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ひどい戦闘です。
さてブタ男ことオークですが、その数はひいふうみい……いっぱいです。
まぁ十体以下って感じですか。そのオークですが、上半身は粗末ながらも鎧を着て、木の棍棒だけではなく、大鍋の蓋のような木の盾を構えているブタも居ますのに、どうして下半身は薄っぺらな腰蓑一枚なのでしょう?
「お嬢様、理由はご存じですか?」
「……え。そ、それは……」
弱点に繋がるのならとシャロンお嬢様にお尋ねしたところ、オークを見て青くなっていたお嬢様のお顔が、泣き出しそうに赤くなった。
さあさあ、お早くお願いします。
「……お…オークは、女性を襲って……その…」
涙目で真っ赤になっているお嬢様は、とても可愛らしい方です。
まぁ、何となく察しは付きました。付きましたが、夜になったらじっくりとお聴きしましょう。
「と、とにかく気をつけなさい、レティっ」
「はい、お嬢様」
お嬢様に応援されたなら、メイドとして無様な真似は出来ませんね。
私が【オークキラー】を構えると、それまで怒り狂っていたオークが、怒りながらも若干腰が引いていました。
この【オークキラー】を持つ者は許さない。でもそのトゲ棍棒怖いからこっちに向けないで、って感じですか?
これってそんなに怖い武器なのでしょうか?
トゲ棍棒と言っていますが、普通のバットのような形状ではありません。
私が“鬼に金棒”とか言っちゃったせいで、巨大な金属バットにトゲトゲが付いているようなイメージになりがちですが、ちゃんとした名前もあるそうです。
モルゲンステルン。
金属の棒の先にトゲトゲの鉄球が付いたアレですね。
ただ普通のモルゲンステルンが片手武器なのに対し、この【オークキラー】は直径4センチの芯まで鉄の詰まった1メートルの棒の先に、小玉スイカほどの鉄球が付いて、クラッカーくらいのトゲが幾つも付いている凶悪な物で、これは両手武器に分類されるそうです。
ぶっちゃけ、お嬢様よりも重いのです。
そんな凶悪な武器とは言え、棍棒は棍棒です。これの何がそんなに怖いのかと思って【オークキラー】をスカートの中に隠すと、オーク達からあからさまに安堵した雰囲気が伝わってきました。
「レティっ、何をやっていますのっ!」
お嬢様の慌てたような怯えたような声が聞こえてきます。
それはそうですね。トゲ棍棒を隠した途端、オーク達から戦う気配が薄れ、何と言いますか、非常に下卑た顔でお嬢様と私を見ていますから。
ですが、いけませんね……
お嬢様をそんな目で見るなど万死に値します。
「お嬢様をそんな目で見て良いのは私だけです」
「何を言っていますのっ!?」
おっと、また本音だけが漏れたようです。
それとあまりゆっくりも出来ませんね。どこかで観覧者も見ているようですし……。
とりあえず、お嬢様を怯えさせるその根本を排除いたしましょう。
『ブモォオオオオオオオオオオオッ!』
静々と優雅に前に出た私に、オークが棍棒ではなく素手で襲いかかってきました。
唸りをあげて迫るそれを私が首を傾げて躱すと、素早くオークに近寄り。
ぐぎょひゅっ。
『…ブ…モォ…ッ』
ズズン………ッ。
耳を塞ぎたくなるような打撃音とオークの巨体が崩れ落ちる音が響き、残ったオーク達が戦慄の表情で、両手で脚の間を押さえて後ずさった。
「メイドキックでございます」
何を蹴ったのか……ですって? いやですね。淑女の口からそんなことなど言えませんわ。
『……ブ、…ブモォオオオオオオオオッ』
勇気ある一体のオークが決死の表情で襲いかかってきました。
ごぎゅしゅっ。
『ブモッ……』
ズズン……ッ。
白目で泡を吹きながら崩れ落ちるオークに、残ったオークの腰がちょー引けておりました。
お嬢様の視線が少々痛いですが、これも必要なことでございます。けっしてちょっと愉しくなってきたとか、そう言うことではありません。
私が晴れやかな笑みで近づいていくと、オーク達はとても混乱していました。
ぐぎょごっ。
ごぐぎゅっ。
続けざま二体のオークにメイドキックを放ち無力化させると、私はその近くでイヤンイヤンと首を振るオークにもメイドキックを……
「や、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
その時でした。オークと私の間に割り込むように突進してきた全身鎧に、私は飛び下がって躱すと、その顔まで鎧で隠した人物は、若干腰が引けたように持っていた片手剣を私に向けた。
「何のおつもりでしょうか……?」
「お、お前には情けも容赦も存在しないのかっ!」
はて? どなた様でしょう?
