52 婚約
ようやく、お嬢様が婚約となりました。長かったです。
皆様、またお忘れでしょうが、この物語は『恋愛ジャンル』なのです。
次回、いよいよ卒業パーティ開幕。……まで行ければいいなぁ。
本日はシャロンお嬢様が婚約者候補を務めさせてやっています、アルグレイ王国第二王子ジョエル様とのお茶会でございます。
初めてまみえました時は、絵本に出てくるような“王子様”かと思ったものですが、この国の方々は皆様アクが強いと申しますか、ぶっちゃけ第一王子であるユーリ様が強烈な方だったので、印象が薄くていまいちお顔もうろ覚えです。
「ジョエル様、本日はお招きに預かり、嬉しく存じます」
「シャロン、急に呼び出してすみません」
ああ、なるほど。今、お嬢様がご挨拶した方がジョエル様でしたね。もちろん覚えていましたよ。忘れるなんて失礼な真似はいたしません。
それにしても、お嬢様は本当にご立派になられました。初めの頃は声を掛けられる度にどもっていらした人見知りのお嬢様でしたが、影が薄いとは言え、王子殿下と立派にご挨拶が出来るのですから。
「……レティ。また変なことを考えていますわね」
「お嬢様のご成長を噛みしめておりました。でもちょっと不安なので、私の袖を指でつまんでいるところが、可愛らしくて良うございます」
「レティ、しーっ」
こっそりとそんなやり取りをしている間に、席を整えた執事がお嬢様をご案内する。
本日は重要なお話しをするので、いつもは10人以上ずらりと並んでいる侍女や護衛騎士の姿はなく、口の堅そうな執事と年嵩の侍女が二人、護衛も近衛騎士のアンディ様だけでした。
「フルーレティ嬢も、ご一緒にいかがですか?」
普通にお嬢様の斜め後ろに立つ私に、ジョエル様(仮定)からお声が掛かる。
「レティ……」
シャロンお嬢様が少しだけ振り返って、小さく私の名を呼ぶ。
お嬢様も私が席に着いた方がお心穏やかになるかと存じますが、前回、私が同席させていただいたのは、お相手が子爵令嬢のクラリス様でしたからで、さすがに一国の王子と同じテーブルに着くのは……私はまったく気にしませんが、お嬢様のお世話が存分に出来ませんのでご遠慮申し上げます。
「申し訳ございません。本日はお嬢様の側仕えに徹しさせていただきます」
「そうですか……。あなたとお茶を飲めるのは最後の機会かと思ったのですが」
ジョエル様は多少残念そうにしながらも、意外とあっさり引き下がってくれました。
以前は私に興味があるとか言っていたように(エミル様が)記憶しておりましたが、女が出来ると○○くんは急に余裕が出来るようでございます。
「それはそうと……侍女の顔がテカテカしているのが、気になるのですが……」
「「も、申し訳ございません」」
年嵩の侍女二人が(テカった)顔で揃ったように頭を下げる。
「その……シャロン様の侍女がお持ちくださった物を検分しましたら……」
「……何を持ってきたのですか?」
ジョエル様が若干ジト目で私を見る。嫌ですねぇ。奇妙な事は全て私が原因ではございませんよ。
「ご令嬢達の茶会では、甘いお菓子を持参するのですが、本日はジョエル様(仮定)からお誘いで、アンディ様もご一緒かと思いましたので、お腹に溜まるような物を作って参りました」
「ほほぉ」
育ち盛りのジョエル様が少しだけ嬉しそうなお顔になり、甘い物が無いと気付いたお嬢様が愕然としたお顔になる。
「それは楽しみですね。アンディもお相伴に与りなさい」
「…はっ」
ジョエル様のお言葉にその後ろに居たアンディ様が、少しだけ戸惑いながらも返事をする。それともお嬢様を見つめていて反応が遅れましたか?
