25 二人
お嬢様成分多め。
「れ、レティが……っ! どこに、早く」
「落ち着いて、シャロンっ」
ダンジョンにおいて、掛け替えのない友達であるメイドのフルーレティが転移の罠に掛かり消えてしまった。
その光景に取り乱すシャロンをアンディが必死に宥め、彼も慌てたせいか彼女を呼ぶ時、昔のように呼び捨ててしまったことに気が付いていなかった。
「フルーレティ嬢にはエリアスも付いている。彼はこの国で最高の騎士だ。きっと大丈夫だから」
「そ、そうですわね……」
シャロンもその事実と、フルーレティの強さを思いだして少しだけ落ち着きを取り戻す。それに彼女は『ずっと一緒にいる』と約束してくれた。奇妙な性格であるとは思っているが、フルーレティが約束を破るような人ではないことはシャロンが一番良く知っているつもりだ。
(……言われたのはいつでしたっけ?)
フルーレティとの“約束”。友達になる。ずっと側に居る。それを約束したのはいつだったのだろうか?
それをした場面の記憶が思い出せないのに、明確な【絆】だけが確かに心の中に存在していた。
「しかし、どうしてこんな浅い階層に転移の罠が……。シャロンは聞いたことある?」
「……いいえ、ございませんわ」
シャロンはアンディの声にそれどころではなかったと思い直す。もしそれを思い出せていたらフルーレティの正体に少し気が付けたかも知れないが、『まぁレティだから』であっさりと意識の外に流した。
「転移の罠は、同じ階層に飛ばされる。この階にはあの二人に勝てるような凶悪な魔物もしないし、この階なら地図も購入しているから探せるはずだ」
「え、ええ……そうですわね」
「……シャロン?」
アンディは、先ほどとはまた違った雰囲気でソワソワとするシャロンに、何かあったのかと声を掛けた。
「……なんでもございませんわ」
「でもシャロン、」
何か言いかけてアンディはようやく自分の言葉遣いが昔に戻っていることに気付く。
「申し訳ありません、シャロン嬢。私は……」
「い、いえ、違うのですっ。その私も懐かしく思って……その…嬉しかったのです」
最後に少しだけ俯いて頬と耳を赤くするシャロンに、アンディも直視し続けることが出来ずに視線を逸らした。
ツッコミ不在の弊害である。
「コホンッ、……早く二人を探しに行こう。ダンジョンの地図は……ゲンキ君?」
話の流れを戻そうとアンディがようやくあと二人の同行者――中学生組の存在を思いだしたが、
「あら……彼らは?」
「あ、セイ君っ!」
少し離れた通路に中学生組の一人、セイが倒れているのが見えた。慌てて駆け寄ると気を失っているだけで大きな怪我もない。アンディが気付け薬を使うと、朦朧としているようだが目を覚ましてくれた。
「セイ君、どうしたんだっ? ゲンキ君は?」
「あ、……そうだっ、何か急に眠たくなって……すみません。良く分かりません」
セイが言うには、転移の罠で二人が飛ばされたところまでは覚えているらしい。その後に急激な眠気が襲ってきて、アンディ達に起こされたようだ。
「ゲンキ君はどこに……」
ゲンキの姿だけがどこにも見あたらない。記憶を思いだしても彼が転移に巻き込まれたはずもなく、そもそも彼は後方でシャロンの隣にいたはずだった。
「……もしかしたら、あいつ、一人で先に行ったのかも」
「なんだってっ」
ポツリと漏らしたセイの言葉に、アンディとシャロンの顔が青くなる。
ダンジョン地図の管理や罠の発見は、【探索スキル】持ちのゲンキの役目だった。そんな彼は、罠の発見が遅れ、二人を転移させてしまったことを後悔して責任を感じ、単独で探しに行ったのかと二人は思った。
「僕に止められると思って眠らせたのかも……」
「すぐに後を追おう。彼の実力だとこの階層で一人は危ない」
「はい、アンディ様っ」
三人は焦る気持ちを抑えつつダンジョンの部屋を見て回る。
たった一階層と言っても馬鹿には出来ない。古いダンジョンは深い階層を増やすだけでなく、徐々に階層ごとの面積も広がっていく。実際にこの第三ダンジョンの階層面積は円形で野球場ほどもあった。
「【アイスジャベリン】っ!」
