55 卒業 ③
ヤッホーっ。みんな大好き女神様だよーっ。
なぁんて言っても、ここにいるヘボ貴族やクズ平民なんかじゃ魔力が低すぎて、このアタシの可愛らしい声も届かないのよぉ、可哀想なおバカちゃん。
でも今日は、ちょーっとだけ気分がいいから許してあげるわー。アタシって、あり得ないくらいちょー優しい。
アタシが機嫌がいいのわねぇ、ふふん、知りたい? 今日はねぇ……なんと、最大最後のイベント、【卒業パーティー】があるからでーすっ。
本当の最終イベントは結婚イベントなんだけどー、あんなスチル絵一枚で、だらだらナレーションするだけのものを最終イベントなんて認めないわっ、卒業パーティーこそが最終イベントなのよ。
ふふふ、長いこと待った甲斐があったわぁ。アタシって、ちょっと居眠りするだけで10年とか過ぎてるから、眠たかったけど頑張って起きてたんだからねーっ。今日は自分へのご褒美に、適当な巫女に憑依してザッハトルテとか食べちゃおうかな~。アタシが憑依すると魂が壊れちゃうんだけど、アタシが身体に降臨するなんて光栄でしょ?
他のヒロインちゃん達は、このアタシが【加護】を与えてんのにみんな失敗しちゃってさー、メインヒロインの子爵令嬢なんて、私の【神託】ガン無視で、勝手に第一王子ユーリと婚約してイベント無しで王妃になろうとしてんのよ、あり得なーい。
ユーリなんて、アタシが【王の威厳】を与えたから調子に乗っちゃってさ。ちょっとムカつくから、スキルを外しちゃえ、えいっ。
失敗したから、洪水でも起こしてリセットしちゃおうかと思ったけど、新しくヒロインにした子が上手く行って良かったー。
あのギンコって子はゲームやってなかったからさー、指示しても上手く動かなくてハラハラしたんだよー。あ、これって縛りプレイって奴? こんなダメヒロインでもエンディングまでいけちゃう、アタシってマジ天才。
そんな子だから、精神の干渉が上手く行かなくてイライラしたけど、でもこれで、あの不気味な侯爵令嬢も断罪出来るわっ。
もぉっ! なんで会場が見えにくくなってるのっ! まるで大きな蜘蛛の巣でも張ってるみたいじゃないっ!
アタシは女神なのよ! この世界で一番偉いのよっ! このイベントを特等席で見る権利があるんだからっ!
あ、女神の祭壇があるっ。あれ? エリアス? 何か最近、あの子のこと見えにくくなってたけど、アタシの為に特等席を用意してくれてたのねっ。
さっすがアタシのエリアスっ。アタシの為にお酒やお菓子まで置いてるわっ! 祭壇に捧げられた物はアタシも飲めるのよねー、グビグビ、ぷはー。
ちょっとこの聖印、座りにくくない? でもアタシのお尻はちっちゃいから座れるわよ? 女神様は完璧なんだから。あら、このお菓子美味しい。こんなのどこに売ってたのかしら?
あ、侯爵令嬢の子だっ! えっ、なんで!? なんでアンディにエスコートされてんの!? あの子、ジョエルにフラれて、悪役令嬢として一人寂しく入場してくるはずなのにっ!
あ、そうか! アンディは優しいから代役してんだねっ。これから断罪されるんだから、最後に良い想い出になったわねぇ、プププっ。
ギンコが来たっ! おおお、いいね、いいねぇ。いい絵が撮れてるよ~。ピンチヒッターヒロインだったけど、良い雰囲気じゃない。
みんなビックリしてるわぁ。コレが見たかったのよ~。後は侯爵令嬢の子を断罪すれば完璧ねっ!
次にメインヒロインちゃんとユーリが入場してきたけど、ギンコとジョエルがキラキラしてるから霞んでるわっ。まあ、アタシがユーリから【王の威厳】を取っちゃったからだけどね。ププーっ。
あ、あれ? なんで断罪イベントが起きないの? 早くやりなさいよ、ギンコっ! メインヒロインちゃんでもいいから! アタシの声が届いてないの!?
え、ちょ、ちょっと待って、なんでエミルが出てくるの? まぁ、あの子も悪役令嬢だからエミルでもいいんだけどさ……。
………はぁ? なんでよ!? なんでアタシのせいになってるの!? アタシはそんな神託なんて出してない!
