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7 迷宮

 



 シャロンお嬢様に案内していただいて、私達は街の東側にある第三ダンジョンに到着しました。

 ダンジョンの入り口は王国の兵士さんが警備していますね。

 この国では、ダンジョンから取れる物が生活に深く関わっているので、ダンジョン周りには探求者向けの宿屋や、飯処、酒場、武器防具屋、買い取り商などもあちこちに見られます。

 なんとこの国では、探求者とダンジョンに関わる仕事をしている人が、人口の三割にも及ぶらしいのです。地球でも昔あった探鉱の街などはこのような感じだったのでは、と考えてしまいます。

 

「ところでお嬢様。少々疑問なのですが」

「なに…かしら?」

 ギルドからダンジョンまで歩いて一時間。比較的近いのですが、少し早歩きしたので貴族であるお嬢様は少しばかり息が切れて、艶めかしい感じになっているので、現在、周囲の男性探求者達の視線を独占中です。揺れてますから。

「ダンジョンが魔物を呼び寄せると聞きましたが、街中にあるダンジョンはどうやって魔物を補充するのでしょう?」

「…………え?」

 ポカンと口を開けた、愛らしいお顔になっているお嬢様を見るに、疑問に感じられたことはなさそうでした。

「そ、そうだわ。きっと兵士さん達が外で捕獲して中に…」

「もし、そこのインテリ眼鏡の方(褒め言葉30%)、お尋ねしたいことが…」

「せめて最後まで聞きなさい、レティっ!」

 

 二十代後半の(女っ気の無さそうな)インテリ眼鏡様にお尋ねしたところ、十代半ばの可愛らしいお嬢様とメイドの二人組に、かなり饒舌に教えていただけた。

 この街の周囲や魔の森には“魔物の落とし穴”と呼ばれる、魔物だけを吸い込む穴が現れるそうです。

 ダンジョン周辺にしか現れないことから、ダンジョンが大樹の根のように伸ばして、魔物を取り込んでいるという説が有力だそうです。

 それではインテリ眼鏡様、ありがとうございました。さようなら。

 

 それにしても本当にここは、“都合の良い”世界ですね。

 まず普通の世界には【スキル】を表示数値化する概念さえ無いと思うのですが……。もしかしたら、この世界には【管理者】が居るのかも知れません。

 私もメイド長から聞いた話なので実際に見たことはありませんが、【管理者】とは、“神のように振る舞う者”と言えばいいでしょうか。

 本気で自分を神だと思い込んで、人間などに『私が創造神だ』とか言っちゃうのもいますけど、世界そのものを創造出来るような存在はいないそうです。

 惑星規模で創れるような存在でも、思考形態が違いすぎて認識出来ないそうな。

 【管理者】には大きく分けて二種類有り、【世界の意思】のような、巨大演算機のようなものだと、ただ淡々と世界を回しているだけなので問題はない。

 でも、世界に巣くう【寄生虫】タイプだとかなり厄介です。それらは人並みの感情を有している場合があり、国や大陸ごと世界から【隔離】して、思うままに操ろうとするからです。

 そんなの滅多にいないそうですが、ここがそんなのに管理された【箱庭世界】だったら面倒くさいですねぇ……。

 

「そうですわ、レティ。あなたの装備を用意しなければいけませんねっ」

 お嬢様はふと気付いたようにそう言って、お財布を覗き込んで眉を顰める。

「私は特に気にしておりませんが」

「私が気にしますっ!」

 お金がないからこそ、ダンジョンに来ている訳なので無くて当然です。

「これから稼げばいいのですわっ。全部使ってちゃんとした装備を揃えましょう。これは決定です」

「かしこまりました」

 お嬢様が決定したのなら、メイドである私が何かを言うべきではありません。

 強いて申し上げるのなら、そのご予算ではちゃんとした装備を揃えるのは不可能であると言えます。

「でしたら装備は私が選んでもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ」

 そこで私はお嬢様に休憩していただき、一人で装備を選ぶことにしました。

 

 

「………レティ。その装備は……」

「はい、掘り出し物でございます」

 きっかり15分後、変わらないメイド服で戻った私に、お嬢様は何か言いたげなようです。ですが、メイド服はメイドの戦闘服でもあるので何の問題もございません。

 そこで私が買い求めたのは、全資金を注ぎ込んだ一本の“武器”でした。

「この【オークキラー】があれば、鬼に金棒、メイドにハタキ状態でございます」

「その例えは良く分かりませんわっ」

 

