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30 街戦

 三人称多めでございます。

 



「何っ、市街に魔物がっ!?」

 ジョエルが問い質すと報告に来た騎士が緊迫した表情で頷いた。

 

 第三ダンジョンで発生した【魔物大発生】は、初期の段階で第二王子ジョエルの近衛騎士達が鎮圧に当たり、危機的状況ではあったが、聖騎士配下の神官騎士隊が救援に現れ、魔物の群れは徐々に駆除されつつあった。

 いや、実際には聖騎士であるエリアスが少数でダンジョンへ潜り、魔物の発生源である地点を素早く破壊出来なければ、鎮圧に当たった騎士達は際限なく湧き出す魔物達に蹂躙され壊滅していただろう。

 本来すぐに駆けつけるはずの教会と次期聖女が居たのならここまでの状況ではなかったはずだが、彼らの代わりに神官騎士隊が駆けつけてくれなければ、かなり危険な場面だった。

 だが、状況は少しだけ違っていた。近衛騎士、神官騎士、駐在の騎士や兵士達では、全てを抑えることは出来ずに幾らかの魔物は市街に漏れていると推測していたが、一部の魔物が何故(・・)か破壊されていた防壁から街に漏れていたというのだ。

 

「それで街はどうなってるっ!? 民たちはっ」

「はっ。魔物の群れは王都東側の中心街にまで辿り着きましたが、丁度良く出立が遅れていた次期聖女率いる教会の兵士隊と遭遇、現在次期聖女が指揮を執り、魔物の殲滅にあたっているようです」

「そうか……」

 不幸中の幸いか、こちらに来ることがなかった教会と次期聖女が偶然遭遇し、事にあたっていると聞いて、ジョエルはホッと胸を撫で下ろす。

 報告では50体程度の魔物だと聞いたが、それでも巡回の兵士程度では倒され、民にも被害が出ていただろう。

 ジョエルが心配していたのは、民のことはもちろんだがその近くに魔術学院があったからだ。王族とは言えまだ15歳の少年なので、見知らぬ者よりも友人や慕ってくれる下級生達のことをジョエルは心配し、その後ろで聴いていた近衛騎士のアンディも安堵の溜息を漏らした。……だが。

 

「大変ですっ! 教会の兵士達が敗走し、学院に逃げ込んだとの報告がっ」

「なんだとっ!?」

 その報告にジョエルが唖然として、アンディが思わず声を上げた。

 アンディには学院に実の弟がいて、幼い頃から知っていて妹のように思っていた少女もいる。だが、現状はここでも魔物を押し返している最中で駆逐には至っていない。そこで護衛対象である第二王子が指揮を執っているのに、護衛騎士であるアンディがいくら心配してもここを離れる訳にはいかなかった。

「アンディ、至急、数名の騎士を連れて学院に向かえっ」

「はっ。…いや、殿下、私があなたの側を離れる訳には……」

「学院には貴族の子弟である魔術師や講師達が居る。彼らは魔物を食い止めているはずだ。アンディはそれに協力して民を護れっ」

「ですが……」

「……あそこには私の妹であるエミルがいる。頼む。エミルを護ってくれ。そして婚約者候補の令嬢達も」

「……はっ」

 王子ではなく家族を想う少年の言葉に、アンディはその裏の意味も理解してそっと頭を下げた。

 

   *

 

 市街は思っていたよりも被害は出ていなかった。だがそれは、教会の兵士達が奮戦した結果ではなく、想定(・・)していたよりも多い魔物に次期聖女である知恵里が学院に逃げ込み、魔物のほとんどがそれを追って学院に侵入してしまったからだ。

 

「きゃあああああっ!」

 逃げ遅れた下級生の少女が転倒し、数体のホブゴブリンが群がっていく。

 魔術学院は教育機関と言うだけでなく、現代の大学のように研究機関としての側面を持つ為にその敷地はかなり広い。

 研究機関もあり貴族の子弟が通う場であるから、出入り口や外壁には結界が張られ、警備の兵士はそれなりに存在しているが、知恵里が逃げ込んだ際に入り口の結界が解かれて、多数の魔物が入り込んでしまった。

 結界に任せて魔物に対処するはずの兵士は広い構内に散らばり、講師達は生徒達の避難に割かれ、魔物に対処出来る者は少なかった。

 

「【アイススパイク】っ」

『ぐぎゃあああああああっ』

 

 氷撃の魔術が少女に襲いかかろうとしたホブゴブリン達を撃ち貫き、唖然とする少女のところへ魔術を放った銀髪の少女が駆け寄る。

「あなた、怪我はありませんかっ」

「は、はいっ」

 上級生である少女に立たせて貰い、下級生の少女はその姿に頬を赤く染めながらも、たゆんと揺れるたわわな部分に、視線が一瞬同じ動きで上下した。

「あ、ありがとうございますっ」

「貴族として、学院の上級生として当然のことですわ。あなた達、この子を安全な場所まで連れて行って」

「「はいっ」」

 銀髪の少女の背後から何人かの少女達が現れ、一人が下級生の少女を連れて行った。

「まだ他にも逃げ遅れた方がいるかも知れませんわっ」

「「はい、シャロン様っ」」

 