「……か、カール様?」
「…………」
ああ、どこかで聞いたことがあるようですっかり忘れていましたが、お嬢様によるとあのカール君のようです。
「それで……? 何のおつもりかと」
「お前が、こんな酷いことを…」
何のことでしょう? 良く分かりませんが、残ったオーク達も救世主を見るような瞳でカール君を見ていますね。
「……なんと素晴らしい。人と魔物はわかりあえるのですね……」
「……こんな事で、わかりあいたくない」
感動する私にカールから疲れたような声が聞こえた。
「カール様、何をやってるのっ! その人を襲わせて神白を奪うんでしょっ!」
カール君が飛び込んできた通路から女の子の声が飛んできた。
あれは……えっと、同級生の何とかさん。私を突き落とした人の一人ですね。それはそうと、少々不穏な発言が聞こえましたが?
「………」
「ひっ!?」
私がジッと見つめると、その子が怯えたように青い顔で後ろに下がる。
おっと、いけません。せっかく本来の気配を抑えていたのに、少しだけ魔力が漏れて【威圧】してしまったようです。
「ヒナっ、お前は黙ってろっ! 元々、脅すだけですぐに助けるつもりだったっ」
「ええ~~~~~~~~~~っ!」
そうそう、ヒナさんでしたね。もちろん覚えていましたよ。どうやら共犯者同士で意思の疎通が出来ていないようですね。
このオーク達がこんな浅い階層に来たのは、方法は分かりませんが、彼らが誘導したようです。
「……カール様」
「シャロン……お前などどうでもいいが、お前にパートナーが出来ることは許さんっ」
「な、なんですってっ、聞き捨てなりませんわよっ!」
なにか、カール君からは屈折した物を感じますね。
「こうなったら、オーク達、そこの神白だけでもっ」
ぐぎょひゅっ。
『ブ…モォ』
ズズン……。
ヒナの声に一瞬動き出したオークの一体を、メイドキックで大人しくさせる。
どうやらヒナの固有スキルは、【魔物支配】か【魅了】系のようですね。非常に弱いので誘導しか出来なさそうですが。
「なっ、」
また何かされても厄介のなので、私は瞬時にヒナの居る場所に高速移動する。
生かしておいても面倒ですし、私もそれなりのことをされたので、一瞬で掴んだヒナの首に力を込めると、ヒナは苦しそうに怯えた顔をしながらも、まだ生きていた。
「た、助け…」
「………」
おかしいですね……。岩を握りつぶせる程度の力は込めたはずですが。
「レティ、おやめなさいっ」
「はい、お嬢様」
お嬢様の命令は絶対です。私がすんなり手を放すと、へたり込んだヒナから少しだけアンモニアの匂いがしましたが、全体的にホッとしたような空気が流れた。
「ヒナもどうでもいいが……」
全身鎧をガチャガチャさせて、カールが私に近づいて来る。
「フルーレティ、俺と勝負しろ」
「勝負……ですか?」
「そうだ、俺のパートナーになれ……とは言わないから、俺が勝ったら、シャロンのパートナーになるのは諦めろ」
「カール様っ、何を勝手なことを言ってますのっ!」
「シャロン、お前は下がってろっ!」
お嬢様にその態度……捻りつぶしますよ?
「よろしい、お受けいたしましょう」
「レティっ!?」
「ご安心をお嬢様」
私はお嬢様にニコリと微笑む。……事故死なら仕方ないですよね?
