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初のボス戦


「ハァ、ハァ、ハァ!」

 

 鋼太郎は走っていた。

 走って、走って、走り続けていた。

 

「チキショウ! 振り切れねぇ!」

 

 鋼太郎は焦っていた。

 こんなに走っているのに、一向に森を抜ける気配が無い事に。

 加えてマップ画面には、鋼太郎を追う赤いアイコンが1つ、2つ……大勢。

 

「ゼェ、ゼェ……いくら、この子と荷物を、抱えてる、からって、こっちは『加速(アクセラレーション)』まで、使ってる、ってぇのに!」

 

 森の中で10分以上も全力疾走を続け、鋼太郎の体力は既に限界を超えている。

 手足も心臓も悲鳴をあげ続けている。

 

 このままでは背後から迫る何者かに追いつかれ、満身創痍の状態で戦闘に突入しなければならない。

 ならばここで逃走を中止して、少しでも体力を温存させておいた方が得策かも知れない。

 

 やるしかない。

 そう腹を括った鋼太郎は、足を止める。

 

 腕の中の子供は未だ目覚めず、鋼太郎の腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てている。

 何としてもこの子だけは守らなければ、と決意する鋼太郎。

 

「(こんな幼い子に、もうあんな怖い思いをさせるワケには行かねぇ!)」

 

 今のところ、目視可能な範囲には敵の姿は確認出来ない。

 だが、マップ画面には確かに赤いアイコンが表示されている。

 

 その数、全部で5つ。

 

「誰だ!? 隠れてねぇで、姿を見せやがれ!」

 

 見えない敵に向かってそう叫ぶ鋼太郎。

 だが全力疾走に継ぐ全力疾走の果て、肩どころか全身で息をする今の鋼太郎には、そんなに闊達な啖呵は切れず。

 

 実際の音声はこちら。

 

「だっ、かく……ゼヒ、で、すが、オエッ、がれっへぇー!」

 

 であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 鋼太郎はゆっくりと呼吸を整えながら、何とか逃げ出す算段をしていた。

 が、敵は中々姿を見せず、鋼太郎とは常に一定の距離を保っている。

 

 何とか隙を見て逃げようかと歩を進めれば追われ、鋼太郎が止まれば敵も止まる。

 そうこうしている内に、マップ画面上の鋼太郎はすっかり赤いアイコン群に包囲されていた。

 

「(しまった……さっさと逃げておけば……!)」

 

 鋼太郎は一向に姿を見せない敵に、次第に苛立ちを募らせる。

 とは言え鋼太郎には敵がどこに居るのかは解っているのだし、問答無用で必殺技を叩き込もうと思えばそうする事も可能だ。

 

 が、今の鋼太郎の腕の中では子供が無防備に眠っている。

 なので、ロケットナックルを始めとするほとんどの必殺武器が使えない状態なのだ。

 加えて微妙にほとんどの武器の射程距離外なのも、武器の使用を躊躇わせる要因の1つである。

 

 だがこうしてまごついている内に、鋼太郎を取り巻く状況は刻一刻と悪化の一途を辿り……

 

「やぁやぁ、やっと追いついたよ」

 

「!?」

 

 ついに、鋼太郎とその男が対面を果たす。

 

 

 

「おやおや、どんな恐ろしいヤツかと思えば……まだ子供じゃあないか。本当にキミなのかい?」

 

 鋼太郎が見えない敵と対峙している最中、大木の陰からヌッと現れた男は、唐突にそう話し掛ける。

 

「うぉぅ!? だ、誰だオッサン!?」

 

 突如現れた怪しさ満点の男に対し、警戒心を顕にする鋼太郎。

 腕の中の子供を強く抱き締め、半身になって子供を庇うように立つ。

 

「オッサン……まぁ、そう言われても仕方ない年齢だけれども……実際にそう呼ばれると、何ていうか……悲しいよねぇ……誠に悲劇的だよ……」

 

 栗色の髪の男は、ガクッと肩を落としながら呟く。

 人の良さそうな笑顔で、優しげな声音で、落ち着いた物腰で鋼太郎に語りかける謎の男。

 だが鋼太郎は、それ等全てに疑いの眼差しを向ける。

 

「(コイツ……多分、強い……さっきのヤツ等とは段違いだ、と思う……)」

 

 鋼太郎が油断せず、半身の体勢で腰と膝を落として臨戦態勢で居るのに、当の男の方は鋼太郎に対して過剰に警戒している様子は感じられない。

 

 だが恐らくこの男には、不意討ちの類いは一切通用しないだろう、と鋼太郎は考える。

 まぁ鋼太郎の攻撃方法そのものが、不意討ちには不向きではあるのだが。

 

 そう考えた鋼太郎は、密かに探りを入れる事にした。

 謎の男には聞こえないよう、唇を動かさずに小声で呟く。

 

