剣の舞
「いや、知ってるよ……というか、さっき自分で名乗ってたじゃないか……」
ゴレインの冷ややかなツッコミも、今の鋼太郎には届かない。
鋼太郎は真っ直ぐゴレインを見据えている。
「うるせぇ! とにかくこの何だかよく解らねぇ木の棒は渡さねぇし、この子にだって指1本たりとも触れさせねぇ! それで納得出来ねぇんなら、俺とサシで勝負しろやオッサン!」
さっきとは打って変わって強気の鋼太郎に、思わず怯むゴレイン。
「……どうやら本気のようだね? なら仕方ない。ボクは生粋の帝国人ってワケじゃあないけど、それでも武人として戦いを挑まれたなら、受けないワケには行かないよねぇ……お前達!」
ゴレインの鋭い声に呼応して、マップ画面に標示された赤いアイコン群が、一斉にゴレインの元へと集結する!
それは正に、瞬間移動と見間違うような速さだった。
一瞬の内に、ゴレインの周囲には黒装束を身に纏い、白い仮面で顔を隠した6人の闇猿が立っていた。
その様子を見て、密かに動揺する鋼太郎。
正直ゴレイン1人だけを相手にしても勝てるかどうか解らないのに、更にこの上6人(しかも先程の男達と比べても相当の手練れな様子)を同時に相手にするなど、正気の沙汰ではない。
いっそこのまま開幕ド派手なマップ兵器でもぶちかまして、全員一掃してしまおうかと計画する鋼太郎。
だが、ゴレイン本人はそんな気は微塵も無いようで、集まった闇猿に命令する。
「これはボクとコウタロー君との一騎討ちだ。お前達は手を出さないように、離れて見ていなさい。当然、決着がつくまではあの子にも『杖』にも指1本触れないように、ね。あぁ、念の為に武器も置いてから下がりなさい」
ゴレインは背後に居並ぶ闇猿達にそう言うと、闇猿達は腰の両側に差していた小剣を抜き、次々と地面に突き刺す。
そして闇猿達が1人、また1人と後退し、森の中へと身を隠す。
そうしてゴレインの周囲には、計12振りの小剣が突き立っていた。
最後の闇猿の姿が森の中に消えたのを確認すると、ゴレインは自身の曲刀を鞘から抜きつつ、鋼太郎に声を掛ける。
「さぁ、これでこちらの準備は整ったよ。キミもその子を下がらせた方が良いんじゃないかなぁ?」
鋼太郎としては1対多数の戦いを覚悟していたのだが、どうやらゴレインは尋常な一騎討ちを受けて立つようだ。
だが油断は出来ない。
一見穏和な中年だが、あの男は任務を失敗した部下達を容赦なく殺戮した、冷酷非道な男なのだから。
それでも、鋼太郎にとってはまたとないチャンスだ。
これで見事ゴレインを討ち果たし、その隙に東へと逃げて森を抜ければ、神様から指示された街へと向かう事が出来る。
一か八か……ダメそうなら全力で逃げれば良い。
最悪、鋼太郎が囮になって時間を稼いでいる間に、腕の中の子供だけでも逃がす事が出来るなら……
鋼太郎の覚悟は決まった。
鋼太郎は膝をつき、子供を地面へと降ろす。
心配そうに鋼太郎を見上げる子供の頭を、ツノを避けつつ優しく撫でる。
「危ないから、あそこの木の所まで下がって待ってな」
「……うん」
子供は木の棒を大事そうに抱えながら、トテトテと小走りで駆け出す。
そして子供が木の背後に隠れたのを確認する。
それでも顔だけをひょっこり出した子供に対し、鋼太郎は安心させるように笑顔で手を振ってみせる。
それを見た子供はキョトンとした顔になり、ほんの少しだけ顔を赤くしながらも、小さな手を遠慮がちに振って応えた。
「……よっしゃあ!」
鋼太郎はゴレインへと向き直る。
ゴレインは薄笑いを浮かべながら、鋼太郎と対峙する。
「クフフフ……退屈な任務だと思っていたけど、まさか巷で噂になっている異世界人と戦う事になるなんてねぇ……真に楽しみだ♪」
これだから人生は解らないよと呟きながら、ゴレインは曲刀を構える。
対する鋼太郎は、握り拳をゴレインに向けて突き出す。
デデンデン! デデンデン!
