42 襲撃
6/8修正
魔の森より無事に帰宅いたしました。おっと失礼。今日もニコニコ、皆様に笑顔をお届けする素敵なメイドさんなのに、何故か笑顔を向けると視線を逸らされることが多いフルーレティにございます。……不可思議ですね。
そんな些細な事はともかく、朝早くからお働きいただいたお嬢様には、三日三晩上げ膳据え膳の甘味祭りでご休憩いただきたいところですが、そろそろ残り数ヶ月にまで迫ったあのイベントの用意をしなければいけません。
けして郵便受けに届いた通知を見るまで忘れていた訳ではありません。
「シャロンお嬢様。卒業パーティーでお召しになるドレスは、どういたしましょうか」
「……そうね。もう、そんな時期なのね」
私の愚見にお嬢様が少しだけ遠い目をなされた。
そうでございますね。10歳から15歳までの五年間、あまり良い待遇ではなかったとは言え、この学院の寮でお過ごしになられたのですから、色々と感慨深い想いがあるのでしょう。
まぁ、私にしてみれば、横やりによっていまだに【パートナー(仮)】の現状から、お嬢様の正式なパートナーになれますので、小躍りしたいほどの喜びしかありません。
「わたくし、小さな頃は夢見ていましたの……」
お嬢様がそう呟きながら、ご自分の隣の席を軽く叩く。
これは、私に『隣に座りなさい』の合図で、私も『一緒の席に着きなさい』と言われて、お嬢様の上に対面座位で座ったようなあの頃の私ではありませんので、心で血の涙を流しながら素直に席に着きます。
「お母様もね、この魔術学院を卒業なさったの。その卒業パーティーではスラリとしたお姿と綺麗なドレスで、とても素敵だったそうよ」
「ご生母様のお話ですね」
「ええ。生きていた頃のお母様や王妃様からお話を伺い、わたくしもお母様のドレスを着て、卒業パーティーに出ることをずっと愉しみにしていたの……」
私も魔道具で撮られたご生母様の“写し絵”を拝見したことがございますが、お嬢様ととても良く似ておられる、お美しい方でございました。
「そのドレスは……」
「……大事に仕舞っていたのですけど、私が学院にいる間に、ギーデル様に捨てられてしまったの……」
「そうでございますか」
……またあの継母ですか。精神をぶっ壊して檻付き病室に叩き込みましたのに、いまだに迷惑を掛けてきますね。
お嬢様が気になさるといけないので生かしておきましたが、今からでも魂ごと粉砕しましょうか……。
「……レティ、お顔が少し怖いわ」
「失礼いたしました。少々愉しいことを考えていましたので、自然と爽やかなゲス顔になってしまいました」
「どうしてそうなりますのっ!?」
それはともかく。
「そのドレスを作られますか?」
「……え?」
「無くなった物は戻りませんが……同じデザインでお嬢様のドレスを作られてはいかがでしょうか」
「……レティ」
「どのようなドレスか、私にお教え願えますか?」
「うん……ありがと」
せっかくですので思い出のドレスを、お嬢様専用のドレスとして、私の糸でこの世に蘇らせましょう。
嬉々としてお嬢様が教えてくださったドレスのデザインは……ああ、そうそう、ご生母様のキリア様ですが、お嬢様とは似ていても差違がございます。
おそらくは170近い身長があったと思われるキリア様に比べて、シャロンお嬢様はかなり小柄でございます。そしてキリア様の胸部装甲の戦闘力がB級だと仮定いたしますと、お嬢様の戦闘力は四段階ほど上でございます。
要するにキリア様は、少々肩幅の広めなスレンダーなモデル体型でしたので、ドレスもシンプルな形状の身体のラインがはっきりと出るドレスでございました。
それを、ミニマムダイナマイトなお嬢様が着用なさるとなれば……
「お嬢様。会場に“凶器”の持ち込みは禁止でございます」
「どういう意味ですのっ!?」
私の心のこもった説得により、純情な男子の命は守られました。お嬢様は本当に恐ろしい方でございますね。
だが、それがいい。
「と言う訳で、アンディ様。お嬢様のドレスのお見立てにご協力ください」
「……どういう訳ですか?」
翌日、お買い物ついでに近衛騎士隊の控え室にお邪魔しました。
こちらのお部屋はアンディ様が隊長をなさっているので、比較的若い男性がおられますが、顔の知らない騎士様が私のほうへニヤけた顔で歩み寄ろうとなさると、見たことのある騎士様が真っ青なお顔で止めていらっしゃいました。
