62 最終話『 物語が始まる 』
最終話となります。
空気もない。水もない。光もない。闇もない。
一切の生あるモノを受け付けない異次元の狭間で、私は歪な黒い物体の上に腰掛け、大輪の黒い薔薇のようなモノから一枚ずつ花弁を取り、口へと運ぶ。
「好き、好き、好き、好き……」
おっと、思わず乙女チックに花占いなどしてしまいましたね。シャロンお嬢様との相性は抜群と出ましたフルーレティにございます。
柄にもなく乙女チックでしたが、私は純情無垢な素敵乙女でございますので何の問題もございません。
『――大いなる悪魔よ。それは“女神”の魂か?』
どうやら無粋なお客様のようです。チラリと視線を向けると、山のように大きな真っ白な影が私を見下ろしていらっしゃいました。
「いいえ。これは“クラリス”様でございます。【龍神】殿」
あんな薄っぺらな代物と、ただ純粋に暗く歪みきったこの方の魂と一緒にされては困りますわ。本当にこの方は悪魔好みのお方でございました。
クラリス様との決着を付けた時点で、そのお力も無事に龍神殿に戻られたようですが問題は無さそうですね。
『それは……失礼した』
「良うございますよ。それよりも歪みのほうは直りましたか?」
『然り。恙なく』
あの【力】は私が奪うことも出来たのですが、あのようなモノはいりません。
シャロンお嬢様に移して【神化】させることも少しだけ考えましたが、聖なる気を纏われたら、お嬢様とキャハハウフフと出来なくなるので困ります。
あの【力】が龍神殿に戻るのを黙認したのは、彼にあの大陸を管理して戴く為でございます。
元女神が【箱庭世界】などを造って時間を歪めてまで地球と繋げていたので、箱庭の内と外でもわずかですが時間と次元のズレが生まれていました。
無知とは罪でございますね。実力も知識も無い元女神が無茶苦茶をした結果、あの大陸ごと消し飛ぶ危険があったのです。
なのでその修復や管理を龍神殿に丸投げさせて戴きました。
私はお嬢様のお世話がありますので、そんな些事に煩わさせるのはまっぴらごめんにございます。
このように龍神殿とは同盟関係を構築いたしました。
彼も私が【悪魔公】になったことでこちらを危険視しておられましたが、彼がお嬢様とその周りに便宜を払い続けて下さるのなら、私もそちらには敵対しないと言うことで話が付いております。
まぁ、他の神ならいざ知らず、龍族は基本中立ですからね。
この世界――他の大陸には他の神を名乗る寄生虫がまだ居るやも知れませんので、眼は多いに越したことはありません。
おっと……最後の花びらが無くなりました。
あの花はクラリス様の魂。あの黒い花弁はクラリス様の得た経験値のようなモノですので、まだ食べようと思えば食べられるのですが……
私は白い蕾となったこの魂を、世界に還元せずに次元の隙間へと放り投げる。
『悪魔が、魂を捨てるか……』
「“お残し”とは品の無いことをしてしまいましたね。是非、見なかったことにして戴けますか?」
私が目を細めて巨大な白龍を見上げると、龍神殿がわずかに身を震わせる。
『承知』
せめて嫌いな世界ではなく、元の世界にお戻りなさいませ。何にも邪魔はさせませんよ。私の足下で死に絶えている、彷徨う魂を喰らう次元の悪魔のようにね。
『キシャー』
「おや、ベティちゃんではありませんか」
現地採用した蜘蛛メイドの一人(?)ベティちゃんが、私の肩の上で威嚇するように前脚を上げておりました。
魔物化していると思いましたが、ここに来られると言うことは悪魔化もしましたか?
素晴らしい。アルバイトではなく正式採用いたしましょう。
ベティちゃんが言うには、お嬢様が心配されているので早く戻るようにお迎えに来てくれたようです。
「分かりました。それでは帰りましょう、ベティちゃん」
『キシャー』
こうして私はアルグレイ王国に帰還し、女神を失った不安と復興中の活気がある王都を駆け抜け、お嬢様の待つ魔術学院へ到着する。
「……レティっ!!」
「シャロンお嬢様っ!!」
涙を浮かべるお嬢様と私は両手を広げて駆け寄り――
「遅すぎますわっ!!」
心配を掛けすぎまして、開幕スリッパでド突かれました。
***
『新郎新婦、入場』
女神が消えた『鎮魂の七日』と呼ばれる災厄から三ヶ月後、この日、アルグレイ国王都では、二組の高貴な新郎新婦による婚姻式が行われていました。
一組は、新たに王太子と成られたジョエル様と、国に繁栄をもたらすという異世界の花嫁ギンコ嬢でございます。
第一王子であったユーリ様が不慮の事故でお亡くなりになり、女神が消えた国内の不安を解消する為、急遽行われることになりました。
ギンコ嬢、お綺麗でございますよ。先日目出度く15歳となってすぐにご結婚とは、多少犯罪臭がいたしますが、国民達からも可愛らしい次期王妃様に喜びの声が上がっておりました。
フア嬢は列席者の中で、セイ君とハオ君の両方と腕を組んでいらっしゃいます。一番の勝ち組はフア嬢かも知れませんね。乙女ゲームの影響か、一妻多夫も認められているそうですよ。
そしてもう一組は……我らが天使シャロンお嬢様と、アンディ様とのご成婚です。
あの後もお嬢様はスキルの無くなったこの国で人々に治療をして廻り、それを見た民たちから『慈愛の聖女』と呼ばれているのです。
ジョエル様は影が薄いので仕方ありません。可憐で可愛い新婦二人で大衆の不安を誤魔化してしまおう作戦でございますね。
お嬢様……大変お綺麗でございます。
入場直前までガチガチになって涙目で私のスカートを握りしめていたとは思えないほど、大変ご立派でございますっ! そのたわわな果実よりもっ!