 購入した【オークキラー】は魔鉄製の巨大トゲ棍棒です。

 魔鉄とは魔素が強く残留した鉄で、使用者の魔力と馴染んでその強度を増すらしいのです。

 これは武器屋の隅に埃を被っていた物で、過去に何度もオークの血を吸ったあげくに呪いの武器と化したらしく、オークに対して効果が高くなりますが、オークから親の敵の如く狙われるそうで、買い手がなかったのを安く買い叩きました。

 店主様はやっと売れたのが嬉しいのか、涙ぐんでいましたね。

 私のメイド買い物術で、セール品をさらに半額の半額にしたせいではありません。

 

「ささ、早く参りましょう、お嬢様」

「え、ちょっと、本当にその武器だけでいいんですのっ?」

 

 私達は何の問題もなくダンジョンに突入しました。

 ここの第三ダンジョンは、街中にあるだけに難易度も低い、学生や初心者にも推奨されるダンジョンです。

 基本的にダンジョンは資源と同意であるので、有用なダンジョンは国で保護され、農地などに出来たダンジョンは駆除の対象になります。

 ここのダンジョンは変わり種で、ここでは【岩塩】が多く取れる、とても有用なダンジョンでした。

 このダンジョンのおかげで塩を輸入しなくて良いのは、国としても助かりますね。

 さて、どうしてこのダンジョンが初心者向きなのかと申しますと、塩分が多すぎるせいか、魔物の血圧が高くなり、腎臓が悪くなって弱体化しているらしいのです。

 

「ここの魔物の肉は食材には適しませんね」

「何処の魔物でも食べないわよっ」

 

 この世界の食べ物には【魔素】が含まれており、魔素は栄養素の一つでもあるので、魔素濃度の高い食物は味が濃く感じられます。

 でしたら、魔素で動物から魔物化した肉は美味しいんじゃね? と思われるかも知れませんが、魔物肉は魔素が濃すぎて人間が食べるとお腹を壊すそうです。

 そんな訳で、魔物肉は普通は食べない。魔素を抜く術もありますが、そもそも味が濃すぎて大量に食べられない。

 要するに魔物肉は、世界一臭い缶詰とかと似たような感覚で見られているのです。

 私は味も何とか出来ますが、イモムシやムカデはお嬢様に大変不評でした。……美味しいのに。

 

 中に入ると、結構人が居ました。

 朝早く商店街を歩いている程度の人数と言えば想像しやすいでしょうか。

「れ、レティ。危ないから私の後ろにいなさいっ」

「はい、お嬢様」

 お姉さんぶろうとするお嬢様は可愛らしい。

 中古の革鎧に、魔術師らしくこれまた中古の杖を構えているのですが、見るからに鈍くさそうで庇護欲をそそります。

 そんな子羊のようなお嬢様に、若い男性どもが狼のように近寄ってきました。

「ねぇ、君達、良かったら俺らと…」

「あ、イモムシです」

 その時、丁度良く現れた巨大イモムシがいましたので、お嬢様の後ろから飛び出した私は、トゲ棍棒の一閃で叩き潰した。

 魔鉄の棍棒も、私の魔力でも自壊しないので大変結構です。

 イモムシは体長2メートルほどでしたが、確かに魔の森産よりも弱く感じますね。それでもお嬢様は杖を構えたまま固まっていますが。

「会話中、失礼しました」

「クローラーを一撃で……」

 私が1メートルもあるトゲ棍棒に付いたイモムシの体液を、軽く振り回して弾き飛ばすと、男性達は顔色を青くして立ち去られました。

 

「レティ!? わたくしの後ろにいなさいって言いましたよね!? あれは上層でも強めの魔物ですのよっ」

「はい、お嬢様。メイドの立ち位置はお嬢様の後ろと決まっております」

 私は何事もなかったように、お嬢様の後ろに戻る。メイドがお嬢様の前に出るなどおこがましい。

「なんか、意味が通じてないっ!?」

 何か間違えましたでしょうか……。

 ですが私がそこそこ戦えるとご理解いただけたようで、前に出て戦う許可をいただきました。

「……そう言えばレティは、魔の森でクローラーを倒していましたね」

「その時は包丁とお鍋の蓋でしたが」

「………」

 

