雷は不吉の前触れ
ぼんやりとしていた頭にチャイムが響いた。
「ふぁ~ぁ。・・・疲れた。さて、帰るか。」
授業が終了して、支度を始める。
「いやいやいや、窿、まだ朝のホームルームが終わったところでしょ」
立ち上がろうとしたが、隣に座っている爽太から突っ込みが入った。
少しあきれ顔で、でもお前らしいよとクスクス笑っている。
「疲れた時点で俺の今日の学校は終わったんですー」
ふてくされた子供かっと叱咤されたが俺はササッとスルーした。
つい早足にになりながら、扉に向かって歩き出す。
急がないと。
あいつがいない間に。
自由の時間を堪能しに行こうと、いざ教室の扉を開ける。
よっしゃ勝った!と内心喜びにあふれていると。
「あらぁ。せっかく私が朝一緒に来てあげたのに、どこにいくのかしら。」
目の前に仁王立ちする人物を見た瞬間、冷や汗があふれ出した。
そこには厄神・・・もとい、屋久守蓮花が艶のある黒い長髪をなびかせながら超絶スマイルで腕を組んでいた。
そう、なぜかいつも、蓮はわざわざ自身の家、といっても寺なのだが、そこから学校と反対方向にある俺の家まで迎えに来るのだ。
いや、そんなことよりもだ。
蓮はついさっき友達である風紀委員長に会いに行くといって出て行ったはずだ。
「なんで・・・」
「なんでこんなに帰ってくるのが早いかって?ふふ。そんなの、またさぼりに屋上に行こうとした
だれかさんのために決まってるじゃない。何か文句ある?」
「いえ、全く問題ありません!」
ビシィッと敬礼で意思を表明する。こわいよ。目が笑ってないからね?屋久守さん。
風紀副委員長である蓮は寺の娘であるからなのかそういう性格なのかはわからないが、校則違反に関してはみちゃくちゃ厳しい。
なのに、凛とした姿と端正な顔立ちのうえに面倒見がいいので後輩たちや同級生から絶大的人気を誇っている。
「ははっ。朝から仲いいな。お前ら!」
これをどう見たら仲がよさそうに見えるんだ。
あきらめモードの俺の視線の先ででかい口を開けて笑っているのは向上直人、通称ナオ。
スポーツマンで、そのことは体格を見ただけでわかるほどに鍛え上げているボクシング部。
いつも笑っているが、細目のせいでイカツく見えるのがなんか勿体無い気がする。実際、目を開けているのかいないのか、わからない。
冬だというのに半袖という季節外れ感満載の奴だ。
しかも、185㎝という長身なのでめちゃくちゃ目立つ。
常に楽観的に物事を考えているせいか、何事も楽しそうに見えるらしい。
「べ、べつに、仲がいいわけじゃないわよ!
窿太郎がいつもバカみたいにボケっとしているから面倒を見てやっているだけよ!」
・・・。えーっと、うん。けなされているかどうかは考えないようにしよう。
とにかく、
「蓮、顔赤くなってるけど大丈夫か?」
「!!?なな、なんともないわよ!ただ単に熱いだけ!」
といっても今は冬なので古校舎であるこの教室はむしろ寒いはずだけど・・・(ナオを除いて)。
本当に顔が赤いので、少し心配になりつつ顔を覗き込むと、後ろに飛び跳ねていった。
そんなに拒絶しなくてもいいだろうに。ちょい傷つく・・・。
「そうか」
何も考えてない風にあくびをしながら返事を返すと、
蓮は恨めしそうにこちらを睨んでいた。
・・・なぜに?
