53 卒業 ①
シャロンお嬢様とアンディ様が仮婚約と相成りました。
何故“仮”かと申しますと、エミル王女様の横やりを避ける為に、卒業パーティーまでジョエル様とお嬢様の婚約解消を内緒にするので、情報漏洩を避ける為に王陛下の許可を得られないからでございます。
貴族は王陛下の許可を貰わないと結婚出来ないのでございますよ、面倒ですね。
ジョエル様の『見届けた』発言は、王族として見届けたから、正式じゃないけれど、それに文句を言う輩が居れば自分が責任を持つという意思表示です。
それ以上にお二人の気持ちを存じているジョエル様の、素直な祝福の意味もあったのでしょう。
影も薄くて空気も読めない見た目だけの王子サマだと思っておりましたが、少しだけ評価を上方修正いたします。
「……………ふふ」
「…………」
ジョエル様とのお茶会も終わり、お部屋に戻られましたお嬢様のご様子が少々奇妙でございます。
何事か真剣に考えていらしたと思いましたら、突然頬を桜色に染めて先ほどのように含み笑いを漏らすのです。
もしかして脳みそ桃色でございますか? まぁ、幼い頃よりお慕いしていたアンディ様とのご婚約(仮)でございます。思わずお嬢様のたわわなたわわを下からタプタプ弾ませても気付かれないくらい仕方のないことだと、出来るメイドは理解しております。
「レティちゃん、それはちょっと……」
五分ほどタプタプさせていますと、こっそり遊びに来たギンコ嬢とフア嬢に見つかってしまいました。
これはいけません。私としたことがすっかり熱中していたようで、ノックの音に気が付きませんでした。メイドとして苦言を貰っても仕方ありません。
「そう言う意味じゃないからねっ!?」
「さようでございますか」
そうそうお気づきでしょうが、お二人は私のことを『レティちゃん』と呼んでいらっしゃいます。
どういう経緯でそうなったかと申しますと。
『ねぇ神白さん。あなたの下の名前を教えて貰える?』
『シャロンさんも名前で呼んでいるのに、神白さんだけ名字……』
『………はて?』
『『覚えてないのっ!?』』
そういった経緯で、お二人は私のことを『レティちゃん』と呼んでくださることになりました。
正直に言うと助かりますね。どういう訳か存じませんが私が『神白』と呼ばれても、それが過去の自分の名前だと理解していますが、自分だとは思えないのです。
あえて言うのならこの身体は、昔の自分に新しい自分が入る為の『神代』と言ったところでしょうか。
「……そうそうレティちゃん、銀子ちゃんね、ジョエル様の【パートナー】になったんだよ」
「さようでございますか」
エスコートパートナーの話ではなく、私とお嬢様のような【パートナー】のお話しでございますね。
まぁ、同性ならともかく、異性で人妻を他の男のパートナーは難しいですからね。現在ですとジョエル様と仲の良いギンコ嬢が、嫉妬溢れる貴族の令嬢方とパートナーになる確率は低いでしょう。
可能性があるとすれば聖女であるクラリス様ですが、クラリス様は現在入院しているエナ嬢と、聖女同士と言うことで【パートナー】になることが決まっているそうです。
パートナーが決まらなかった者は王家預かりとなりますので、ジョエル様のように複数をパートナーとするのは特例でございます。
「……あと、私もジョエル様のパートナーになった」
「さようでございますか」
「……それだけ?」
フア嬢は自分の爆弾発表が不発に終わって不服そうでございますね。
私はキッチンから持ってきた、ブルーベリーレアチーズケーキを切り分け、お皿に盛りながら口を開く。
「美少年二人と美少女二人のハーレムとは、ジョエル様もお好きでございますね」
「何を言っていますのっ!?」
ケーキを分けた時点で正気に戻られるとは、さすがはお嬢様でございます。とりあえずジョエル様の評価は下方修正しておきましょう。
お嬢様が気付かれたことで『シャロンお嬢様、ご婚約おめでとう』女子会が始まり、作り置いていたハニードーナツとキャラメルワッフルとドライフルーツケーキが消滅いたしました。
……また上白糖と無塩バターを商人様のお店で買い付けないといけませんね。
それから時が過ぎて、いよいよ卒業パーティ当日でございます。