デデンデン! デデンデン!
テテーテーテーテテレテレテテーテー♪
例の如く鳴り響く、マジンダーXのテーマ曲。
「え? な、何だいこれ?」
そしてそれを初めて聴くゴレインも、先程の男達と同様、思わず音の出所を確認する為に辺りを見回してしまう。
その隙を逃さず、鋼太郎が動いた!
「喰らえぇ! ロケットナあぁックルぅ!」
ロケット噴射の爆炎と共に、飛来する鋼太郎の鉄拳。
だがゴレインは間一髪、上体を逸らして躱す。
ロケットナックルは空気を切り裂き、そのまま森の中へと消えた。
「どわぁっ!? な、何これ!? どんな攻撃!? 異能にしてもブッ飛び過ぎィッ!!」
何事にも動じないこの男にしては、珍しく狼狽している。
ゴレインが狼狽している間に、対象を捉える事が出来なかったロケットナックルが、大きく旋回して鋼太郎の身体へと舞い戻る。
ガッシャーン!
硬質な金属の衝突音が森に響く。
その一部始終を見ていたゴレインも、遠巻きに観戦している闇猿達も、今まさに自分達が見たものが信じられなかった。
彼等はこの異世界に於いて、異能という特殊技能が当たり前に存在している世界の住人だ。
当然今までにも様々な異能を見て来たし、そもそもこの場に居る全員が異能保持者でもある。
そんな者達から見ても、鋼太郎の異能は異端中の異端なのである。
そして驚いているのは、ゴレイン達だけではなかった。
「すごい……!」
鋼太郎の背後の木の陰に隠れて観戦していた白い子供も、初めて目にする鋼太郎の異能に、目をキラキラと輝かせて興奮している。
「ひょっとしたら、あのひとなら……」
突然現れた、謎の黒い少年。
その出立ちから、この『杖』を奪わんとつけ狙う男達の仲間だと思っていた。
だが違う。
あの黒い少年は、自らの身を危険に晒しながら、自分を守ってくれた。
一時は男達に奪われた『杖』を取り返し、自分の負ったキズさえも癒してくれた。
そして今、自分の図々しい願いを聞き届け、あの栗色の髪の男と戦ってさえくれている。
彼の素性は知らない。
彼の目的も知らない。
知っているのは、コウタローという名前。
それと、自分を撫でてくれた掌の優しさと温かさ。
それは、初めて触れた人の温もりだった。
何故だろう……胸が苦しい。
喉の奥がキュウッと絞まり、目から涙がこぼれそうになる。
だが泣かない。泣いてなんかいられない。
コウタローが、自分の為に戦っている真っ最中なのだから。
ならばせめて、今の自分に出来る事を。
「がん、ばれ……がんばれ……」
震える喉を懸命に動かし、口を大きく開く。
知識としては知っていたが、生まれて初めて口にする言葉を、あの人に届けとばかりに声援にして送る。
「……がんばれえぇーっ!」
コウタローは振り向かなかった。
だからコウタローがどんな顔をしていたかは解らない。
でもコウタローは前を向いたまま、握った右拳の親指をグッと立てて見せた。
その行為にどんな意味があるのかまでは解らなかったが、何故かその姿に勇気づけられた気がした。
◇◆◇◆◇
一方、しばらく呆けていたゴレインだったが、すぐに気持ちを立て直す。
如何に未知の異能と云えど、所詮それを操るのは人間だ。
相手が何か仕掛ける前に倒せば良い。
「ちょっと度肝を抜かれたけど……じゃあ次はボクの異能をお見せしようじゃないか!」
律儀にも今から異能を使うと宣言するゴレイン。
だが鋼太郎も負けるワケには行かない。
なので、鋼太郎もゴレインが異能を使う前に仕留めんと、続けざまに攻撃を行う!
