39 逢引
「……それでエナ様、わたくしに一緒に来て欲しいと言うことでしょうか?」
「ええ、そうです。魔の森を癒すのはこの国の為になります。そこでシャロン様と神白さんには一緒に来て欲しいのです」
用意した席でシャロンお嬢様がそう尋ねると、エナ嬢は微笑みながらそう言って、私が出した紅茶のシフォンケーキ(生クリームたっぷり)を少しだけ口に運んだ。
「美味しいわ。神白さん」
「それは良うございました」
エナ嬢は相変わらずのようですね。私の覚えている範囲となりますが、エナ嬢は私から見ても理知的な方でございます。ですが、彼女は自分が拒否されることを考えておりません。
彼女の言っていることは正しいのです。だから自分の言っていることを誰も拒否しないと思っていて、それを前提に話を進めるのです。
クラスで疎外されている私を見なかったことにしたのも、何事もなかったように私に話しかけるのも、それが正しいと思っているのでしょう。
だから今も、貴族であるお嬢様に依頼をして、それが断られるなど欠片も考えていないはずです。
「………」
お嬢様がチラリと私を視界に入れる。私はそれにゆっくりと頷く。
「分かりましたわ、エナ様。ご一緒させていただきます」
「まあ、やはりシャロン様は素晴らしい方ですわ。よろしくお願いします」
多少引き攣った笑みのお嬢様が承諾すると、言葉だけで特に喜びもせずにエナ嬢は礼を言う。それから少しだけお年頃の乙女の会話をした後、エナ嬢は連れてきていた侍女を連れて帰っていった。
あの侍女達もあまり良い態度ではありませんね。おそらくは王宮の侍女でしょうが、聖女に仕えることで、あまり評判の良くないお嬢様を見下しているようにも感じられました。……顔は覚えましたよ。
「……ふぅ」
「お疲れ様です、お嬢様。危険なことになる依頼を受けるようになってしまったことをお詫びいたします」
緊張から解放されて息をつくお嬢様に頭を下げると、お嬢様はクスッと笑って私の手を握る。
「レティがいつも、わたくしを第一に考えてくれていることは分かっていますわ。国の大事です。貴族として聖女様から要請されれば否とは言えませんから」
「ご立派でございます。お嬢様」
そのお二つのメロンの次くらい。
「……何か、また変なことを考えていませんか?」
「失礼いたしました。お嬢様はウォーターメロンでございましたね」
「何の話ですかっ!?」
上手く誤魔化すことが出来たようです。それはともかく、お嬢様の安全は私が完璧にお護りするとしても、お嬢様の専属メイドとして、たとえ魔の森の中と言えども快適にお過ごしいただく義務がございます。
「そういう訳で色々と買い付けに参りました」
「どういう訳だよっ!」
あのお塩ダンジョン近くの商店までやって参りました。
店主様のお店は、王都中央街の商店などと比べますと大変みすぼ……少々手狭なのですが、店主様の才覚で無駄な……多様な商品が死蔵……取り揃えてありますので意外と安く買い物が出来るのです。
「店主様もお変わりなく――と言いたいところですが、随分と外見の印象が変わられましたね」
「お、分かるかい、侍女さん」
私の言葉に店主様は自慢げにふんぞり返り鼻の穴を膨らます。
以前の店主様は……何と申しますか、頭皮の総合防御力がオブラート程度しかございませんでしたが、現在は巨大なカリフラワーの如く、ソウル溢れるダイナマイトな髪型になっておられました。
「なんだかすっげー美人の侍女さんにやってもらってな。あふろ、つうらしいぜ」
「……そうでございますか」
残念ながらそのブロッコリーの如きモノは、髪の毛ではございません。
「そう言えばお痩せになりましたか? お肌も……少々緑色に見えますね」
「いやぁ……何か、緑のモノって言うか、最近、海草が食べたくて仕方ないんだよ。侍女さん、少し融通して貰えるか?」
「良うございますよ」
それは、かなりタチの悪い寄生型の“何か”でございます。
