22 会食
「カミラ様、頼まれた物を購入して参りましたわ」
「……そう。ご苦労様、シャロン」
銀髪の美しい少女が入室し、テーブルの上に裏路地にあった怪しい薬剤店から購入した品を並べると、豪奢な赤い髪の女性――カミラが一瞬目を細めてから、ニコリと微笑んでその品を受け取った。
「この程度のお使いに、随分と時間が掛かりましたね」
「も、申し訳ございませんっ」
カミラの冷ややかな言葉に少女が慌てて頭を下げて、長い睫毛を揺らした。彼女達は公爵家と侯爵家と言うだけでなく幼い頃から面識もあるらしい。
貴族の令嬢としての高い矜持を持つカミラを、少女はその気高さを見習おうと目標にして頑張ってきた。
「まぁ、シャロンはあまり出来が良くないのだから、私に恥をかかせるのではありませんよ」
「は、はい……」
喩えそれがきつい言葉だとしても、それは自分の為にわざわざ言ってくれるのだと、少女は純粋すぎる心でそう信じていた。
そんな少女にカミラが唇の端を上げて、揶揄するような声を漏らす。
「ところで……あのメイドはどうしたのかしらぁ?」
「あの……レティ…いえ、フルーレティのことでしょうか……」
「そうよ、本当にシャロンは愚図ね」
少女を不機嫌そうに責めながらも、カミラは羽根の扇子を広げて愉悦の笑みを隠すように言葉を続ける。
「少々辺鄙な場所ですから、偶に野蛮な者が現れるかも知れませんが、まさか護衛も付けずに行った訳ではないのでしょう?」
「いえ……その、」
講師が社会勉強として頼む“お使い”なのだから、護衛などがゾロゾロと付き添っては意味がない。故に頼まれた生徒と侍女一人程度で出かけることが、“お使い”の暗黙の了解になっていた。
「まさか侯爵家のあなたが、侍女と二人で出掛けるなんてしませんわよね? 彼女が異世界人で有効なスキルを持っていようと、あなたは下級貴族とは違うのですよ。……もしかして、あの子が怪我でもしたのかしらぁ?」
何処か期待をするような声音で少女に詰め寄ると、少女は少し困った顔をしてチラリと視線をずらした。
「レティは……その」
銀髪の少女――お嬢様が困ったように私を見る。
「私はこちらです」
「きゃああああああああああああああっ!?」
今、私、あなたの後ろにいるの……。こっそり後ろから耳元で囁くラヴリーメイド、フルーレティにございます。
「あ、ああ、あなたっ、いきなり人の後ろに回るなど、無礼ですわよっ!」
「いきなりではありません、カミラ様。シャロンお嬢様の後について入室し、お使いの品をテーブルに並べたのは“私”でございますよ」
「え……」
カミラ様はご自分の記憶を探り、先ほどまで認識出来なかったモノが私だと理解して愕然となされていました。
ですがまぁ、気配を消すだけでなく、透明の蜘蛛糸で視覚情報も多少弄っていましたから仕方ありませんね。
あの裏路地でお嬢様とついでに私が襲われ、仕方なく撃退し、お嬢様のお優しさで襲撃犯を再起不能寸前で捕らえることが出来ました。完璧な正当防衛でございます。
そこで少々お嬢様の目を盗んで尋問なるモノをやってみたのですが、とある下級貴族の下働きの一人から情報を受けたと言って、その下働きはすでに解雇されているとか、完全なトカゲの尻尾切りでございました。
それでも流れは連想は出来ますけど。
「あなた、何故無事ですのっ?」
「何故……と申されても、特に困ったことはありませんでしたから。もしかしてカミラ様は、あの場所で危険があるとご存じでしたか?」
「な、何を言っているのっ! あのような場所なのだから、下賤な者が居るに決まっているでしょうっ」
「そんな場所に学院の講師様が“お使い”に?」
「シャロンは上級貴族の人間ですっ。人を使って身を守るに決まって居るではありませんかっ!」
