49 仕掛
薄暗い一室に用意した机にギンコ嬢を座らせて、真正面からライトを当てながらホカホカのカツ丼を差し出すと、ギンコ嬢の顔に怯えが走る。
「さあ、女神に何を言われたのか、話していただきましょう」
「……何をやっているの?」
そんな私とギンコ嬢に、机の横手でカツ丼を頬張っていたフア嬢が、呆れたようなジト目を私達に向けていた。
最近は徐々に暑くなりはじめて、少し運動をなされただけでたわわの谷間が大変なお嬢様を温かく見守る季節、皆様はどうお過ごしですか? フルーレティにございます。
「……それで二人してどうしたの?」
「うん……」
学院内の寮にあるお二人のお部屋にお邪魔させていただいております。
お二人は深刻そうなお顔でお話しをされていますが、フア嬢もギンコ嬢も久しぶりの故郷のお味に、欠食児童のようにカツ丼をかき込んでおります。
実際には故郷の味“もどき”でございますが。
お米に見える物は、魔の森の沼に住むエビルイイダコの卵で、お醤油の味も複数の魔物の体液を私の蜘蛛毒で強制発酵させたもので、味は故郷のお味そっくりですが、多少の中毒性が有り、お嬢様に出すのは控えていた逸品です。
「「おかわりっ」」
「たんと召しあがれ」
さて、女神らしき神託を強制的に受けていたせいで、前後不覚になっていたギンコ嬢でございますが、詳しいお話を伺いました。
「……あれは一週間くらい前になるけど」
緑の聖女と呼ばれたエナ嬢が入院されたあたりでございますね。ギンコ嬢が眠っていると夢で女性の声が聞こえるようになったそうです。
夢の声は次第にはっきりと聞こえるようになり、夜も眠れなくなったそうですが、同室のフア嬢に心配かけないように黙っていたそうです。
「銀子……具合が悪そうだと思ってた。言ってよ……これからは」
「吹亜……」
彼女達の美しい友情は、撮影して売り出したくなりますね。
ギンコ嬢が眠れなくなり朦朧としてくると、今度は起きている時にも聞こえるようになり、昼間でも夢を見ているような感覚になったそうです。
「どんなことを言っていたのですか?」
「……あっちに王子がいる。話しかけろ。選択肢を出してあげる。王子にぶつかれ。目の前で転べ。ヒロインなんだからしっかりして……って」
「………」
本当にどうしようもない駄女神でございますね。この箱庭世界でゲームでもやっているつもりなのでしょうか?
ギンコ嬢はフア嬢といる時は何とか意識を保っていたそうですが、お一人になると意識が朦朧として女神の神託通りの行動をしてしまったことがあったそうです。
「ちなみに、どのような?」
「……ジョエル様の服にお茶をこぼして、……そう言えば、それでシャロンさんに叱られたこともあったわ」
「ああ、あの時でございますか」
学院内のことで確かに記憶にございますね。
シャロンお嬢様も“叱る”と言うよりも、お友達になったギンコ嬢へ、具合が悪いのなら休んだほうがいい、と心配してのご忠告でしたが、他の目があるとテンパってしまう小動物並みのお嬢様は、
『ギンコさん、ふらつくのなら来ないで下さいませ』
と冷たく言い放ち、とても可愛らしいご様子を見せて下さいました。
「私達も分かっているから大丈夫よ」
「うん」
「さようでございますか」
お二人はお嬢様の言いたかったことを、ちゃんとご理解なさっているようです。
それで、ギンコ嬢が前後不覚の状態でジョエル様に接触を続けたところ、そんな彼女を心配したのか、ジョエル様が徐々に興味を持たれているとか。
最近、クラスの貴族令嬢達から何となく剣呑な気配がしていたのは、その為でございましたか。
「声が、誰かに意地悪されるって言ってたけど、何も無かったわ……」
「さようでございますか」
あの剣呑な気配がお嬢様に向けられると困りますので、お一人かお二人か、少々強めの下剤を処方しておきましたが、きっと関係ございませんね。
そして、お嬢様を含めた婚約者候補のお一人を、卒業パーティーの時に正式に婚約者としてジョエル様がエスコートすることになっていますが、最近、ギンコ嬢のところへ王宮から正式に、ジョエル様がギンコ嬢をエスコートするかも知れないと通知があったそうです。
……ジョエル様、チョロすぎませんか?
この世界と言いますか、この【箱庭世界】の住人は、女性が大変計算高い方が多いのですが、男性は純情と申しますか、一定以上好感度が上がると唐突にデレやがります。
もしかして、女神の干渉があったりしていますか? ギンコ嬢の様子を見ても分かるように女神は人間を完璧に操ることは出来ないけれど、方向性の誘導程度なら出来るのでしょう。それなら……
「それではギンコ嬢。そのままジョエル様を墜として下さいませ」
「えええっ!? た、確かにジョエル様は格好いいし、嫌いじゃないけど、突然王子様を墜とせとか……。だって、あの声って、あの【女神】なんでしょ?」
「ええ、おそらくは、あの女神でございます」
ギンコ嬢もフア嬢も、女神が古き神の力を奪ったただの巫女であったことを知っています。まるで転生者のような奇妙な記憶も持っている。
聞こえている声が女神の神託だと仮定して、ギンコ嬢としてもあの女神の思惑通りに動くことは不安しかないと存じます。
「あの女神の事を信用出来ないのは理解しておりますが、ギンコ嬢がジョエル様をお嫌いでないのなら、良いお膳立てとなると思います」
「う、うん……」
ギンコ嬢の耳が少しだけ赤くなる。おやおや、満更でも無さそうですね。ですがギンコ嬢は何かを思い出したように顔を顰める。
「でも……女神は、シャロンさんやジョエル様の妹である王女様にも、何か罪を被せるように考えていると思うわ」
「ほぉほぉ」
なかなか面白い情報ですね。
「とりあえず詳しいことが判明しましたらご報告を。お嬢様と王女様のことは私が対処いたします」
「……うん。教える」
「それとお二人には、こちらを差し上げます。常に身に付けて下さいませ」
ギンコ嬢とフア嬢には、私の蜘蛛糸で作った指輪状のミサンガを与えておきます。
これはエリアス様に渡した物と同じで、ある程度ですが女神の干渉を妨げる効果があります。完璧に遮ると、スキルや不死化まで消えてしまうので、ある程度に抑えていますが、精神を侵食されることはなくなるでしょう。
ちなみにシャロンお嬢様の場合は、身に付ける全ての衣装が私の糸製に差し替えが終わりましたので、女神の干渉を受けることはありません。
「……神白さん。あなた……何者?」
フア嬢は何か探査系のスキルをお持ちなのか、私が渡したミサンガを見て顔色を変えた。ご安心下さい。天然毒蜘蛛由来のお肌に優しい品でございますよ。
ですが、私が何者かと言われましても、どこにでも生息する一般的なラヴリースパイダーマッだと自負しておりますが、フア嬢は普通ではないとお思いなのでしょう。
「私は、シャロンお嬢様だけにお仕えする、ごく一般的なメイドでござい――」
「「それは違う」」
私が言い切る前に、フア嬢だけでなくギンコ嬢にも、被せ気味にツッコミをいただきました。
とりあえず女神を捉える為の“蜘蛛の巣”は張り終えました。
次は女神が気にしていたジョエル様の妹君――第一王女のエミル様でしょうか。そちらを調べて見ないといけませんね。
女神は本当にアレでございます。
次回、お嬢との接触。