 大部分の貴族子弟が率先して避難する中、一部の上級生達は下級生を護る為に魔物と戦う道を選んだ。

 シャロンも貴族として前に立つことを選び、そんな彼女の姿に庶民の生徒達が率先して手伝いを買って出てくれた。

 

「シャロンっ!」

「カールっ」

 他の場所を見ていた幼なじみのカールが、同じクラスでパートナー候補である聖衣(せい)羽王(はお)を連れて駆け寄ってきた。

「血が……っ」

「ああ、向こうにも魔物が居た」

「大丈夫ですよシャロン様、返り血です」

「うん」

 三人の少年は返り血は受けてもほとんど怪我はないようだった。それでも騎士を多く輩出するメルシア侯爵家であるカールはともかく、地球から召喚された二人の少年は顔色が悪い。

 何も彼らに勇気がない訳ではない。ほとんどの男子生徒が避難した中、魔物が徘徊する構内で逃げ遅れた生徒を捜しているだけでも立派なものだ。

 それでも、血の付いた剣を指が白くなるまで握りしめている羽王の手から、わずかに血が流れているのを見て、シャロンが慌てて彼に近寄る。

「力が入りすぎですわ。……【ヒール】」

「あ、ありがとう……」

 シャロンに両手を握られて癒しの神術を掛けられた羽王の顔が耳まで赤くなり、それを見ていたカールの表情がわずかに歪む。

 そんな様子に気付かず。癒しを終えたシャロンはカールに向き直る。

「カール、他に生徒はいた?」

「いや、向こうには居なかった。……随分と魔術が上手くなったな」

「ええ。レティのおかげですわっ」

 以前のような張り詰めた雰囲気ではなく、自然な花のような笑顔にカールの頬が熱くなってわずかに視線を逸らした。

「そ、そうか。ところで、そのメイドはどこ行った? こんな時こそ、あいつがシャロンを護るはずだろっ」

「レティは……私の願いで殿下達の援護に行きましたわ」

「………そうか」

 その場所にジョエル王子が居るのなら、()もいると気付いてカールはフッと息を漏らした。

 

「君達、まだここにいたのかっ!」

「先生っ」

 

 そこに現れたのは、彼らの担任であるエリク・マルソー講師だった。

 何度か戦闘したようでわずかに服は乱れていたが、彼ほどの実力があれば単独で行動出来るらしい。

「もしかして逃げ遅れた生徒を捜してくれていたのかい? こちらは後は私が見るので君達は避難しなさい」

「いいえ、先生。わたくしは貴族として民たちを護る責任がありますわっ」

「そうだ。俺も残る。俺達の実力は知ってるだろ」

 シャロンとカールの言葉に、エリクはその場の面子を見て軽く溜息を漏らした。

「……分かりました。でもそちらの女生徒は避難させなさい。セイ君とハオ君は、彼女達の護衛をお願いします」

 エリクの言葉に、聖衣と羽王は気まずそうに頷き、異世界の美少年二人のエスコートに手伝いの少女達は眼をギラギラと輝かせて大人しく避難していった。

 

「先生、あとはどこを見てみますか?」

「俺達は、寮と更衣室辺りを見てきたが、他は?」

「そうですね……。だとすると、残りは食堂の方でしょうか」

 シャロンもカールも学生食堂は利用しない貴族なので、その存在を忘れていたことに一瞬顔を見合わせる。

 確かにそこなら庶民の生徒が逃げ遅れている可能性があり、食料がある為に魔物がいてもおかしくはない。

「……行きましょう」

 

 

「……これは」

「なんだ、こいつら……」

 食堂に着いたシャロン達は生徒を見ることはなかったが、その代わり僧服のようなものを着た武器を持った男達が倒れていた。

「か、彼らは……あ、癒しを…」

「待ちなさい、シャロン君。まだ先に人が居るはずです。そちらに向かいます」

「で、でも、」

「シャロン、早く来いっ」

 戸惑うシャロンを強引に連れて行くカールとエリクは、彼らがもう癒しなど必要ないことに気付いていた。

 

『キャ――――――ッ!』

 

「悲鳴だっ」

「まだ人が居るぞっ!」

「はいっ」

 奥から悲鳴が聞こえ、三人が駆けつけると、そこにはボロボロに傷ついた教会兵士達に護られた知恵里が悲鳴をあげながら、数十体の魔物に襲われていた。

「チエリ様っ!?」

「チッ、ほとんどの魔物が居るんじゃねーかっ!」

「二人とも援護をっ! 範囲攻撃は厳禁でっ」

「はいっ」

「おうっ」

「【ライトニング】っ」

 エリクが雷撃の魔術を放ち、数体の魔物を感電させた。その後に強化魔術を掛けたカールが斬りつけ、シャロンの氷撃が打ち抜き、道を開いた。

 彼らもこの魔物全てを倒せるとは思っていない。一瞬の隙を突いて、彼らを救出出来るか掛けに出たのだ。少なくとも知恵里を含めた生徒だけは護ると、エリクは覚悟を決めていた。

