謎めいた男
鋼太郎はしばらくその子供の顔と額のツノをまじまじと眺めていたが、ふと我に帰る。
今は倒れている男達が、復活する可能性があるからだ。
鋼太郎自身、自らのチート能力によって倒された者がどうすれば復活するのかまでは知らない。
そもそもこの与えられたチート能力にはまだまだ未知の部分が多く、全てはこれからの異世界での冒険によって少しずつ解明するしかないのだ。
「とりあえずここから離れないと……この子も連れて、東に向かってゴーだ!」
鋼太郎は子供をお姫様抱っこしたまま、東へと向かう。
「っと、一応これも持って行かないと!」
鋼太郎は足元に転がっていた木の棒を片手で拾い上げる。
そしてその木の棒もまじまじと眺める。
「……どっからどう見ても木の棒だよなぁ? 何でこんなのを欲しがってたんだ?」
考えてみるも、勿論答えなど出るハズもなく。
だが子供が命懸けで守ろうとした物だし、計り知れない価値があるのだろう。
詳しい事は子供が目を覚ました時に聞いてみようと思い、鋼太郎が子供と木の棒を持って東へ向かおうとした、その時……
鋼太郎はふとマップ画面を開く。
そして気づいた。
鋼太郎の背後、約10メートルの辺りに1つの赤いアイコンが配置されている事に。
「!?」
慌てて振り返る鋼太郎。
しかし、そこには誰も居ない。
「誰だ!?」
鋼太郎は叫ぶ。
そして警戒心を最高潮にまで高める。
赤いアイコン、それは即ち鋼太郎にとって敵を意味する。
子供を追っていた男達は全て倒したハズだ。
だとすれば全くの第三者か、森に棲む魔物か、それとも男達の仲間が離れた場所から監視していたのか?
子供を抱き締める腕に、思わずチカラを込める。
すると……
ガサッ、ガサガサッ!
大木の上で葉擦れの音がした。
そしてその音は別の木の上に移り、すぐにまた別の木へ。
マップ画面の赤いアイコンは、その音と共に鋼太郎から離れて行く。
その速さは人間離れした恐るべき速度だ。
やがて赤いアイコンはマップの端まで移動し、フッと消えた。
赤いアイコンが消えた方角、それは……
「……コイツ等がこの子を追って、現れた方向だ」
鋼太郎が誰にともなく呟く。
先程の何者かが赤いアイコンとして表示された以上、鋼太郎の敵である事は間違いない。
もしかしたらこの倒れている連中は別働隊で、あの先に本隊が居るのなら……
「……よし、逃げよう! 異世界の事情も知らないのに、これ以上厄介事に巻き込まれるのは勘弁だぜ!」
鋼太郎は子供と木の棒をしっかりと抱いて、一目散に走り出す。
「『加速』!」
そして鋼太郎は、疾風となって深い森の中へと消えた。
◇◆◇◆◇
鋼太郎がその場を去ってから程なく、男達が1人、また1人と目覚める。
リーダー格の男も目を覚まし、被害状況の確認を始める。
その結果は、死亡者ゼロ。
体力を極度に消耗してはいるものの、体力回復のポーションを飲んで、少し休めば歩ける程度には回復するだろう。
だが男達の顔は一様に暗い。
男達が目を覚ました時には、全てが失われていたからだ。
あの白い子供も、突然現れた黒い小僧も、そして最も大切なあの木の棒も。
自らに課せられた重要な任務を、得体の知れぬ小僧1人に邪魔された挙げ句、目的の品を奪われてしまったのだから。
言い訳など出来るハズも無い。
そして追跡しようにも、鋼太郎がどこに逃げたのかも解らない。
男達に出来る事は、上司に任務失敗の報告をする事だけだ。
それ以上の失敗の上塗りだけは、絶対に避けなければならない。
だが今のこの状態だけでも、男達に「死」の断罪が下る可能性は極めて高い。
男達の属する組織はそれだけ失敗した者に容赦が無いのだ。
「……どうするんだ?」
と、1人の男がリーダー格の男に指示を仰ぐ。
