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23 策謀

比較的シリアス。



 

 アルグレイ王国第二王子ジョエル付き護衛騎士、アンディ・ド・メルシア。彼には九歳下の弟が居て、その同じ歳の幼なじみとも言える少女が居る。

 彼女はアンディが騎士見習いの頃からの先輩で先任の王族護衛女性騎士であるキリアの一人娘だった。

 キリアが侯爵家に嫁いだこともあり、同じ侯爵位の子息であるアンディは少女を本当の妹のように可愛がっていた。

 その関係が壊れたのはいつの頃からだろうか。

 少女の母であるキリアが、事故とも言えない事件により亡くなった頃からだろうか。キリアの後を継ぎ、ジョエル王子の護衛となって逢える時間が無くなった頃だろうか。それとも弟のカールが少女に反発して仲違いしたからだろうか……。

 いや、心の中では分かっている。

 幼くして母を亡くした少女が貴族の矜持を示し続けたことでジョエル王子の婚約者候補の一人となる、その姿に眩しさを覚えたからだ。

 彼女がもっとも優しさを必要としている時に、側に居てやれなかった疚しさもある。 ひとつひとつの理由ではなく、その全てが絡み合い、次第に疎遠となるうちに少女は誰にも頼ることなく孤独になっていった。

 孤独は孤高となり、貴族として気高く有り続けようとする少女に掛ける言葉さえも無くして、もう彼女は王族の婚約者候補なのだからと、昔のような関係に戻ることは諦めていた。

 

 そんな彼女がある日を境に変わった。

 それはジョエル王子や少女が【パートナー】を異世界から召喚した時から……正確に言えば、異世界から来た黒髪の少女が、彼女のパートナーになってからだ。

 いつか切れてしまいそうな張り詰めた雰囲気は鳴りを潜め、年頃の少女のような柔らかな雰囲気を纏うようになった。

 貴族としては以前の姿が正しいのだろうが、人を寄せ付けない氷のような印象が消えて朗らかに笑うその姿に、今までの彼女を知る者ほど驚愕し、その笑顔に魅せられた。

 気が付けばアンディもその姿を自然に目で追うようになっていた。

 そして初めて気が付いた。

 自分が彼女を目で追っていたように彼女も自分を目で追い、視線が合うと驚いたように視線を逸らして、潤んだ瞳で頬を染める。

 その姿に……アンディは少女が、幼い妹のように思っていた子供ではなく、一人の美しい女性であると気が付かされた。

 

 

「やあ、アンディ。久しぶり」

「……エリアスか。珍しいな」

 そんなある日、アンディに友人である聖騎士・エリアスが尋ねてきた。

 年齢も近く実力では上であるのだが、どこか浮世離れしたエリアスはどこか放っておけなく、エリアスもそんなアンディを友人として頼りにしていた。

 信心深く教会の虎の子である彼は、王国の騎士とは一線を画す存在である。そんな滅多に教会から外に出ないエリアスがどうしたのだろうと思っていると、エリアスは普段から常に浮かべている笑顔をわずかに苦笑に変えて口を開いた。

 

「実は、少し気になっている女性が居るんだ……」

 

   ***

 

 本日は学院がお休みなのでシャロンお嬢様と一緒に、王都東にある第三ダンジョンこと『お塩ダンジョン』に赴いております。

「……ねぇレティ。それって逆ではありませんこと?」

「ですが、住民の皆さんは正式名称が“第三ダンジョン”であることすら知らない人が居るのです」

「確かに私達も、お塩にはお世話になっておりますけど……」

 そう言う訳で本日はダンジョンにて金策でございます。

 侯爵家と和解し資金提供も受けるようになりましたが、公的資金のみでの運用は色々と制限を受けますので、ある程度の裏金も必要になるのです。

「何故か、悪いことをしている気分になりますわ……」

「その予算の大半は、お嬢様の“甘いもの”に消えている訳なのですが」

「わたくし、そんなに食べていませんわっ!」

「……そうでございますね」

「言いながら、二の腕プニるのやめてくださるっ!?」

 

