21 茶会
本日は朝からお茶会の準備でございます。
ボッチであるシャロンお嬢様にお茶会をする相手などいるのか。……などと愚かなお考えの方もいらっしゃるかと思いますが、お嬢様は招待状を戴いておりました。覚えていらっしゃいますか? ふふふ、私はもちろん覚えていましたよ。忘れるまでは。
「れ、レティ、服装はこれでいいのかしら?」
「もちろん、良くお似合いでいらっしゃいますよ」
お嬢様はご学友である子爵のご令嬢からのご招待で、これから“初めて”のお茶会に向かうところなのです。
本日の装いは、シンプルな形状ながらお嬢様の魅力を最大限に引き出せるよう胸元にたっぷりと余裕を持たせたワンピースをご用意させていただきました。
お嬢様には色々と可愛らしい服装をしていただきたいのですが、ところがお嬢様は、身体の一部が肥大化しておりますので、既製品だとなかなか似合う物がございません。
どのくらいサイズが無いのかと申しますと、アパレルの店員に『チッ』と舌打ちされるくらい大きいのでございます。
「……レティ、また変なことを考えていますわね?」
「人の格差について思いを馳せておりました」
「まぁっ、レティは高尚なことを考えていますのねっ」
世界で一番、高尚なことでございます。
「ようこそ、シャロン様。お越しくださりありがとうございます。フルーレティさんも今日はよろしくお願いします」
「お、お招き預かり、してもよろしくてよっ」
さすが人見知りのお嬢様です。テンパって挨拶になっていないところが素敵です。
「ささ、参りましょう」
「……え、あ、はい」
私に促されると、少々機能停止していた子爵令嬢が、再起動して案内していただけました。
彼女は私がクラスで同じグループとなった、リニエロ子爵令嬢、クラリス様でございます。お嬢様がご実家に戻る前にお誘いを受けていましたが、その真意はまだ読み取れません。
「やあ、シャロン君、フルーレティ君」
「こんにちわ、シャロン様。……神白さん」
貸し切りにされたテラスでは先にお二方が席に着き、お茶を愉しんでいらっしゃいました。
「ごきげんよう、マルソー先生、チエリ様……」
またあのお二方ですね。マルソー先生はご機嫌宜しいようですが、チエリ嬢は持病のシャクでも痛いのか、少し眉を顰めていらっしゃいました。
「……フルーレティさん、座って下さいね?」
席に着いたお嬢様の後ろに普通に立っていましたら、クラリス様が少し困った顔で私にも席を勧めてくださいました。
「申し訳ございません。私はシャロンお嬢様のメイドでございますので、お嬢様と同じ席に着く訳にはまいりません」
そう言って頭を下げると、何故かお嬢様が少し寂しそうな顔で私を見上げる。
「レティ……わたくしからもお願いしますわ」
「ですが……」
「ではお願いではなく命令にします。わたくしと同じ席に着きなさい」
「お嬢様……」
命令とは言いつつ、お嬢様はこんな私めにお気を使ってくださったのですね。
「では遠慮無く」
よっこらせ、とお嬢様と同じ席に座る為、私はシャロン様を跨いで対面座位でお嬢様の太股の上に乗る。
「そう言う意味ではありませんわっ!?」
スパン、と久しぶりにスリッパでどつかれました。
「そう言えば、シャロン君は、神術を覚えられましたか?」
「……え、あの、まだですわ」
さすがは年の功と言うべきでしょうか、私が普通にお嬢様の隣の席に腰を下ろすと、全員が唖然としている中で、マルソー先生が何事もなかったように話しかけてこられました。
「以前、授業でも言いましたが、神術は魔力制御の訓練に丁度良いですから、頑張って下さいね」
「は、はい」
「先生っ、私も【浄化】を覚えました。すぐに【結界】も使えるようになってみせますから」
突然、話に割り込むようにチエリ嬢が、先生に教えを請う可愛い優等生のような口調で身を乗り出した。
