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44 禁呪

 今回は真面目でございます。三人称のみ。




「……霧が出てきたな」

 指定された高級服装店に向かう途中、ウィンドウショッピングをしているシャロンの隣で、アンディがふと空を見上げた。

「アンディ様、どうなさったのですか?」

「……いや、なんでもないさ。それより、このドレスはどうかな?」

「え、……ええ」

 わずかに嫌な予感を感じたが、女性にそれを話す必要は無いと話題を変えるアンディに、シャロンは違和感を感じつつもぎこちなく頷いた。

「……アンディ様」

 その時、付き添い兼護衛を兼ねていた老執事が、そっと近づいてアンディに何事か囁いた。


 彼は元々最下層近くにも到達出来た凄腕の探求者であり、長期間地下に潜ることが年齢的にきつくなったことから引退し、彼によく依頼をしていたメルシア家が召し抱えることになった。

 そんな彼が緊張感のある表情で戻ってきたことから、アンディは自分の予感が正しかったことに気付く。


「シャロン、天気が悪くなりそうだ。ここから離れるよ」

「……え、…あの、レティは?」

 突然のことに、シャロンが一番信頼しているフルーレティの姿が見えないことで不安そうな顔になるが、すぐさま温和な表情に戻した老執事がニコリと微笑む。

「フルーレティ嬢は途中で買い物をなされているようですが、すぐに戻られますよ」

「……そうですか」

 あのフルーレティが自分に黙って何かすることなどあるのだろうか? 腑に落ちない想いを抱きながらも、そそくさとこの場から離れようとするアンディ達に従い、シャロンも歩き出すと、突然それは起こった。


 ガガガガガガガガガガガガガガ……ッ!!!

 石畳を突き破り、建物の屋根の向こう側――この区画全体を覆うように植物のツルが立ち上り、鳥かごのように空を覆い隠した。

「何が起きているっ!」

「アンディ様、シャロン様、こちらへお早く」

「は、はいっ」

 極常識的な判断で、緑の檻から離れるように中央広場――人の多い場所に移動しようとしたが、それが三人を窮地に陥らせる。


「……なんだ?」

 高級商街区中央広場には多くの人が集まっていた。

 だが、混乱して騒いでいるだろうと予想していた市民達は、叫くことも怯えて寄り添うこともなく、ただ無言で立ち尽くしていた。

「この匂いは何でしょう……」

 甘い匂いに敏感なシャロンが辺りを見回すと、人々が集まる中央広場の真ん中に、何か細い木のようなモノが見え、その天辺に掲げられたように咲く巨大な花があった。

 その花から突然花粉のような物が噴き出すと、辺りの甘い匂いがさらに強くなる。

「いったい何が……」

 何が起きているというのだろうか? シャロンもアンディも特に影響を感じず、互いにどうするべきか顔を見合わせたその時。

「……う」

 突然老執事が苦しげに膝を付く。

「どうしたっ!?」

「……はやく…お逃げ下さい。これは…ダンジョン深くの催眠効果のある…植物の花粉です。私ももう……」

「おい、気をしっかり持てっ」

「申し訳…ござ…………アア…」

「ひっ」

 突然、歪な声を出す老執事にシャロンが小さく悲鳴をあげた。

「シャロン、逃げるぞっ」

「で、でも、彼が……」

「今は自分の安全を考えろっ! 他の連中にも見つかったっ」

「えっ」


『……アアアアアアアアアアアアッ!!!』


 それまでただ立っていただけの市民達が、ようやく獲物を見つけたように、一斉にこちらに向かってくる。

「急げっ!」

 アンディは手を伸ばす老執事を投げ飛ばし、硬直するシャロンの手を引いて走り出した。救いがあるとすれば、操られた人達は走ることなく操り人形のように歩いてくることだろうか。


