異世界・DE・カルチャー
鋼太郎は2つの点で安堵していた。
まず1つ、自分の目の前に表示されたHPについて。
4800/5000
巨大な火の玉が自分目掛けて飛んで来た時はとても驚いたし、試しに避けずに喰らってみたらとても熱いし痛かった。
だがそれでも慌てず騒がず、腕組みを解かず仁王立ちのまま、歯を食いしばって痛みと熱気と息苦しさに耐えた。
するとものの数秒で炎は消えた。
あれだけの炎を生身で受けても、火傷すら負わないという事実に、改めて感動しつつも呆れる鋼太郎であった。
そして2つ目は、ロケットナックルで顔面を撃ち抜いた炎使いの男が、とりあえず生きている事。
鼻の骨は折れ、前歯も何本かロストしているようだが、生きている事は確認出来る。
どうやら『手加減』はちゃんと効果を発揮しているようだ。
死んではいないが、あの状態から戦闘に復帰するのは難しいだろう。
これで異世界に於ける鋼太郎の、最大の懸案事項が解消された事になる。
さて、そうと解れば残った男達をサクッと倒し、あの子供を救うだけである。
鋼太郎の有する必殺技の中でも、初歩の初歩であるロケットナックルでさえ、手練れと思われる異能使いの男を戦闘不能に出来た。
ならばあの男だけが飛び抜けて弱い、という事でも無い限りは他の男達も容易に倒せるだろう。
だが面倒なのは、男達が子供を人質に取った場合である。
子供は遠目から見ても、心身共に衰弱しているのが解る。
これ以上のダメージは致命傷にもなりかねない。
なので鋼太郎は、保険をかける事にした。
右手を水平に掲げ、人差し指で倒れている子供を指差し……
「『信頼』!」
【『信頼』が発動されました。指定された味方ユニットのHPを2000回復します。チャージタイムは30分です】
頭の中で音声が聞こえた瞬間、子供の身体が謎の光に包まれた。
「な、何だ!?」
子供を取り囲んでいた男達は一様に後退る。
警戒している男達の目の前で、信じられない現象が起きた。
子供の身体に刻まれていた、痛々しい擦り傷や青痣や足裏の血マメが、みるみる内に消えて行ったのだ。
それどころか肌の血色も良くなり、髪の汚れも消えて潤いも戻り、更には衣服の汚れやほつれも消えて行ったのである。
「か、回復の異能……馬鹿な!? しかもあんなに離れた場所から!?」
男の1人が、搾るように声を出す。
他の男達は絶句しているが、気持ちは全員同じだろう。
◇◆◇◆◇
ここで読者諸氏に、何故男達がこんなにも驚愕しているのかをお伝えせねばなるまい。
そもそも異能というものは、異世界の住人ならばほぼ全ての者が生来有しているか、はたまた後天的に体得可能な能力なのだ。
それ程までにありふれた異能だが、その有用性は千差万別、十人十色だ。
例えば炎の異能1つ取って見ても、先程の男のようにバスケットボール大の火の玉を作り出せる者も居れば、巨大な炎の壁を作り出せる者も居る。
だが指先に小さな火を灯せるだけの微小な異能しか持たない者も居るし、そもそもその程度の者が大半なのだ。
戦闘に転用可能な異能を持つ者は、異能者全体の3割程だと言われている。
更に異能は原則1人1系統のみ、とされている。
攻撃の異能、防御の異能、補助・回復の異能、その他諸々。
炎と氷の異能を使い分けるのと、炎と回復の異能を使い分けるのとでは、意味合いが全く違うのだ。
そして鋼太郎はまさに腕を飛ばして攻撃・炎の異能をものともしない防御・傷だらけだった子供を回復(しかも遠隔)と、1人で3系統の異能を使った事になる。
これで驚くなという方が無理からぬ事だ。
リーダー格の男は思った。
あの小僧は危険だ。
今この場で、子供と共に葬らなければならない。
まず手始めにこの子供を殺す。
そして我等全員で小僧を殺す。
如何に規格外の異能使いであろうと、残った7人同時に掛かれば、何人かの犠牲は出ても確実に殺す事は可能だろう。
リーダー格の男の腹は決まった。
他の男達にも目配せを送り、鋼太郎に一斉攻撃を仕掛けるよう合図する。
リーダー格の男は手にしていた剣を逆手に持ち、その鋭い切先を倒れている子供へと向ける。
それと同時に、残り6人の男達が鋼太郎へ突撃する。
どんな優れた異能使いでも、この絶望的な状況を打破するのは不可能だ。
そう確信したリーダー格の男は、唇の片端を不気味に吊り上げながら、哀れな子供を亡き者にせんと剣を突き立てる!
だが……
「『感応』!」
【『感応』が発動されました。指定された味方ユニットは、1度だけどんな攻撃も100%回避する事が可能です。チャージタイムは60分です】
ザシュッ!
男の凶刃が、幼い子供の身体に突き立てられ……る事はなく、子供の身体を避けた数センチの地面に深々と突き刺さっていた。
「……はぁ?」
リーダー格の男は、常ならば絶対に口にしない間の抜けた声を出す。
そんな馬鹿な。あり得ない。何なのだこれは?
