61 神魔決戦 ④
真面目です。三人称のみ。
星空に輝く月を薄い雲が覆って灰色に染め、空中で見つめ合う二人の少女の明と暗を際立たせる。
純白のドレスを纏った金髪の【女神】は世界を照らすように光り輝き、ふわりと地に舞い降りると、その足下に幾つもの小さな花が咲き始めた。
漆黒のメイド服を着た黒髪の【悪魔】は世界を染めるように暗く輝き、ふわりと地に舞い降りると、その足下から浮かび上がる死面が怨嗟の呻きをあげる。
対照的な二人の少女。【悪魔】のメイドが薄く微笑みを浮かべると、【女神】の少女は額に汗を滲ませながら【悪魔】を睨み付けた。
【女神】の溢れんばかりの神気はこの【箱庭世界】を満たすと、そこに生きる全ての生き物は【女神】の存在を認識し、跪いて女神に許しを請う。
その邪悪なるモノを許さない聖なる神気の中で、【悪魔】の障気は浄化されたように消え、【悪魔】の邪悪な気配さえ押さえ込んでいるように見えた。
だが、【女神】の顔に余裕はない。
【悪魔】の背後に控える操り人形の死体達。
潰された死体や、竜の亡骸が光のない濁った眼で【女神】を見つめ。
千年近くこの国を護り、亡くなった後に地下墓所に埋葬された過去の英雄、聖女、聖騎士、大賢者、教皇達が、古びた豪華な衣装で骨のまま立ち上がり、【女神】に対してカタカタと骨の顎を鳴らして嗤っていた。
操り人形の亡者の群れ。悪魔の軍隊。
そのおぞましい地獄のような光景よりも、【女神】はただ、【悪魔】の浮かべる薄い微笑みに『畏れ』を感じていた。
「莫迦にしているの……? フルーレティっ」
白い【女神】――クラリスが奥歯を噛みしめるようにそう言い放つ。
「はて? 何のことでございましょう、クラリス様」
黒い【悪魔】――フルーレティが笑顔のまま小さく首を傾げる。
「惚けないでっ! 悪魔公であるあなたなら、こんな聖域は【箱庭世界】ごと吹き飛ばせるでしょうっ!」
「ああ、そのことでございますか」
「聖域内でも自由に動ける死骸を操れるのなら、戦えば戦うほど私に不利になるわ。それ程の力が有りながら、どうして力を押さえているのっ!」
「それは失礼いたしました。悪魔は神と違って目立つのが苦手な“恥ずかしがり屋さん”なのですよ」
「ふざけないでっ!」
「滅相もございません。そうですね……理由を探すとするのなら、こんな時に悪魔の気配を感じれば、人々がさらに不安に思うでしょう?」
「はっ。女神でありながら人間を殺した私への当てつけっ?」
「それこそまさか。人間なんていくらでも殺せばいいでしょう。どうせワカメのように勝手に増えますから。それに、これまで一番多く人を殺してきたのは悪魔ではありません。“神”ですよ?」
「……それ以上に救っているわ」
「ええ。クラリス様が【女神】です。お好きになさいまし。ですが――」
亡者達の光の無い眼が一斉にクラリスを見つめ、悪魔の真っ赤な眼に射られてクラリスがわずかに下がる。
「シャロンお嬢様に害を為そうとした事だけは許しません」
悪魔がたった一人の人間の為に、その環境ごと護ろうとする。悪魔と契約者――その枠組みさえ超えたフルーレティの行動は、クラリスの理解を超えていた。
そんなフルーレティとシャロンに、クラリスは胸を締め付けられるようなものを感じて、それを振り払うように声を漏らす。
「……嫌いよ、こんな世界。私だけじゃない。あいつのせいで、シャロンみたいな人達が犠牲になっていったのよっ! あんな女神の下で、のうのうと嘘の世界で生きていた人間どもなんて、私が滅ぼしてやるっ!」
「……さようでございますか」
狂気さえ見える女神の感情に、大地さえ怯えるように震える。
その中でフルーレティが軽く手を振ると、亡者達が散り散りに四方へと歩き、この場から離れていく。
「……なんのつもり? まだ私を莫迦にするの? 本気になる必要さえ無い、って」
「そのお話ですが、私は悪魔公と進化しましたが、まだ本調子ではないのですよ。魔力も半分程度しかありません」
「……何が言いたいの?」
「この【箱庭世界】の聖域のおかげで、私は先の戦闘のダメージすら回復出来ておりません。今の状態ならあなたと同じくらいの戦力でしょうか?」
「……だったら何故、死骸を下がらせたの?」
「元より戦いに使う為ではありません。あれらは私達の戦いに邪魔が入らないようにする為の防波堤でございます」
「……は、ははっ、なに言ってんの? 『舐めプ』? ゲームじゃないのよ? あまり人を莫迦にしてると――」
「随分とストレスが溜まっておりますね」
唐突なその言葉に、クラリスの怒りが一瞬戸惑いに揺れる。
「ストレス……」
「壊したいのでしょう? 苛々するのでしょう? ムシャクシャするのでしょう? 叫んで暴れて何もかも壊したいのでしょう?」
静かに染みこむような、心の隙間に忍び寄る悪魔の囁き。
フルーレティは壊れたままのトゲ棍棒を取り出すと、ゆるりとクラリスに向ける。
「ストレス……発散をしませんか? 私が今の自分に馴染む為のお相手となってくれたら助かりますわ」
そのあまりな物言いに一瞬唖然としたクラリスだったが、その後に腹を抱えるように笑い出した。
「あははははっははははははははははははははははははははっ、何よそれ、本当にあなたって訳が分からないわっ。でも……いいわ」
クラリスが片手から光を伸ばすと、そこに落ちていた剣――おそらくはエリアスが落としたであろう【聖剣】を引き寄せ、女神の神気を用いて扱いやすいようにレイピアへと変化させる。
「ストレス発散の為に、あなたの練習相手をしてさしあげますわ」
そう言って女神のように貴族令嬢のように、クラリスは華やかで晴れやかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、クラリス様」
フルーレティがトゲ棍棒に魔力と障気を送り込むと、破損部分が修復され、歪だった魔鉄製が滑らかな表面の魔鋼製へと変化する。
「「では」」
右手に武器を構え、左手の指でスカートの裾をつまみ、白と黒の少女達は緩やかに間合いを詰めると、舞踏会で相手をダンスに誘うように、可憐な微笑みを浮かべて手の中の獲物を互いへ向けた。
「「始めましょう」」
踊り狂って、死するまで。
光と闇の武器がぶつかり合い、白と黒の火花を散らす。
その衝撃と鐘を打ち鳴らすような轟音は、人々が避難した後でも王都を揺るがして、七日七夜続いた後――
人間達は、この世界から【女神】の恩恵が失われた事を知った。
悪魔らしい慈悲にしたつもりです。
メイドさんは、人間ではなくクラリス個人を尊重しています。
……悪魔的にですが。
次回最終回。『 物語が始まる 』
完成しておりますが、一拍置く為に明日の同じ時間に更新します。