……あ、お嬢様に睨まれてしまいました。
「さぁて」
いつまでも見ていたい気持ちはございますが、そうも言ってはおられません。
披露宴でのお世話や、初夜に向けてのベッドメイクやエッチな下着の準備。竜の尻尾も良い具合に熟成しましたので、披露宴でのメインディッシュといたしましょうか。メイドにはやることが沢山あるのです。
それに……
この国と周辺国から女神の恩恵と結界が無くなり、その外にあった国々から干渉が増えて参りました。
ジョエル様の王太子就任とギンコ嬢との結婚を急がれたのは、他国から姫を押し付けられるのを防ぐ為でもあります。
この国は女神のせいか、良質な資源を産出する大規模ダンジョンが多数ございます。その女神の我が儘のせいで文明が止められていたこの国と違い、外の国では魔銃や魔砲のようなものさえ存在するそうです。
そんなカモネギ状態ですので、今回の式にも多数の間諜が紛れ込んでいるでしょう。
「開け、【メイドさんの控え室】」
懐から取り出した漆黒の鍵で、私専用の【固有亜空間】が開く。
これはメイド長より昇進祝いに送られた物で、本社がある【失楽園】の支社扱いになるそうです。
その中には――以前の部下でありました1000体のメイド悪魔が出向扱いで待機しております。
私が軽く手を振ると、跪いて控えていた獣型や昆虫型や猿人の可愛いメイド悪魔達が一斉に音も無く立ち上がる。
「さあ皆さん。まずは軽く“大掃除”から始めますよ」
お嬢様……私が永遠についておりますからね。
***
時は過ぎて――新王国歴二二四年。
「もう、あの子ったら落ち着きが無いんだから」
王都郊外にあるメルシア侯爵家。その広い廊下を数名の侍女を引き連れた二十代半ばの美しい女性が、緩やかに歩きながら落ち着きの無い愛娘に溜息を漏らす。
銀の髪に碧い瞳。その銀の髪は数代前に嫁いだ女性から、代々女性縁者にのみ受け継がれる髪の色だ。
その彼女にこの屋敷に居た時から仕えてきた年嵩の侍女が、やんわりと声を掛ける。
「姫様も今日という日を大変お楽しみになされていましたからね」
「それでも一国の姫ともあろう子が、それでは困りますわ」
文句を言いつつも、そんな娘が可愛くて仕方ないと言ったその女性に、侍女達が微笑みを浮かべる。
「この先には、あの写し絵もありましたね。そちらも見てみましょう」
「「「はい、キリア様」」」
女神の恩恵を失った『鎮魂の七日』と呼ばれる日から二百数十年の時が過ぎていた。
他国からの執拗な干渉をはね除け、小規模な戦争にさえ発展することもあったが、同時期に女神の恩恵を失った周辺諸国から頼られたアルグレイ国は、協議の上周辺諸国を吸収し、いまや大陸随一の大国として知られる。
アルグレイ国だけがどんな干渉も脅しにも屈しなかった。
魔銃や魔砲を擁する数世代上の技術を持つ国家に、剣や魔法のみのアルグレイ国と周辺国は蹂躙されるだけかと思われたが、何かあるごとに敵対国家に不幸な出来事が起こり、女神を失っても神に愛された国として、女神の代わりに【龍神】を祭り他国に毅然とした態度を取り続けた。
今は技術も文明も他国へ追いつき、平和な時代になりつつある。
大きくなった国を纏める旗印として、王太子が聖女の家系として知られるメルシア侯爵家から娘を娶ったのは7年前となる。
王太子妃キリアは、愛娘である王女の五歳の誕生日祝いに、約束を守る為に生家であるメルシア家まで娘を連れて里帰りをしていた。
「キリア様、姫様がいらっしゃいましたっ」
一枚の大きな色付きの“写し絵”を銀髪の小さな幼女が見上げていた。足音に気付いたのか幼女がふわりと振り返り、紫色の瞳を大きく見開く。
「おかあさまっ」
「ここに居たのですね。シャロン」
キリアは娘であるシャロンを抱きしめて、あらためて写し絵に写る、愛娘とそっくりな一人の女性を見上げる。
「この方は、あなたのご先祖で、慈愛の聖女と呼ばれた『シャロン』様ですよ」
「しゃろぉん? わたくしとおなじなのですか?」