 とりあえず私達は少しだけ奥に行くことにしました。まだ男性の目がうざったいですからね。

 ジョエル様とカールくんがこのダンジョンに来ている理由は、金策ではなく鍛錬だと思います。ここは千年近く経っているダンジョンで100層以上あるそうなので、下のほうに行っているのなら、あの面倒な人達と会うことはないでしょう。

「お嬢様。こちらの壁の色が変わっておりますが」

「あ、お塩ですわ。新しい層が出来ていたのですねっ」

 やっと目的の物を見つけた見つけたお嬢様が採掘道具を取り出す。

 あのイモムシの中に魔石もあり、売っても小銀貨5枚……約五千円くらいなのですが、前回同様お部屋の魔導製品に使うので売る予定はありません。

 お塩は、一壺500グラムで小銀貨2枚。やはり塩は高めなんですね。ここにあるだけで結構な金額になりそうです。

「運が良かったですわ。こんな浅い層に誰も手を付けていないお塩の層があるなんて、とても珍しいのよ」

「はい。お嬢様のお心掛けが良かったからですね」

「そ、そんなことないですわっ」

 お嬢様は褒められ慣れていないので、すぐに照れ照れになります。

 ……こんな可愛らしいお嬢様を蔑ろにするご実家の方々には、報いを受けさせるべきでしょうか……。

「れ、レティ? ……悪い顔になっていますわ」

「おっと、それは失礼しました。お嬢様があまりにお可愛らしいので、思わずゲス顔してしまいました」

「意味が分かりませんわっ!?」

 主従愛故にでございます。

 

「そろそろお戻りになりますか?」

「もう少しだけ奥を見てみましょう。もしかしたらダンジョンアイテムがあるかも知れません」

 予想外の収穫にお嬢様がやる気になっておられます。

 収穫したお塩は、お嬢様の【拡張袋】に入れてあります。なんでも魔石を電池替わりに、100キロ程度までなら大きさも重さも関係なく収納出来るようです。

 便利ですね。どうしてド貧乏のお嬢様がそんな物を持っているのかと申しますと、どうやらご生母様の遺品で、これだけは取り上げられずに済んだとか。

 中に荷物が多いと魔力の消費も多いので、途中で魔物を狩って魔石を多めに得たほうが良いかもしれません。

 シャロンお嬢様の先導で奥に進み、お金にならないような小物がお嬢様に近寄らないように、私が魔力で威圧しながら警戒していると、奥の方で何かが動く気配を感じて足を止めた。

「レティ?」

「少々離れていますが、人間のような気配がございます。どこぞの探求者でしたら問題ありませんが、一応、お気をつけ下さい」

「……分かりましたわ」

 お嬢様は私の言いたいことを理解したのか、真面目なお顔で頷かれました。

 シャロンお嬢様はご実家だけでなく、魔術制御の稚拙さから学友達からも冷遇されております。さすがに下級貴族や平民は絡んできませんが、カールのような者も居ますので気をつけるに越したことはないでしょう。

「……あの方も、昔は素直な良い子でしたのに…」

「お嬢様……」

 ……全力でフラグを立てるのがご趣味なのですか?

 

「お嬢様、お下がり下さい」

「どうしましたの?」

「何かが……来ます」

 私は奥から複数の気配が近づいて来ることに気付いて、お嬢様より前に出る。

 人間……ではありませんね。二足歩行のようですが、足音が重く、非常に歪な感じがします。

 

『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 現れたのは緑色の肌をしたブタのような顔立ちの魔物でした。

 おやぁ? どうしたのでしょう? その魔物達は私達を見るなり怒り狂い、木の棍棒を床に叩きつけて不快な音を立てた。

「……お、オーク」

 お嬢様の掠れた声が漏れる。

 なるほど、これがオークですか。……もしかしたら、私の【オークキラー】がフラグで引き寄せちゃったりしましたか?



 

 戦闘まで辿り着きませんでした。この二人のやり取りを書くのが楽しいのがいけないのです。


 次回、ブタと戦闘。そこに割り込んでくる人物とは。

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― 新着の感想 ―
オークキラー > あれかな? あくましんかんが持ってるモールっぽい武器。 腎臓が悪くなって弱体化 > 魔物───っ!? 塩っ気に適応出来ないでいるのか…………。哀れな………。 美味しいのに > キ…
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