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9 兄弟

 何と恐ろしいことにお嬢様不在でございます。


 



 アンディ・ド・メルシアは、アルグレイ王家の近衛騎士として、第二王子ジョエル付きの部隊長である。

 一般の騎士隊は、騎士隊長こそ上級貴族が勤めているが、基本的に実力重視で部隊長には貴族だけでなく半数以上は叩き上げから選ばれている。

 他の国では必ずしもそうではないが、このアルグレイ王国では、近衛騎士の隊長格ともなればほぼ間違いなく上級貴族から選ばれた。

 それは、過去にダンジョンから魔物が溢れた際に、一人の王族の我が儘を諫めることが出来ずに、不当に軍を動かしたせいで、一つの町がほぼ壊滅してしまった事があったからだ。

 それ故、王族を諫めるためにその側近となる近衛騎士は、王家と血縁のある上級貴族から選ばれることになっている。

 

 メルシア侯爵家から先代の王妃が出たこともあり、アンディは又従兄弟として、幼い頃から王子や王女の遊び相手として登城していた。

 最初、アンディは歳の近い第一王子に仕えることになっていたが、とある問題が起こり、急遽、ジョエルに仕えることになった。

 何が起こったのか?

 それは王妃の希望により、後任が決まるまでジョエルの護衛騎士を頼まれていた、ミシェル侯爵家夫人、キリアの死である。

 

 元々、公爵令嬢であった王妃の学院時代の友人で、騎士家の娘であったが、キリアは王妃の意向を汲んだ子爵家の養子となってまで、王妃となる友人のために近衛騎士となったのだ。

 その美しさと銀色の髪から、大輪の王妃に付きそう白薔薇とまで呼ばれた彼女は、ミシェル侯爵に見初められて子を為した後も、王妃の頼みで、ジョエルが自分の側近を選ぶまでの護衛を任されていた。

 それが十年ほど前になる。

 当時はまだ学生で、騎士見習いだったアンディは、先輩騎士のキリアにしごかれ、同じ侯爵家と言うことで、その娘であるシャロンと弟共々遊ぶ機会もあった。

 

 キリアが亡くなった原因はいまだに分かっていない。

 その後すぐにミシェル侯爵は伯爵家から後妻を迎え入れたが、問題はシャロンの異母弟であるヨアンが、彼女と年齢が一つしか違わないことだろう。

 それがまだ幼いシャロンの心を苛んだのは間違いない。

 そのせいで一時期キリアの暗殺説も出ていたが、侯爵家によって封殺された。

 

 まだ幼かったシャロンの嘆き悲しみようは、目も覆わんばかりであった。

 アンディは出来るだけ気に掛けようと何度か会いにも行ったが、まだ学生の見習い騎士で、そしてキリアの後任になる適当な騎士がおらず、アンディがその役目に選ばれたことで、その忙しさから会う機会は失われていった。

 だがシャロンは思っていたよりも強い少女だった。

 一時期、ミシェル家より冷遇されているとの噂もあったが、彼女はそんな噂を吹き飛ばすように、貴族令嬢として完璧であろうと努め、その努力の甲斐もあって、第二王子の婚約者候補にまで選ばれたのだ。

 

 アンディは妹のように思っている少女のことを聞いて、寂しさと喜ばしさを同時に感じていたが、そんなシャロンにアンディの弟のカールが反発した。

 アンディは、二人が幼い頃はとても仲が良かったと記憶している。どちらかと言えばカールの方がシャロンに懐いていたと言ってもいいくらいだ。

 そのカールがシャロンに冷たく接するようになり、学院に入学する頃には彼女を卑しむような発言までし始めた。

 アンディは何度もカールを注意したがそれは直ることなく、今では兄弟間の会話も微妙なものになっている。

 

 そんな弟がダンジョンで倒れ、最寄りの治療院に運び込まれたとの知らせがアンディに届いた。

 何があったのか知らないが、メルシア家の家宝である【破邪の鎧】を勝手に持ち出して、ダンジョン内で戦闘をしていたらしい。

 

「カールッ!」

 同じ時にジョエルのお伴でダンジョン近くにいたアンディは、ジョエルから様子を見てくるよう気遣って貰い、治療院を訪れた。

「……兄上か」

 ベッドにいたカールが震える身体で上半身を起こす。

 いったいどんな魔物と戦ったというのか、憔悴しきった顔で顔色も悪く、身体もまともに動かせないくらいボロボロだった。

 この治療院に運ばれてから、目を覚ましても何度か気絶し、毒を受けたとの報告もあったが、治癒魔法の甲斐もあって意識が戻るまでは回復したようだ。

「これは……酷いな。中層でオーガの群れにでも襲われたのか?」

「…………」

 何も言いたくないのか、カールが微妙な顔で横を向く。

「負けたことは恥ではない。その様子だと破邪の鎧は使わなかったのだろう? 勝手に持ち出したことで父上よりお叱りがあるだろうが、その心意気は酌んで下さるだろう」

「……………………」

 弟を慰めるアンディの言葉に、カールはそっぽを向きながら脂汗を流していた。

 それを少し不自然に感じたが、アンディは兄弟間に齟齬があることを承知で聞かなければいけないことがあった。

「カール。お前をここに運んだのはシャロン嬢だと聞いている。……彼女と何かあったのか?」

 それは初めて聞いたのか。カールの目が少しだけ見開かれた。

「お前がどうしてそこまで意固地になっているのか知らないが、彼女は第二王子妃になられるかも知れない方だ。もう子供じみた…」

「……兄上はバカだ」

「………」

 久々に聞いた、カールの呆れるような口調にアンディは苦笑気味に息を漏らす。

「………かもな」

「……もう、しないよ」

「そうか」

 何があったのか分からない。だが、言葉は短めだったが、アンディはカールの蟠りが少し薄れたように感じられた。

 今はそれだけで充分だ。もつれた糸を解すには同じだけの時間も掛かる。

 アンディは少しだけ優しい顔で弟を見つめたあと、静かに病室から去っていった。

 