『……アアアアア……』


「アンディ様、こちらにもっ」

「くそっ」

 騎士であるアンディに、操られたとは言え国民を斬ることは出来ない。

「許せっ!」

 出来るだけ怪我をしないように蹴飛ばしたり、鞘で打つ程度しか出来ないが、それでも痛みを感じないかのように立ち上がってくる。

 その様子から、本気で彼らを止めたいのなら、死なないギリギリまで衝撃を与えて動けないように全身打撲にするしかないだろう。


「はぁ、はぁ」

「シャロン、抱き上げるぞ」

「きゃっ」

 逃げ走って息が切れ始めたシャロンをアンディが抱き上げて走り出す。

「わ、わたくし、重いですわっ」

「軽いものだよ」

「アンディ様……」

 確かに訓練などで着る重装鎧に比べればシャロンなど軽いものだろう。

 だが、体力には限りがある。それまで人の少なかった通りには、全ての建物から出てきた操られた人達で溢れかえっていた。


「……う」

「アンディ様っ!?」

 アンディが突然呻きを上げて膝を付いた。それでもシャロンを落とすことなく地面に下ろすと、シャロンが慌てて側による。

「ど、どうなされたのですか?」

「済まない……どうやら私も…ダメみたいだ」

「そんな……」

 シャロンが泣きそうな顔で息を飲む。

「私を置いて……早く、逃げ…なさい」

「アンディ様を置いていくなんて出来ませんわっ!」

「私よりも、唯一自我がある君が狙われる……早く…フルーレティ嬢と……」

「アンディ様っ!」

 そんなシャロンに、聞き分けない子を諭すようにアンディが微かに微笑んでその頬に触れる。

「……私は君を…守りたい。……君のことを…………アアア…」

 何かを言いかけたまま、アンディの口から奇声が漏れ始めた。


 気が付けば全ての方向から操られた人達が静かにシャロンのほうへ迫りつつあり、逃げ道は塞がれていた。

 シャロンも攻撃魔法を使えば突破は可能かも知れない。でも、貴族として民を守ると決めているシャロンは国民を傷つけられない。

 最後まで諦めない。……だが、シャロンもそれが時間の問題だと悟る。心残りは最後に友達であるあの少女と共に居られないことだろうか。


「……ごめんね。レティ」


 ゾワッ………

「…っ!」

 その時、シャロンを全身の産毛が逆立つような寒気が走った。

 空をツルで覆われているとは言え、それなりに見える程度にあった明るさが一瞬で闇夜へと変わり、そのわずかに見えた視界に、シャロンは巨大な蜘蛛の影を見た。


「お嬢様、お待たせいたしました」

「……レティ!?」


 一瞬、気が遠くなった意識が一人のメイドの声で呼び戻される。

「れてぃ……」

 涙声でメイドに抱きつくと、メイドはとても優しい手付きでその頭を撫でた。

「よく頑張りましたね」

 気が付けば、操られていた人全てが、巨大な力でなぎ払われたかのように地に倒れ伏していた。

 それでも死んではいないようで痙攣したり立ち上がろうともがいているが、まともに動けそうな人間はいない。

「まだ、操られた人間がいます。アンディ様と執事様を回収して脱出いたしましょう」

「う、うんっ」

 涙を拭きながらシャロンも立ち上がる。

 だが……


「……え?」

「これは……どうしたことでしょうね」

 何があったのか……。倒れていた人達が突如動きを止め、遠くから近づいてきていた者達もその場で倒れ始める。

「レティっ、あれを見て」

 天から光が差し込み、空を覆っていた植物のツルが瞬く間に枯れ始めた。満ちていた甘い香りも風に吹かれて消え、すっかり元に戻っている。

「良い機会です。このまま脱出しますか?」

 危険はとりあえず去ったと見てフルーレティが伺うと、シャロンは一深呼吸をしてから毅然とした顔で首を振る。

「いいえ、倒れている人達を介抱しましょう。レティ……手伝ってくれる?」

「はい、もちろんです。お嬢様」


   ***


「……な、なんなの……こいつっ!?」

 依波(エナ)は学院の自室にて、古びた鏡の前で恐れおののく。


 今回の事件はすべて依波が起こしたものであった。

 ゲームシナリオの道筋に沿って悪役令嬢であるシャロンを悪役に仕立てようと思ったが、あの神白の顔を立てて、シャロンを嫌な人間程度で嫌われるように仕向けた。

 だが、シャロンは何をされても毅然とした態度を取り続け、依波が攻略――と言うよりも、ずっと淡い恋心を抱いていた聖衣(セイ)羽王(ハオ)の二人は、シャロンを嫌うどころか憧れのような眼差しを向けていた。

