32 旅路
日常です。たぶん。
「おうおう、嬢ちゃん達、この道は通行止めだっ。通りたかったら財布の中身を全部出しなっ!」
「戻るなら身ぐるみ全部剥いで、お嬢ちゃん達も売り飛ばしちゃうけどね~」
「お、おで、この子達がいい……」
「さようでございますか」
本日はお日柄も良く、のんびりと馬車で山道を旅するのに良い日和でございますね。御者も出来るメイド、フルーレティにございます。
シャロンお嬢様と私は、予定通りアルグレイ王国の保養地などを旅行しております。
ここまで有名な観光地とやらに行ってみたのですが、そう言う場所は地球などとあまり変わりありませんね。
ペンションに泊まって、自然の景色を愉しみながらその地の名物料理を食べて、ペンションオーナーのお話を聞いたり、奥様から刺繍の柄を教わったりしました。
あえて地球との差違をあげるとすれば、オーナーのお話がダンジョンに潜った時の武勇伝でしたり、お料理が二口食べれば胃から逆流する生臭いユニコーンの馬刺しだったり、刺繍の柄が奇妙な魔物の糸を使っているせいで死臭が漂っていたり、その程度でございますよ。
そこでお嬢様と私は、変わった名物や古い伝承があるという、山間の町に赴くことにしました。町とは言いつつ、大きめの村と言った感じですが、観光客も多くなくて閑静な場所だそうです。
せっかくの良い天気だと言うことで、お嬢様も御者をする私の隣にお座りになって、キャハハウフフの旅路となりました。馬車を引くお馬(?)ニール君も、お嬢様を近くに感じることが出来てとても上機嫌です。
楽しみですね、お嬢様。うふふ。
「無視してんじゃねぇっ!!」
「さようでございますか」
おっと失礼いたしました。お嬢様とのご旅行を考えておりますと、その他の事はどうでも良くなるのでございます。
「……レティ」
お嬢様が少し怯えた幼子のように私の袖を指で摘む。お嬢様が大人の男性で怯えないのは、お父上とアンディ様と先生くらいですから仕方ありません。
さて、馬車を塞ぐように現れた男性三人ですが、そのお言葉と珍妙な格好で山道に現れたと言うことは“山賊”でございましょうか。(偏見)
こんな真っ昼間から良い歳の男性がふらふらとしているなんて、お嬢様の教育に良くございません。せっかくの良い天気なのですから、元気に畑仕事でもして……
「お嬢様。そろそろ日焼け止めの塗り直したほうがようございます」
「この状況で気になることがそれなのっ!?」
仕方ありませんね……。
「それで御用は何でしょうか?」
「だから、さっき言っただろっ!」
私の問いかけに最初の男性が憤りを感じられたように大きな声を出した。カルシウムとミネラルが足りていないのではありませんか?
この山賊(仮)のお三方ですが、どなたも二十代前半から後半の若い男性でございました。
最初の方が所謂“兄貴分”でしょうか。二十代後半の筋肉ムキムキで、素肌の上に毛皮のチョッキなどを着ております。おそらく形から入る性格なのでしょう。
二番目の方は二十代半ばで、線の細い優男風を気取っているようですが、田舎ではマシという部類で、ジョエル様やエリアス様のような『本マグロの大トロ』に見慣れている私としましては、特上寿司の後に『冷凍マグロのヅケ』を出された気分になります。
三番目の小太りで少々おつむの足りなさそうな方は、オチ担当でしょう。(断言)
「あ、アニキぃ、おで、この子達欲しい……」
「お前はそうやってすぐに女を壊しちまうだろっ。……だが見た目はいいな。護衛も付けずにどっかのお嬢様がご旅行ってか? たんまり身代金が取れそうだぜ」
「まぁまぁ、兄貴。女性には優しくしましょうよ。僕が優しく可愛がってあげるよ」
「ナイスショット」
とりあえず3ショットパーを決めてふん縛り、馬車の後ろに縄で繋げておきました。
「れ、レティ……あまり酷いことは」
「お優しいですね、お嬢様。衝撃(下半身)が強すぎて泡を吹いていますから、自力で歩くことは出来そうにありませんが、立派なニール君ならこの程度引きずっても酷いと思うことはありません」
「そう言う意味ではありませんわっ!?」
『ブルルゥ』
ほら、ニール君も『軽い軽い』と仰っていますわ。
後でご褒美に生き餌をあげないといけませんね。おっと、ニール君、お嬢様が見ていますので人間丸囓りはいけませんよ。
ニール君は以前は普通のお馬さんでしたのに、魔物肉を与えて脚が八本に増えてから魔物っぽくなってきました。
***
「山賊ですかっ? 若い娘さん二人で良くご無事で……」
「たった三人でしたし、こちらが女だと油断したのかも知れません。それにあの程度でしたら、魔術学院のお嬢様でもお一人で撃退出来ますわ」
