26 裁判
「シャロンお嬢様。寮監様より最高級の茶葉を戴きましたので、ガトーショコラと一緒にお召し上がりください」
「……あの厳しい寮監がどうしたのでしょう?」
無事に学院へと戻って参りました。
私が持ち帰った“おみやげ”に寮監様は大変お喜びで、私特製の睡眠も食事もしばらく必要なくなりギンギンとなる“おクスリ”もお渡ししましたので、二~三日お部屋から出てこないかも知れませんね。その時、それを見ていたセイ君がとても遠い目をしていらっしゃいました。
おっと失礼。大きな女の子の味方、フルーレティにございます。
「寮監様は真実の愛を見つけたのかも知れませんね」
「まあっ。それはとても素敵ですわねっ」
正常な判断は出来ないようにしておりますわ。
それはそうと、お嬢様の大好きな甘い物ですのに、あまり食が進まないようでメイドである私も心配になります。
「お菓子の……カロリーが足りませんでしたか?」
「別にカロリーが好きな訳ではありませんわっ!」
お嬢様は「ホントにもおっ」と仰りながら二皿目のガトーショコラを口に運ぶ。そうは言われましても、まだ二皿しかお菓子を食べないなんてどうしたのでしょうか。
私が心配しながらも三皿目のガトーショコラを出すと、お嬢様はそれにカトラリーを付けながら、小さく溜息を付いた。
「やはりカロリーが……」
「違いますっ! ……カミラ様のことは、あのままで良いのですか? それにチエリ様のことも……」
ああ、その事でございましたか。以前からお嬢様は周囲から害意に曝されても毅然となられておいででしたが、基本的に小動物並みの心臓ですので、他からのあからさまな悪意はやはりお辛いようです。
「問題はございません。私にお任せ下さい」
学院には戻りましたが、あの方々への制裁はまだ行っておりません。
私が直接出向いて色々とやらかしても良いのですが、お嬢様のメイドである私が公爵令嬢であるカミラ様に直接手を下すと、お嬢様にご迷惑が掛かります。
息の根を止められれば証拠も消せるので簡単なのですが、どうせ意味不明の“不死化”があるやもしれませんので、トドメを刺し損なったら大変です。
上級貴族は少々厄介ですね。最悪どうしようもなくなったらおクスリ漬けにしようかと思っていますが、元侯爵夫人のように『居なくなって丸く収まる』状態にするのが、とても面倒くさいのです。
それでもお嬢様を煩わせる訳には参りません。そんな気持ちでニコリと微笑む私に、お嬢様はジッと見つめて私の手を握る。
「レティ……。わたくしはあなたのことが心配なのです。わたくしを大事に思ってくださるのはとても嬉しいわ。けれど、わたくしの事であなたが傷つくほうが嫌です」
「お嬢様……」
なんと言うことでしょう。こんな化け物もどきの私の為をお嬢様が心配してくださっているのです。
この感動をどう表したら良いのでしょう。この素晴らしい出来事をどう表現すればよいのでしょう。
「とりあえず、お嬢様を讃える歌を発売したいのですが、版権は取ったほうが宜しいですか?」
「どこからそんな話が出ましたのっ!?」
仕方なく感謝の気持ちで、ガトーショコラに生クリームを追加しました。
「何か、わたくしにお手伝い出来ることはありますか?」
真剣にそう仰ってくださるお嬢様の、口元のクリームを拭きながら私は少し考える。
「でしたら、少々お手伝い願えますか……?」
***
「ふふ……上手くいっているわ」
知恵里は教会から与えられた【聖女】用の部屋でほくそ笑む。
教会は、教会施設の新たな【結界】を張り直した知恵里を、教会の関係者達は数百年ぶりの【聖女】の再来として歓迎した。
神社の娘として神事に関わることには慣れている。巫女として市長の目に映る機会もあり、自分がどのようにすれば“それらしく”見えるのか計算も出来ていた。
そのおかげで教会関係者達はコロリと知恵里を次期聖女として扱ってくれた。この世界は一神教で、現代の血で血を洗う宗教闘争に比べれば、そんなことをしたこともない純粋な信者など良いように転がすことが出来た。
今回は【聖女ヒロイン】用の汎用イベントを利用した。
本来の【ゲーム】では、二十代以上の大人攻略者の好感度が高いと、悪役令嬢であるカミラが単独で起こす事件だった。
カミラは学院の生徒や教会関係者を籠絡して襲わせ、女神から【神託】を受けたヒロインによって襲撃に失敗したカミラは学院を追われることになる。
それを知恵里はカミラを誘導し、シャロンとそのパートナーである“神白”という少女に使用した。ただそれだけではゲーム通りに失敗に終わる可能性がある。それをさせない為に知恵里は信者達を裏から煽って襲わせることにしたのだ。