「でも一人だと……。私は先生に、」
「あら、何かありましたの?」
さらに続けようとしたチエリ嬢の言葉を、クラリス様が微笑みながら話に割り込み、邪魔をされたチエリ嬢の口元が一瞬だけ引き攣る。
そんな雰囲気を知ってか知らずか、マルソー先生は穏やかな笑みを浮かべた。
「教会から神術を使うように、チエリ君が頼まれたのですよ」
「まぁ、だから【結界】を……? 教会で何かありましたの?」
わずかに目を細めるクラリス様に、今度はチエリ嬢がマルソー先生の腕に軽く触れるようにしながら、クスッと嗤う。
「それは秘密ですのよ。ねぇ先生?」
なにやら奇妙な空気で、女子対応力の低いお嬢様が怯えていらっしゃいました。
まぁ、私には関係ございませんので、硬直している子爵家侍女の代わりに、お嬢様にあま~いキャラメルミルクティを煎れていますと、空気を読んでいるのか読まないのかマルソー先生が話題を変える。
「そうそう、教会ではフルーレティ君にエリアスが話しかけていたね。彼が女性に興味を持つなんて珍しかったから驚いたよ」
その発言に、チエリ嬢の肩が微かに震えた。
あの銀ぴか鎧の騎士様ですが、あの後も、やたらと私に話しかけてきましたね。後日バラの花が届きましたので、即日バラジャムに加工いたしました。
「女性に興味がない? つまり男性に興味があると?」
「いや、そうではなくて……」
「そんな彼と先生はお友達で……」
「やめて」
なぜかマルソー先生の顔色が青くなり、それとは逆にクラリス様が素敵な物語でも聞いたかのように頬を染めていました。
「いや、彼はね……」
「そのお話、わたくしにも聞かせて欲しいわ」
この世界の人達は他人の言葉を聞かない風習でもあるのでしょうか。貸し切りになっていたはずのテラスの戸が開くと、二十代前半と思しき、真っ赤な髪の美人様がいらっしゃいました。
「……カミラ様っ」
「リース先生っ」
クラリス様とチエリ嬢の声が同時に響く。
そうそう、もちろん覚えていますよ。マルソー先生と同じ魔術学院の講師で、公爵家令嬢のカミラ・ド・リース様でいらっしゃいます。
「クラリスさん。マルソーを呼んでおきながら、わたくしに声を掛けないとはどういうことですの?」
「申し訳ございませんっ」
ガツガツと掛けられる圧力に、クラリス様が慌てて頭を下げる。
「リースさん、あまり生徒を責めないで…」
「いやですわ、マルソー。私たちは同僚なのですよ。ちゃんとカミラ…と、名前で呼んでくださいませ」
場を収めようとしたマルソー先生に、カミラ様がしなだれ掛かるようにそう言って、彼の脚を指先で撫でた。
さすがにチエリ嬢とは年季が違いますね。
確かカミラ様は公爵家の三女で、学院の講師をしていらっしゃいますが、先輩であるマルソー先生を呼び捨てにしたり、かなりはっちゃけた女性のようです。
「そこのあなた、エリアスと知り合いなのですか?」
カミラ様が見下すように胸を反らしながら私に問う。残念ですね。お嬢様のほうがご立派ですから。
「カミラ先生は巻き毛が豪奢で素敵でございますね」
「あら、そんな言葉では誤魔化されませんわよっ」
それでも満更ではないのか、真っ赤な縦ロールを指先で弄りながら、口元の端をわずかに上げた。
私はそれを見てポンッと手を叩くとお嬢様を振り返る。
「レティ?」
「お嬢様、本日のおやつは“チョココロネ”にいたしましょう」
「何を見て連想しましたのっ!?」
***
あの一言により憤慨したカミラによって、結局お茶会はそのままお開きとなり、誰にも見えないように知恵里はそっと息を吐く。
今回は非常に“濃い”お茶会だった。何しろ、メインヒロインである子爵令嬢に、それどころか二人も“悪役令嬢”がいたのだから。
