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20 接敵

 メイドさんは自分のことを、ちょっと他とは違うラヴリースパイダーだと思っております。


 



「神の御心のままに……」

 教会とやらで、シャロンお嬢様は無事に“神術”というものを教えていただきましたが、その後ろで控えていた私に、中年の神官がそっと一枚の“紙”を差し出した。

「金貨10枚ですか」

「今回の【解毒】は、貴族様でしたら嗜み程度にご習得なさるものです。授けて下さる女神様の慈悲に感謝いたしましょう」

 神術を覚えるには“お布施”が必要になります。要するにこの神官が言いたいのは、『貴族なら必要だろ? この程度の金額、さっさと払え』ですかね。

 金貨10枚。日本円で約100万円です。

 今は多少の余裕はありますが、お嬢様の予算を預かるメイドとして、無駄遣いをする訳には参りません。

「一般の方だと、この金額は大変でしょうね」

「女神様の“奇跡”を承るのです。皆様、喜んでお布施を納めてくださいます」

「さきほど外に出た男性は、金貨三枚と仰っていましたが」

 私がそう言うと、神官の頬がピクリと動いた。

「……貴族様が平民と同じ額しか納めないと言われるのは、醜聞が立ちましょう?」

「そうですね。大事なお嬢様に、変な噂が立ったら困りますわ」

「ええ、そうでしょうとも」

 私の言葉に神官はどこかホッとしたように頷いた。人間は、無表情で視線を逸らされずにいると、不安に感じるみたいですね。

「ところで神官様。女神様に仕える聖職者様が、婦女子のある一点(・・)を見つめるのは、また奇妙な噂が立ちそうですわね」

 その一言に中年神官の笑顔が固まる。

「……何の…ことでしょう?」

「いいえ、何もありませんわ。お嬢様はお美しいので、こちらに来るまでの間も、男性達の視線を集めてお困りのようでした」

 歩くだけで揺れてますから。

「……それは、お困りでしょうね」

「もちろん一般の方なので、私どもも露骨でなければ煩くは申しませんわ。一般の方でしたらね」

「…………」

「お優しい神官様。出来れば、お嬢様に、当たり障りのない神術をお教えいただけますか? 金額はこのままでも構いません」

「………分かりました」

「なにもタダとは申しません」

 私が数枚の“写し絵”を差し出すと、神官はそれをチラリと見て大事そうに懐にしまわれ、私達はニコリと微笑み会う。

「「神の御心のままに」」   

 

 お嬢様は親切な神官様から、追加で【治癒】系を教えていただけるようです。

 ちなみに写し絵とは、魔道具で撮られた“白黒写真”のようなもので、新聞にも使われておりまして、魔術学院にも数点ございました。

 何故か偶然ですが、おクスリでちょっとアレな表情の、アキル嬢とヒナ嬢の写し絵が私の懐にありました。不思議ですねぇ。(ゲス思考)

 

「レティ、わたくし、【治癒】と【強化】を教えていただけましたわっ」

「さすがでございます」

「でも、わたくしに扱えるかしら……」

 喜んでいたシャロンお嬢様の顔がお曇りになる。

「それを制御する魔術制御をお勉強する為に、神術を覚えたのですよ。お勉強いたしましょうね」

「わたくし、頑張りますわっ」

 ちっちゃく拳を握りしめるお嬢様は大変お可愛らしいのです。

 

 それにしても……おかしな視線を感じますね。

 この教会内に入ってからも、あの女神像とやらから若干の圧力を感じますが、それとはまた別の圧力を感じました。

「ねぇ、レティ」

「なんでございましょう」

 お嬢様が何か愉しいモノを見つけたかのように、微笑みながら私の耳元で囁く。

「あちらの騎士様、レティのことを見つめていらっしゃるわ」

 言われて視線を向けると、銀ぴかの鎧を着た二十代半ば程の騎士様が居られました。彼はお嬢様と私が来た時も居ましたね。その後に出掛けられたようでしたが、また戻ってきたのでしょうか。

「お稚児趣味ですかね」

「レティ……」

 お嬢様が残念そうなお顔で私を見る。おっと、そうでしたね。こちらの世界では、貴族ならば十代の半ばであれば立派な淑女です。私も稚児という年齢でもありませんが、たわわなお嬢様ならいざ知らず、どうして私を見ているのでしょう?

 ……おや?