「そうですよ。メルシア家の娘はこの方と同じ銀の髪を持ちますが、あなたはシャロン様と同じ瞳の色をしていましたので、そう名付けられたのです」
「おめめ、いっしょです」
200年以上前の災厄を乗り越え、民を癒し続けた『慈愛の聖女』シャロン。
平均よりも遙かに長い百を超えるまで生きたと言われる彼女は、歳を取っても美しさを失わず、この写し絵を撮られた時には五十を超えていたと言われるが、その姿は二十代後半のように若々しく、非常にたわわな“特盛り”であった。
そんな彼女に近づこうとする男性達は多かったが、その全ては彼女の傍らに常に控えていた一人のメイドにより排除されていたらしい。
そのメイドの名は伝わっておらず、生涯独身だったが、一人の聖騎士と心を通わせ互いに清い愛を貫いたと云われている。
「めいどしゃん?」
「そのメイドはシャロン様にお仕えしていましたが、とても大事な“お友達”だったそうですよ。あなたにもそんなメイドが仕えてくれると良いですね」
「はい、おかあさまっ」
キリアがしたシャロンとの約束。それは五歳となったシャロンに彼女専属のメイドをメルシア家から紹介して貰うことだった。
シャロンには友達が居なかった。同じ年頃の貴族の子女はいるが、今回侯爵家であるキリアを王家が娶ったことで、新たな公爵家や辺境伯となった元周辺諸国の王家の者達がキリアを敵視して、その子供達もシャロンを敵視していた。
もちろん王家やメルシア家派閥の貴族も多いが、年回りの良い子供が居らず、いても爵位が低く、きつめの顔立ちであるシャロンを怖がっている。
そんな状況を愁いた王太子とキリアは、可愛い娘の為に、同じ年頃で常に側に居てくれる専属のメイドを、信用のあるメルシア家に紹介して貰うことになったのだ。
「そのコは、どんなコなのですかっ」
「メルシア家の侍従長が養女にするほど優秀で、とても可愛らしい子と聴いています。楽しみですね」
「はいっ」
わきゃわきゃと子猿のように興奮するシャロンを連れてテラスへと赴くと、キリア好みのお茶とお菓子が用意されたテーブルの側に、メイド服を着た小さな幼女が綺麗な所作で頭を下げていた。
「彼女が?」
「そうでございますよ、キリアお嬢様」
「お嬢様はやめてちょうだいね、ふふ」
昔のように呼ぶ侍女長にくすぐったそうに微笑み、キリアはシャロンの背中を押して幼いメイドの前に立たせた。
「あなたのメイドになる子ですよ。王女として、自分の側近となる者には、あなたから自分に仕えるように申しなさい」
「は、はいっ」
小動物並みの心臓なのか、同じ歳の女の子とほとんど会話したことの無いシャロンはギクシャクとした動きで、幼いメイドに勢いよく手を差し出す。
「わ、わたくしと……お、おともだちになってくださいっ!」
メイドとなるようにお願いするはずが、盛大に本音をぶちまけたシャロンに、キリアや他の侍女達が微笑ましげに笑顔を浮かべる。
そんなシャロンを侍女長がフォローしようとしかけた時、幼いメイドが前に出て差し出された手を両手で包むと、おかっぱの黒髪から覗く紅い瞳で、ニッコリと花のような満面の笑みを浮かべた。
「はいっ、シャロンおじょうさま。フルーレティにございますっ。レティとおよびくださいませ」
新王国歴二二四年・秋初めの月。
寂しがり屋の不器用な王女と、一人の奇妙なメイドの物語が始まる。
「おじょうさまが、とくもりになるように、がんばりますわっ」
「わけがわかりませんわっ!」
これにて完結となります。御読了ありがとうございました。
何か、このまま新章に突入出来そうな終わり方ですが、とりあえずここで終わりです。
これも読む人を選ぶ内容ですが、沢山のご感想も戴けました。
もしリクエスト等がありましたら、後日折を見て対処させて戴きます。
後はまた時間を戴き、また『おバカ枠』を投稿する予定です。
もし宜しければ、ご感想とご評価を戴けたら幸いです。励みになります。
ではまたお目にかかりましょう。