このゲームの悪役令嬢は三人。シャロンが広範囲に浅く拘わる悪役なら、あのカミラは大人組を攻落する時に出てくる凶悪な悪役だ。
ゲームで何度も見ていたはずなのに、画面越しではないリアルの彼女は、思っていたよりも強烈だった。
今日はイベントだと思って無理矢理マルソーに付いてお茶会に参加したが、メインヒロインもシャロンを呼び出したりと何を考えているのか分からない。
あれらを同時に敵に回すのか、と溜息を付きたくなった知恵里だが、やはり問題はあの神白だと考える。
あれだけの威圧感を持っていたカミラに、顔色一つ変えずに無視するような根性は、知恵里にはどうやっても無理だと思った。
(やっぱり、あいつを先に排除しないとダメね……)
「リース先生……少しお耳に入れたいことがあるんですが」
***
「ねぇレティ、これは何処で買えばいいのかしら?」
本日、お嬢様と私は街までお買い物に出掛けております。お嬢様がお見せくださったメモを見て、私は少しだけ眉を顰める。
「これは、裏路地のほうにある店舗でございますね。私が買い付けますが」
「いけませんわっ、これはカミラ様がわたくしに頼んだものです。私が向かわなければなりません」
学院では、講師が生徒にお使いを頼む場合がございます。
これは講師が個人的にお願いするお使いと言うより、あまり平民に関わらない子息子女の社会勉強と言った側面もあるそうです。
それでも侯爵令嬢であるお嬢様には、あまりそう言うことを頼む講師は居なかったのですが、相手があのカミラ様なら断れません。
「出過ぎたことを申しました」
「いいのですよ、レティ。その……頼りにしていますわ」
最後に少しだけ頬を染めてそう小声でデレるお嬢様は可愛らしいのです。
「よぉ、嬢ちゃん達、こんな場所に護衛も付けずに来るとは、」
「ナイスショット」
「レティっ!?」
裏路地に入ってすぐに現れた男にトゲ棍棒をご馳走すると、お嬢様がとても驚いた声を上げた。
「お嬢様を驚かせるとは、ふてぇ輩でございますね」
「そうではありませんわっ! いきなり何をしていますのっ?」
「はて?」
こんな場所で“らしい”台詞を吐く輩など、最終的に結果は同じでございますよ。
「ああ、締め上げて情報を聞き出すのですね? 申し訳ございません」
「それも違いますわ……」
先ほどの男は、最大限の手加減をしましたが、両手で脚の間を押さえてピクピクと痙攣しておりました。これでは情報を聞き出せません。
ですがご安心ください。彼は一人ではなく、その後ろにも数人の男達が怒りとも怯えともつかないお顔で、刃物を出していますから。
「このアマ、調子に乗りやがってっ!」
「浚うのは無しだっ! 痛めつけてやれっ!」
浚う、ですか。ただの営利目的なのか、それとも誰かに頼まれたのか。
私が【オークキラーEX】を本格的に構えると、それを見たお嬢様が、私のメイド服の袖を指で摘む。
「やっつけてもいいけど、あの、な、“ナイスショット”はいけませんわっ」
「ふむ」
お嬢様はお優しいですね。お嬢様のお顔が青くなったり赤くなったりしています。それにまともに打ち上げるとお話が聞けなくなりそうです。
「かしこまりました」
私は彼らの一人に近づくと、刃を向けてきたその男の足をトゲ棍棒で掬い上げ、地に倒してからパターショットのように【オークキラーEX】を打つ。
ぐぎょぶ。
「ナイスバーディ」
「ぐえっ……」
私の軽い一撃に、男が気絶も出来ずに油汗をダラダラ流して、顔を土気色にして震えていました。
「さあ、お嬢様のお優しさに感謝してもう一発……」
「違いますわよっ!?」
大丈夫でございます、お嬢様。まだボールは残っていますから、背後関係をお話して貰いましょう。
意識を残してあげるなんて、メイドさんとお嬢様は優しいですね。
次回、メイドさんに迫る敵意。