「こちらが、その“軽食”にございます」
「ほぉ~……何ですか、これは……」
男子にバカウケ、お肉バーガーでございます。
普通のバーガーは肉だろ――とお思いかと存じますが、こちらはオークとミノタウルスの合い挽き肉を、繋ぎを用いず塩胡椒だけで練り上げ、肉汁を逃がさないように薄切りのチーズと極楽鳥のお肉で包み、ラード100%で揚げた後に、3センチに切った魔鉄ミノタウルスの最上霜降り肉のステーキ二枚で挟んで、肉汁をワインとバターで溶いたソースを使用した渾身の逸品でございます。
「「「…………」」」
軽く説明いたしますと、皆様、無言でお肉バーガーを見つめていらっしゃいました。
もちろん、魔物肉と言うことは内緒です。熱々をお召し上がり戴く為に、私の全力で時空間を歪めさせて戴いております。
その効果の程は、数口毒味をした侍女達のテカリ具合を見れば、おわかり戴けるでしょう。
……ですが、おかしいですね。少々反応が薄いような気がいたしますが。……はっ、もしや、
「申し訳ございません、お嬢様。カロリーが足りませんでしたか?」
「ですから、わたくしはカロリーが好きな訳ではありませんわっ!」
「さて、シャロンに来てもらったのは、伝えることがあったからです」
「は、はい……」
しばし、お茶と軽食を愉しんでから、ようやく本日の本題となりました。
皆様、お顔が健康そうにテカられてようございました。お嬢様と私はあんな太りそうな物は食しませんが。
「思えば、シャロンは幼い頃より、長いこと私の婚約者候補として尽くしてくれましたが、私は卒業パーティーでエスコートするのは、ギンコ嬢と決めました」
「……かしこまりました」
少々遠回しですが、事実上の婚約解消でございます。
一般的に婚約が解消されるのは女性にとって不名誉となりがちですが、ジョエル様の場合は、5人も候補者がいましたのでさほど問題ではありません。
お嬢様とジョエル様の仲が悪ければ、当日、婚約破棄もあり得たかも知れませんね。
今回の場合、問題があるとすれば、決まった相手が候補者の中からではなく――言い方は悪いですが、ポッと出の女に横からかっ攫われたように見えますので、お嬢様がご婦人方の噂になることでしょうか。
まぁ、もちろん、ジョエル様もその程度のことはお分かり戴けていますよね?
「も、もちろん、シャロンにはきちんと詫びと賠償はさせて貰いますし、きちんと告知もするっ」
私の視線を感じたらしいジョエル様(やっと確信)が、慌てたようにそう言葉を付け加えると、「ですが……」と言いづらそうに言葉を続けた。
「妹のエミルが、……何というか、私のことになると煩くてな。出来れば、当日まで内密で進めたいのだが……」
ジョエル様の視線が、空気を伺うようにお嬢様と私を行き交う。
「それで構いませんわ。ジョエル様」
それまで黙っていらしたお嬢様が微笑むようにそう言うと、ジョエル様が安堵されたように息を吐いた。
当日、お嬢様に好奇の視線が集まりそうですが、元より計画の為、お嬢様やギンコ嬢ともそのように摺り合わせは出来ております。
さて……今度は私の番でございますね。
「それで、当日のシャロンお嬢様のエスコートはどうなさるのですか?」
きちんとエスコートしてくださるお相手が居れば、お嬢様が好奇の視線に晒される事は少なくなります。
私の言葉に、ジョエル様はチラリと背後の様子を窺いながら、言葉を選ぶように話し始める。
「それに関してだが、シャロンには最近、奇妙な噂がある。シャロンが……その、ギンコに対して、その……人前では言いにくいようなことをしていると」
ああ、私のセクハラのことでございましょうか。
「エミルからも、シャロンがギンコに酷いことをしていると聞いて、実際、噂とはまるで違うのだが、エミルは、そんなことをするシャロンは、ユーリ兄上か私の側室で良いと言っているけれど、……シャロンはそのような気は無いのでしょう?」
「……はい、申し訳ありませんが」
「いや、それならば良いのです。噂も奇妙すぎて信憑性がないですし……」
エミル様は順調に誑かされておりますね。ですが、お嬢様の件は、話題が逸れただけで何も解決しておりません。
ただ、その時だけのパートナーを選ぶのではなく、きちんと将来を見据えた相手でなくては、お嬢様をお任せする訳には参りませんから。
「それで、どうなさるので……?」
「……、」
私の再度の問いに、何かを言おうとしたジョエル様を視線と威圧で止める。
本気ではありませんが、ジワジワと漏れ出す私の威圧に皆様の顔色が悪くなり、私はその答えを出すべき人物をジッと見つめた。
「…………シャロン。私に君のエスコートをさせて貰えないだろうか」
そう声を放ったのは、アンディ様でいらっしゃいました。
何かに怯えるように顔を伏せていたお嬢様が、その言葉に勢いよく顔を上げる。
「それだけですか?」
小さい声で――けれど、静まりかえったその場で、私の言葉は確実にアンディ様に届いたでしょう。アンディ様は表情を引き締めると、力強く前に踏みだし、シャロンお嬢様の前で膝を付いて見上げる。
「シャロン。……私と一生を共に歩いてくれないか? 私はシャロンを、命を掛けて護ると誓う」
その告白に、お嬢様は目を丸くして(たわわな)胸を押さえ、わずかに震えるような声を漏らした。
「……命を掛けては嫌です。わたくしは、アンディ様とずっと一緒に居たいのです」
「……シャロン」
どちらからともなく伸ばされた手が重なり合う。
本当に良うございましたね、シャロンお嬢様。……最後にアンディ様がへたれたら、ナイスショットするところでした。
そのお二人の光景に、ジョエル様も周りの方々も皆様笑顔になられ、ジョエル様が我がことのように嬉しそうに立ち上がり、宣言を為された。
「アンディとシャロン。二人の婚約はアルグレイ国王族、ジョエルが見届けたっ」




