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主人公は遅れて現れる


 ピロリロリ~♪ ピロリロリ~♪

 

「……チッ」

 

 鋼太郎は舌打ちしつつも、再び鳴り出した金属板の表面に触れる。

 

 ピッ。

 

『ちょっと!? 何でいきなり切ったの!?』

 

「……あー、神様でしたか。俺はまたてっきり、どこかのヒマな中年オヤジのイタ電かと思いまして」

 

『酷くないかな!? 私は君の安否を確かめるべく、こうして電話で御機嫌伺いまでしてるっていうのに!』

 

「っつーか、電話を渡すんならそう言っておいてくれませんか? アンタ等は右も左も解らない俺をこれ以上惑わせてどうするつもりなんですかね?」

 

 電話の向う側で抗議する神様に対し、鋼太郎の返答は冷たい。冷たいというか無機質。

 その声だけでも鋼太郎のやさぐれ振りが伝わったのか、神様は一転してペコペコモードへと移行した。

 

『あ、いや、それは申し訳ない。でも君の事を心配してたってのは本当だよ。何せ君は私達にとって最後の希望だからねぇ。その証拠に本来なら門外不出の、この私と直通ホットラインが可能な『(かみ)TEL(テル)』を持たせた事でも、鋼太郎君への厚遇っぷりが解ってもらえると思うんだけどねぇ?』

 

 どの口が……と思わなくもないが、まさか異世界で神様と電話で話せるとは思ってもみなかったので、正直ありがたいと感じてもいる鋼太郎。

 

『ま、そうは言ってもこの『神っTEL』を持ってしても、1日5分以上の通話は出来ないわ、私から電話を掛ける事は出来てもそちらからは掛けられないわで、少しばかり不便だけどね。ワハハハ!』

 

 前言撤回。

 やっぱこの神様ロクでもねぇわ、と改めて評価をマイナス方向に修正させる鋼太郎。

 

『だから手短に、最低限伝えておかなければならない情報だけ先に教えておくよ? まず君の現在地だけど、そこに長時間居るのはあまりオススメしない。なので君にはこれからその森を東へ抜けてほしい』

 

『小一時間も歩けば街道に出られるから、そこから道沿いに南下すると大きめの町に辿り着くハズだ。当面はそこを活動拠点にすると良い』

 

『宿や食料なんかの買い物については、例の黒いカードを……』

 

 プツッ。

 

「え? あれ? ちょ、もしもし? もしもし!?」

 

 通話は突然断ち切られた。

 黒い金属板はもう何の反応も示さない。

 

「マジかよ……まだ5分経ってねぇぞ……っつーかほとんど何も聞けなかったぞオイ……」

 

 鬱蒼とした森の中、空を仰ぎ見ながら途方に暮れる鋼太郎。

 だが、とりあえずの指針は示された事に、一先ず安堵してもいる。

 

「まぁまずは東へ、か……」

 

 と呟いたところで、ある事に気づく。

 

「…………東ってどっちだよ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 こんな時は慌ててはいけない。

 立ち止まって熟考し、冷静に行動しなければすぐに遭難してしまうからだ。

 

 鋼太郎にもその辺の理性はあったようで、どうにか取り乱さずにいる。

 だが八方塞がりな状況は何ら変わらない。

 

「えっと、こんな時は太陽の方向で……ダメだ、今何時か解らないと意味が無ぇ……木の切り株の年輪を見れば……いや、でもあれは俗説だって聞いた事あるし……」

 

 アタフタする鋼太郎だったが、不意にある事を思い出す。

 その思いつきが果たして有効かどうかを試すべく、鋼太郎はその単語を口に出してみる。

 

 

 

「……マップ!」

 

 鋼太郎がそう唱えると、どこからかブゥンとブラウン管テレビの電源を入れた時のような音が響く。

 そして鋼太郎の目の前に、その画面は現れた。

 

 縦30マス、横30マスのグリッド表示の中心にあるのは、黒い点。

 その周囲には木々の緑と、細い川の青。

 

