46 相方
シャロンお嬢様のご卒業パーティーまで、あと二ヶ月となりました。
お召しいただくドレスも、お嬢様の凶器――もとい、ナイスプロポーションを意識して、大人っぽいデザインで順調に仕上がってきております。
とは言え、世間様で話題になっていますのは、王太子殿下であるユーリ様と、光の聖女であるクラリス様との婚約のお話しですね。
やはり次代の王としてユーリ様は能力的には確かなのですが、ご婚約ともなれば安心感にも繋がるというものです。
街では普段奥方に酒精を制限されている旦那様が、呑む口実を見つけたとばかりに昼間からエールのジョッキを打ち鳴らし、酒場や食堂では普段と同じメニューなのに、婚約定食とか適当な名を付け、お値段二割増しで販売して大変盛り上がっております。
そんな中でも、お嬢様の為にカロリーを追い求める激甘狩人、フルーレティにございます。
「……またあんたか。侍女さん」
「お久しぶりでございます、店主様。本日はバターとハチミツとシロップと白砂糖を買いにまいりました」
「久しぶり……って二週間じゃねーか。あんたのところは喫茶店でもやってんのか? バターもハチミツも、個人邸で消費する量じゃねーよ」
「ふふ、それは乙女の秘密でございますよ」
本日はお塩ダンジョン近くの、あの店主様の商店までお邪魔しました。
口ではなんだかんだ言いながらも、色々と値引きしてくれましたり、多様なおまけをしていただける良いお店です。
さて……店主様はまただいぶ様変わりしましたね。
私も忘れそうなので思い返しますと、見知ったばかりの第一段階の店主様は、頭皮の防御力が最低ランクまで低下しておりました。
そこで私自家製の特殊乾燥ワカメを差し上げましたところ、何故か毛髪に擬態した海藻類が、健気にも防御力を補っていたのが第二段階です。
そこで止まっていれば良かったのですが、店主様は無情なメイド長の手により第三段階に移行しました。
ソウルダイナマイトなアフロ型の海藻類に寄生され、このままでは数年後に海に帰りかねないと判断した私は、寄生海藻類の核を毟り取り、小さめの浮き輪をシャンプーハット状態に被せた髪型にしたのが、第四段階になります。
さて、現在の店主様は第五段階になっております。核を失った寄生海藻類はこれ以上頭皮を侵食することはなくなりましたが、その替わりとでも言うように、身体に浸食して胸毛がモッサァ状態になっていました。
店主様は、色々と防御力が増えて、何気に嬉しそうで良うございました。
「まぁ、最近は女性客が減っている気がするんで、侍女さんでもありがたいがな」
「それは良うございましたね」
「そんな侍女さんにお勧めだっ、女性に大人気、王太子殿下ご婚約記念、バラの香りの化粧水、お値段たったの銀貨三枚っ!」
「それは良うございましたね。そちらのバラ園で取れたハチミツを見せていただけますか?」
「……侍女さん」
「なんでございましょう」
「買ってくれよぉっ、せっかく作ったのに、女性客が少なくて全然売れないんだよぉ」
「さようでございますか」
銀貨三枚と言うことは、日本円で約三万円でございます。
150ミリリットルほどの硝子瓶に入っておりますが、中身はバラの香油を蒸留水に垂らしたものですね。
効果が無いとは言いませんが、原価的には1本小銀貨1枚と言ったところでしょう。
「いかほど残っているので?」
「……99本」
察するに、100本製作して試しにご自分で1本使用した感じでしょうか。
「それでは、バラ園のハチミツとそちらのラム酒。それといつもの白砂糖とバターを買いますので、おまけとしてその化粧水を3本付けてください」
「なっ、じ、侍女さん、あんまりふざけていると……」
「原価を言い当てましょうか? それから考えると単品で売るよりも、銀貨一枚分お買い上げで1本プレゼントのほうが女性客を呼び込めますよ」
「そ、そうか……?」
特別に私が一筆書いて店頭に掲げたところ、おまけに目敏い主婦達の目がキラリと輝いておりました。
一番の問題はセンセーショナルな店主様の見た目なのですが、私が適度に威圧して、モッサァな胸の部分を全身に散らしましょう。
「………」
「侍女さん、どうかしたかい?」
「いえ、何の問題もございません」
全身に散らした結果、何とか原人を彷彿とさせるとても温かそうな感じになってしまい、店主様は第六段階に移行いたしました。
そのような感じで何の問題も無くお買い物を済ませ、急ぎ敬愛するシャロンお嬢様の下へ帰ろうと思いましたが、その途中でなにやら良くない気配を感じました。
ですが、私に向けてではありませんね。殺気はない。けれど滲み出るような暴力的な気配を目で追っていると、そこには見知った顔がいらっしゃいました。