なんでみんなしてアタシのほうを変な目で見てるのよ! ムカつくっ!
え、なんか信仰が揺らいだ!? ウソっ、あ、エリアスが剣をぶつけた!? どうしてよっ! あんた、アタシの愛し子でしょ!? 祭壇から飛び出ちゃう!
へ? なに? なにこれ? 蜘蛛の巣? なんでこんなのがあるの? 何コレ切れない? 引っ張っても力が逃げるっ!
「つーかまーえた」
……誰? アタシの目の前で、初めて見る黒髪のメイドが良い笑顔でアタシに糸を巻き付けていた。
ウソ……、なんで? アタシの世界にこんな奴は居ない!
ムカつくから力任せに糸を外そうともがく。でも糸がビミョーな感じで力を逃がしてなかなか切れない。
止めてよっ! アタシは女神なのよ! ああっもおっ! こんな世界はいらないっ、リセットするんだからっ!
……ちょっと冗談やめてよ。誰かが世界の【結界】を壊した。
魔の森? アタシは慌ててそちらのほうにチャンネルを合わせる。頭の中でつまみを回すようにチャンネルと合わせると、魔の森の映像が見えてくる。
魔の森で、魔物達が結界を破壊して廻っていた。先頭は八本脚の馬!? 守護聖獣はどこいったのっ!? ……あ、この前、消えたんだった。
ちょっと止めてよ、それ以上結界を壊さないで! えええっ!? ドラゴンっ!? なんでこんな数のドラゴンが入ってくるの!?
止めてっ、やめてっ!!! これ以上結界を壊さないでっ! それ以上壊されたら、【力】を制御出来なくなるのっ!
*
皆様、お変わりありませんでしょうか。お腹を出して寝ていたりしていませんか? お嬢様のポンポンはすべすべプニプニでございました。……そろそろ対処した方が宜しゅうございますね。そんな感じのフルーレティにございます。
どうやらニール君や淫乱子竜のフェイ殿が上手くやられたようですね。万全の罠を張っていたのに、糸を千切られるかと思いました。
さすがは【女神】――と言うよりも【古き神】より盗んだお力は強烈です。ですが、結界が壊されたことで女神の【箱庭世界】が不安定になり、女神は盗んだ力が制御出来なくなっているようです。
私の蜘蛛糸で拘束されている光の塊から【女神】らしい神々しい光が薄れ、金髪の美しい少女が姿を見せる。
「女神様っ!?」
「あの方が!?」
「いや待て、アレを見ろっ!」
会場に居る貴族や平民達がざわめき始めると、美しかった女神の金髪が薄い茶色に変わり、大きかった目が小さくなる。
流行のアイメイクを落とした女性のように、いきなり地味になりましたね。それが千年前の巫女だった元々のお顔でしょうか? まぁ、二十歳ほどの年相応に普通に可愛らしい女性ですが、【女神】と言うにはやはり地味です。
おや? また変わり始めましたね。身体が突然太りだして、黒髪をツインテールに纏めた三十代の女性の姿に変わる。もしかして前世の姿という奴でしょうか?