さすが近衛騎士は紳士な方が多いです。アンディ様との会話にも邪魔が入らず助かります。
そこで私は、お嬢様のご生母様のドレスと、その体型がはっきりと分かるドレスの危険性を説明いたしますと、そのお姿を想像したアンディ様は青い顔で頷かれました。
「……それは危険だね」(男性が群がる意味で)
「ご理解いただいて良うございました」(目の毒的な意味で)
「それで、私に協力しろというのは?」
「別に難しい事ではございません。基本形はキリア様のドレスになりますが、多少形状をお嬢様用に変更しますので、そちらに誘導して欲しいのです」
「……具体的には?」
「複数の店舗で、その形状のドレスが展示してあります。お嬢様もご自分に似合うデザインを探すことに同意していますので、アンディ様が後押しをさせるだけで良いかと」
「私は朴念仁だぞ? それなら同性である君とシャロンが見て回ればいいのではないのか?」
シャイな男性は、女性の買い物に付き合うことに気恥ずかしさを感じるようですが、偶には男らしいところを見せないと捨てられてしまいますよ?
「いいえ、アンディ様。女性は褒められることで美しくなります。それを促すのは男性の役目でございます」
「……そ、そうか」
「それとも……他の男性にお役目を譲りますか?」
私がほんの少しだけ冷たい視線と言葉を投げかけると、若干引いていたアンディ様が真剣な顔になりました。
「……分かった」
丁度良い機会なのでお二方にはおデートしていただきましょう。
お二方はお仕事優先で恋愛ごとには奥手でいらっしゃるので、少々強引な手を使わせていただきました。
「と言う訳で、お嬢様。お持ち帰り以外なら多少は大目に見ますので、頑張ってくださいませ」
「何を頑張りますのっ!?」
どうやら、お嬢様は“お持ち帰り”の意味を知らなかったようです。
シャロンお嬢様にアンディ様とのおデートをお伝えすると、大変狼狽えていらっしゃいましたが、お持ち帰りの意味を情感たっぷりに説明いたしますと、茹でカニのような真っ赤なお顔で、ベッドで布団を頭から被ったお嬢様は本当にお可愛らしいのです。
当日までにピッカピカに磨き上げますので覚悟しておいてくださいね。とりあえずプニプニの二の腕を何とかしなくてはいけません。
「しばらくは甘いお菓子は控えましょうか」
何気なくボソッと私が呟くと、お嬢様がこれまで見たこともないような、世界の終わりの如き絶望感溢れるお顔をされていました。
さて、おデートの当日。
「シャロンお嬢様。アンディ様がお迎えに上がりました」
「う、うん」
寮の自室で私がそれを伝えると、お嬢様が決死の覚悟のようなお顔で頷かれた。
本日のおデートですが、私もご一緒いたします。本来、シャロンお嬢様のような高貴な姫は、たとえ婚約者でも二人きりにすることはございません。
一応ですが、お嬢様はジョエル様の婚約者候補でございます。それが幼なじみでジョエル様の近衛騎士であるアンディ様と言えど、二人きりにするといらぬ醜聞を招く恐れがあります。
アンディ様のほうでも老齢の上級執事様がお一人いらっしゃっていました。
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
出来るメイドと執事に余計な言葉はいりません。モノクル眼鏡の奥の鋭い瞳とアイコンタクトを交わし、お互い静かに頭を下げた。
これから私どもは影のように付き添い、完璧に気配を消してお二人を見守るのです。
「シャロン、お手を」
「は、はい、アンディ様」
向こうは向こうで、中学生のような甘塩っぱい恋愛を見せつけてくれています。
この学院から高級商店街はさほど遠くないので、メルシア家の馬車はここに停めて、徒歩でお出掛けです。
それにしても……
「何かありましたかな?」
「多少天気が悪くなってきましたね」
「雨は困りますな」
上級執事様とたわいのない言葉を交わす。
雲と呼ぶには不自然な、霧のようなモノがうっすらと空に広がっていました。
……何か、嫌な気配を感じますね。それとほんのりと甘い匂いもします。執事様も何か感じたのか、周囲を警戒しているように見えました。
高級商店街は露店など存在せず、すべて貴族か商家用の高級店ばかりが揃っております。その為、あまり人通りは多くなのですが、些か少なすぎませんか……?
