3 技能
予告詐欺。長くなったので二分割します。後半は夜予定です。
朝の木漏れ日の中、名も知らぬ小鳥達の声が聞こえてくる。
私はお嬢様の制服にアイロンを掛けてから、丁寧に細かな埃を取り去り、衣紋掛けに吊してクローゼットの外に掛けておく。
魔石を使った魔導コンロに掛けたポットが沸き立ち始める音を聞きながら、魔石を外した魔導アイロンの余熱で、ニュースペーパーのインクを定着させる。
品質は良くないけれど、紙も新聞に使えるほど普及している。貴族間のページ数の少ないゴシップペーパーのような物だけど、貴族であるお嬢様には必須です。
そして私は、ブタの死肉の塩漬けをスライスして熱したフライパンに乗せると、ジュワ~ッと死肉から脂がしみ出たところで、どろどろのタンパク質の塊が入った玉子を割って落とし、炭水化物の粉を練って焼いた物をオーブンで軽く炙ってから、茶色の腐った葉っぱでお湯に色を付けている間に、それらを白い食器に並べた。
「……う~ん」
死肉の焼ける匂いにお嬢様が目を覚ましたようです。
もぞもぞとベッドから起き上がろうとするお嬢様の前に、脂まみれのタンパク質と炭水化物をワゴンに乗せて移動させた。
「おはようございます、シャロンお嬢様。ご気分はいかがですか?」
「……ぁあ~…おはよう……」
寝ぼけ眼のお嬢様は、鼻をひくつかせながら起きだし、私を見て可愛らしいお声で挨拶をした後、一瞬窓のほうを見てから、勢いよく私を二度見した。
「……え? は!? ど、どうしてあなたがここに居ますのっ!?」
どうやらようやく現実に気がついたようです。
「ええ、私はシャロン様のメイドでございますから」
「あ、うん……。いや、違うそうじゃなくてっ!」
シャロンお嬢様が、昭和のツッコミ役のように激しいツッコミをしていただけましたが、ちゃんと分かっておりますよ。
「はい、そちらの窓から」
「ええええ~~~~~~っ!? ここ三階ですわよっ!」
「入ろうかと思いましたが、鍵を壊さずに侵入出来る気がしませんでしたので、寮監様にお願いして、鍵をお預かりしました」
「……………」
この魔術学院は全寮制で、上級貴族である侯爵令嬢のシャロン様は、最上階の三階に個室を持っておられました。
女子寮には食堂も大浴場もありますが、このお部屋もちゃんとお風呂やトイレ、簡易キッチン完備です。これなら人見知り気味のお嬢様でも安心ですねっ。
これからは私がボッチ飯なんてさせません。
「……何か変なことを考えていませんこと?」
「とんでもございません」
私が微塵の疚しさもなくそう言いきると、お嬢様にも納得して戴けたようです。
「えっと……その、あなた…」
シャロン様は私を何か言いかけて淀み、それから意を決したようにまた口を開く。
「……レティ?」
「はい、シャロンお嬢様」
名を呼んでいただいて、私が全開オーラの満面の笑みを浮かべて返事をすると、お嬢様の頬や耳が少し赤くなった。
「う、うん」
恥ずかしげに目を逸らしながらお嬢様はベッドの縁に腰掛け直して、無防備なネグリジェ姿を見せてくれました。
どうやらショックで昨日の“乳を揉ませて”発言は脳から消えてしまったようです。
……計算通り。(ニヤリ)
「ところでレティ。……あなた、私のところへ来てもよろしかったの? パートナーの話は本日の説明会まで保留とジョエル様から聞いていましたが……」
そうです。あのゲス野郎様は、お嬢様と私の主従結成を邪魔しやがったのです。
他の方々の自己紹介と言うか、プレゼンを聞いてから改めて【パートナー】を選ぶようにと、私を客室に押し込めて待機させたのです。
一応、私達召喚された生徒は、騎士が影から警護のような監視をしていた訳ですが、【メイド】である私をそんなもので止められる訳がありません。
「お嬢様のお世話をいたしたく、朝早く抜けて参りました。私はシャロン様のメイドでございますから」
「そ、そうですか……」
素っ気なく答えながらも、お嬢様は照れたように指先がソワソワしていました。
お嬢様、お友達少なそうですからね……。
きゅ~~……
「っ!」
「そうそう、お台所にあった材料を使わせていただき、朝食を用意させていただきました。シャロン様のお好みが分かりませんので、簡単な物になったのをお許し下さい」
「わぁ~…」
お嬢様のお腹の音に気付かなかった振りをして、ワゴンのカバーを外して朝食を並べていくと、お嬢様の目が輝いた。
「ベーコンエッグにクロワッサン……紅茶に新聞まであるわっ。これをレティが?」
「はい」
そうでした。そんな名前でしたね。私は食べないので、腐った葉っぱとか死肉とか、そんな名称しか出てきませんでした。
「クロワッサンは食堂から焼きたての物を分けて貰いました。他の物はキッチンの材料を使わせていただきましたが、紅茶は寮監様に良い物を少々戴きました」
「あのきびしい寮監が……」
四十歳くらいのきつい口調の女性でしたが、私がきちんと“お願い”しましたら、快く紅茶も鍵も戴けました。
「……美味しい」
料理を口にしたお嬢様からお褒めの言葉を戴く。
……こんな単純な料理を喜んで食べるなんて、これまでどんな食生活をしていたのでしょう?
