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27 干渉

 



「わたくし、シャロン・ド・ミシェルは、ダンジョン内の襲撃の罪により、カミラ様とチエリ様のお二方を告発いたしますっ!」

 

 悪役令嬢シャロンの告発に、知恵里(チエリ)は目を見開いて我知らず一歩下がり、周囲の騎士達が静かに彼女を包囲した。

「……わ、わたし…」

「シャロンっ! 何を言い出すのですかっ! 公爵家のわたくしに対してそのような事を、」

 知恵里の声に被せるようにもう一人の悪役令嬢カミラが声を上げるが、一瞬ビクッとするシャロンを庇うようにアンディが前に出て、さらにジョエル王子がカミラの言葉に声を被せる。

「リース公爵家には通達してある。リース公爵はカミラが大人しく罪を認めることを望んでいらした」

「そんな……お父様が。……そんな嘘よっ、これは私を陥れる陰謀ですわっ!」

 

「………」

 知恵里はカミラの叫びをどこか遠くの出来事のように感じられた。

 どうしてこうなったのだろう。どうして自分はこんな所に居るのだろう。自分が居るべき場所は、今、シャロンやフルーレティのいる場所であるはずなのに。

 そんな思いで、思わずシャロン達を睨み付けると、それに気付いたジョエルが苦い物を飲み込むような顔で声を掛けた。

「チエリ嬢……。異世界からお呼びした【パートナー】候補であるあなたが、なんと軽率なことを……。まだこちらのことを良く知らないとは言え、軽い沙汰で済むとは思わないでいただきたい」

「そんな……」

 脱力してへたり込んでしまいそうになる知恵里を、左右の騎士が支えてそのまま前に連れ出す。今は丁寧に接してくれているが、ここで知恵里が何かしようとしたら容赦なく叩き伏せられるだろう。

 今まで暴力とは無縁で生きてきた中学生である知恵里が、場の空気に怯えて震えていると、それに気付いたカミラがニヤリと嗤って再度口を開く。

 

「そう言えばそこの小娘が、シャロン達がエリクやエリアス様に付きまとっているとか言っていましたわ。おそらく醜い嫉妬をして小娘が襲わせたのではなくて?」

 

「なっ……」

 知恵里はカミラが全ての罪を自分に押し付けようとしている事に気付いた。

 確かにそう言ったこともあるし、嫉妬していた気持ちも少なからずあるが、それは全てカミラを煽る為の言葉だ。

 今まで自分に降りかかる悪意を他人に――今はフルーレティと名乗る神白という少女に押し付けていた自分が、同じ立場になって断罪されようとしていることに、悔しさに涙を滲ませて奥歯を噛みしめた。

 

「ほら、何も言い返せないと言うことは、わたくしの言うことが真実だと、」

「発言をお許しいただけますか?」

 得意げなカミラの言葉がまた遮られ、それを当然のようにジョエルが承諾する。

「許します。エリアス殿」

「エリアス様……」

 知恵里はエリアスがカミラの言葉を遮ったのは、ヒロインである自分を救う為だと思った。当たり前だ。ここはゲームの世界なのだからヒロインの不利には、必ず助けが入るに決まっている。

 だが……。

 

「今回の件には、恥ずかしながら【教会】の関係者が関与しております。私が直に尋問してみたところ、次期聖女と目されるチエリ嬢が、シャロン様やフルーレティ嬢の行いに対して苦言のような言葉を漏らし、神官達が先走った行動をしたようです」

 

 出てきた言葉は、知恵里をさらに追い詰める言葉だった。命令ではないにしろ、自分が立場を忘れてそのような言葉を漏らしたせいだと言われても反論出来ない。

「ほら、やはりその小娘がやったことなのよっ。それにシャロンの行動にこそ問題があるのでなくて?」

「いや、彼女達の行動に問題はないよ」

 今度は講師であるエリクが発言して、ジョエル王子がそれに頷いて続きを促す。

「彼女達は非常に真面目で優等生であると言えます。それよりも男子生徒の数人がカミラ殿から彼女達に害するように示唆されていました」

「んまあっ!」

「教会の神官達も、最終的にカミラ殿より示唆のような形で行動を認めると言われたそうです」

 その後にエリアスが続けると、カミラは焦ったように喚き立てた。

「すべて証言だけじゃないのっ! そんな下賤な神官や生徒の言葉と、わたくしの言葉とどちらが信用あるとお思いですかっ! 証拠もないのに、何を知っていますの!」

 

「証拠か……」

 カミラの言葉に、ジョエルは側仕えが持ってきた1枚の紙を嫌そうに触れる。

「裏通りにある薬剤店から、リース公爵家からの薬品発注書類が出てきている。非常に……その、性的な用途の薬品だが、男子生徒数人からその反応が出ている。そして発注したのはカミラの側仕えの一人であると調べが付いた」

 

 その薬品とは、カミラが常時発注していた物で、フルーレティがついでに持ってきてカミラに渡した物だ。

 現代の地球ならともかくこの世界では残留薬剤など明確に検知出来るものではない。だが、カミラはフルーレティ特製の後遺症が出るほど強い薬品も同時に使ってしまったので、薬品が検知出来るほど残ってしまった。

 それだけでなく、口止め料を兼ねて多額の金銭を渡している薬剤店の店主が、どうしてカミラを裏切るような真似をしたのか?

