33 遺跡
山賊らしき愉快な輩を撃退したシャロンお嬢様とか弱いメイドの私は、目的地であった山間の町で、領主の使いを名乗る老執事にご招待を受けました。
「いかがいたしましょうか、お嬢様」
「そうね……せっかくですので、お受けいたしますわ」
「ありがとうございます」
そんな訳で本日今からご領主の館に向かいます。
ここのご領主が貴族かどうかは存じませんがせっかちですね。貴族同士だと最低でもお約束から予定を立てて数日後なので、ある意味新鮮です。
「私達が旅行者なので、急いでくださったのではないかしら」
「なるほど。それは思い至りませんでした」
執事さんが用意してくれた馬車の中で、お嬢様が私の耳元にそう囁き、私はお嬢様の深淵思慮に感動して打ち震えておりますと、そんなヒソヒソ会話が聞こえた訳でもなさそうですが、それとなく察してくれた執事さんが頭を下げる。
「ご予定も考慮せず申し訳ございません。あなた方の拘束時間を長くするのも本意ではございませんが、それとこちらにも王都の魔術学院の生徒さんがいらっしゃっておりまして、是非ご一緒にお食事などどうかと、主人が言っておりました」
「学院の生徒が……」
お嬢様の頬が微かに引き攣るのを宇宙で唯一人私だけが気付いた。そうでございますね。お嬢様はだいぶマシになってきましたがコミュ障気味でございますからね。
それにしてもこんな山間の町で同じ学院の生徒に会うとは……お嬢様に因縁のある相手でないと良いのですが。
宿から馬車で体感時間30分。宿に預けてきたニール君の馬車なら10分も掛からない距離にございました。
到着したご領主の館は、意外とこじんまりしておりましすね。まぁ領主とは言ってもこの町と周辺の村の領主なので、ぶっちゃけ、“町長デラックス”と言ったところなのでしょう。
「お嬢様方、どうぞこちらへ」
「は、はい」
ちょっぴりテンパり気味のお嬢様の装いは、ご会食と言うことでセミフォーマルドレスにお着替えしていただいております。メイドたるもの、どこに出掛けようとその程度の用意はしているものです。
「あ、神白さんだ……」
「……神白さんと、シャロンさん?」
そのまま応接室のような場所に通されると、ほとんど現地人のお嬢さんのような格好をした黒髪の……
「ギンコーさん?」
「……銀子よ」
「私は吹亜だよ。覚えてる……?」
そうそうギンコ嬢とフア嬢でしたね。もちろん覚えておりましたよ。
ギンコ嬢とは一度学院で同じ班になりましたし、彼女と良く一緒に居る方がフア嬢でした。
確か地球での記憶でも、彼女達からは何かをされたという記憶はございませんね。助けてくれたという訳でもないのですが、現状私は彼女達に含みはありません。
「まあ、あなた達でしたの?」
お嬢様も下手な貴族の生徒達でなくてホッとしておられるようでした。
「えっと、シャロンさん…様?は、どうしてこちらに?」
「様はいりませんわ。……学院ではある程度仕方がないと思っていますが」
「それじゃ、私達も普通に名前で呼んでくれます?」
「ええ、わかりましたわ。ギンコ、フア。……これでいいかしら」
ちょっぴり照れているお嬢様はお可愛らしい。……お友達が出来てようございましたね。そんな奇跡のような光景に思わずホロリとしていると、ギンコ嬢が何かを思い出したように私に向き直る。
「神白さん……あなた確か、下の名前は日本語の名前だったよね?」
その唐突な発言にお嬢様とその場の全員が私を見る。
そういえばそんなこともございましたね。地球でも“神白フルーレティ”とか奇抜な名前を名乗った覚えはございません。
「………え? レティはレティではありませんの?」
「ええ、お嬢様。私はフルーレティにございます」
わずかに不安そうなお顔のお嬢様の手を取って、私は極上の笑顔でそう言いながらその場で跪く。
あの暗い世界で、雇い主である【主様】に付けていただいた名前です。これ以外を名乗ろうものなら、メイド長から折檻フルコースです。何故か、付けていただいたその場からそれ以外の名前は脳が受け付けませんけど。
「うん……わかりましたわ。レティ」
「はい、シャロンお嬢様」
例のお二方はあまり納得していないようでしたが、お嬢様は深く頷いて私を立ち上がらせていただけました。
「レティが、教えても良いと思ったら教えてくださいね」
「はい、お嬢様。…………おや?」
「本気で覚えていませんのっ!?」
どうでも良いことはすぐに忘れてしまうのです。
どこか奇妙な空気になりましたが、館のメイドが呼びに来てようやくご会食となりました。