あまりに変わりすぎた女神の姿に、人々が怯えるような視線を向けていました。
「な、なんだそれはっ!?」
会場にユーリ様の声が響く。いきなり“それ”扱いですか。それより何故か、ユーリ様のお言葉は以前のような威厳があまり感じられませんね。
『キィ―――――ッ!!! アタシは女神よっ! アタシにこんな事していいと思ってんのっ!? エリアスっ! ユーリっ! アタシを助けなさいっ! このクズっ!』
どうやらこちら側に具現化したおかげで【声】が普通に聞こえるみたいですね。
伝承とはまるで違う姿で【女神】だと叫く女性の姿に、お名を呼ばれたエリアス様やユーリ様のお顔が引き攣った。
「ご安心ください。それは、【女神】サマの名を騙る悪霊にございます」
私が響く声でそう宣言すると、人々から安堵と納得の溜息が漏れた。
それはそうですね。こんなのが千年も信仰してきた【女神】だと言われても信じられないでしょう。
皆様が納得出来る説明を私がすると、【女神】の名を騙る【悪霊】に人々は怒りの視線を向けて、彼女への【信仰】がさらに揺らいだのか、その力がさらに不安定となる。
『アタシは女神よ! 一番偉いのよっ! 一番愛され女の子なのよ!!!』
そう叫んだ元女神が上昇し始める。あら、これはいけませんね。
「皆様っ、お伏せになってくださいっ」
私がそう呼びかけるのと、元女神が糸を引き千切り天井を突き破ったのはほぼ同時でした。
『キャアアアアア!?』
『うわああああっ!』
天井から落ちてくる瓦礫に人々が悲鳴をあげる。ですがご安心ください。会場中に張っていた蜘蛛の巣が瓦礫を防いでくれました。もちろんわたくしは、落下と同時にお嬢様をお守りしております。
「シャロンお嬢様、アンディ様、お怪我はございませんか?」
「え、ええ、大丈夫ですわ」
「助かったよ……。しかしアレは……」
私が到着するより先にお嬢様を胸の中に抱き寄せていたアンディ様が、不安げに天井を見上げる。
ギンコ嬢もジョエル様が護っていたようでございます。とりあえずは関係者に酷いお怪我をした方は居られませんね。
しかし、ユーリ様はクラリス様を庇ったりしないのですね。どうでもいいですが。
「それではアンディ様。シャロンお嬢様をお任せしても宜しいですか?」
「レティっ!?」
「……君はどうするつもりだ?」
私は元女神を追撃に参ります。あそこで逃げる力が残っているのは少々計算外でしたが、あそこまで力を削れれば上出来でしょう。
お嬢様にご心配を掛けてはいけませんので、私はニコリと笑顔を見せる。
「お二人の為に、急いでお寝所を桃色に整えて参ります」
「意味が分かりませんわっ!?」
おや? その真っ赤なお顔は“意味”は分かっておりますよね?
「レティっ! ちゃんと帰ってこないと許しませんよっ!」
「はい、もちろんです。シャロンお嬢様」
バレていたようですね。さすが私のお嬢様は世界一でございます。そっと出撃しようとした私の横に、剣を構えたままのエリアス様が並ぶ。
「フルーレティ嬢、私もご一緒して良いですか?」
まるでお散歩にでも誘うようなその気安さとは裏腹に、その瞳は決意を込めた戦士のお顔でした。ですが。
「いいえ、エリアス様は一般の方をお守りください」
「………君は」
まあ、普通の物語でしたら手を取り合って行くところですが、ぶっちゃけ邪魔です。
私の言葉に、ジッと私を見ていたエリアス様は、怪我をしている人々や女神の祭壇を見て、少しだけ昔を思い出すように顔を歪めると、静かに頭を下げる。
「すまない」
「よろしゅうございますよ」
意味は分かりませんが、とりあえず訳知り顔で微笑んでおきます。
エリアス様やお嬢様、治癒魔法を使える方々が怪我人達のほうへと向かい、その姿に背を向けて、私は天井に糸を巻き付けて壊された天井から外に出る。
少々時間を掛けすぎましたが、お嬢様より優先することなどございませんので、仕方ありません。
もし元女神が逃げ出した場合は、淫乱子竜フェイ殿の竜族達が抑えてくださる手筈になっているので問題ないでしょう。
夜の王都を、建物の屋根を跳びながら糸を追っていると、
『フルーレティ、遅いっ!!』
ボロボロになったフェイ殿が飛んできて怒られました。
見ると、教会の真上で元女神と竜族が死闘を繰り広げていました。
元女神は力の制御も出来ず、戦闘経験も無さそうな滅茶苦茶な戦い方でしたが、その様子を例えるなら、『暴れる幼児に群がるネズミの群れ』と言った感じでしょうか。
竜達も元女神へ打撃を与えていますが、地力が違いすぎるので一撃ごとに巨大な竜が吹き飛ばされる。
『のんびり見ている場合かっ!?』
「仕方ありませんねぇ。では」
さすがに沢山の竜が飛び回っていると、あの辺りの人間は一目散に逃げ出しているようですので、これならば私が目立つこともないでしょう。
「ナイスショット」
『ぎゃああああっ!?』
一瞬で忍び寄って、元女神の真下からトゲ棍棒で打ち上げる。
さあ、第二ラウンド開始です。
ただ今、緊迫感や悲壮感を某集中です。
次回、元女神 vs メイドさんと竜軍団
クライマックス近し。