「……『偵察(スカウト)』」

 

【『偵察(スカウト)』が発動されました。対象の敵ユニット1体のステータスが閲覧可能です。CT(チャージタイム)は1分です】

 

 頭の中にガイダンス音声が聞こえた。

 どうやら精神(スピリット)コマンドは小声でも問題なく発動出来るようだ。

 鋼太郎は目の前の男にカーソルを合わせるイメージを、頭の中に思い描く。

 

 不可視のカーソルが謎の男に合わされ、鋼太郎の目の前にステータスが表示される。

 

 

 

 ヴォン・ゴレイン レベル65

 

 HP 1200/1200

 

 異能 『剣の舞』

 

 

 

「うっげぇ……」

 

 鋼太郎は密かに(うめ)く。

 HPこそ鋼太郎が上回っているものの、レベルの差は歴然である。

 

 鋼太郎のこよなく愛するゲームに於いて、レベルの差はそのまま強さに直結する。

 さながら鋼太郎が身体の大きい小学生だとしたら、このゴレインという男は小柄ながらも武術の有段者といったところか。

 

 それにゴレインの『剣の舞』という異能もよく解らない。

 結果、鋼太郎は警戒心を更に強める。

 

 そんな鋼太郎に、ゴレインは気さくな口調で話し掛けるのであった。

 

「さて、早速なんだけどキミの名前を教えてくれないかな? あぁ、こういう場合はボクの方から名乗るのが先かな? でも本名を名乗るワケには行かないからなぁ。偽名でも良い? こんな時の為に、前もって格好良い偽名を考えてあるから、聞いてくれるかい? ボクは……」

 

「ヴォン・ゴレインだろ? 知ってるっつーの……って、うわぁ! い、今の無し!」

 

 男の長い口上に、ついうっかり口を挟んでしまう鋼太郎。

 しまった、とばかりにモゴモゴしてしまう鋼太郎に、ゴレインは細い目を更に細める。

 

「……おやぁ? キミ、もしかしてボクの事を知ってるのかい? ひょっとしたらキミ、帝国臣民なの? いや、確かに黒ずくめだけど、そんな風には見えないし……そもそも帝国人なら、ボクの邪魔をするハズが無いし……」

 

 それでもゴレインは笑顔を崩さず、鋼太郎をジロジロと観察する。

 あからさまに値踏みをするような視線に居心地が悪くなり、たじろぐ鋼太郎。

 

「……ま、良いや。結果的にボクの自己紹介の手間が省けたと思う事にするよ。さ、なら次はキミの事を教えてくれるよね? 名前は? 出身は? そしてキミの目的は? 何故それを盗んだんだい?」

 

 鋼太郎に対し、質問を畳み掛けるゴレイン。

 その笑顔の裏にある圧力に圧され、鋼太郎は仕方なく答える事にする。

 

「な、名前は黒鉄鋼太郎……出身は日本。目的は、特に無い……無い、けど……こんな幼い子供に暴力を振るうヤツはどう考えたって悪者だから、倒した。義を見てせざるは何とやらってな。あと、この木の棒はこの子の物であって、お前らの物じゃない、ハズだ。だから盗んだってのは言い掛かりだろ……」

 

 実際には、鋼太郎にはこの木の棒の正当な所有者が誰なのかは知らない。

 もしかしたら本当にこの男が元々の所有者で、この子が何らかの理由でそれを盗んだ可能性もある。

 そして男達はゴレインに命じられて、木の棒を取り返したに過ぎないのかも知れない。

 

 が、如何なる理由があろうとも子供に暴力を振るって良いハズが無い。

 ので、無力な子供相手に暴力に訴えた時点で、男達が悪者である。

 というのが鋼太郎なりの理屈なのだ。

 

「クロガネ、コウタロー……んん?」

 

 対するゴレインは、鋼太郎との問答の中で何かに引っ掛かりを感じたのか、首を捻って思案する。

 その様子に、鋼太郎も密かに不安を覚える。

 

 目の前の男が、自分の名前を知っているハズが無い。

 何故なら鋼太郎自身、さっき初めて異世界の地を踏んだ、この異世界に縁もゆかりも無い異邦人(エトランジェ)に過ぎない。

 

 当然ゴレインとも初対面だ。

 なのにゴレインは鋼太郎の名前を聞き、何かを思い出そうとしている。

 

 そしてゴレインは急にハッとした表情になり、両の掌を胸の前でポンッと合わせる。

 

「あぁ! ひょっとしてキミ、異世界人なのかい?」

 

「!?」

 

 カランカラン。

 思ってもみなかった問い掛けに、鋼太郎は握っていた木の棒を取り落としてしまう。

 

 それだけゴレインの言葉が、意表を突いたものだったという証左であった。

 

 

 


次回更新は6月7日18時です。

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