男の剣は確実に子供の身体を貫くハズであった。
なのに、現実には剣は全く見当違いの地面に突き立っている。
まるで子供に刺さるのを避けるかの如く、剣の刀身がグニャリと曲がった……ように男には見えた。
と、ここまで長々と語って来たが、時間にするとものの数秒の出来事に過ぎない。
そしてその数秒の内の、ほんの一瞬の間に、状況は劇的に一変する。
呆けていたリーダー格の耳に、またも謎の音楽が届いた。
風邪を~ひいて~る~♪
今年も~ひいたぜ~流行り風邪~♪
俺は~インフ~ル~♪
誰にも~触れら~れ~ない~ぜ~♪
歌詞の意味や、そもそも誰が歌っているんだ等の疑問について考えるよりも先に、もっと身に差し迫った異常に気づく。
「な、何だこれはぁ!?」
地面が極彩色に光っている。
目が痛くなるような様々な光が渦を巻いて、リーダー格の男と気を失っている子供を照らしている。
そして鋼太郎に向かって行った男達の足元も光っていた。
更に鋼太郎の足元も……というか、鋼太郎は円形に拡がる光の中心に居た。
「(この光もアイツの異能か!? とすると、この歌はこれの前触れなのか!?)」
リーダー格の男は考察する。
が、それ以上頭を働かせる事が出来なかった。
「行っけえぇーっ! サイケフラぁーッシュ!!」
鋼太郎の叫びと共に、足元を照らす極彩色の光が更に目まぐるしく、それでいて毒々しい光を放つ!
その光を浴びた男達は、全員頭を抱えてその場に倒れ伏す。
「ぐわあぁーっ!? な、何だこの光はぁ!?」
「あ、頭が……割れるーっ!!」
「目も痛い! こんな色の暴力……とても正視出来ないぃいいいっ!!」
瞼を閉じても、瞼を透過して眼球に突き刺さるような毒々しい色の奔流。
男達はそれに抗う術を持たず、胎児のように丸まって耐えるしかない。
やがて1人、また1人と気を失って行く。
最後の1人となったリーダー格の男は、頭と目を襲う激痛に耐えていた。
だがその抵抗も虚しく、彼もまた他の男達同様、意識を深い闇の中に閉ざそうとしている。
「(こんな、馬鹿な……我々程の手練れが……あんな小僧1人に……やら、れる……とは……)」
やがて意識を刈り取られるリーダー格の男が、最後に見た光景は……
屈強な男達が次々と気絶する中、まるで何事も無かったかのようにスヤスヤと寝息を立てる子供の姿。
それと彼の耳に飛び込んで来た謎の歌は、こんな歌詞で締め括られた。
熱病! 疾病! コンゼツダー!
◇◆◇◆◇
最後の男が倒れると、サイケな光は徐々に消え去る。
やがて森に静寂が戻る。
鋼太郎はフゥ~と大きなため息を吐き、全身を脱力させた。
「練習無しの1発勝負だったけど……成功して良かったぁ~!」
鋼太郎が男達をまとめて倒したのは、特殊な必殺武器だった。
それは鋼太郎がこよなく愛する『スーパーロボット戦争』シリーズから産まれた、ゲームオリジナルロボット『魔病気神コンゼツダー』のサイケフラッシュだ。
主人公が不治の病である微熱に侵されながら、世界から全ての病気を根絶する為に戦うという、何だかよく解らないストーリー。
そのコンゼツダーに搭載された武器の中に、俗に言うマップ兵器と呼ばれるものがある。
マップ兵器とは、範囲内の複数の敵を1度にまとめて倒しながら、尚且つ敵から反撃されないという特性がある。
ゲームに登場するスーパーロボットは数多いが、マップ兵器を有するロボットはほんの一握りなのだ。
その中でもサイケフラッシュは、範囲内の味方ユニットには一切ダメージを与えないという、マップ兵器の中でも群を抜く優れた武器なのである。
鋼太郎はこの土壇場でそれを思い出し、実戦に投入した。
その結果がこれだ。
男達は全滅し、子供は無傷。
これ以上は無い結果と言えるだろう。
と、鋼太郎が気を抜いていると……
パーパパパパーパッパパー♪
「うおっ!? な、何だ!?」
突如鳴り響くファンファーレ。
しかも鋼太郎が今までに何度となく聞いた覚えのある、晴れやかな旋律。
「あ、もしかして……ステータス!」
何かに思い至った鋼太郎は、ステータス画面を開く。
黒鉄鋼太郎 レベル2
HP 4800/5050
「やっぱり……っつーかレベルが上がってもこんだけしか成長しないのかよ!?」
HPの最大値が50増えた以外に、特筆すべき変化は見られない。
もし仮にレベルが最大値の99まで上がるとしたら、HPの最大値は9900。今の倍近くになる計算だ。
「……ま、武器や装甲の改造をやる手間が無いのはありがたいかな。さっきの調子なら、よっぽど馬鹿やらない限りは楽勝だろうし」
とりあえず危機は脱した。
自らの成長システムについては追々考えるとして、鋼太郎にはまだやらなければならない事がある。
鋼太郎は倒れた男達を避けつつ、子供の方へと近寄る。
鋼太郎は子供の身体に手を添え、お姫様抱っこの要領で抱えた。
体重は羽根のように軽い。
身体の大きさから見ても、恐らく10才に満たないくらいだろう。
だが、鋼太郎が目を見張ったのは、その子供の顔だった。
「うわ……めっちゃ綺麗な子だなぁ……」
その子供は、鋼太郎が思わず唸る程の美しさだった。
髪は絹糸のように白く滑らかで、肌は透き通るように白く頬と唇は桜色だ。
そして額にはツノが生えていた。
「…………ツノ?」
それはどう見てもツノだった。
白い髪の隙間から、長さおよそ5~6センチ程度の、金色に光り輝くツノがちょこんと生えていた。
「…………オニ?」
鋼太郎の中の鬼の概念が崩れ去った瞬間であった。(赤くて天然パーマで虎柄のパンツを履いている的な)
次回更新は6月5日18時です。