「お先に行ってもらって構いませんか?」
「……こちらはお任せ下さい」
何やら背後から気配を感じて、何事か確かめる為にそう言うと、察してくれた執事様がお二人のほうへ向かった。
やはりかなり出来る方ですね。戦闘面でも頼りになりそうです。
それでもお嬢様のメイドとして、お嬢様から完全に目を離す訳には参りません。私はポケットから小さな小石のようなモノを取り出すと、自分の手の平に乗せる。
「お前はお嬢様に付いていきなさい」
『シギャー』
手の上で、2センチほどの蜘蛛が威嚇するように前脚を上げた。
この蜘蛛は学院の庭でスカウトした私の部下でございます。多少攻撃的でございますが、雌でしたので小さなメイド服を着せております。
普段はお部屋の周りで迂闊に近寄る虫などの駆除をさせていますが、それ以外にも役に立つことを見せて貰いましょう。
『シギャー』
蜘蛛メイドが威嚇するように前脚を上げ、糸を一本残してお嬢様のほうへ向かってくれました。
「……来ましたね」
背後から先ほどの気配を感じて私は静かに振り返る。
私だけが残ったのは、それが危険だと感じたのではなく、気配の意図を読めなかったからです。
複数の感情が混ざった曖昧な気配とでも言いましょうか……。正体は不明ですが、あまり普通とは言えませんね。
ざっ…ざっ……
『『『………』』』
足音と共に路地から、店舗から、そして薄く満ち始めた霧の奥から、無言の男女が複数人現れる。
前を向いていながらもその瞳には何も映してはおらす、ただぼんやりと全員が顔だけを私のほうへ向けていた。
「甘い香り……。操られているのでしょうか?」
彼らの口元からは先ほど微かに感じた、あの甘い香りが漂っていた。
「……おや?」
操り人形のように近づいてくる人達の中から、少しだけ脚の速い三人が前に出てきました。しかも顔見知りです。
「奇妙なところでお会いしますね」
何故にこのような場所に居るのか存じませんが、エナ嬢のお世話係をしていたあの三人の王宮侍女共でございます。
意識がないように見えて潜在意識の影響は受けるのでしょうか。優しげな方の脚は遅めで、あの脚の速めな三人からは仄かに私への憎しみを感じます。
残念ですが、まったく身に覚えがありません。
『アアアアアアアアア』
突然、あの三人と操られた人達が奇妙な声を上げて襲いかかってきました。まぁ徒歩ですが。
武器を持っているのならともかく、動きも遅い素手の一般人が相手では、手を出すのは憚られます。
「ナイスショット」
『『『ギャッ』』』
まぁ、あの王宮侍女達だけは別枠でございます。
下から打ち上げたので、前に出ていた三人が後方を巻き込んで路面を転がっていく。
彼女達に何が起きたのか知りませんが、あの三人を解剖でもすれば何か分かるでしょうか? ……その時。
「……地震?」
微かな揺れを感じて私は足を止めて空を見上げる。
上空の霧が濃くなって下まで降りてきている? 嫌な予感がしますね……。これは解剖は諦めてお嬢様のところへ戻ったほうが良さそうです。
そう考え、身を翻した瞬間、
ガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
遠くから地割れのような音が連続で響き、この区画全てを覆うような巨大な植物ツルが天へと伸びていった。
次回、操られた人達にメイドさんはどう立ち向かうのか。