「シャロンお嬢様、良くお似合いで、お綺麗でございます」
「あ、ありがと、レティ」
褒められて赤くなって照れているお嬢様は、本当に可愛らしゅうございます。
このドレスの為に私も本気になりました。厳選した私の蜘蛛糸を魔力で練り上げ、絹を数段上回る肌触りと光沢ながら、ミサイルランチャーの直撃からもお嬢様をお守りするでしょう。
「……でも、レティは本当にドレスでなくて良いの?」
「もちろんでございます」
私のいつもと変わらぬメイド服姿に、お嬢様がお顔を曇らせる。お優しいお嬢様、ですが心配には及びません。
「今回のメイド服はひと味違います。スカートの裏地はシルクのレースで昇り龍と猛虎の刺繍を施し、弩エロ仕様のガーターとスケスケパン、」
「分かりましたからスカートを戻しなさいっ!」
スカートを捲り揚げて臀部の部分を説明しようとしましたら、真っ赤になったお嬢様からスリッパでツッコミを戴きました。
まだ時間はありますが、ゆっくりもしていられません。
卒業パーティーの入場は身分が高い者ほど後になりますので、侯爵家令嬢であるシャロンお嬢様は、王太子殿下にエスコトートされるクラリス様やジョエル王子の前になります。
それに朝からそわそわしてお待ちになっているアンディ様を、これ以上、お待たせする訳にはいきませんからね。
「それでは参りましょう、シャロンお嬢様」
「う、うんっ」
***
「クラリス様、こちらで宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんわ。ありがとう」
王宮の侍女達が私の身の回りを流れるように整えていく。
さすが、王宮の侍女達は実家である子爵家の侍女達とはまるで違いますね。
チラリと視線だけを向けると、実家から連れてきていた若い侍女が、邪魔にならないように壁の隅で小さくなって震えていた。
まぁ、仕方がないわ。あの子は元々、小さな商家の子だもの。王宮に上がるだけでも彼女は死んじゃいそうなほど緊張していた。
……そろそろ実家に返したほうが良いかしら?
今、私は王宮に居る。
本来なら学生は学院の寮から出発することになっていて、それは第二王子であるジョエル様も同じだけど、私はエスコートくださる王太子殿下ユーリ様のご意向で、お城から出発することになっている。
私達は最後の入場なので、遅れても構いませんからね。
でも助かったわ。ドレスも装飾品もユーリ様がご用意した物だけど、あんな狭い寮では10人もの侍女は動けませんから。
……ようやく、ようやく今日で夢が叶う。全てが終わる。……いいえ、これから始まるのよ。
こんな不便な世界に生まれ変わっても頑張ってきたのは、今日この日の為。
今日で女神が用意したイベントが終わる。
ユーリ様を攻略する時の悪役令嬢である公爵令嬢は、すでにイベントを待たずして、老貴族の後妻となってしまったけど、こちらの断罪イベントがなくても問題は無い。
その替わりに、無理矢理ヒロインに選ばれたギンコという少女とエミル王女やシャロン様が断罪イベントを起こしてくれる。
エミル様には同情しないけど、シャロン様は可哀想ね。せっかく少しだけ仲良くなったのに残念だわ。
あのフルーレティさんが大人しくしている事はないと思うけど、どうなるのか少し楽しみね。
あの二人とは敵対しないように心掛けてきたから、私に被害が及ぶことは無いと思うけど。
「クラリス様、ユーリ殿下がいらっしゃいました」
「ええ、入って…」
「ここか、クラリス」
入室の許可を出す前にユーリ様が扉を開けて入ってこられた。
本当に強引な人……。顔は好みなのに残念な人ね。まあ、いいわ……
「ユーリ様、本日はよろしくお願いします」
「ふむ。よく似合っているな。それならば私の横に居ても問題はあるまい。行くぞ、クラリス」
「……かしこまりました、ユーリ様」
……まぁ、いいわ。その強さも強引さも私の為に使ってね。
今日が終われば……私が一番に輝くのだから。
ついに卒業イベント開幕です。最後に笑う者は誰でしょうか。
私的なことですが出張で更新がまた遅れます。申し訳ございません。
それだけではなんですので、ちょっと毛色の変わった作品をお試しで載せてみたいと思っています。