所詮は悪役令嬢で神託のないシャロンに、これを回避する術はないのだから失敗はないだろう。
知恵里も二人の命を奪いたい訳ではない。そもそもそんな度胸もない。ただ、男達に数日も監禁されれば、淑女としての純潔は怪しくなり、攻略者からの好感度は著しく下がる。ただそれで充分なのだ。
ゲームでは教会に正式なダンジョン随伴の依頼もあるが、ゲームでは誰も受けることなく、近衛騎士であるアンディが随伴するはずだ。巻き込まれたアンディは勿体ないとは思うが、知恵里のターゲットは、教師であるエリク・マルソーと聖騎士エリアスだから大きな問題はない。
後は全ての罪をカミラに押し付ければ、無事に次のイベントである【魔物大発生】に進めるはずだ。
今はアリバイ作りの為に教会にいるが、そろそろ学院に戻っても良いかもしれない。
ゲームでは、付き纏われていたエリク・マルソーがカミラを疑い、被害者のヒロインが騎士のアンディとエリクを伴って現れ、カミラを断罪する。
だが被害者は誘拐されているのだから、罪を問うのは【神託】を受けた知恵里だ。
知恵里がエリクと、アンディの代わりにエリアスを連れて行けば、公爵令嬢であろうと罪を問うには充分だろう。
神託はなくても、教会から次期聖女と言われている知恵里の発言なら、充分【神託】を受けたと言い張れるはず。
「さぁ早くエリアスを説得しなくっちゃっ」
*
「どうして誰も居ないのよっ」
普段は教会からほとんど出ないはずのエリアスがどこにも居なかった。
知恵里が学院に戻ると、学院の生徒がダンジョンで何者かに襲われたという話で騒ぎが起きていた。どうやらイベントは順調に進んでいるようだが、その犯人を説明しようにも一緒に断罪するはずのエリクの姿がどこにも見あたらない。
断罪に必要な二人がどうして揃って見つからないのか。
他の講師達に聞いても何故か教えてくれず、かと言って犯人であるカミラに近づく訳にもいかず知恵里はほぞを噛む。
「私は何も知りませんわっ! 公爵家であるわたくしに無礼ですわよっ!」
そんな声が聞こえて知恵里が振り返ると、悪役令嬢であるカミラが数人の近衛騎士に講堂へ連行される場面だった。
(イベントが始まってるっ!?)
このイベントは、神託を受けたヒロインが居なければ始まらない。自由度の高いゲームの性質上、証拠があれば始まることはあるが、一体誰が証拠を出せるというのか。
「い、入れてくださいっ」
知恵里がそう言うと、講堂の入り口を警護していた近衛騎士が講堂に入れてくれた。
知恵里は気付いていなかったが、これは公爵家の不祥事にもなる事件で、王国としては裏で処理するか、よほどのことがないと無かったことにされる。
ゲームではジョエル王子の教育として学院内で処理することになり、もちろんそんな場面には、貴族家の子息子女でも入場を認められるはずもなく、いくらゲーム補正のある【ヒロイン】でも、当事者でなければ入場を認められる訳がなかった。
「カミラ。あなたは自分がしたことを分かっているか?」
「ジョエル様っ、何かの間違いですっ! 何か証拠があるのですかっ!?」
ゲームと現実で多少の差違はあるが、この場面は見たことがある。
この後、裁判を任されたジョエル王子は、証人として攻略対象者と【ヒロイン】を呼び出す。
(どうしてっ!? 私はここにいるのにっ)
「では、証人をここへ」
(っ!?)
その場に現れた“証人”達に知恵里は目を見開く。
そこに現れたのは、襲撃されて誘拐されたはずの侯爵令嬢シャロンと、彼女のパートナー候補であり、この世界ではフルーレティと呼ばれる二人の少女だった。
それだけでなく、シャロンは学院の制服ではなく可憐なドレスに着飾って、近衛騎士であるアンディにエスコートをされていた。
フルーレティもメイド姿ではあったが聖騎士エリアスがエスコートしており、講師のエリクも若干顔を引き攣らせながらも随伴していた。
「………」
美男美女の登場にその場にいた全員が息を飲み、知恵里でさえ言葉を失う。
講堂に集まっていた学院関係者や騎士達は可憐なドレス姿のシャロンに見蕩れていたようだが、ごく少数の者だけは気付いていた。
目立たぬようにシャロンの後ろに立つフルーレティの“笑顔”の圧力に、その場が支配されていたことを。
その異様な雰囲気の中で、少し緊張した面持ちのシャロンが凛とした態度で前に出て“犯人”を指し示す。
「わたくし、シャロン・ド・ミシェルは、ダンジョン内の襲撃の罪により、カミラ様とチエリ様のお二方を告発いたしますっ!」
ヒロイン達の計画は結構ガバガバですね。
次回、女神からの干渉。
それと私もカロリーはもういりません。