ここ最近の特訓の成果か、シャロンの魔力制御は格段に向上していた。いまだに一つの魔術に込める魔力には無駄な強弱はあるが、力任せの範囲攻撃しかできなかった頃に比べれば雲泥の差である。
『ギュオッ!!』
「今だっ!」
「【スラッシュ】っ!」
氷の槍で動きが鈍ったオオトカゲをアンディが抑え、セイが【剣技】スキルで斬り倒した。
この階層の敵なら三人でも問題なく、盾役のアンディがわずかに軽傷や軽い毒を受けることはあったが、シャロンの覚えたばかりの神術でも治療出来た。
「あ、ありがとう」
「い、いえ……」
そんな場合ではないが、色々と不慣れな二人では仕方ない。
「アンディさんっ、シャロンさんっ! 向こうに何か落ちていますっ」
「あ、ああ、わかったっ!」
オオトカゲを倒した通路の先に何か落ちていた。
この世界では誰も気にしないが、ダンジョン内に放置された物はアイテムでも遺体でも時間が経つと消えてしまう。一説ではダンジョンに吸収されるとも、スライムが食べてしまうとも言われているが定かではない。
そんな場所に何か落ちていたと言うことは。
「これは……」
「ああ、多分ゲンキの装備です」
落ちていたのはまだ新品の短剣だった。他の探求者の可能性も無くはないが、ここまで来られる探求者なら予備の武器でもある程度は使用しているはず。
「この奥だ。急ごう」
もしかしたら魔物に襲われたのかも知れないと二人が通路の奥へと進むと。
「シャロンっ!」
「きゃっ」
物陰から飛来した矢をアンディが盾で弾き飛ばす。
「誰だ、出てこいっ!?」
ダンジョンにはゴブリンやコボルトのように道具を使う物が居る。だが、それらが使い物は探求者から奪った物や使い回しが多く、先ほどの矢のような新品の矢などほとんど見かけない。つまりは。
「人間……ですか?」
「そうらしいな……」
アンディはシャロンを庇うように盾を構え、シャロンもアンディを援護する為に震える手で杖を握り直した。人相手は初めてなのか、セイも青い顔で剣を指が白くなるほど強く握る。
「シャロン、灯明の魔術は使えるか?」
「はいっ」
シャロンが【灯明】と呼ばれるふよふよ浮かぶ光の玉を通路の奥へ放つ。
多少魔力過多の灯明は通路を照らし出し、シャロンの魔術を打ち消すことが出来なかったのか、通路の影から数人の人影が飛び出してくる。
「何者だっ、こんなことをして、」
「煩いっ! あんたみたいな疫病神のせいで悪いことばっかりよっ!」
「……え?」
その者達は一般的な探求者の装備と覆面をしていたので、通り魔やダンジョン専門の強盗かと思っていたが、そのリーダーらしき女性の罵声を聞いて、シャロンは聞き覚えがあるような気がして首を傾げた。
「私が何か……」
「あんたが居なくなれば全て上手く行くのよっ! ……えっと、聖女様の為にあの女を倒すのよっ」
女は何か突然、取って付けたような理由を言って周囲の仲間達を煽った。
「「「女神様と聖女様の為にっ」」」
数人の男がメイスを構えてジリジリと前に出ると、シャロンを庇いながらアンディは少しずつ後退する。
アンディは、彼らが口走った言葉や胸にある聖印を見て、女神の狂信者かと考えた。教会とは関係なく、神の名の下に殺人を繰り返す狂信者は稀に居るのだ。そう言う者達は喩えこちらが降伏したとしても命を奪われかねない。
相手は5人。せめてもう一人いれば……
「さあ、いよいよ、あんたの命運も、」
ポン。
「……え?」
突然背後から肩を叩かれ、間抜けな声で女が振り返ると、そこには華のような可憐な黒髪の“メイド”が、ゾッとするような満面の笑みを浮かべていた。
***
ただ今、○○○の○○を蹴り倒して、大量の○○を注入して○○○をさせておりますので、少々お見せ出来ない状況で満面の笑みを浮かべるフルーレティにございます。
「レティっ!」
「ただ今戻りました。シャロンお嬢様」
涙目で飛び込んでくるお嬢様があまりに可愛らしいので、思わず抱き上げてクルクル回った後で抱擁させていただきました。
「わたくし、子供ではありませんわっ」
「申し訳ございません。お嬢様成分が不足しておりまして、禁断症状が出ただけでございます」
「わたくしから何が出ていますのっ!?」
嫌ですねぇ。淑女の口から言わせたいのですか?