「やらせるかよ! ゼッタイィアックスウゥッ!」
鋼太郎の叫びと共に、今度はゼッタイロボのテーマ曲が流れる。
次に鋼太郎が繰り出したのは、ゼッタイロボのゼッタイアックスだ。
重量感たっぷりの片刃斧が2丁、鋼太郎の両手に出現する。
「ダブルアックスウゥウウ、ブゥーメラァン!!」
大きく振りかぶって左右同時に投げ放たれた2丁の凶刃は、弧を描きながらゴレインを斬り裂かんと迫る!
だがゴレインは慌てず、曲刀を正眼の位に構えてその場に踏み留まる。
左右から迫るゼッタイアックスの軌道を読み、ギリギリまで引きつけ……
「フッ!!」
ギィンッ!
ガキィンッ!
目にも止まらぬ左右への斬撃で、2丁のゼッタイアックスを同時に斬り飛ばす!
そして弾き飛ばされたゼッタイアックスは地面に落ち、徐々に光の粒子と化して消失した。
「なっ……!?」
今度は鋼太郎が絶句する。
絶対の自身を持って放たれたゼッタイアックスが、人間離れした高速の斬撃によって防がれたのだから無理もない。
「ふぅ……危ない危ない。飛んで来る斧を剣で弾くなんて、今までやった事は無いけど……やってみると案外出来ちゃうものなんだねぇ?」
と、事も無げに呟くゴレイン。
それを聞いた鋼太郎は、悔しげに舌打ちをする。
「(レベル65は伊達じゃねぇって事かよ……)」
しかし鋼太郎には、今のゴレインの一連の動きに見覚えがあった。
それはゲームに登場する技能の1つで、俗に『薙ぎ払い』と呼ばれるものだ。
これは敵味方どちらも使えるもので、剣などで相手の打撃や斬撃、ミサイル等の飛び道具を弾いてダメージを防ぐ技能だ。
薙ぎ払いを使えるという事は、少なくとも一定の技量を持つ証明とも云えよう。
「さて、じゃあ今度こそボクの異能をお見せするよ!」
ゴレインが曲刀を天に掲げる。
そして静かに目を閉じ、そのまま緩やかに時が流れる。
目の前の鋼太郎をよそに、小声で何かをブツブツと詠唱するゴレイン。
だが、そんな大きな隙を見逃す鋼太郎ではない。
すぐさま右腕を突き出し、再度ロケットナックルを繰り出そうと構える。
だがその時、不思議な事が起こった!
ズッ……ズブッ、ズブッズズッ……
ゴレインの周囲に突き刺してあった闇猿達のいくつもの小剣。
その内の1本が、ひとりでに地面から抜け、宙に浮かび上がったのだ。
「えっ!?」
鋼太郎がロケットナックルの構えのまま固まっていると、小剣がもう1本、更にもう1本と立て続けに地面から抜け出し……あれよあれよという間に、12本全ての小剣が空中に浮かんでいた!
「どうだい? これがボクの異能『剣の舞』さ。ボクはこんな風に、念じただけで周囲の剣を意のままに操る事が出来るのさ」
ゴレインが得意満面の笑みで、自らの異能の解説をする。
だがそんな解説など全く耳に入らず、鋼太郎は呆気に取られていた。
そして、そんな大きな隙をゴレインは見逃さなかった。
「さぁ、これで……終わりだよ!」
ゴレインの合図と共に、宙に浮いている全ての小剣の切先が、鋼太郎に狙いを定める。
そしてゴレインは天に掲げていた曲刀を、鋼太郎へ向けて勢いよく振り下ろす。
次の瞬間、小剣群が煌めく流星と化し、鋼太郎目掛けて一斉に射出された!
「う、うおおおおおおっ!?」
鋼太郎が叫ぶ。
舞い飛ぶ小剣の速度から見ても、回避は間に合いそうもない。
そして鋼太郎は直感する。
どうやらこれは、12本全て命中してしまいそうだと。
精神コマンドの発動も間に合いそうにない。
「南無阿彌!」
思わず念仏を唱え、両腕を交差して心臓や頸動脈を守る鋼太郎。
絶体絶命の大ピンチ!
果たして鋼太郎は、どうなってしまうのか!?
次回更新は6月9日18時です。