「やっぱり、ボッチめし……」
「なんですってっ」
私の漏らした呟きにシャロンお嬢様の眉尻をあげた視線が突き刺さる。
また本音が漏れてしまったようです。なんとか誤魔化しましょう。
「いえ、お嬢様。寝る時も下着を着けないと型崩れの原因にもなりますし、寝間着の上から“ポッチ”が浮き出て、ぶほっ」
「な、何を言いますのっ!?」
シャロンお嬢様が真っ赤になり、私の言葉は顔面に受けたスリッパで中断された。
どうやら上手く誤魔化せたようで良かったです。
「ところで、レティ……」
「はい、なんでございましょう」
食事を終えたお嬢様のお着替えを手伝っていると、シャロン様は不思議そうに私を見る。指摘されるのは苦手でも、お着替えの時にたわわな果実を曝すのは恥ずかしくないらしい。貴族様は不思議ですね。
「あなた……その格好は、どこで手に入れましたの?」
どうやらシャロンお嬢様は、私が朝から着ている上級メイド服が気になるようです。
*
「私は伯爵家の次男ですが、すでに伯父上の領地の一部を拝領することが決まっていまして…」
その日の午前中の授業時間を使い、召喚した学生達から私達【パートナー候補】へのプレゼンテーションが為された。
私達はどちらも、花も恥じらう発情期のお年頃なので、男性は女性、女性は男性に、好みの相手を見つけて熱い視線を送っている。
「わ、わたくしは、侯爵家の長女ですのよっ!」
シャロンお嬢様はテンパっていらっしゃるのか、非常に高飛車な態度を振る舞いながらも、チラチラと私を見ていた。
思わずスタンディングオベーションで『ブラボーっ』と叫ぼうとしたら、思いっきり睨まれましたので断腸の思いで自重しました。
「確かフルーレティとか言ったな。お前は俺のパートナーとなれっ!」
昨日、兄である騎士様に窘められていたカールが、私を強い視線で見つめて名指しで宣言してきた。
その行為に、貴族達もざわめき、こちら側の女生徒の一部が、うっとりとして溜息を漏らしていた。
確かに“俺様気質”は一部の人に好まれるようですが、興味のない人にされても、うざったいだけですね。
だから私はカールにニコリと微笑み、拳の親指を下に向けて突き出すと、貴族様達は意味が分からず首を傾げていたけど、こちら側の現役中学生の何人かが『ぶっ、』と吹き出していた。
「ま、まぁ、後で色々お話しして貰うとして、すぐに決める必要はありませんから、まずは今回召喚された皆さんの【スキル】を確認しましょう」
唯一、学院のエリク・マルソー教師がその意味に気付いたようで、慌てて話題を変えてきた。
この世界に召喚された【人族】――所謂【地球人】が召喚されると強い魔力を得るというのは、地球人が魔力を持っていないからだ。
意味が分からない? 仕方ありませんね。説明をして差し上げましょう。
この世界は【魔素】に満ちている。
大気にも水にも大地にも浸透していて、この世界の人間は呼吸し、水を飲み、大地から取れる作物を食べることで、身体の【魔力】を増やしていく。
強い【魔力】を持った者から産まれた子供は最初から強い魔力を持っており、元々は強い魔力を持った“強い者”が国を造ったことが、貴族の始まりなのだ。
【魔素】は【魔力】の元であり、【栄養素】の一つでもある。
魔力を高めることで身体能力も向上し、魔物と戦う術を得るようになるのだ。
けれど、地球には【魔素】がない。
まったく存在しないとは言わないが、現代においてはほとんど存在しなくなっているので、地球人は【魔力】を持たなくなった。
本来【生物】は、魔力を持っているのが当たり前なのに、地球の生物は千年以上魔力が無い状態で生きながらえてきた。
魔力が無くても生きていける生物。要するに酸素の少ない高地から、大量の酸素溢れる平地に来た地球人は、スポンジが水を吸い込むように急激に魔素を吸収して、ぶっちゃけスーパーな地球人と化すのだ。
はい、説明終わりです。
あ、【スキル】の話でしたね。もちろん覚えていましたよ。
この世界で魔力がある生物は、自己の趣味や嗜好に影響されて、自然魔法というべき特殊能力――【スキル】を得る。
特に召喚された地球人は、精神が熟成した状態でスキルを得るので、役に立つスキルが多いそうです。
それを分かりやすくするために、スキルを【言語化】する魔道具が開発されていて、今回はそれを私達に使ってくれるらしい。
