするも、足がもつれてまともに立ち上がる事さえ出来ない。
「(やべぇ! もう体が動かねぇ……!)」
まるで貧血を起こしたかのように、頭がクラクラする。
この異世界へと訪れる前に『影』との模擬戦を終えた途端に気絶してしまった時の感覚に似ている。
「(踏ん張れ! ここで気絶するワケには……行かねぇ!)」
だが闇猿は鋼太郎の復調を待ってはくれない。
3人の闇猿達の内2人が宙を舞う小剣を手に取り、そのまま鋼太郎に襲い掛かる!
まさに絶体絶命。
鋼太郎と子供の命は、風前の灯だ。
「ちっきしょおおおおおおっ!!」
鋼太郎は子供を両腕の中に強く抱き、闇猿達に背中を向ける。
せめて『神の鎧』の防御力で、初撃を耐えきれば……と願う鋼太郎。
闇猿も当然、がら空きの鋼太郎の背中目掛けて小剣を振り下ろす!
だが、鋼太郎の背中にはいつまでも死の一撃は訪れなかった。
「がふっ……!」
「ぐへぇ……!」
誰かの呻き声が聞こえた。
鋼太郎は顔を上げ、周囲を見渡す。
いつの間にか鋼太郎の両隣には、2人の男が立っていて、その男達の足元には2人の闇猿が倒れていた。
その男達とは、あの白髪の老人のお供の金髪ロン毛イケメンと茶髪オールバックイケメンであった。
鋼太郎は闇猿達に背を向けていた為、その瞬間を目撃していなかった。
否、例え間近で正視していたとて、男達の早業を見極められていたかどうか。
まず金髪ロン毛イケメンは細身の長剣を鞘に収めたまま、向かって来る闇猿の手に握られた小剣を弾き飛ばし、返し刀で闇猿のがら空きになった延髄へ素早く長剣の一撃を見舞ったのだ。
そして茶髪オールバックイケメンは同じくもう1人の闇猿が突き出した小剣を躱し、闇猿の手首を掴んだと思うと、突進の勢いを利用して背負い投げの要領で闇猿を背中から地面に思いきり叩きつけた。
ポカーンとなる鋼太郎と子供の無事を確認した2人の男は、自分達が秒殺した闇猿を一瞥する。
「黒い外套に白い仮面。コイツ等、闇猿だな」
「あぁ。という事は……ヤツが来ているという事か」
イケメン2人が残った1人の闇猿を睨む。
闇猿は明らかに尻込みして、小剣を構えながらジリジリと後退りする。
そしてその背後、切り開かれた森の中から現れたのは……
「……やれやれ、こんな所で誠に厄介な方達にお会いしましたねぇ」
苦虫を噛み潰したような表情で、そう吐き捨てるゴレイン。
自身の異能『剣の舞』を発動したまま、警戒心を顕にしている。
「おやおや、そう言うお主はヴォン・ゴレインではないか。お主こそこんな所で何をしておるのじゃ? ここは帝国領ではないハズじゃが?」
そう答える老人の方は特に警戒するでもなく、目を細めつつゴレインを見据える。
その間に両イケメンは鋼太郎に肩を貸し、老人の立つ位置まで鋼太郎と子供を誘導する。
チッ、とゴレインは忌ま忌ましげに舌打ちをする。
老人とゴレインとの距離は20メートル程度。
ゴレインがその気になれば『剣の舞』で小剣を一斉に飛ばして攻撃出来る距離だが、ゴレインは動かない。
目当ての木の棒を持つ子供がイケメンに手を引かれ離れて行くのも、黙って見ている。
ゴレインにとってあの木の棒を奪う事こそ、自らに課せられた最重要任務であるのにも関わらず、だ。
その謎に対する答えは、至極単純だ。
何故ならあの老人も、あの左右のイケメン青年達も、ゴレインより強いからだ。
「(最悪だ……よりにもよって、こんな所でコイツ等に出会うなんて……!)」
ゴレインは内心歯噛みする。
例え自分と闇猿全員が揃っていたとしても、あの3人に勝てるかどうか。
その上、未だ実力が未知数の鋼太郎まで居るとなっては、更に勝ち目は薄くなる。
ゴレインは分の悪い賭けは嫌いな男だ。
勝ちの目が10の内9、最低でも8は無ければ勝負を挑む事すらしない、それがヴォン・ゴレインという男なのだ。
「……フゥ、やめやめ。コウタロー君を相手にしてさえ手こずっていたのに、この上アンタ達まで御出座しとあっては、さすがにボクの手に余る」
そう言ってゴレインは曲刀を鞘に収める。
そして倒れている闇猿2人の所まで無造作に歩く。
鋼太郎は身構えるが、老人と両イケメンは悠然としている。
ゴレインはその場にしゃがみ込むと、気絶している闇猿の1人を肩に担いで立ち上がる。
残ったもう1人の闇猿も、最後の闇猿に同様に担ぎ上げられた。
「コウタロー君、誠に残念だけどボク達は退かせてもらうよ」
ゴレインは鋼太郎にそう声を掛ける。
「……良いのかよ? オッサンの目的は、この木の棒を奪う事だろ? 獲物を目の前にして、何でアッサリと諦めるんだ?」
だが鋼太郎は不審げな顔で、ゴレインにそう問い詰める。
それを聞いたゴレインは、自嘲気味に笑う。
「仕方ないさ。キミの幸運が勝ったってだけの事だからね。何しろ……」
と、ゴレインは空いている手を挙げ、老人を指差す。
「こんな国境近くの辺境の地に、その爺さん……トミー・イエローゲート様がいらっしゃるだなんて、さすがにボクも予想出来なかったから、さ」
トミー・イエローゲート?
誰それ? 有名人? 異世界の偉い人?
鋼太郎はキョトンとした顔で、まず隣に居た子供の顔を見る。
だが子供も知らないようで、見つめる鋼太郎に対してプルプルと首を横に振る。
それならばと、鋼太郎はゴレインが言うところのトミー・イエローゲートなる老人の顔を見る。
だが老人はすまし顔で、こう言ってのけた。
「トミー・イエローゲート? 誰じゃねそれは? 儂の名はミツェーモン。ゴーチェのティルミンドンナーじゃよ」
「(トミー・イエローゲート? イエローゲート……黄色い門……トミー、トミートミートミートミトミトミトミ……ミト……あっ……!)」
デーン!
カンカンカンカンカン! ジャーン!
デッデデデデッデデデデッデデデデデデデデデ!
◇◆◇◆◇
後に鋼太郎は、この時の出来事をこう語る。
「その爺さんの名前を聞いた時、右も左も解らない異世界で、いきなり宝くじの1等前後賞を引き当てたような感覚になりましたよ、えぇ」
と。
次回更新は6月11日18時です。