「……いい加減にしないと俺が取っちまうぞ」

 

 そんな兄の背中を消えるまで見つめたカール君は、鈍感な兄に小さく溜息を吐いたのでした。

 

 ナレーションだと思いましたか? 残念。フルーレティにございます。

 

 現在、私はカール君がいる病室の、天井の隅に気配を消して潜伏中ですが、意外と誰も気付かれないので驚きです。

 先ほどまでの内容ですが、私がここ数日、“メイド聞き込み術”で調べた内容に、若干の脚色を加えて心情をアフレコしたものでございます。

 おおよそですが、大きく外れていないのではないでしょうか。

 兄が朴念仁で、弟が意固地とか、どうしようもないご兄弟でいらっしゃいますね。

 

 さて、どうして私が、シャロンお嬢様にカフェでご休憩していただいてまでこんな所に居るのかと申しますと、少々“実験”をしておりました。

 何故か存じませんが、カールとヒナにはトドメを刺すことが出来ませんでした。

 彼らに何があるのか。それが何処までの範囲の及ぶのか、知っておく必要があると思ったのです。

 

 まず手始めに、天井から眠っているカール君の口元に糸を垂らして、軽い“神経毒”を垂らしてみました。

 それはもう見事に肺まで麻痺して苦しんでおられましたが、それ以上は効果もなく、慌てた治癒師様に治療されてしまいました。

 とりあえず効果があったことに気を良くした私は、眠りから気絶に移行したカール君に、“筋肉溶解毒”を処方してみたのです。

 一瞬にして肌の色がドブのように変わり、やったか!? と思ったところ、全身が仄かに輝いて一瞬で完治しやがったのです。

 それでようやく目を覚ましたカール君でしたが、私の鋼よりも強固な糸を首に巻き付け締め上げたところ、それはもう大変お苦しみになりましたが、気絶はしても何故か死亡させるには至りませんでした。

 

 結論として、攻撃は通じるけれど、死亡は回避される。ということでしょうか。

 不死者とかの類でもなく、スキル発動の兆候もない。これ以上は見つかる可能性もあるので断念しましたが、……面倒くさいですね。

 まぁ、裏技が無い訳でもないのですが、しばらくは要観察です。

 ……実験体(でく)は一つではありませんし。

 

 私は指先と爪先に巻き付けた粘着性の糸を使って、蜘蛛のように天井を軽やかに這いながら、誰に見つかることなくリネン室に移動する。

 そこには、

「むぐぅ!」

「ヒナさん、お待たせしました。お加減は宜しいですか?」

 私の糸……は拙いので、荒縄で雁字搦めにしたヒナはシーツに埋もれながらも元気いっぱいです。適当に縛った結果、縄が蜂の巣のような模様になりましたが、何の問題もないでしょう。

「っ、か、神白……」

 猿ぐつわを外してあげると、涙目で私を睨み付けてきます。

「そうそう、おトイレは大丈夫ですか? 丁度良くここに大人用オムツが…」

「や、やめてぇえっ! 大人しくするから……」

 そうですか。ダンジョンで少々アンモニアの匂いがしましたので、丁度良いかと思ったのですが残念です。

「お願い、酷い事しないで……謝るからぁ」

「わかりました」

 どういう心変わりか、ちゃんと反省しているようです。

 はて……何がありましたか?

 私が素直にヒナの縄を解いて座らせると、彼女は不思議そうな顔で私を見る。

「あんた……“前”を向けるんだね?」

「メイドでございますので」

 もしかしたら昔のことを言っているのでしょうか? 何か言いたいのか、私を見るヒナの顔が少しだけ赤くなっていた。

「何か?」

「……べ、別に、今のあんたの方が格好いいとか、思ってないわよっ!」

 何が言いたいのでしょうか、この人は。

「とりあえず……ごめんなさい。そうだっ、あんたに良いこと教えてあげるわっ」

「ほほぉ」

 ヒナは立ち上がると、声を潜めるようにして小さく呟いた。

 

「クラスの子の一人が小さく独り言を漏らしていたのが聞こえたんだけど、あのね……ここって“乙女ゲームの世界”みたいよ」

 ……なるほど。

「もしっ、精神科のお医者様はいらっしゃいませんかーっ」

「やめてぇっ!? 私はまともだから、変な人扱いしないでぇええっ!」

 

 そんな馬鹿げたことあり得ませんよね……?



 

 ちなみにヒナ嬢には、ちゃんと実験に付き合って貰いました。


 次回、学院内のお話し。

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― 新着の感想 ―
攻撃は通じるけれど、死亡は回避 > つまりワカメを摂取させればいいんだな!? 多分緑色になったら元には戻らないだろう!
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