「……良し。行くぞっ!」
『ブモォ――ッ!(ガンバレ、アニキ)』
『ブモォオオォ――ッ!(オマエニナラ、○○レテモイイ)』
カール君がオーク達に応援されています。私は人間以外の言葉も理解できますが、オーク達の言葉は内緒にしてあげましょう。
私がオーク達と戦う場面を見ていたのでしょうか、カールはか弱い婦女子相手に剣で斬りかかってきました。
どう事故死させて差し上げようかと私が【オークキラー】を取り出すと、オーク達が憎悪に満ちた視線を向けながらも、怯えたように後ずさった。
「そんなものがまともに振り回せるか!」
回せますよ。ペン回しも出来ます。
でも私はそんな素振りも見せずに、カールの剣を躱して体勢を崩したように見せかけながら、トゲ棍棒をカールの首元にへし折るように叩き込んだ。
ズカンッ!!!
景気の良い音がしてカールが吹き飛ばされる。でもおかしい……。
「ちっ、重いだけあっていい衝撃が来たぜ……」
確実に首をへし折るはずの攻撃でしたけど、カールは痛そうにしながらもさほどダメージもなく立ち上がった。
「だが、我がメルシア家の秘宝である、この【破邪の鎧】はそんな物では砕けんっ!」
カール君が自信満々に教えてくれる。
ふむ……確かに良い鎧です。魔力の流れや素材感を見るに、自慢するだけの性能はありそうですが、あの一撃で意識さえ刈り取れないのはおかしい。
私は少々考える。あのヒナの時もそうだった。
とどめを刺すことが出来ない? 何かそんなスキルを持っていたとしても、二人とも持っているのは不自然なのです。
もしかして、この世界の【システム】でしょうか? 少々厄介です。
「次はこちらから行くぞ!」
命を奪えない……。これは原因が分かるまで、私の本気を出すのは控えたほうが良いですね。
でもここで負ける訳にはいきません。お嬢様のパートナーは私ですから。
『ブモォオオオオオオオオッ!』
『ブモモォオオオオオオオオッ!』
『ブモォオオオオオオオオッ!』
カールを応援する健気なオーク達を見て考える。この【オークキラー】をあれほど憎み、あれほど恐怖する理由は何でしょう?
あの恐怖の瞳は、トゲ棍棒だけでなく、私自身にも向けられていました。
もしかして……このトゲ棍棒の形状は……。
私は片手で持っていた【オークキラー】を、両手で柄の端っこ部分を掴んで、野球のバットのように構えた。
『『『ブモォオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオッ!?!?』』』
その構えを見てオーク達の悲鳴が大きく響く。
「……なんだ、その構えは」
「ご存じありませんか? 打撃武器は、全身鎧の上から衝撃で中の人を倒すために色々と作られたそうですよ」
「……そんなことは知っている。この【破邪の鎧】も衝撃だけは防げない。だが、この鎧を着ている限り、意識が途切れることはない。そう言う魔術が掛かっている」
カールはそう言うと、背中から盾を取りだし左手に構えた。
「打撃武器に対しても対策済みだっ! 大人しく敗北を認めろっ!」
「では、失礼しますね」
私は【オークキラー】を、身体を捻るように大きく振り上げた。
通常、大きな打撃武器なら、その重量と重力を利用して上から下に叩きつけるのが、普通の使い方だと思います。
ですが、この【オークキラー】の使い方は違います。
オーク達があれほど憎悪し、恐怖する理由がこの使い方にある。
それは、
ガンッ!
「ぐ、ほ……」
カール君が掠れた声で膝を付く。
この武器は上から叩く武器ではありません。これがモルゲンステルンだと言うイメージを捨てて、鉄の棒の先に鉄の塊が付いた物だとすると、現実の世界にも似たような物がないでしょうか?
それは武器じゃない。スポーツで使う物。
私は振りかぶった【オークキラー】を後方に振り下ろすように半回転させ、地面をこするようにしながら、カール君の脚と脚との間を振り抜いた。
「ナイスショット」
「……き、貴様…」
「ナイッショッ」
ギリギリで起き上がりかけたカール君の脚の間に、私は1番アイアンのようにもう一度叩き込んだ。
「……ぐ…が…」
「ナイッショッ」
ファ――……。
上からの衝撃は対策済みでも、下はどうしようもなかったようです。
脚の間を抑えてピクピクと痙攣するカール君に、私はさらに追撃を加えるべく彼の片足を持ち上げると、
「「もう、止めてあげて――――――――っ!!!」」
『『『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ』』』
素晴らしいことに人と魔物の心が一つになった、魂の叫びが木霊したのです。
生き物は……わかりあえるんですね。
次回、カール君のことがわかります。