「やあ、これは美しいお嬢さん達だね。私はこの地の領主をしているイゴールと申します。どうかお見知り置きを」
ご領主は、赤髪の比較的ハンサムな男性でした。年齢も領主としてはまだお若いようでしたよ。私達に挨拶する時、お嬢様のたわわに一秒ほど視線が止まっていらっしゃいましたから。
「お食事をしながら聞いていただけますか。この地は不思議な伝承があるのです」
お食事がてら、お領主は話題としてこの地の伝承を語り出しました。
この大陸では千年ほど前まで大きな国もなく、小国同士が数百年も小競り合いを続けていた。争いの理由は、思想の違い、豊かな土地を求めてなど様々あったが、一番大きなことは“宗教”の問題だったという。
今は“古き神”と言われる存在がこの世界の永い時を守護してきたが、その古き神が突然姿を消し、そのせいか災害などが起きると、各地の民族がそれぞれに勝手な神を崇めて争いを始めた。
最終的にはこのアルグレイの国教である【教会】の、【女神】の神託を受け建国王が他の民族を打倒し、この地に【女神】の教えを広げることになった。
「その古き神の神殿のようなものがこの地に残っていたのですよ。少々地理の悪い場所にあるのですが、是非とも観光名所として沢山の人に来て欲しいと思っています」
「……古い神様が怒らない?」
フア嬢のツッコミにイゴール様は一瞬キョトンとしてから可笑しそうに笑う。
「ハハハ、消えてしまった神が何だというのです。我らには偉大な女神様が護ってくださるのですから」
「……そう」
八百万の神や自然信仰的な民族には分からない理屈ですね。
「実はあなた達に頼みたいことがあるのです。そこはただの遺跡なのですが、魔法的な仕掛けがあるかも知れません。そこで魔術学院の魔術師である皆さんに、神殿の遺跡を調べていただきたいのです」
「「「………」」」
イゴール様の依頼に、お嬢様とその他二名が思わず顔を見合わせる。
「私達、あまり役に立たないかも……」
「うん…」
「危険なのではないのですか?」
「大丈夫ですよ。兵士で一度危険な動物は排除しました。それにあなた方は優秀な生徒だと聞いております。報酬は払いますので、観光がてらに調べていただけませんか?」
「えっと……」
チラリとお嬢様が私を見る。多少強引な感じはしますが私はお嬢様の決定にすべて従います。お嬢様だけは何があろうと護ってみせますわ。
私が軽く頷くと、お嬢様は少々お悩みになってから領主に頷かれた。
「……わかりましたわ」
***
「意外と道は荒れていないのね」
「うん……いい天気だから、ピクニックみたい」
「レティがお弁当を作ってくれたみたいだから、お昼に食べましょうね」
翌日、お嬢様と私を含めた四人は遺跡を調査する為に出掛けました。
本日はニール君の馬車でお出掛けなのですが、小さな馬車なので四人では少々狭い感じです。まぁ私は御者をしておりから関係ありませんが。
「レティ……一人で御者させて疲れていない?」
「ええ、お嬢様。問題ございませんわ」
ちなみに馬車の窓は全開なので普通に会話も出来ます。それにお嬢様を含めて皆さん御者は出来ませんからね。
「あの場所が神殿だったのね……」
「あら、ギンコ、知っていますの?」
「実は、この世界ってスキルとか、私達の世界と違いすぎていて、色々図書館で調べていたら、この地に過去に遺跡があるって聞いて、」
「お休みだから、見に来たの…」
「まぁ、そうでしたの」
お嬢様が朗らかに納得の表情になると、フア嬢は鞄から調べた資料らしき紙を取り出して、お嬢様に見せる。
「領主の話を聞いて少し理解できた…。多分、千年前に【女神】が現れるまで、この世界には【スキル】は無かったの」
すると、女神とやらが“スキル”を与えたことで、建国王が他の民族を排除することが出来た……と言うことでしょうか。
「思ったよりも荒れていませんね」
「うん…」
「私達、まだ魔法は初期しか使えないので、シャロンさんにお任せしちゃうことになると思うけど……」
「ま、任せてくださいねっ」
申し訳なさそうなお二人に頼られて、ボッチクイーンだったお嬢様が必要以上に気合いが入っております。
神殿の遺跡に到着したのですが、思ったりも形が残っておりました。荒れていないのも、何というか“清らかな”感じがしているせいだと思いますが、私は何故か落ち着きません。
「それではこちらはお任せして宜しいですか? 私はお昼を取るのに良さそうな、適度な場所を見て回ります。頑張ってくださいね、お嬢様」
「うんっ、行ってらっしゃい、レティ」
そうして私はお嬢様達と離れて遺跡の周りを見て回ることになりました。