 鋼太郎はその画面を見ながら、試しに前方に数歩だけ歩いてみる。

 すると中心の黒い点はそのまま動かず、画面全体が下へスクロールする。

 それはまるで、鋼太郎の前進に呼応したかのように。

 

「オイオイオイ……こりゃ、ひょっとして……!」

 

 その後も様々な検証を重ねた結果、以下の事実が判明した。

 

 ・マップは黒いアイコン(鋼太郎)を中心として、黒い点に合わせて上下左右に動く。

 ・グリッドの1マスは縦横およそ3メートル、マップ全体では約100メートルを見渡せる。

 ・東西南北の表示付き。

 

 これは大きな躍進である。

 とりあえずどの方角を目指せば良いのかが解ったのが大きい。

 鋼太郎は意を決し、森の木々を避けながら進路を東へと向かう。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 30分程歩いているが、未だ森を抜け出せていない。

 マップ画面もずっと森、森、たまに川、そして森の連続である。

 

 本当にこの森から出られるのかと、疑念が湧く鋼太郎。

 だが他に有力な手掛かりも無く、せめて方角だけは正確であれと願いながら歩くしかない。

 

 そんな不安の只中の鋼太郎の耳に、何かが聞こえたような気がした。

 

 

 

「タス……ケ……テ……たすけ……て……!」

 

 

 

「……?」

 

 それは風に乗って運ばれた、か弱い誰かの叫び。

 誰にも届くハズのない、助けを呼ぶ声。

 こんな深い森の中で、その悲鳴を聞く者など皆無である。

 

 鋼太郎以外には。

 

 とは言え、果たして今の鋼太郎に誰かを助ける余裕などあるだろうか?

 見知らぬ異世界に投げ出され、明日どころか今日の行く末も知れぬ、16才の少年に。

 普通に考えれば、見知らぬ誰かに非情と罵られようと、ここは無視するのが正解なのだ。

 

「……くそったれ!」

 

 だが、鋼太郎は違う。

 鋼太郎は傍観者である事を由としない。

 鋼太郎は徹頭徹尾、主人公たれと振る舞う。

 

 困った人を見捨てない。

 悪事を見過ごしはしない。

 人助けに理由など必要としない。

 

 黒鉄鋼太郎とはそういう少年なのだ。

 そして鋼太郎は、悪漢に襲われる可憐な姫君(想像)を救うべく、行動を起こすのであった。

 


 

◇◆◇◆◇

 

「どこだ……一体どこから声が……?」

 

 鋼太郎は耳を澄ませようとして、そして気づいた。

 マップ画面の片隅、南東の方角に、ポツンと青いアイコンが現れた事に。

 青いアイコンはそのまま徐々にマップの東端を北上する。

 

 そしてその青いアイコンを追うように、複数の赤いアイコンが同じく北上する。

 

 事ここに到り、鋼太郎は理解した。

 鋼太郎のチート能力のベースとなった、ロボット戦略シミュレーションゲームに於いて、その青と赤のアイコンがそれぞれ何を意味するのかを。

 

 即ち、青いアイコンは味方。

 そして赤いアイコンは敵。

 

 それだけ解れば充分とばかりに、鋼太郎は赤いアイコン群を見失わないよう、それでいてこちらの気配を察知されないよう、細心の注意を払う。

 

 そしてマップ画面には、青いアイコンがすっかり赤いアイコン群に取り囲まれている様子を表示する。

 鋼太郎から最も近いアイコンとの距離は、約30メートル程離れている。

 そこまで近付けば、マップ画面ではただの点としか表示されなかった存在が肉眼で目視可能になる。

 

 ここからは慎重にならなければならない。

 敵がどういう存在なのかを見極めなければならないからだ。

 

 鋼太郎は大木の後ろに隠れ、様子を伺う。

 

 

 

「手間取らせてくれる……だがもう逃げ道は無い。おとなしくそいつを渡すんだ」

 

 そこに居たのは、計8人の屈強な男達。

 黒い外套に身を包み、顔もほとんどフードで覆われていた為、人相までは把握出来ない。

 