「あれ? 神白さん?」
「……こんにちは」
「セイ君、ハオ君、ご機嫌麗しゅう」
商店街の通りを向こう側から歩いてきたのは、地球から召喚された中学生組、男子の纏め役であるお二方でした。
セイ君はいつも通りですね。明るくて人当たりは良いのですが、その分、空気を読めないところがあります。
ハオ君もいつも通りシャイですね。異性と会話するのが得意ではなさそうです。
「神白さんはお買い物?」
「ええ、その帰りでございますよ。お二方はどちらに?」
「う~ん……まぁ、本決まりじゃないんだけど、神白さんならいいかな? ハオもいいか?」
「……そうだね。いいよ。でも、ちょっと移動しよう」
道の真ん中で立ち話は迷惑ですからね。私達三人は通りから離れて裏道へ出る。
「僕たちね、正式にジョエル殿下の【パートナー】になったんだよ。前から打診されていてね。これから返事に向かうところなんだよ」
「女子がちょっと怖い……」
「ああ……なるほど」
男子のほとんどがパートナーが決まり、女生徒の半数が何故か病院送りになったり、引き籠もったりしているので、残っていた美少年二人をめぐって学院側女生徒達の熾烈な勧誘合戦が繰り広げられていました。
貴族の女性ですが、お嬢様のように慎み深く最高の女性は少なく、命令、色仕掛け、多額の賄賂、足の引っ張り合いと、かなり酷い状況でお二人も身の危険を感じはじめたところを、パートナーを決めていなかったジョエル様が纏めて【パートナー候補】にして諍いを収めたそうです。
このままならパートナーが決まらず、二人の身柄は国預かりになりそうだったので、二人を同時にパートナーにしても問題無さそうですね。
「あれほど婚約者を一人に決めきれないジョエル様が、男性二人を同時に……。薄い本を愉しみにしております」
「そういうんじゃないからねっ!?」
「…………」
違ったようです。
「それよりさ、神白さん、パートナーはどうするの?」
「はて? 私にはシャロンお嬢様しかいませんが」
「あ、ごめん、そうじゃなくて、卒業パーティーはシャロンさんも男性のパートナーにエスコートして貰うんだよね?」
「そう言う意味でしたか」
「だから、神白さんはどうするのかなぁ……って」
そう言うイベントもありましたね。
「私はお嬢様のメイドですので、お側で裏方に徹する予定です」
「ダメだよっ、こういうのは全員参加じゃないと」
ちっ、これだからリア充は……。
「……あの、神白さん。シャロン様は……誰と来るの?」
黙っていたハオ君が突然口を開く。
おやおや、顔が赤いです。風邪でも引かれましたか?
「お嬢様はジョエル様の婚約者候補ですので、あの方次第かと。そろそろ決めていただかないと困りますか」
「……確認する」
「ちなみに僕らもパーティーのパートナーは決まってないから、覚えておいてね」
「かしこまりました」
そうしてセイ君は何度も覚えておいてと念を押して、最後にはハオ君に引っ張られていきました。私も健忘症ではないので繰り返さなくても簡単には忘れませんよ。
さて……
「出てきなさい。わかっておりますよ」
「ほほぉ……」
私の言葉に、裏路地から三名の男達が現れる。
「俺達がさっきのガキ共を追っていると良く気付いたな。怪我しねーうちに消えろ……と言いたいところだが」
「そのメイド、隙が無いよ。注意して」
「速めに片を付けるぞ。依頼人は気が短い……」
どこぞかの令嬢から依頼を受けたようですね。別に彼らを追っていたとは存じませんでしたが、それを言うと彼らがヘコみそうなので、ジチョーしましょう。
見た目的に荒事の専門家と言うより、凄腕の探求者と言った感じですね。若いメイド一人と甘く見ないで、彼らは的確に処理をしようと私の周りを取り囲む。
「こちらも仕事だ。気は進まないが恨むなよ……」
「はい、ナイスショット」
気が付けば、私のトゲ棍棒が彼らの急所にジャストミートしていました。
もしかしてセイ君たちを拉致でもしようとしていたのでしょうか。私も暇ではないので、そのまま通り過ぎれば宜しかったのに、どうして彼らは私が止めると思ったのでしょう?
それはともかく。
「出てきなさい。わかっておりますよ」
同じ台詞を、同じ方向へ言い放つ。
『…………』
私の言葉に、今度こそ一人の人物が裏路地から出てくる。殺意はない。ですが、仄かに戦う意志のようなものが感じられました。
その人物とは……
「お久しゅうございます、エリアス様。お散歩ですか?」
私が朗らかに挨拶をすると、エリアス様はわずかに眉を顰め、そっと剣を抜き放ち、私のほうへ向けた。
エリアスはどうして剣を向けるのか。真面目な展開はありなのか?
次回、聖騎士エリアスの戦い。