でもまぁ、命を奪うような物でもありませんし、宿主の身に危険があれば身を挺して助けてもくれるでしょう。
難点があるとすれば全身が緑色になって、最終的には『海に帰る』ことでしょうか。
それはそれで彼にとっては幸せな人生なのかも知れませんが、もうしばらくはお店を続けていただきたいので、私のほうで多少処理をさせていただきましょう。
「あ、外で女性のスカートが捲れ――」
「なんだとっ!」
最後まで言う前に店主様が勢いを付けてカウンターから身を乗り出してくる。
「――そうになりましたね」
「……ちっ」
私のように可愛らしいメイドが目の前に居るのに失礼な話でございますね。とりあえず私は、さっきの一瞬で毟り取ったアフロの一部を握り潰して消滅させる。
厄介な部分を毟り取ったので、店主様が数年で海に帰るようなことはないでしょう。 多少問題があるとすれば、店主様の頭頂部だけが毟り取られて防御力が0になり、髪型がアフロ状のドーナツを被ったようになったことだけです。
大変エキセントリックで個性的な髪型になって良いと思います。私なら死んでも嫌ですが。
甘味と野外調理用具、その他必要な身の回りの物を買い付け、ついでに私がマッピングした魔の森の簡易地図を適正な金額で売っておきました。
その魔の森のことですが、あれが結界として結果的に魔物の侵入を防いでいたとしたら、完璧に壊せばフェイ殿の眷属も入れるようになるのでしょうか?
さてもう一つの用事を済ませてしまいましょうか。
フィッ。
裏通りの近くで軽く口笛を鳴らすと、路地から鼻水垂らした子供達がわらわらと湧いてきました。
「「「おねーちゃん、こんにちわー」」」
「あなた達もお元気そうで何よりです。何か変わったことはありましたか?」
私がそう尋ねると、子供達が順番に私の耳元で囁いてくる。
「西の村で発生する魔物の数が増えている」
「聖獣が消えたことが要因らしいが、原因は騎士団でも分かっていない」
「来週、緑の聖女一行が魔の森を癒しに行くらしい」
「最近、黒髪の若いメイドを見かけたら、逃げろと裏社会で言われ始めた」
多少失礼な話題も入っていますね。
「なるほど。その件で兵士達は動いていますか? 緑の聖女の情報は?」
「兵士達は何故か動かない。理由は不明」
「緑の聖女は【教会】で認定された。選ばれるのが早かったのは、以前の失態を回復する為だと言われているが、多少不自然」
「良く分かりました。それでは“先触れ”も頼んでよろしいですか?」
お駄賃として氷砂糖を少し多めに与えると、子供達は無邪気な笑顔を浮かべながら、お使いの為に通りを走っていきました。
やはり無垢な子供は癒されますね。
予想はしていましたが有用な情報は少ないようです。子供の噂で何か分かれば良かったのですが、予定通り彼の所へ向かいましょう。
数分後、私は古ぼけた喫茶店のような場所に到着しました。
予想通りと言いますか、お店にはよぼよぼのお爺ちゃん店主がいるだけで流行っているようには見えません。
どんな喫茶店かと問われれば、古い町には良くある近所の人しか居らずに、アイスコーヒーを頼むとすでにガムシロップが入った甘いアイスコーヒーが出るような喫茶店なのに、一杯400円も取られるようなお店です。
「飯はまだかのぉ……」
「一昨日、食べていましたよ」
やはりこの時間だと、私達の他に客は居ませんね。
西日が差し込む窓から【教会】の尖塔に掲げられた女神の聖印が良く見えます。私とは相性が良くないようで、あまり良い気分ではありません。
それに【女神】がお嬢様の“敵”である可能性がある以上、無闇に近づいて“私”の存在を知られる訳には参りませんから。
そのまま日の当たらない奥の席へと向かうと、お目当ての“彼”がすでに席に着いていました。
「お待たせしましたか?」
「いいえ、私も先ほど来たところですよ」
飲みかけのコーヒーカップを皿に戻し、彼――教会の聖騎士、エリアス様が私を見て優しげな笑みを浮かべた。
そんな喫茶店が近所にはあります。
次回、エリアスとの会話。