男達の顔は、どれも悲愴感に彩られていた。
「どうもこうもあるか……将軍に慈悲を乞う以外に無いだろう?」
リーダー格の男がチカラ無くそう答えると、他の男達が一斉に騒ぎ出す。
「馬鹿な! おめおめと失敗した俺達を生かしておく理由などあるものか!」
「こうなったらあの小僧を追うしかない! 何としてもヤツを捕らえて、あれを取り返すんだ!」
「ヤツがどこに逃げたのかも解らんのに、どうやってだ!? それにヤツの強さを思い知っただろう!? 俺達が束になっても、ヤツに敵うハズがない!」
男達はそれぞれ口々に言い合う。
このままでは死罰は必至なのだから、取り乱してしまうのも仕方ない。
しかしそこへ、男達が最も恐れていた事態が起こる。
「おやおや、一体何を騒いでいらっしゃるんですかねぇ?」
「「「!?」」」
男達は声のした方に慌てて向き直る。
大木に背中を預け、腕組みをしたまま男達の口論を見守っている、謎の男。
それは今の男達にとって、死と同義の存在。
「ご、ゴレイン将軍……!」
リーダー格の男は、激しく動揺していた。
全身から冷や汗が流れ、震えが止まらない。
「(まさか、こんなにも早く合流するなんて……)」
栗色の長い髪を背中で1つに束ねた、柔和な笑顔を浮かべた男。
面長で目は細く、開いているのか閉じているのか判別しづらい。
年齢は40手前くらいだが、歳の割りには若く見える。
黒い軽装鎧に黒い外套に身を包み、腰には細身の曲刀を差している。
一体この男は何者なのか?
自らを手練れと称する男達が、これ程までに怯える程の実力を有しているのか?
「はてはて、おかしいですねぇ? 誠に奇妙ですねぇ?」
大木に身体を預けていた男……ゴレインと呼ばれた男は、硬直している男達にゆっくりと歩み寄る。
「確かアナタ達には、例のブツの回収をお願いしたハズなのですが……こんな所で何をしているのです? あ、ひょっとして今は休憩中でしたか? そうですよねぇ、年端も行かない幼児からブツを奪って来るだけなんて任務は、アナタ達には楽勝過ぎますものねぇ? だからきっと、もう任務は完了してるんですよね? そうなんですよね?」
ゴレインが笑顔を絶やさずペラペラと捲し立てる度に、男達の顔色が悪くなる。
今や顔面蒼白を通り越して半透明である。
「(間違いない……ゴレイン将軍には全て見透かされている……最早どのような言い訳も通じぬ……どころか逆効果でさえある!)」
「いやぁ、アナタ達を信じてこの任務を託した甲斐があったというものですよ。さ、という事でブツを渡して頂けますか?」
と、ゴレインが白々しく両手を差し出す。
だがそのゴレインの目の前で、リーダー格の男が片膝を地面につき、頭を深々と垂れる。
そして震える喉から、必死に声を搾り出した。
「ゴレイン将軍……申し訳ありません! 我々は……任務を果たす事が出来ませんでした……あと一歩の所で何者かに例の物と、それを所有していた子供を奪われ、取り逃がしてしまいました!」
それを見ていた他の男達は一斉に顔を伏せ、ゴレインの視線から逃れようとする。
事ここに到っては、どんな言い訳も不可能と悟り、全てをリーダー格の男に委ねる事にしたようだ。
リーダー格の男の助命嘆願がゴレインに通用するかどうかに、男達全員の命運が掛かっていた。
「ん~、そうですかぁ……ま、存じ上げていましたけどね」
と、ゴレインが困ったような笑顔で呟くと同時に、ゴレインの背後に人影が現れた。
それは音も無く、何の気配も感じさせず、男達が瞬きする間にそこに現れた、ようにしか見えなかった。
否、それは1人ではなかった。
「ヒッ!?」
男達は情けない悲鳴をあげる。
木の影に、木の上に、茂みの中に、男達のすぐ隣に……