「なるほど、ではこれで用は終わりですね。この内容を学院や王陛下にご報告しなければいけないので、それでは失礼を……」
「こ、このようなことで学院や陛下を煩わせるなど許しませんっ! いくらパートナー候補とは言え、あなたのような無礼者はすぐさま牢に入れて、」
「おっと、その前に、薬剤店の店主様からカミラ様にお届け物がありました」
私がやけに毒々しいピンク色の液体が入った瓶を差し出すと、カミラ様の目が大きく見開かれた。
「店主様に少々“お話し”して戴きましたところ、とあるご令嬢が定期的に購入なされている強い“おクスリ”があるようで、ダンジョン下層から出る苔を使用する為、これ程の量でも数ヶ月かかったそうですよ」
「あ、あなた……」
「とても“良い”お薬ですね。どなたがご購入されているのか存じませんが、良いご趣味でいらっしゃる」
「…………」
「私もこのような物を持つのは恥ずかしいので、学院に提出しようかと思っているのですが、どうなされますか? 私が学院に提出しますか? この場で講師であるカミラ様にお渡ししますか?」
「……私が受け取りますわ」
「では、代金はすでに払われておりましたが、私の手数料をお願いします」
私が手数料とその他諸々の諸経費の請求書を差し出すと、カミラ様のギョッとしたお顔をなされた。
「こ、この、」
「リース公爵家に直接お持ちしても?」
「………払うわ」
「ありがとうございます」
請求書と言うよりも要求書なのですが、少々大人しくして貰いましょう。お嬢様がおろおろしてらっしゃいますが、ご安心ください。
「カミラ様、なにも一方的なご負担を押し付けようとはいたしません」
私が先ほどの瓶よりかなり小さい香水瓶を取りだし、そっと差し出す。
「なによ、これ……」
「効果は倍……と言えば分かりますか?」
「………」
カミラ様は一瞬瞳を輝かせると、先ほどとは違う真っ赤なお顔でその香水瓶をひったくるように懐にしまい、お嬢様のお使いは円満に終了しました。
ちなみにあのおクスリの用途は、18禁なので説明は省かせていただきます。
その数日後、お嬢様は数週間前より予定のあった、ジョエル殿下とのご会食となりました。
「やあ、シャロン。今日は一段と綺麗だね」
「あ、ありがとうございます、ジョエル様……」
お嬢様がお綺麗なのは当たり前でございます。本日のお嬢様は軽く髪を結い上げた、ノンショルダーマーメイドラインの真っ赤なドレスです。
身体のラインが出るのでお嬢様は恥ずかしがっておられましたが、その恥ずかしがるお顔が良いのです。と言ったらスリッパでどつかれましたが、ジョエル様の視線は釘付けです。ある一点に。
幼い頃より婚約者候補のお一人であったお嬢様ですが、二人きりでの会食は初めてだそうです。お嬢様がちょっと本来の美しさをお見せになっただけでこれですから、ジョエル様はホント、ダメダメです。
今回は学生同士の個人的な会食と言うことで室内には、お嬢様とジョエル様の他に、お嬢様のメイドである私と、ジョエル様の給仕をする年嵩の侍女が二人、後はジョエル様の護衛として近衛騎士隊長のアンディ様がいらっしゃいました。
アンディ様はドレス姿のお美しいお嬢様を見て、一瞬眩しそうに目を細めていらっしゃいましたが、お嬢様の一点を見て気まずそうに頬を染めて視線を逸らしました。
このムッツリスケベ。
ですが仕方ありませんね。お嬢様が身体のラインが出る大人っぽいドレスを着るのは初めてでいらっしゃるし、アンディ様にしてみれば、妹のように思っていた少女の艶やかな姿に見惚れるなど、かなり背徳感があるのでしょう。
その背徳感が燃えるのですね。わかりますよ、このムッツリスケベ(おやじ臭)