すると、後ろからクスクス笑い声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にかニタニタ笑っている春瀬鳴海がいた。
「素直じゃないですよね~、ほんっと。」
人をおちょくることに関しては天才的な鳴海は蓮のほうに視線を向けている。
「でも、リュウっちも心配するなんて、優しいですね~。くーちゃんのこと好きなんですか〜?」
ハーフである鳴海は西洋人形のように蒼くて丸い目をキラキラさせている。ゴシップ好きなのは女子の特権なんだろうが、鳴海は噂話の女王だから気をつけねばならん。
ちなみにくーちゃんとは蓮れんのことだ。女子のニックネームのセンスはいまいちわからん。
「えっ!?ちょっ」
「そうだよな!俺も窿は蓮花に対して優しすぎると思う!」
「はっ?あぇっ!?」
「・・・なんで蓮が慌ててるんだ。」
「うっ。そ、そんなことないから。そんなことないから!」
なんで二回行ったんだろう。
顔をさらに真っ赤にした蓮はうつむいてしまった。
「コラーお前ら、おちょくりすぎだぞ」
「え~。まぁ、面白かったからよしとしますか〜」
「そうだな!がははっ」
「変なところで共感するなよ」
いろいろ疲れてため息がでてしまった。
ああもう、静かなところで寝たい。
「でもさ、俺、窿が極度の心配性なのが気になるんだよな!授業はさぼってるくせに他人の調子にはすげー気を使ってくれるんだぜ!俺なんか前に足痛めてるのバレて驚いたのなんの!」
ナオは自分の左足をバシバシ叩いている。その音を聞いているだけでこっちが痛くなってくるんだが。
それに乗ったのは意外にも鳴海だった。
「あ〜それは私も気になってました。1ヶ月にペットが死んじゃって落ち込んでたらどうしたんだって言われたんですよ〜。みんなにはバレなかったしポーカーフェイスには地震あったんですけどね〜」
もう驚きでしたよ〜とあっけらかんと述べる鳴海にナオと蓮は苦笑いである。
「あー。それはな・・・」
言葉に詰まった俺を不思議そうに見つめる三人。
さて、なんと説明したもんか。
俺は悶々と考えていたとき、
「ねえ、そろそろ授業始まるよ。みんな座ったほうがいいんじゃないかな」
助け舟を出してくれたのは、クラス委員長のである爽太だった。
その言葉の直後にチャイムが教室中に響いた。三人は俺の言葉の続きを聞きたそうにしていたが、慌てて席に着いた。それを見届けて俺も自分の席に戻る。隣に座っている頼りになる男に小さく呟いた。
「助かった。ありがとう」
「ん?俺は授業が始まりそうなことを知らせただけだけど?」
俺は意外な反応にキョトンとした後、静かに笑う爽太につられて口元を緩めた。
爽太は俺の幼馴染みで、家が近いということもあって昔からよく遊んでいた。
柔らかい雰囲気のため誰にでも懐かれるようなやつだった。他人が困っているとすぐに助けにいったり、誰にでも平等に接することから生徒からも教師からも絶大な信頼を得ている。さっきみたいにやんわり注意することはあるが、本気で怒っている姿なんて数えきれるくらいしかない。
しかも、イケメン。爽やかイケメンというヤツだ。なのでモテる。
この前のバレンタインデーなんか、女子のこいつに対するアピールがとてつもなかったので、こいつと一緒に行動するときは半径1メートルは近づかないと決めたのだ。
ちなみに、俺は、チョコは嫌いだ。
いや、別に、もらえなかったから拗すねてるとかじゃないですよ?うん。
俺がバレンタインのことを思い出しながら遠い目をしていると、教室の扉が開かれ先生が大股で教卓へ上がった。
「えー。残念だがさきほど、大雨洪水警報と強風警報がでたんでな、今から帰宅準備をしてくれ」
開口一番で帰宅指示。
みんな一斉に窓の外を見た。
すると、朝はあんな晴天だったはずなのに、
今は灰色の厚雲が空全体を覆っていた。風の流れもはやく、所々では電気が走っている。
予想外の出来事に全員驚いていたが、帰れるとなると教室は歓喜の声で埋め尽くされた。
「うるさっ」
そういう俺も嬉しかった。
そんな俺の満面の笑みを見て、爽太と鳴海、ナオは笑い、蓮は呆れていた。
俺はウキウキで赤いマフラーを首に巻いく。
ふと窓の外を見ると、巨大な蛇のようになめらかで音もなく黒い雲の周りをうねっている雷を見つけた。
あれ、雷ってあんな風だったっけ。
そんな疑問は友達の呼び声で消えた。
皆が下校した教室は雷による断続的な光が照らす以外暗く、朝のざわめきや廊下を走る音が響いていたのも嘘のように静かで、その空間に取り残されたようだった。
〜ドキドキ!バレンタインイベント!〜
リュウ:ところでさ、みんなチョコ何個もらった?
ナオ:俺は18だぜっ!部活の女子達と先輩方からだ!ほれみろこの紙袋を!
リュウ:よしっ、勝った!俺19!
鳴海:ふふ〜甘いですね〜。甘々ですよ〜私なんて32個もらっちゃいましたからね〜!
リュウ・ナオ:なにぃぃ!?なんだその桁はぁぁ!
爽太:え、俺は89だよ?
リュウ・ナオ:ぶふぉっっ!
鳴海:なんですかその恐ろしい数字は・・・。
爽太:何って、先輩からが半分で、残りが同学年と後輩からで・・・
リュウ:もういいやめてくれっ!次、次誰だ!あ、蓮は何個もらったんだ!?
蓮:私?何個だったかな。確か、105だったような・・・103?いや102かな。
リュウ・ナオ:ぐはぁぁっっ!!
爽太:すごいね。さすが蓮だ。先生方からももらってたしね。
鳴海:くーちゃんはファンが多いですからね〜。残念でしたね〜、二人ともニコッ
リュウ・ナオ:くそぉ。覚えてろよ!来年こそはぁぁぁぁ!
思わぬところに敵は潜んでます。