 そんなことは許されない。……自分以外が彼らのヒロインになることなど絶対に許せない。

 そんな想いで、依波はシャロンを亡き者にしようと考えた。

 普段冷静な依波にしてみれば短絡的だったかも知れない。けれどその時はそれ以外考えられなかった。


 シャロンと神白が街に出掛けると聞いて、依波は自分付きの王宮侍女三人に、同じ場所に買い物に行かせた。

 依波が持つスキル【緑の手】により、数日間不眠不休で掛けた術式は呪いに近く、侍女達三人に仕込んだ食人植物の種子が街を覆い、操られた人間がシャロンを確実に亡き者にするはずだった。

 まさしく呪いであるように、発動している間は依波の生命力を削り続けるが、依波の意識がある限り解除は不可能だ。

 その様子を確かめる為に、侍女を誑かして王宮から持ってこさせたダンジョンの秘宝――【遠見の鏡】で現地の様子を見ていた依波は、突然、同級生だった少女がおぞましい蜘蛛の姿になって暴れる様子を目撃する。


 鏡越しでさえ失神しそうになるほどの恐ろしい姿……生きるものを拒絶するようなおぞましい気配。

「……なんで…きゃっ!?」

 その様子を唖然として見続けていた依波の前で、【遠見の鏡】がその力に侵食されるように細かく罅割れた。


「だ、誰かっ、……に、逃げ、」


 恐怖に取り憑かれた依波が逃げだそうと、よろよろと扉のほうへ向かうと、依波が開ける前にその扉が静かに開いた。


「……こんにちは、エナ様」

「く、クラリス様……」


 現れたのは同じ聖女であり、協定を結んだもう一人の“ヒロイン”であるクラリスであった。

 クラリスは衰弱する依波と部屋に残る呪いの残滓に気付いて、形の良い眉を顰める。

「やはりあなたがこの事件を起こしたのね。聖女が犯罪を起こしてどうするつもり?」

「は、犯罪!? このゲームではっ、」

「この世界は現実よ。……他のヒロイン候補はともかく、あなたは使えそうだと思ったから手を組んだのに……」

 あきらかに侮蔑を込めた冷たい視線に、依波は気圧されるように怯えて後ずさる。

「そ、そうよ、こんな事してる場合じゃないっ! か、かみしろが化けモノになって、それで…」

「カミシロ……ああ、フルーレティさんのことね? 確かに彼女の能力は化け物じみているわね。だから私は彼女と敵対しない道を選んだのに……もしかして、彼女のせいで失敗した?」

「あ、あいつは本当の化け物なのよ、鏡に……」

「……壊れているわね。この国の秘宝の一つなのに……。“私”の財産を勝手に壊すなんて、何て愚かな」

「違うっ、本当にあいつがっ!」

「……もう話もしたくないわ」

 クラリスは依波の言葉を吐き捨てるように遮り、依波に手の平を向けて魔法の詠唱を始める。

「な、なにを、」

「――【精神破壊(マインドブレイク)】――」


 精神破壊の呪文。それは禁呪であり、この国どころかこの世界でも古代ダンジョン最奥でしか会得出来ないが、前世のゲームでそこまで到達したことのあるクラリスはその呪文を覚えていた。


「……かっ、」

 糸を切られた人形のように依波が崩れ落ちる。

 精神破壊とは言っても、完全に廃人にするのではなく、効果は記憶の消去である。

 それでも言葉さえも忘れてしまう非人道的な魔法だが、これで依波が掛けていた呪いは消えたと見て良いだろう。

 後は数年掛けて新たな人格を作り上げ、クラリスに都合の良いスキルの使い手にすればいい。


「こんな事件を起こしたあなたと、関係があると思われたら迷惑なのよ」


 冷たい言葉と視線を最後に投げつけ、クラリスは依波に背を向ける。

 この世界の全ては自分の物なのだから、王妃となる自分の足を引っ張るような人物はいらない。

「………」

 最後に――クラリスは依波があれほど何を恐れたのだろうかと気になり、一瞬だけ振り返ったが、そこに在ったのは完全に機能を失い、“蜘蛛の巣”のように罅割れた鏡だけであった。




皆様すっかりお忘れかと思いますが、この小説は『恋愛』ジャンルでございます。


次回、決着の行方。残りヒロインはクラリスのみ。

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― 新着の感想 ―
この小説は『恋愛』ジャンル > え〝っ!? ホントだ!! コメディでもホラーでもない!! このシーンなんてどう見てもゾンビものなのに!
[一言] >>この小説は『恋愛』ジャンルでございます。  無 理
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