「……さて」
ヒト狩り行くとまいりますか。
*
「おかしら、例の小娘達が来やしたぜっ」
「おお、お前らぬかるんじゃねぇぞ。あんな娘共でも魔法を使われると、このアホ共三人みたいに捕まっちまうぞっ」
「……おかしら」
「お、俺達は魔法でやられた訳じゃ…」
「お、おで…」
「うるせぇっ! 言い訳すんなっ。俺らが領主とツーカーじゃなけりゃ、処刑でもおかしくなかったんだぞっ。その替わりに、あの小娘共を捕まえたら、銀髪の娘だけ領主に渡す羽目になっちまった」
「でもおかしらぁ、他の三人はやっちまってもいいんだろ?」
「生娘のほうが高く売れるが……。仕方ねぇなぁ。二人はお前らで自由にしていいぞ。俺って優しいだろっ!」
『『『おかしら、最高だぜっ!』』』
「ハハハッ!」
「ナイスショット」
とりあえず莫迦なことをほざいていた方々は殲滅させていただきました。引き渡した山賊(仮)の三人も普通に居ましたね。今度こそタネは消滅したと思います。
この遺跡に近づいてから、森の中から視線を感じていたのですが“当たり”でしたね。それにしても領主が山賊と提携をされていたとは、なかなか面白い事態になりました。
「あなたもそう思いませんか?」
私が手首のスナップでトゲ棍棒を投擲すると、へし折れる樹木の影から人影が飛び出した。
「……良く気が付きましたね」
「これは、妙な所でお会いしましたね。執事さん」
その人物は、領主の使いをしていた、あの優しげな老執事さんでした。
相変わらず仮面を貼り付けたように人の良さそうな笑顔を浮かべておりますが、油断なく構えて私の隙を窺っておりました。
先ほどの動きといい、最近のご老人はお元気ですね。
「メイドが護衛を兼ねていると思っていましたが、思っていたよりもお強いですね」
「あなたもお歳の割に良い反応でしたわ」
「ハハハ、若い頃、少々暗殺などをする組織にいましてな。若い頃のような動きが出来ずにお恥ずかしい。まぁこの使えない連中よりはマシですが」
「休む暇がございませんね。せっかくの提携企業を潰してしまいました」
「いえいえ、良いのですよ。役には立っていましたが、最近は上納金も少なく生意気になってきましたから、あなた方に倒されるのなら、それはそれで良かったのですよ」
「それは安心しました」
「ところがですね。問題はまだあるのですよ」
「ほほぉ。いかがなさいました?」
「目撃者がいるので、それを消してしまわないと安心出来ないのです……」
老執事の目がわずかに細められ、ジワリと漏れるように殺気が溢れ出す。
その殺気を浴びて……
「……っ!?」
私の顔にどうしようもなく浮かんでしまった“笑顔”を見て、まったく変わらなかった老執事の顔色が一瞬で青くなった。
「くっ」
躊躇もなく撤退を図る老執事。なかなか素敵な反応です。でも宜しいのですか? そちらには……
『ブルルゥ』
「なっ、馬車ですとっ!?」
馬車を引いていながら霞むような速さで、老執事の進行をお馬のニール君が塞いだ。その時に、普段はニール君の全身を包んでいる布が捲れて、その全身が顕わになる。
「八本の…脚?……馬鹿な。どうしてこんな場所に“スレイプニール”がいる!?」
唖然とする老執事に向かって、私はパンパンと手を叩く。
「さぁニール君。“ご飯”ですよ」
*
「……魔法を感じるのはここだけですわ」
「これって扉?」
「ボス部屋っぽい…」
「何かございましたか?」
「「「きゃっ!?」」」
何やら真剣なお顔で扉らしき石の壁面を調べていたお嬢様に声を掛けると、皆様、跳びはねるように悲鳴をあげた。
「れ、レティ!?」
「いきなりっ!」
「……気配…感じなかった」
「それは申し訳ございません。それと周りに食事に適した場所がございませんでした。入り口辺りかこちらで摂るのが良いと思います」
「あら、そうなの? こちらも魔法を感じるのはここだけでしたわ。レティは何か変わったことはありませんでした?」
「ええ、何もありませんでしたわ」
正確には大したことはありませんでした。領主のお仕置きはまた後で行いましょう。
「それでは良い時間ですので、お食事にいたしましょう」
私がバスケットから食事を取り出そうとした時、扉から魔力が溢れて、私は即座にお嬢様を庇うように前に出る。
「レティ?」
「お嬢様。すぐに入り口までお戻りください。ここは、」
『……待て。お前達は“異界”の者か?』
日常(棒)
長年使ってきたワープロソフトがついにOSと不具合を起こして、新製品の設定でおくれてしまいました。申し訳ございません。
次回、古き神様