 私が毎日のようにスープの如くとろみが付くほど甘い飲み物を自然に出しすぎたせいで、お嬢様の目方が平均より少々はみ出てしまいました。

 まぁ、元々おやつを食するほど余裕がなかったせいかお痩せでしたし、増えたと言ってもその大部分が胸部に回されているので、それほど深刻ではございません。

 

「魔法を使うとカロリーが消費されますので頑張りましょう」

「ダンジョンでダイエットするほど深刻ですの!?」

 お嬢様が愕然としたお顔でご自分の脇腹のお肉を指で摘む。

 ダンジョンの前で上着の裾をお捲りになったせいで、そのチラリと見えた肌色に、近くにいた男性探求者達の視線が集まり、私はそっとそれを止めさせた。

「慌てても婦女子たるもの、簡単に柔肌を曝してはいけません」

「……っ!」

 私の囁きにお嬢様は真っ赤になって裾を戻された。

 そんな可愛らしいお嬢様に、若い男性探求者のみならず、探求者ギルド出張所の職員達もお耳がダ○ボさんになられておいででした。これはいけませんね。お嬢様がいくら可愛らしくても、お嬢様をそんな卑猥な視線に曝しておく訳には参りません。

 ここはメイドである私がお嬢様の代わりに恥をさらしましょう。

 

「お嬢様、私は所謂、BとCの中間でございます」

「レティっ!?」

 私の発言に男性達の視線が一瞬で私に集中する。元々中学生でございますので、これでも“ある”ほうなのでございますよ。ついでに先ほどお嬢様が疑問になられたことも補足しましょう。

「ダンジョンに潜る理由はダイエットではございません。私より2サイズ上の下着が使えなくなってきましたので、その買い換えを、」

「何を言っていますのっ!?」

「君は何を言っているんだっ!?」

 

 耳まで真っ赤になったお嬢様にまたスリッパでどつかれました。ところでツッコミがもうお一人居たようですが、どなたでございましょう?

 

「アンディ様っ!?」

「や、やあ……」

 突然現れたアンディ様はお嬢様に微笑みかけて、そっと視線を外す。

「アンディ様?」

「いや、すまない、シャロン嬢。なんでもないんだ……」

 せっかく誰のことかぼやかしてお話ししたのに、何故かまたお嬢様に視線が集まっていますからね。アンディ様も気を抜くと“そこ”に視線が言ってしまわれるのでしょう。男性とは不便な生き物です。

 まぁそんな事はいっさい顔に出ない男性もいらっしゃいますが。

 

「お久しぶりです。フルーレティ嬢」

「これはこれはエリアス様。ご丁寧に痛み入ります」

 あの教会の聖騎士様、エリアス様でございました。互いに朗らかな笑顔で挨拶をしてから私はふと疑問を口にする。

「エリアス様はどうしてこちらに……?」

 私がそう言いながら彼の後ろにチラリと視線を向けると、エリアス様は思い出したように背後の男子生徒二名を振り返る。

「ジョエル殿下から教会に依頼がありまして、パートナー候補の彼らをダンジョンに慣れさせるお手伝いをしているのです」

「やぁ、神白さん」

「こ、こんにちわ」

「はい、お久しぶりにございます」

 

 地球から一緒に召喚された男子中学生ですね。

 確かお名前は……。まぁそうですね。この国の経済はダンジョンに依存している面もありますので、その貴族のパートナー候補である彼らは早めにダンジョンに慣れるのは良いことでございます。

 お二人のお顔が若干赤いのは、先ほどの会話を聞いていたのでしょうか。健全(・・)な男子中学生ですからね。お嬢様はともかく、私と会話する時に少しだけ顔から視線が下がるのは譲歩いたしましょう。

 それにしても、教会の神術使いが居れば怪我の心配もなく、意義は理解しましたが、どうしてエリアス様のような【聖騎士サマ】が派遣されたのでしょう?