奇妙な人影が1人、また1人と現れたのだ。
結果的に男達は、その謎の集団にすっかり取り囲まれていた。
それ等は全て、黒ずくめの人間だった。
服装はゆったりとしたもので、身体のラインが全く出ない。
そして全員もれなく、白を基調とした顔を全て覆う仮面を身につけていた。
なので、それ等の性別も、年齢も、美醜も、人種も、全く判別出来ない。
「アナタ達の仕事ぶりは、全てこの闇猿達に監視させておりましたのでね」
ゴレインが恐れ慄く男達に、笑顔でそう言い放つ。
「(闇猿……ゴレイン将軍直属の、隠密集団……噂には聞いていたが、こんな形でお目にかかるとはな……)」
リーダー格の男だけは、地面に視線を落としたまま微動だにしない。
そんなリーダー格の男の後頭部を見下ろしながら、ゴレインはフンと鼻息を漏らす。
「ま、さすがに闇猿の報告を受けたボク達が合流する前に、アナタ達が全滅してるだなんて思いもよらなかったんですけどねぇ……」
ゴレインのそんな呟きに、男達は戦々恐々である。
「でもこればっかりは、相手の男の子が強かったという事にしておきましょう。それに、アナタ達に任せっきりだったボクの判断も甘かったのだと反省していますよ」
だが一転、今度は男達を庇うような物言いをするゴレイン。
その言葉を聞き、僅かながら安堵のため息を吐く男達と、リーダー格の男。
「ですので、気持ちを切り替えるとしましょう。幸いな事に、その男の子の逃走ルートは捕捉していますし、闇猿に追わせればまだ追いつけるハズですからねぇ」
ゴレインの何気無い一言に、男達は全員ハッとなる。
それを聞いたリーダー格の男が、伏せていた顔を上げ、ゴレインに直訴する。
「ゴレイン将軍! 我々に汚名返上の機会をお与えください! どうか我々の手で、あの小僧を始末させてください!」
リーダー格の男がそう訴えると、他の男達も同様に片膝をつき、ゴレインに訴える。
それを見下ろすゴレインは、穏やかな笑顔のままだ。
男達の訴えを聞き、ゴレインは自分を見上げる男達に向かって語りかける。
「ところで皆さん、ボクについての噂を聞いた事がありませんか?」
突然の問いの真意が解らず、思わず目をパチクリさせる男達。
それに構わず、ゴレインは尚も語る。
「我が国の建国時から働いている他の将軍達に比べ、ボクは新参者。尚且つ亡国からの寝返り者とあって、ヒジョーに肩身が狭いのです。なので、せめて部下達からの人望が欲しいが為に、あまり強く出られない情けない将軍……そんな噂を耳にした事くらいはあるでしょう?」
確かにその手の噂は、男達も聞いた事があった。
他の苛烈な将軍に比べ、目の前のゴレインは公明正大で、滅多に怒る事がないとも。
男達は密かに目配せをし合う。
どうやら死罪だけは免れそうだ。
いや、むしろこのままあの小僧を討ち果たし、汚名を雪ぐ機会にさえ恵まれるかも知れない、と。
だが……
「良い噂、悪い噂……どんな噂であれ、まずは目で見、耳で聞き、手で触れ、頭で考えてみれば……例えばボクが、失敗した部下に対して寛容で慈悲深いだなんて噂も、真実かどうかすぐに解ったでしょうにねぇ……」
男達が見たのは、いつの間にか腰の曲刀を音も無く抜いていたゴレインの姿だった。
ゴレインから一瞬たりとも目を離していなかった男達でさえ、いつ抜刀したのかも解らなかった。
そしてゴレインの笑みは先程の柔和なそれとはまるで異なり、冷ややかで凄絶な……さながら虫ケラを見るかのような……
リーダー格の男は、ほんの僅かに思考を停止させていた。
次の瞬間、彼が見たものは……
ヒュンッ!
という空気を鋭く切り裂く音と共に、パッと咲いた赤い花吹雪と……
宙を舞うスイカ程の大きさの『何か』だった。
次回更新は6月6日18時です。