やけに完成されたと言いますか、“都合の良い”世界ですね。
「それでは一人ずつ、こちらの水晶球に手を当ててください」
エリク教師の言葉に、中学生の生徒達が不安と興奮の入り交じった顔で、列を作っていく。
「それじゃ、僕から…」
まずは聖衣くんから始めるようだ。
最初と言うことで緊張気味の聖衣が玉っころに触れると、その中に光る文字が浮かび上がってくる。
【光属性魔法の才】【聖属性オーラ】【天恵】【武才】【異世界言語】
おおおぉ~~~~…… と、魔術学院の人達から感嘆の声が漏れる。
「これって……良いものなんですか?」
「そうですね。人族なら誰でも二つから四つ程度のスキルを得ますが、これほど有用なスキルは珍しいでしょう」
簡単に説明してくれたことを要約すると、一般人では【料理の才】とか【農業の才】とか【徒歩速度上昇】とか、生活に結びつくスキルが多く、魔法系や戦闘系のスキルを持っている人は少ないようです。
その後の他の人のスキルも【治癒魔法の才】や【自動地図記録】や【体力回復】などとても有用で素晴らしいものが多かった。
特に聖衣くんの親友で男子の二大巨頭らしい羽王くんは、【空中飛翔】【身体速度上昇】【風魔法の才】【鷹の目】【異世界言語】等を得て、貴族達が眼の色を変えて興奮していた。
「それでは最後に……」
エリク教師の言葉に、全員の視線が遠巻きにされて一人で居た私に注がれる。おや、おかしいですね。特に目立った行動をした記憶もないのですが……。
私がゆるりと前に出ると、エリク教師が何か言いたげに口元を歪めた。
「なんでございましょうか」
「いや……どうして侍女の服装をしているのかと……」
「それは私がメイドだからです」
「…………」
どうやらエリク教師は私の答えをお気に召さなかったようです。
私はそれを気にせず、気軽な気持ちで水晶球に指で触れた。そして浮かび上がってくる光の文字は……
【超高級メイドさん】
「「「……………………」」」
これはあれですね。高校野球とかで『超高校級のバッター』とか言うのと似たような感じですね。
出てきたスキル鑑定結果に私が満足してほくそ笑んでいると、静まりかえっていた室内がざわつき始める。
「超高級って……」
「もしかして複合スキルかっ?」
「誰か“さん”が付いていることをツッこめよ!」
「それより【異世界言語】がないのに、どうして言葉が通じているんだ!?」
「その高級そうな侍女服も自分で作ったのか!?」
困惑したように声を上げる魔術学院の人達に、私は足首まであるメイド服のスカートを指で摘み、意味ありげにニコッと微笑む。
「それは、乙女の秘密でございます」
その後、うやむやのうちに説明会が終わり、全員が何故か疲れたような顔をして寮や客室に戻ることになりました。
「ところでエリク・マルソー様、シャロンお嬢様と私との【パートナー契約】はどうなりましたでしょうか?」
「ああ、その件もありましたね……」
声を掛けた私にエリク教師が難しげな顔をして、それに聞き耳を立てていたシャロンお嬢様の肩がピクリと震えた。
「それと私は単なる下級貴族です。ただ“先生”と呼んで貰えれば充分ですよ」
「かしこまりました、先生」
「シャロン君との契約の件は……そうだね、本契約にするとまだ何か言ってくる者も居るかも知れないから、仮契約と言うことで、あなたをシャロン君の【仮パートナー】と認めても問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
本当のパートナーになれないとは、面倒くさいですね。ですが、これで大手を振ってお嬢様のお側にいられます。
そのお嬢様は、私のことなんか気にしてませんよー、って態度を貫きながらも、その足は軽くスキップを踏むように寮へお戻りになりました。
私もそんな可愛らしいお嬢様の後に続こうとした時、
「待ってください」
「先生、どうかいたしましたか?」
邪魔をされて少しだけ不機嫌そうに振り返る私に、若干引きながらもエリク教師は、小さな声で忠告をくれた。
「気をつけなさい。あなたの正体不明のスキルのせいで、興味を失った者も興味を強くした者も居ます。シャロン君の周りにも気をつけて……」
「……かしこまりました」
その後、シャロンお嬢様の下へ歩き出した私の後を追って、数人の人影が人目から隠れるように静かに迫りつつあった。
切りの良いところまで更新早めです。