51 計画
卒業パーティーまで後一ヶ月となった魔術学院の一コマ。
廊下で怯えたように立ち竦むギンコの前に、侯爵令嬢である銀髪の美少女シャロンが道を阻むように立ち塞がり、その紫色の瞳を細めて睨め付けた。
仄かに漂い始める鈍い緊張感……。さらに怯えたように数歩下がったギンコに、シャロンは何かを言いたげに口元を歪め、その唇が声を放とうとした瞬間、彼女の後ろに居た黒髪のメイドが笑顔でシャロンを止めると、そっと前に出て自ら口を開いた。
「あらあら、人様の道を塞ぐなんて、なんと教育のなっていないお嬢さんなのでしょうね?」
「そ、そんな……」
「お嬢様にお手間を掛けて、この落とし前は、どうやってつけるおつもりで?」
「私に何をっ」
「そうですね、手っ取り早く身体でお支払いいただきましょうか」
「そんなっ、わたしにそんなこと」
「嫌とは言わせませんよ。ふふ……天井の染みでも数えていれば終わりますわ。大人しくすれば痛い思いをせずとも済むのですよ」
「ああ、こんなところで何をなさるのっ」
「ふふ、口では嫌だと言っていながら、こちらは正直なようで、ほら……とても喜んでいらっしゃいますわ」
「嫌っ、恥ずかしい……」
「あまり大きな声を出すと、誰か来ますわよ? それとも見られたいのかしら?」
「ああ、そんな……」
「二人とも、何をやっていますのっ!?」
突然顔を真っ赤にしたシャロンが、狼狽した声を上げながら二人の頭をスリッパで叩いた。
*
「もぉっ! 二人ともどうしてあんなことが出来ますのっ!?」
先ほどの光景を思い出したのか、涙目で真っ赤になっているシャロンお嬢様が、声をうわずらせながら、両手で覆うようにお顔を隠された。
「……シャロンさん、可愛い」
そんなお嬢様の様子にフア嬢がボソリと呟かれる。
「フア嬢、ベリータルトのお代わりはいかがですか?」
「うん、いただく」
さすがフア嬢は良く分かっていらっしゃいますね。お嬢様は本当にお可愛らしゅうございますので、理解いただけるフア嬢には、特別に4分の1ホールのタルトをお代わり差し上げましょう。
現在、シャロンお嬢様のお部屋にて、ギンコ嬢とフア嬢を交えて反省会が行われております。
しかし、皆様良く食されますね。一皿目の紅茶のシフォンケーキは瞬く間にお三方のお腹に収納され、二皿目のミックスベリータルトも今ほど無くなりました。
私が台所から三皿目のガトーショコラ・クラシックをホールでお持ちすると、一心不乱にカトラリーをお口に運んでいたギンコ嬢がようやく口を開く。
「私もアレは正直、恥ずかしかったけどねぇ……」
「申し訳ございません。私は嫌がらせと言われれば、おっさんセクハラしか出来ませんので」
「おっさんなんですのっ!?」
お嬢様に御ツッコミは戴きましたが、通常のご令嬢がどのような嫌がらせをするか、私はまったく知識がございませんので、趣味で対応させていただきました。
エミル様よりギンコ嬢へ嫌がらせをするように申しつかりました私は、学院の様々な場所で、このようなセクシャルハラスメントをさせていただいております。
お嬢様の悪評が立たぬように、私が矢面に立ってやっておりますが……。
「レティ……、これでエミル様は納得していただけますの? 他の女生徒達から、何か言われてない?」
「もちろんでございます、お嬢様。先日も四年生の某伯爵令嬢様より内密に、『シャロンお姉様にベッドの中で苛めて欲しい』とお手紙を戴いております」
「どうしてそうなりましたのっ!?」
どういう訳か、それを目撃した下級生の女生徒達から、シャロンお嬢様と私宛に、恋文まがいのお手紙を戴くようになりました。不可思議でございますね。
私には男子生徒から『蹴って欲しい』とのお手紙を戴きましたが、貴族家の方は特殊なご趣味をお持ちの方が多いようです。
「まぁ、ご心配には及びません。こちらが行っていることはエミル様の王宮侍女様を通して、良いように伝わっておりますので」
「それを先におっしゃいっ」
またお嬢様にスリッパでどつかれました。それはともかく。
「ケーキのお代わりはいりますか?」
「「「はいっ」」」
それはともかくエミル王女様への対応はこの程度で良いでしょう。四皿目のイチゴとチーズのムースを配りながら、チラリとフア嬢へ視線を向ける。
「そちらの首尾はいかがですか?」
「ん……順調。卒業パーティーの会場に女神の祭壇を置いて貰えるようになってる。そっちは?」
「こちらも問題ございません」
フア嬢には卒業パーティー準備委員会に潜入していただき、会場に女神の祭壇を置いて貰えるようにお願いいたしました。器量良しのフア嬢でございますから、男子生徒の説得も容易だったかと存じます。
私もエリアス様にお願いして、会場で女神を呼ぶ為の雰囲気作りをしていただく手筈になっております。
アンディ様のパートナーである淫乱子竜のフェイ殿には、当日会場の外から女神を呼ぶ為にその場の魔力を高めることと、捕縛のお手伝いをお願いしました。それと同時に私の配下の魔物が、魔の森で結界を破る手順です。
こちらの準備は大方済んでおりますが、問題は……。
「それでギンコ嬢。ジョエル様との仲はいかがですか?」
「ふへぇっ!?」
ギンコ嬢が顔を真っ赤にして奇妙な声を上げた。
この計画の肝は、女神が望むイベントとやらを起こすことです。その為にはギンコ嬢とジョエル様の仲が進展しないとどうしようもありません。
「じ、ジョエル様は、お優しくて…その……」
「それはようございました。それで進展具合は?」
「そうそうどうなったの…?」
お隣でお嬢様もお耳ダンボ状態ですね。
恥ずかしがるギンコ嬢に私とフア嬢で追い打ちを掛けると、ギンコ嬢は視線を逸らすようにボソリと語り始める。
「その……パーティーにも、ジョエル様がエスコートする話が出てきてる。……でも、シャロンさんはそれでいいの?」
ジョエル様はお嬢様の婚約者(仮)です。長いことそうしてきましたし、当日にまったく関係のなかったギンコ嬢をジョエル様がエスコートしていたら、お嬢様のお立場がないのでは? とギンコ嬢は心配していらっしゃいました。
そんなギンコ嬢に、お嬢様は(ほっぺにクリームを付けたまま)優しく微笑んで首を振る。
「ジョエル様とわたくしに、お心の交流はありませんでした。ジョエル様がギンコを想い、あなたがジョエル様と心を通じ合わせるのなら、心から祝福いたしますわ」
「シャロンさん……」
「まぁ、後はあのヘタレ騎士がお嬢様をお誘いするかどうかですね」
「レティ……」
同じように名を呼ばれているだけですのに、何故かまったく印象が違って聞こえるのは何故でしょうか?
その日から数日後、卒業パーティーが間近まで迫り、浮かれたような慌ただしさが学院内に漂う中、お嬢様がジョエル様よりお茶のご招待を受けました。
「レティ……これって」
「ジョエル様もようやくお決めになったのかも知れませんね」
それでは、私も準備を整えましょうか。
甘い物が食べたくなりました。夜なのに。
次回、ジョエル王子とのお茶会。お嬢様のパートナー。
そろそろ物語もクライマックスが近いのです。