 

「た、助けてっ!」

「チエリ様っ」

 だが、すぐに逃げるはずが、救出される知恵里がシャロンの脚に縋り付いてしゃがみ込んでしまった。

「わ、私は悪くないっ! こんな魔物が来るなんて思ってなかったんだもんっ!」

「チエリ様……あなた」

 知恵里の言葉を聞いてカールやエリクも眉を顰めた。それでも今は彼女を糾弾している場合ではない。

 

『グガァアアアアアアアッ!』

 

 一瞬の混乱から回復した一体のオーガが棍棒を振りかぶる。でも狙われたシャロンは知恵里が脚に縋り付いたままなので動けない。

「っ!」

 それを覚悟してギュッと目を瞑るシャロンの耳に、知っている声が聞こえた。

 

「シャロンッ!!!」

 

 突然、オーガの下半身が粉々に吹き飛んだ。あまりのことに理解が追いつかないオーガの上半身が落ちる中、それを斬り捨てながら一人の影がそこに飛び込んだ。

「シャロンッ!」

「アンディ様っ!?」

 いきなり現れたアンディに力一杯抱きしめられて、シャロンが真っ赤な顔で目を白黒させ、それを見ていたカールが口元を歪ませ、知恵里が愕然としていた。

 アンディは来てくれた。だが、まだ魔物は他にも居る。

『グギャ』

 その時、シャロンとアンディに迫ろうとしていた最前列の魔物数体の下半身が、先ほどのオーガと同じように吹き飛んだ。

 アンディはシャロンを抱きしめている。エリクやカールもそれをしていない。

 

「シャロンお嬢様。お待たせいたしました」

 

   *

 

「レティっ!?」

 アンディ様に抱きしめられているお嬢様に、ニコリと微笑み、優雅に一礼する。

 途中でアンディ様を拾いましたが、間に合ってようございました。

 出来ることなら順番待ちをしてアンディ様のお次にお嬢様を抱きしめて撫でくり回したいところでございますが、少々無粋な方々が居られますので自重しましょう。

 そう……私はついに『自重』という言葉を覚えたのですっ。

 お嬢様に懇切丁寧に教えていただいた“自重”さえあれば、三海の海でも飲み干してごらんにいれますわ。

「レティ、何か、勘違いしているように見えますわっ!」

「とんでもございません。お嬢様の素晴らしさを噛みしめているだけでございます」

 

 やはりお嬢様の危機に焦っていたとは言え、全力のナイスショットは跡形もなく吹き飛んでしまいますね。カール君の腰がまた海老さんのように引かれておられます。

 ついでにチエリ嬢の前髪が無くなるほどギリギリを掠めたせいで、チエリ嬢が白眼で泡を吹きながら失神されてしまいました。

 まぁ、そんな些細な事はともかく、トゲ棍棒に付いた血糊を軽く振って吹き飛ばし、指向性の【威圧】をしておいた魔物達に向き直ると、魔物達が顔を引き攣らせて一歩引かれました。

 ……さて、どうしましょうか。

 普通のメイドとしてオークの○○を叩き潰すのは淑女の嗜みですが、ここにいる全ての魔物にそれをしますと、お嬢様に血飛沫が飛んで汚れてしまう可能性がございます。

 やはり地道に優しく潰すのが良いかと、私が一歩踏み出したその時。

 

「【聖域】」

 

『グガアァアアアアアア!?』

 どこからともなく声と共に強力な【聖属性】の結界が張られ、魔物と私にダメージを与えた。

「殲滅せよっ!」

『はっ!』

 男性の声が聞こえ、アンディ様と同じ近衛隊の鎧を着た騎士達が動けなくなった魔物達を斬り倒していく。

 彼らもそうですが、聖属性の結界を張ったのはどなたでしょうか。……私も輪ゴムを飛ばされたほど痛かったのですよ。

 あっと言う間に全ての魔物を倒すと騎士達が左右に分かれ、一人の少女をエスコートした一人の青年が現れる。

 

「……ユーリ殿下っ!」

 アンディ様がその青年の名を呼ぶ。確か……ユーリ・ド・フォン・アルグレイ。この国の王太子でございますね。そして……

「クラリス様……」

「シャロン様、フルーレティさん。お怪我はありませんか?」

 

 お嬢様をお茶会に招待なされた子爵令嬢――クラリス・ド・リニエロ様が完璧な微笑みを浮かべておられました。



 

 ついにメインヒロインが参戦。


 次回、決着とそれぞれの思惑

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範囲攻撃は厳禁でっ > ライトニングって範囲攻撃じゃないの? 数体巻き込んでるし。
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