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静寂のアトリエ  作者: 青谷隼
3/3

出会ってはならない二組の家族


「本日は、故・朝賀十蔵の葬儀並びに告別式にご会葬くださいまして、誠に...」


俺たちは、朝賀十蔵のファンとして参列した。

親族、仕事関係者、その他一般と区切られている。

さすが天才画家。

周りを見渡せば100人近いファンが参列していた。


朝賀十蔵の遺言により、二番弟子の峯島夫妻に、全ての遺産を相続したようだ。


もちろん、俺と母は葬儀などどうでもよく、その二番弟子・峯島広輝に声を掛けるチャンスを伺っていた。

が、一通りの葬儀・告別式が終え、一般のファンは帰宅を促された。


ぞろぞろと一般客が帰る中、母は朝賀邸の玄関間際で、トイレに行きたいと申し出た。

俺はその間、玄関で待ち続けた。


それにしても広い屋敷。

玄関だけで20畳は超えそうな、まるでデカい旅館だ。


壁には、朝賀の描いた絵が飾られていた。

弟子たちの絵も。


数分くらい待っただろうか。

玄関を出ようとする峯島広輝が走ってきて、俺の目の前に現れた。


「あ、あの!峯島さんですか!?」


急いで外に出ようとするその男に話しかけた。


峯島広輝「えっ?」


これが数十年ぶりに再会する、親子の会話だった。


広輝「あ!」(ドターン!)


いきなり声を掛けられて驚いたのか、玄関の段差に足を取られ、父は盛大にこけて倒れた。


恵「広輝、広輝さんなの?」


母がトイレから戻って来た。

父は何かを落としたのか、辺りを見渡し、何かを探している。


母は、父に自己紹介をしだした。

十数年前に婚約をし、帰りを待ち続けている者だと。


広輝「・・・」


父はずっと、下を見てうつむいていた。


「あー面倒くさいな。もういいや。」


父はそう言い、俺を見た。


広輝「本日は葬儀にお越し頂きありがとうございます。では私、急いでますので、失礼。」


そう言うと父は、勢いよく外へ走り出していった。


俺はその時、母の顔を見る事が出来なかった。


「どちら様でしょうか?」


黒の喪服が良く似合った、べっぴんさんが話しかけてきた。


広介「あ、俺たち、朝賀さんのファンで...」

恵「いま玄関を出られた方は、二番弟子の峯島広輝さんでしょうか?」


「そうでございますが、何か御用でしたでしょうか?」

「私、峯島広輝の妻・峯島涼子と申します。代わりで宜しければ、私が御用をお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか。」


恵「え、あ、ご結婚なさってらっしゃるんですね。」

涼子「ええ。この度、父の朝賀十蔵が亡くなり、私と娘と広輝さん、3人で暮らしております。」


なんて事だ。

父は、この地で、天才画家の娘と結婚し、更に娘まで一人作っていたのだ。


涼子「失礼ですが、夫の広輝さんとは、どのようなご関係で?」


母は、昔の友人だと説明し、積もり積もった話をしたかったと伝えた。


涼子「そうですか、それは失礼致しました。峯島広輝に変わり、謝らさせて頂きます。」


なるほど。

父は、俺たち二人を捨てて、この金持ちの屋敷で、幸せな家庭を築いていたという訳か。

俺は、母を連れて帰ろうと思った。そんな奴にもう、何も話す事なんてない。

しかし母は、どうしても、俺たちを捨てた理由が知りたかったようだ。

あのべっぴんさんに、会話をするチャンスをもらえないか、頭を下げていた。


涼子「では葬儀が一段落してから、来週月曜日、あそこにあるアトリエに来て頂けましたら、きっと夫に会えると思います。」


そう言って、べっぴんさんは屋敷の奥へ戻って言った。

俺たちは来週、また、この地を訪れる事にした。

母はその間、ずっと眠れないようだった。


月曜日を迎えた。

母は、押入れから随分昔に来ていたであろう洋服を取り出し、

なんのための若作りなのか、年相応には見えない化粧をしていた。


どうやら、昔、父と過ごしていた時に来ていた服と、当時していた髪型・化粧を施していたようだ。


俺たちは数時間かけて、またあの屋敷に辿り着いた。


"コンコン"


恵「失礼します。」


母は、あのアトリエのドアをノックし、ドアを開いた。


その中は、色とりどりの絵の具で塗りたくられた壁や、様々な絵画が飾られてて、まるで、異空間の扉を開いたようだった。


そして、その奥には父が、絵を描くという仕事をしていた。


誰にも邪魔されないためであろうか、俺たちと父の間には、面会室にあるような透明なパーティーションで、鍵がないと開けられないように仕切られていた。


恵「広輝さん、広輝さんなんでしょ。」

広輝「・・・」


母は、俺たち親子が、峯島広輝の帰りを待ち続けていたと話しかけた。


奥の部屋にはもう一つ扉があり、そこからあのべっぴんさんが、コーヒーを差し出しにやって来た。


広輝「お、ちょうど飲みたかった頃だ」


二人は見つめあい、


涼子「コーヒーで良かったかしら?」

広輝「ああ、ありがとう」


父は再び、絵を描き出した。


べっぴんさんが、こちらに向かって来た。

パーティーションの、少し空いた窓口からコーヒーを差し出してくれた。

べっぴんさんは、父の方を振り向き、


涼子「あなた、私の今日のお洋服、お似合いかしら?」


「・・・」


「夫は、興味のない事には聞く耳を持たない性格なので、本当に困っていますのよ。」


そう言い残し、べっぴんさんはアトリエを出て行った。


「広輝さん、私たちに興味がないっていうの?」

「私たち親子、ずっと、あなたの帰りを待ち続けていたのよ。どうして戻ってこなかったの?」

「何か理由があったなら教えてください。私たち二人が邪魔になったのなら、そう言って。何でもいいから、一言理由を言ってよ。」


広輝「・・・」


「どうして答えてくれないの?話したくもないの?」


10分くらいだろうか。

母は、記憶に残る、二人の思い出や馴れ初めなどを話続けた。


父は絵を描く手を止める事はなかった。


母は、透明なパーティーションをドンドンと、叩き出した。

何度も何度も、アトリエが揺れるほど力強く。


父はパッとこちらを振り向き、こう告げた。


広輝「すみません、仕事中ですので邪魔をするのであれば、ご退去ください」


父は、パーティションの裏にあったシャッターを、ガラガラと下まで下ろした。


どうやら、俺たちとは会話をする気もないようだ。

べっぴんさんに帰宅を促された。

その道中、べっぴんさんは、母の話した事を聞いてたのかどうかわからないが、

父と娘との話を、ずーっと昔から仲良い家庭であった話を、俺たち親子に話してきた。


もし俺たちの会話を聞いた上で、そんな話をしているのだとしたら、

相当、嫌味が上手で、神経を疑うレベルの、心のない女だろう。


絵の事についてもふれた。

父は、描いている絵が、少しでもイメージと遠ざかってしまった時点で、

その絵を即座に捨ててしまうそうだ。二度と視界に入らぬように。


母の横顔を見ると、頰に涙が伝っていた。


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