理想の家族
「パパー、見て見て!お花で作ったブーケ!」
「おーおーおー、上手じゃないか、結衣。」
「私ね、大人になったらパパと結婚するの!」
私の名前は峯島結衣。
天才画家である祖父・朝賀十蔵の家系に生まれた。
父親の峯島広輝は、朝賀の二番弟子。
涼子「おバカさんね、パパはママと結婚してるのよ。」
母親の峯島涼子は、朝賀の娘。
父と母と私の三人は、側から見ても、とても仲が良い理想的な家庭。
結衣「えーっ、私もする!パパと結婚する!」
広輝「参ったな。結衣が大人になる頃には、パパはおじいちゃんだぞ。」
私は父の事が大好きだった。
結衣「それでもいい!パパがおじいちゃんになっても、ずっと大好きだもん!」
父はとても優しく、休みを作っては家族サービスをしてくれる。
広輝「ママは次の土日、どこへ行きたい?」
涼子「そうね、草津なんてどうかしら。あなた、草津大好きですからね。」
結衣「いいないいな!結衣も行く!」
サラリーマンでもない父は、土日に固定で休む訳でもないのに、学校が休みの土日になると、
いつも私たちをどこかへ連れてってくれた。
十蔵「しかし君の絵は、いつ見ても素晴らしい。わしなんかより、遥かに才能がある。」
画家としての才能も凄いらしく、祖父が言うには、これほどまでの才能を持った人物を見た事がないそうだ。
広輝「いえいえ、朝賀先生にはまだまだ及びませんよ。」
十蔵「小さい頃からずっと絵を描いていたそうだな。才能と努力、両方を兼ねそろえた真の天才じゃよ」
涼子「お父様、褒めすぎですよ。広輝さんが困ってらっしゃるじゃない」
十蔵「その才能を遺憾なく発揮して、これからも伸ばして言って欲しいんじゃ。だから涼子、あまり広輝くんの仕事の邪魔はしないでくれよ。」
涼子「はいはい、わかってます」
祖父に言わせると、家族サービスなんかより、その時間を使って絵を描いて欲しかったようだ。
「朝賀先生、来月の美術展の件なのですが」
祖父にはもう一人、一番弟子の戸山恵三がいた。
彼は父よりちょっと歳上。
朝賀十蔵をとても崇拝しており、20年来の付き合いになる。
恵三「ありがとうございます。最後の仕上げ、頑張ります!」
私は恵三の事が嫌いだった。
「広輝くん、昨日お越し頂いた、例の雑誌の編集者には連絡したか?」
「あ、すみません、今すぐ連絡します」
「まだだったの?もう、本当に頼むよ。そういう雑務は、二番弟子の君の仕事なんだから」
父に対してちょっと、態度が冷たいから。
祖父に、類い稀な才能を見出されてべた褒めされている父を憎いのだろう。
恵三「なんで君はいつもいつも休みを入れるんだ!」
広輝「申し訳ごさいません。大切な家族と共に過ごす事も、私には大事ですので」
恵三「全く、画家と聞いて呆れるよ!こういう仕事は普通とは違うんだ!労働基準法に守られるような甘ったれた世界じゃないんだよ!」
広輝「・・・」
恵三「作品を完成させなければ一文にもならない。そんな決められた曜日だけ働いて、毎週土日は休んで。それでお金が貰えると思ってたら大間違いだぞ!」
広輝「おっしゃる通りです。ですが、私は家族の時間を無くす事なと、到底考えられません」
父は土日休んでいるからといって、絵の仕事を疎かにしてなどいなかった。
むしろ平日は、誰よりも絵を描いていた。
それほど、父は絵が好きなのだ。
父が真面目な顔で集中しているアトリエは、まるで異空間にいるかのようだった。
恵三「そんな気持ちで絵を描いて、美術展に作品を出させてもらってるだけ感謝して欲しいものだ。」
広輝「はい、朝賀先生や恵三さんには、本当に感謝しております。」
いやむしろ父が、毎日絵を描いている恵三と
張り合えるくらいの作品を出しているっていうのは、恵三本人も気づいているだろう。
優劣をつけるとすれば、どちらが優れているのかを。
高校生のころ、私は行きたかった大学を諦めて、とある専門学校に入学することにしていた。
結衣「パパ、わたし、専門学校に入学する事にしたよ!」
広輝「えっ?」
結衣「だから、わたし例の専門学校に入学が決まったんだって!」
広輝「・・・すまない。ごめんな。」
父は、ある持病を抱えていた。
その持病のせいで、通常の生活が困難を強いられていた。
いや、その持病があるからこそ、絵の才能に拍車が掛かったのかもしれない。
結衣「パパのためだったら私、何でも勉強するよ!」
広輝「ありがとう。でも、俺なんかよりも、お義父さんの方にも気を掛けてあげてくれよ。」
父は自分の病気よりも、祖父の容態を気にしていた。
祖父はもともと健康状態が良くなく、いつ倒れてもおかしくはない状態だった。
そんなやりとりがあった矢先、
恵三「大変だ、朝賀先生が倒られた!」
祖父が入院したとの連絡が入った。