 

 その瞬間、フルーレティがまるで悪魔のような笑みを浮かべたことに、誰も気付くことはなかった。

 

(どうしよう……どうしようっ!?)

 知恵里は混乱していた。流れ的にカミラの罪が確定したなら、それは同時に知恵里のやったことも認めざるを得なくなる。

 カミラほどの罪ではないだろうが、こうなると次期聖女は絶望的だ。教会はともかく王国が許してくれるはずがない。

 そしてこれからは周りの人達からも白い目で見られるようになり、ゲームの攻略は完全に出来なくなる。

(どうしよ……。誰か……女神様、助けてっ!)

 

 知恵里は初めて神に祈った。神社の娘であっても神に祈ったこともなく、ゲームでも神などシステムの一つだと割り切っていた知恵里が、自分の危機に初めて心から女神に祈った。

 

「………え」

 その時、知恵里は初めて女神の【声】を聞いた。

 

「殿下…っ」

 一人の若い騎士が魔術式の通信機のような物を持ちながら、ジョエル王子の耳元で何事か囁いた。

 顔色を青くするジョエル王子。そしてエリアスが何か【声】を聞いたように天を見上げて、言葉を漏らす。

「ダンジョンから大量の魔物が溢れて出ている……」

 

 聖女ヒロイン用の最大イベント。

 聖女がその聖なる力を持って攻略対象者と共に魔物に立ち向かい、真の聖女になるイベント【魔物大発生(スタンビード)】が、突然開始された。

 

   ***

 

「……意図的なものを感じますね」

 

 この出来レースに近い裁判は、突然発生した魔物の大量発生によって中断されてしまいました。

 判決が出る前だったので、カミラ様はこれ幸いと『学院講師として魔物はわたくしが食い止めてみせますっ』と配下を連れて出て行きました。わずかに混乱したジョエル様が拘束を命じる前の、一瞬の隙を突いた早業でございましたね。

 実際に戦うのか逃げるのか分かりかねますが、それどころではなくなりました。

 チエリ嬢ですが、教会関係者からの嘆願によって【聖女】サマとして前線に赴くそうです。大変デスネー。

 本当に……彼女達にとってとても都合の良い状況になりました。

 確かエリアス様は【女神】から神託があったとか……。

 

「レティ……私達、こんな事をしていて良いのかしら?」

 結局裁判がぐだぐだになりましたので、シャロンお嬢様にはお部屋にお戻り戴き、ご休憩して貰っております。

 本日のおやつはベイクドチーズケーキにいたしました。私としましては極ノーマルなチーズケーキが至高と思っておりますが、このドシッとした食べ応えは疲れたお身体に最適だと判断しました。

「お嬢様はまだ学生ですので、危険な場所に赴く必要はございません。そのような事は大人の殿方にお任せすればよいのです」

「それはっ、……そうなのですけど」

 香りの良い紅茶をカップに注ぎながらそう言うと、お嬢様は魔物討伐に向かったアンディ様が心配なのか、難しいお顔でお茶をすする。

 この世界では15歳で成人ですが、今年15になるお嬢様でも学院を卒業するまでは成人したと見なされません。

 そんなお嬢様を安心させるように私はそっと微笑む。

「ですので、危険は殿方に任せて、安心して大好きなカロリーを摂取なさって下さいましね」

「ですから、カロリーが好きな訳ではありませんわっ!」

 

 それでもお嬢様は貴族の矜持として、貴族は民を守るものだと考えておいでなのでしょうね。ご立派です、お嬢様。ですが、メイドとして私はお嬢様の安全を確保する必要がございます。

 前線に駆り出されたチエリ嬢はご愁傷様としか言えません。

 ですが大丈夫でしょうか……? 彼女が前線に赴くにはまだまだ修行不足かとも思いますけれど。

 まぁ、騎士達も沢山いらっしゃるので平気でしょう。(興味なし)

 

「騎士様や兵士達には給料分は働いて貰いませんと」

「……世知辛いですわ。でも、ジョエル様も向かっていらっしゃるのに、私がここでお茶をしているなんて……」

 

 ジョエル様は王族として魔物が大量発生した第三ダンジョンに向かわれました。だからアンディ様もご一緒なのですが、お嬢様は心配なされいるのでしょう。

 ……仕方ありませんね。お嬢様のお心の平穏の為に、アンディ様には是非とも無事に帰って貰わなくてはいけません。

 

「おっと、私としたことがお菓子の材料を切らしておりました」

「……レティ」

 演技は私に向きませんね。

「では私も…」

「ご安心下さい、お嬢様。ただ第三ダンジョン側の商店に買い物に出掛けるだけですから、すぐに戻って参ります」

「……うん」

 足手まとい……とは申しませんが、本気を出しづらいは確かです。申し訳ございません。それに……あの人達へのお仕置きもまだですから。

 

「無事に戻ってきてね……レティ。アンディ様とジョエル様も……」

「お任せ下さい」

 私の手を握るお嬢様に、私もしっかりと握り返してニコリと笑う。

「被害にあった商店の品は、今なら100%オフですから」

「そちらの心配ではありませんわっ!?」

 

 冗談でございます。潰されそうになっている商品を限界点まで値切るだけですよ。



 

 メイドさんの値切りの脅威に曝される商人に明日はあるのか。


 次回、異世界の女神。

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― 新着の感想 ―
100%オフですから > 火事場泥棒ではなく、すぐにでも逃げ出したい店主を引き留めての値下げ交渉? 悪辣!
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