 

「シャロン嬢。その……良かったら私どもと一緒にダンジョンに潜りませんか?」  「は、はい、アンディ様……」

 

 疑問に思う暇もなく、いつの間にか、向こうでお話しが纏まっていたようです。

 

   *

 

「神白さん、その武器凄いよね。僕も持ってみていい?」

「どうぞ」

 私が【オークキラーEX】を手渡すと、セイ君は持ち上げられずにトゲ棍棒を床に落とした。

 結局私達は六人でダンジョンに入る事になりました。稼ぎが減りそうですが、そこは後でアンディ様と交渉いたしましょう。

 男子生徒お二人は、セイ君とゲンキ君でした。もちろん覚えていましたよ。

 セイ君はクラス男子の纏め役の一人で、もうお一人のゲンキ君は会話をした記憶はありませんが、どこかお嬢様の弟君を彷彿とさせる可愛らしい方で、今は一生懸命、シャロンお嬢様に話しかけておられます。

「これは……重いね」

「どれ……」

 セイ君の横からエリアス様がトゲ棍棒を持ち上げる。さすがでございますね。それでも片手では無理があったのか、少し顔を顰めて両手で握り直してからジッとトゲ棍棒を見つめた。

「凄い武器だけど……」

「問題ありましたか?」

「……いや」

「ははは、女子の神白さんに簡単に持たれると自信なくすなぁ」

 セイ君は良い子ですね。同じ歳の男子に良い子はないと思いますが、こうやって簡単に空気を緩められる方は感心いたします。

「セイ君はリア充ですね」

「……それ、面と向かって真顔で言われると褒め言葉じゃないよね」

 

 いえいえ、メイド長から真顔で“リア虫”と呼ばれた私よりマシでございます。

 

「フルーレティ嬢、ありがとうございました」

「いえいえ」

 エリアス様が私にトゲ棍棒を返しながらそっと私の手の甲に触れる。

「今度、是非ともあなたに相応しい武器をお贈りさせてください」

 私に相応しい? チェーンソーとかでしょうか。

 

 

「気をつけてくださいっ! 罠がありますっ」

 

 私とエリアス様を先頭に戦闘して進んでいたところ、突然、ゲンキ君からそんな警告がありました。

 彼のスキルは【罠探知】とかの探索系でしょうか。それは大変素晴らしいのですが、出来れば私が踏む(・・)前に言って欲しかったですね。

 

「レティっ!」

 私の足下に発生した魔法陣にお嬢様の悲鳴が上がる。

 効果範囲はおそらく私とエリアス様を巻き込む程度です。それでも大人しく罠に嵌る必要性を感じませんので、素早く後ろに下がろうとしたところ、その手をエリアス様に掴まれた。

 

 

「転移ですか」

「そのようだね」

 気が付くと私達二人はお嬢様から離れてダンジョンの一室に二人きりでした。

 このダンジョンに転移の罠はありますが、最下層のみで私達が居たような中層には存在しません。珍しいですね。

「エリアス様、先ほどは何故に私を巻き込まれましたので?」

 私と同様に彼ならばあの罠から脱出出来たはずです。私の質問にエリアス様はいつものようにニコリと微笑む。

「ごめんね。君と二人きりになりたかったから……かな」

「そうですか」

 私達は互いに微笑み合うと、どちらからともなく一歩下がり、エリアス様は緩やかに剣を抜き、その切っ先を私に向けた。

 


「君は……何者かな?」



 

次回、聖騎士サマの思惑。


メイドさんを心配してもいいのですよ。

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― 新着の感想 ―
マズいな! 聖騎士様がナイスショットされてしまう!
[一言] 聖騎士さま負けるな、君がここでやらかしたら、世界の終わりが来ます!!!
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