「そうだ、フルーレティ嬢も一緒にどうかな? 君はシャロンのメイドになったようだけど、彼女の【パートナー】でもあるんだから」
唐突にそんなことを言い出したジョエル様が、お嬢様にも声を掛ける。
「少し緊張しているようだね。彼女が隣にいればシャロンも安心出来るのでは?」
「え……その…」
まぁ、お嬢様が緊張なされているのは事実です。会話の想定になかったのか、お嬢様が困ったお顔で斜め後ろにいる私を見上げる。
おそらく最初から計画にあったのでしょう。お二人で向かい合って会食のはずが、そのお隣にも席が用意されていたのですから。
けれど、それは一つではなくお二人分用意されていました。
「「………」」
チラリと殿下に視線を向けると、変わらぬ笑顔のままでジョエル様はチラリと視線を横手に向けた。……なるほど。
「ありがとうございます、ジョエル様。ですが私はメイドの身です。出来ましたら、もうお一人、男性が居ると良いのですが」
「ふむ。そうですね。では……」
ジョエル様は白々しく辺りを見回すと、この室内にもうお一人しか居ない“男性”に声を掛ける。
「アンディ、私達と一緒に食事をしてくれないか?」
「は……私めが、ですか?」
話の流れ的に薄々気付いていたのか、アンディ様が困ったように眉を顰める。
「ジョエル様、私は護衛です。護衛が一緒の席にいては殿下をお守り出来ません」
「ここは学院で、この部屋には信頼置ける者しか居ない。アンディも侯爵家の嫡男だ。一緒に食事するのに問題はないよ」
「ですが……」
そうは言っても普通は問題はありますよね。そんなお堅いアンディ様にジョエル様がまた私に視線を寄越す。
「この中で一番信頼の浅い者は私ですね」
「レティっ!」
私の発言にお嬢様が驚いて声を上げた。
「ですから、アンディ様がご一緒に席について見張ってくださらないと、私がお二方と同席する訳には参りません」
思いっきり詭弁ですが私の言葉にジョエル様が深く頷く。
「女性を待たせるものではないよ。アンディ」
「……かしこまりました」
「そうそう、二人は幼なじみだったね。私が席をずらそう。フルーレティ嬢ともあまりお話し出来なかったからね」
「恐縮です。ジョエル様」
私が頭を下げると、ジョエル様の侍女二人が隣の椅子を引き、ジョエル様と私が席に着く。そうなるとどうしようもなくなったのか、アンディ様が小さく溜息を付いてお嬢様の正面に腰掛けた。
「アンディ様……」
「久しぶりです、シャロン嬢。……その、綺麗で驚いた」
「っ! ……あ、あの……ありがとうございます……」
「…………」
「…………」
何故か二人ともお顔を赤くして食事もせずに黙り込んでしまいました。
ジョエル様もその年嵩の侍女様達もどこかニヤニヤして、私はとりあえず四人分の食事を胃に収めているとジョエル様がこっそり声を掛けてきた。
「(こういう趣向だったんだが、お気に召したかな?)」
どうやらジョエル様はお二人のことをある程度理解しているようですね。
「(そうですね。評価をマイナスからゼロに戻しておきましょう)」
私がナプキンで口元を拭いながらそう言うと、ジョエル様がガックリとテーブルに突っ伏した。
「(今日は君の評価を得られただけで満足しておくよ)」
何でしょう。良く意味が分かりませんね。
それとは別にジョエル様から忠告と言いますか、一つお言葉がありました。
「令嬢達の様子も少々おかしいが……。とある公爵家が教会の一部と接触しているらしい。君もシャロンの身の回りに気をつけてくれ」
ジョエルは元からシャロンを嫌っていません。彼女が婚約者となるのなら拒否もしませんが、シャロンの気持ちが自分に向いていないことも薄々気付いています。
メイドさん視点ではダメダメですが、自分の周りを見ることが出来る少年です。
次回、教会の思惑。