「フルーレティ嬢、やはり彼らは……」
私が例の女を○○しているうちに、他をあっさりと無力化させたエリアス様がお戻りになりました。やはりという事は【教会】の関係者と言うことですね。
「それと、その女性は?」
「顔見知りでございますよ」
先ほどの○○女は、ミシェル侯爵家ヨアン君付き侍女のミーアでした。
ミーアはお取り潰しになったバルラ伯爵家の縁者でしたね。お嬢様が居なくなれば、また侯爵家を牛耳れるとでも夢見ていたのでしょう。
今は本当にやばい程のおクスリを注入しましたので、へらへらと涎を流しながら目を開けて夢を見ているようですが。
ちなみにゲンキ君もあの覆面の中に紛れていました。
「ゲンキ……」
「……ゲンキ君、何故こんな事を」
「ぼ、僕は、カミラ様からシャロン様が悪いことをしていると言われたから、仕方なく……」
セイ君とアンディ様が沈痛なお顔で尋問すると、ゲンキ君は怯えた顔でそう呟く。でも、どうしてあなたを倒したエリアス様でなく、私に怯えているのですか? 私がミーアにしたことを目撃でもしましたか……?
まぁその記憶は後で処置するとして、どうやら彼はカミラ様に唆されたようですね。
「その割りには、随分と積極的に襲ってきましたね」
「……っ」
私の呟きにゲンキ君がビクッと身体を震わせる。私の目にはゲンキ君が積極的にお嬢様に危害を加えようとしているように見えました。
私はふと思い付いてゲンキ君の耳元でそっと囁く。
「カミラ様に籠絡されましたか……?」
その瞬間、ゲンキ君のお顔が真っ赤になりました。『女教師と男子生徒、放課後レッスン』。何故かそんなタイトルが浮かびました。
意味は分かりませんが、お嬢様のお耳に入れる訳には参りませんね。
「エリアス様、アンディ様。こちらの男性達をお任せして宜しいですか。ミーアとゲンキ君はこちらでお預かりいたします」
「こちらとしては助かるけど、それでいいのかい?」
「ええ、構いませんわ」
エリアス様の言葉に私は軽く頷く。へたに彼らを犯罪者として突き出しても圧力が掛かるかも知れませんからね。
「君達はどうするんだ?」
アンディ様がお嬢様を心配そうに見る。……おや、お二人に何かありましたか?
「もちろん、学院に戻ります。色々とすることがございますので」
ただで済むと思わないでくださいね。
それとゲンキ君は、それほど元気が余っているのなら、寮監様のお相手でもしていただきましょうか。
予告詐欺。学院まで辿り着きませんでした。
寮監様は馬車が怖くて最近若い男の子を街に買いに行けてないそうです。
次回、学院で罠を張ります。