「ほうほう、魔術学院の生徒さんでしたか。さすがですなぁ」
山間の町サンマーに到着したお嬢様と私は、さっそく山賊(仮)を門番の兵士に突き出しました。
こういうことは誤認逮捕が問題になりますが、兄貴分(仮)が山賊スタイルなので、兵士詰め所の隊長さんに普通に受理していただけました。後日尋問して罪が確定したら若干の報奨金をいただけるそうです。
「しかし……魔法ですか? ずいぶんとダメージを受けているみたいなので、しばらく時間は掛かるかと思いますが」
「それは申し訳ございません」
いらぬお手間をお掛けした隊長さんに私は素直に頭を下げる。
別に、小太りの男性のギラギラした目付きや、兄貴分の下卑た笑みや、最後に優男風の髪を掻き上げながらの不器用なウインクに、ちょっとだけイラッと……お嬢様が怯えた分だけ手加減が雑になってしまいましたね。
ですが問題はございません。彼らには男性ではない第二の人生もございますから。
「いえいえ、お嬢様方にお怪我が無くて良かった」
「あ、ありがとうございます」
お嬢様も多少テンパりながらも、普通に対応する。
「ご旅行者ですよね? それでこちらでの滞在先はお決まりですか?」
「レティ、どこか決めていますの?」
「申し訳ございません。現地で“信頼出来るお優しい方”に、よさげな所を聞いてからと思っておりました。隊長さん。どこかお勧めはありますか?」
「そうですな……」
信頼出来るとヨイショした隊長さんから、知り合いの宿を紹介していただきました。隊長さんのお名前を出すと値引きしていただけるそうです。
「話は聞いたよっ、大変だったねぇ。サービスするから沢山食べておくれっ」
「は、はいっ、ありがとうございます」
「女将さん。お世話になります」
隊長さんからご紹介いただいた宿ですが、貴族が泊まるような格式ではございませんでしたが、若い女性が泊まるには丁度いい小綺麗な宿でございました。
この開幕フレンドリーな女将さんは隊長さんの従姉妹さんだそうで、宿代を安くするだけでなく、名物料理までサービスしてくれるようです。
名物。そう、この地に来た目的の一つでございます。
「レティ、まだ時間も早いから町を見てましょうっ」
「はい、お嬢様。楽しみでございますね」
「うんっ」
道中で怖い目にあったせいでしょうか。安心出来る場所に来て、お嬢様は少々浮かれ気味で跳びはねるように頷く。
最近夕方には肌寒くなってきましたが、今日はまだ暖かなのでお嬢様は薄手のブラウス一枚です。なので跳びはねると“揺れる”ものですから、一瞬だけ通行人の男性が動きをお止めになりました。
お嬢様の為に丹精込めて私の糸製ワイヤー無しのブラを製作した甲斐があったというものです。(ゲス顔)
さてこの地方の名物は『変わったモノ』とだけ前の保養地で聞いていましたが、聞いてみたところ、このようなものがありました。
まずは『畑の牛肉』。それと『山の牡蠣』です。
「どのようなものなのでしょうねっ、レティ」
「そうでございますね」
どこかで聞いたような話でございますね。
畑で取れる牛肉のような栄養ある野菜――お豆だとか。山の大地の栄養が海に流れて味が良くなった牡蠣だとか。そんな話をどこかで聞いた気がいたします。
『モォ~~』
「見て見て、レティ。畑に“牛”が生っていますわっ」
「そうでございますね」
魔物の一種でしょうか……。畑から2メートルほどの草が生えて、その垂れ下がった穂先に牛が生っておりました。
言葉にすると正気を疑いそうな光景ですね。その牛さん(仮)が、首を伸ばして青草をはんでいるのは、ある意味共食いでしょうか?
それよりも味は、肉なのか野菜なのか気になります。
そうなると『山の牡蠣』も言葉通りの意味なのでしょうか。樹木の幹などに直に牡蠣がへばりついていたとしたら、貝類としてそれで本当に良いのか問い詰めてみたいところです。
そんな感じで観光を楽しんでいたところ、宿にお嬢様と私宛の来客がございました。
「お初にお目に掛かります、お嬢様方。領主の使いとして参りました」
その方は初老の笑顔が素敵な執事様でございました。
「ご領主が……?」
「さようでございます、お嬢様」
キョトンとしたお嬢様がちょこんと可愛らしく首を傾げると、執事様は孫娘でも見るような優しげな瞳で頷く。
「当方のヘデルが、領内で山賊に襲われ、手酷く撃た……こほん、恐ろしい目にあわれたお二方をお食事にご招待したいと申しております」
お嬢様。もしかして、巻き込まれ体質ですか?
メイドさん自覚無し。
次回、伝承とお願い。