 外套の隙間から覗く皮鎧(レザーアーマー)と、腰に付けた短剣(ダガー)小剣(ショートソード)

 中には短槍(ショートスピア)手斧(ハンドアックス)を持った者や、弓と矢筒を背負った者も居る。

 日本生まれ日本育ちの鋼太郎には、どう見ても真面目な稼業の人間とは言い難い。

 

 しかしそれは鋼太郎の常識に照らし合わせた場合であり、異世界ではこれが標準的な装備なのかも知れない。

 鋼太郎は、このまま突撃しても良いものかどうか判断に迷う。

 

 だが、その怪しい男達の輪の中心に居た者の姿を見た時、鋼太郎の迷いは消えた。

 

 

 

「い、やぁ……たす、け、て……!」

 

 それは、小さな子供だった。

 ボサボサで薄汚れた灰色の髪、泥まみれで汚れた白い服、あちこち擦り傷と青痣だらけの肌。

 素足の裏は皮がめくれ、血マメも出来ている。

 

 そんな見るからにボロボロの子供は、両手で大事そうに何かを抱えている。

 それは一見すると、長さ1メートル程の真っ直ぐな木の棒のような物だ。

 男の1人が手を伸ばし、その木の棒を子供から奪おうとする。

 

「やぁっ……だめぇ!」

 

 子供は小さな身体で抵抗する。

 が、男には容赦をする気配が見られない。

 

 木の棒を両手で握り締め、イヤイヤと(かぶり)を振る子供に対し、男は平手を叩きつけた!

 

 パァン!

 

「あぁっ!?」

 

 頬を打たれた子供は地面に倒れ伏し、その拍子に木の棒を手離してしまった。

 だがすぐに起き上がり、木の棒を奪った男の足にしがみつく。

 

「かえして! おねがい! かえしてぇ!」

 

 子供の必死な願いも虚しく、男はすがりつく子供の身体を思い切り蹴り飛ばした。

 

 ドガッ!

 

「あぐぅっ!?」

 

 見るからに体重の軽い子供は、ゴロゴロと地面を転がる。

 蹴られたお腹を押さえ、ゲホゲホと苦しげに咳き込みながら、足をジタバタさせて痛みに耐える。

 それでも尚、子供は顔を上げ、涙目で男達を睨みながら、立ち上がろうと足掻く。

 

 だが男はフードの奥底から、冷たい目で子供に一瞥をくれただけで、そのまま興味を失ったかのように背を向ける。

 

「フン、これさえ手に入ればもう用はない……殺れ」

 

 木の棒を持った男は、他の男に指図する。

 その声に応じ、1人の男が鞘から剣を抜く。

 

 そしてその凶刃が、子供の身体を貫かんとした……まさにその時!

 

 

 

「待てぇい!!」

 

 

 

 突如として轟く、何者かの叫び声。

 男達はまさかその場に自分達以外の誰かが居るとは思ってもみなかったらしく、慌てて声のした方を振り向く。

 

 男達が目にしたのは、大木の根元で腕組みをしたまま仁王立ちする、黒い服の少年だった。

 というか鋼太郎だった。

 

 男達は全員、武器を構える。

 剣を鞘から抜き、槍や斧を構え、弓に矢を番える。

 男達と同様、地に倒れ伏した子供も驚いた顔で鋼太郎を見ている。

 

「子供は宝。子供は希望。子供は未来。無限の可能性を秘め、人々から愛されるべき存在……そんな子供を理不尽にも痛めつけ、あまつさえ大事な物を盗もうとする、恥ずべき者共……人それを、外道と言う!」

 

 突然語り出す鋼太郎に、男達は呆気に取られる。

 が、すぐに冷静さを取り戻し、目の前の謎の少年に対して誰何(すいか)の問いを投げ掛ける。

 

「誰だ!?」

 

 その当然過ぎる問いに対し、鋼太郎は森の隅々まで響き渡る程の大声で、こう答えた。

 

 

 

「てめぇ等に名乗る名前は無ぇ!!」

 

 

 

 


次回更新は6月3日18時です。

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