34 古神
少し短め。少々真面目。
『……待て。お前達は“異界”の者か?』
「そう言えばシャロンお嬢様。前の職場からイカの一夜干しが贈られてきたのですが、マリネにでもいたしましょうか?」
「レティは状況を分かっていますの!?」
「前の職場ってどこ!? どうやって送ってきたの!?」
「……そもそもそんな場合ではない」
ふと思い出したことを口に出すと、シャロンお嬢様とギンコ嬢フア嬢から一斉にごツッコミを戴きました。
メイド道の師匠であり上司であったメイド長より今朝方届いていたのですが、私もどうやって送られてきたのか理解できません。本当にあの化けも……メイド長は常識がありませんね。軽くホラーでございます。
『…………』
「おや、失礼いたしました。同国王都の学院から観光にやって参りました、ミシェル侯爵家ご息女シャロン様とその下僕共でございます」
「……レティ。言葉に何か、裏を感じますわ」
「何の他意もございません」
『……お前達が異界の者であるなら少し話がしたい』
石の扉から聞こえてきた【声】は、かなりノリが悪いお方でございました。何となく私以外の皆様からどことなく責めるような視線を感じましたので、不詳このメイドがお話しさせていただきましょう。
「あなたはどちら様でございましょうか?」
私の問いに石の扉からまた魔力が漏れて、それが【声】となる。
『名は失われた……。我はかつてこの地をすべし者。力を失いし、心の欠片……』
「……古き神」
フア嬢が小さな声でそう呟き、お嬢様やギンコ嬢も息を飲む。なるほど、ここの神殿で崇められていた千年以上前に消えてしまった神様と言う訳ですね。
どうりで神聖な気が満ちているはずです。ですが、神様と言うには少々威厳が足りないような気もします。
「そのお方がどうしてここに……?」
『……かつて人間に【神】と呼ばれていた頃、痴れ者により【力】を奪われた』
痴れ者……騙されて奪われた感じでしょうか。神様と言っても万能ではないようですね。まぁ私は神など信じてはいませんが、この弱い気もそのせいでしょう。
「それで、私どもにお声を掛けてくださったのは何故でしょう?」
『この大陸に住む者は、とある理由により我が声が聞こえない。我が声が聞こえるのはこの世界以外の因子を持つ者だけだ……』
「え、わたくしにも聞こえますわよっ?」
神の声にお嬢様が少し驚いたように声を出す。召喚された私達中学生組と違ってお嬢様はちゃんとこの世界の人間ですから。
『……おそらくお前は“召喚魔法”を使用したことにより、若干だが異世界の因子を取り込んでいる。それだけなら聞こえはしなかっただろうが、お前は魔力の“質”が濃いせいで聞こえるのはそのせいだろう。以前にも同じような者が居た』
「魔力が濃い……?」
何故かお嬢様がチラリと私を見る。とんでもございません。私は無実です。……と言いたいところですが、お嬢様の寿命を伸ばすのと老化防止を兼ねて魔物素材のお料理をしていた訳ですが、こんなところで効果が出ていたのですね。
そんな感じで要点のない会話をしていたところ、焦れたのかフア嬢が緊張気味の顔で前に出てくる。
「この世界の人にあなたの声が聞こえないのは、その人が邪魔をしているのですか? あなたの力を奪った人って、もしかして……」
それからフア嬢が聞き出してみたところ、色々なことが分かりました。
まず彼は、……男性かどうか存じませんが、神と言われていても人間が思っているような【神】ではなく、神話の時代から生きているような【古龍】と言うことでした。
数万年の時を過ごした彼の精神は精霊の域へと至り、【大精霊】以上の力を得て自然現象のみならず、魂や異次元にも干渉出来るようになったそうです。
まぁか弱い人間にとっては“神様”にしか見えませんね。
すでに食物を摂取する必要さえない彼は、彼を神として崇めようとする人間に気まぐれに力を貸していたそうです。
そのうちに人間達は彼の為に神殿を造り、数多くの神官や巫女が彼のご機嫌を取る為にお世話をしていました。
ところがある日、それは唐突に終わりを告げた。
彼は【龍】と言う特性上、千年に一度“脱皮”しなければいけないそうです。ただ古い皮を捨てるのではなく、ほぼ生まれ変わりに近いらしく、一瞬だけですが、新しい身体と魂が離れてしまう。
その一瞬の隙を狙い、巫女の一人に身体の【核】――神としての力そのものを奪われてしまった。
『……その者は日頃から頭のおかしな事を言っていた。自分の本当の世界は別にある。野蛮な世界に生まれ変わっただけ。いつの日か、この世界に“はーれむ”を作ってみせると……』
「「「………」」」
お嬢様達が顔を見合わせる。どこかで聞いたような話ですね。もしかして次元を超えた“転生者”という輩でしょうか。
なにやらえらい俗物でございますが、その巫女が神を欺き、その力を奪った。ではその巫女は今どうしているのでしょうか。
『我がお前達に声を掛けたのは、出来るならで構わない。……この封印を解いて欲しいのだ……』
復讐の為か、自分の力を取り戻す為か、理由は分かりませんが、封印を出ただけの力を失った魂だけの存在で、神の力を得た巫女を何とか出来るとも思いませんが……。
ただ、その言葉だけは誰にでもなく“私”に言っているような気がしました。
もしかして私が人間ではないと気付きましたか?
「では……今だけ、少しお手伝いしましょう」
「……レティ? なにを」
私が【オークキラーEX】を取り出すと、お嬢様が訝しげに私を見る。
では行きますよ。
「ナイスショット」
グガンッ!!!
「「「きゃあ!?」」」
遺跡を震わす轟音とお嬢様達の悲鳴。一番ウッドで狙うように大きく振りかぶって放った一撃は、千年以上も現役だった封印とその石の扉に罅を入れた。
「思ったよりも頑丈ですね」
「ちょっと何をしていますの!?」
『お前は……』
何か言いたげな古き神の扉に、私はニコリと微笑みかける。
「封印にほころびが入りました。あなたが何か為したいのでしたら、自力でそこから出てこられる程度の力は無いと何も出来ませんよ」
『……………そうだな。感謝する。……異界の??∬?∞よ』
最後の言葉だけ聞き取れませんでしたが、それが私の“正体”なのでしょうか?
でもこれで今後の指針が出来ました。
おそらくはその巫女がこの世界の【管理者】なのでしょう。この世界の【スキル】も一部の人間の“不死化”の原因もそれが関わっているようです。
その不死化した人間のほとんどが、シャロンお嬢様を目の敵にしているのなら……
その管理者……この世界の【女神】と敵対する必要があるかも知れません。
これで第二章相当分が終わりました。次回、閑話を挟んで第三章を始めます。
次回、閑話。■■■メイド長襲来■■■