「お嬢様、マルソー先生をお見かけしました」

「あら」

 

 魔術学院講師、エリク・マルソー様です。彼が現れると先ほどの銀ぴか騎士様が、笑顔を浮かべて駆け寄って行かれました。

「男しょ……」

「レティっ!?」

 失敬。天使のようなお嬢様にお聴かせる内容ではございません。

「あら、あの方は……」

「もう一人、いらっしゃいますね」

 マルソー先生の後ろに小柄な女性がいらっしゃいます。小柄と言っても180センチを超える先生や騎士様と比べてなので、私と同じくらいはありますか。

 長い黒髪に、細い銀縁の眼鏡。地球から来た中学生組のクラス委員長。名前は……

 

「やあ、シャロン君、フルーレティ君、君達も来ていたんだね」

 マルソー先生がこちらを見つけて笑顔で声を掛けられました。あの騎士様もそうですが、マルソー先生もお顔立ちが整っておりますので、女性参拝者達から暑苦しい視線を集めておられます。

「ごきげんよう、マルソー先生」

「お久しぶりでございます」

「……フルーレティ君は、もう少し授業に出てくれると嬉しいんだけどね。ああ、そうそう、チエリ君も来ているんだよ」

「こんにちは。……神白さん」

 

 ああ、チエリ嬢でしたね。もちろん覚えていましたよ。

 確かご実家が神社の娘さんでしたか。その細い銀縁眼鏡の奥から、若干神経質そうな切れ長の瞳が私を射る。

 もちろん、委員長のあなたが、私に何もしなかった(・・・・・・・)ことも覚えていますよ。

 

 チエリ嬢は私から視線を逸らすと、それまでの冷たさが嘘のように、マルソー先生に柔らかな笑みを向けた。

「先生、少しご挨拶させてください」

「ああ、構わないよ」

 チエリ嬢はニコッと微笑んで、お嬢様の前に歩み出る。

「お話しするのは初めてですよね……? シャロン様」

「え、……ええ、そうですわね、チエリ様」

 さすが、人見知りのお嬢様です。同年代の同性に話しかけられて、内心ドッキドキで表情がなくなっていらっしゃいます。

 チエリ嬢はそんなお嬢様に、ほくそ笑むような笑みを浮かべてさらに近寄る。

「私、ずっとお話ししてみたかったのですよ。これからよろしくお願いしますね」

「は、はい」

 チエリ嬢から握手を求めるように手が差し出されて……

 

 パシッ。

「……レティ?」

「………」

 チエリ嬢と、思わずそれに応えようとしたお嬢様の手が触れる前に、私がお二人の腕を掴んで止めた。

「失礼いたします」

 ポカンとするお嬢様と私を訝しげに睨むチエリ嬢に、私はそっとお二人の腕から手を放し、お二人の二の腕をタプタプとプニプニさせた。

「良し」

「“良し”じゃありませんわっ!?」

「…………神白さん」

 

 そんな呆れた視線を向けられましても、お嬢様の視線以外は嬉しくありません。比較したプニプニ具合からすると、まだお嬢様のダイエットは必要ありませんね。

 

「私からもご挨拶させていただけないかな?」

 あの銀ぴか騎士様が、お嬢様と私に笑顔と声を向けてくる。

「初めましてシャロン様。私はエリアス・レーヴェと申します。お見知り置きを」

「え、ええ。シャロン・ド・ミシェルですわっ」

 膝を付いて、お嬢様の手に軽く唇で触れると、お嬢様がテンパって高飛車な感じで挨拶を返されました。

 それはいつも通りなのですが、彼はメイドである私の前でも膝を付き、両手で私の手を取ると、まるで神にでも祈るようにゆっくりと唇で触れた。

 

「可憐な淑女(レディ)よ。どうか私に名をお聞かせ下さい」

 

   ***

 

(……忌々しい) 

 

 知恵里(チエリ)は中学から少し離れた神社の一人娘として生まれた。

 けれど、知恵里は幼い頃から神を敬うような心を持てず、神職とは職業の一つで神社とは神を扱う商売の一つだと、割り切って生きてきた。

 そんな自分が、この世界に召喚されて【神術の才】というスキルを得たのは、何かの皮肉かと思ったものだ。

 

 知恵里は自分のことを合理的で神経質な性格だと自覚している。クラス委員長となったのも、内申書の為であると同時に、それ以上に自分より愚かな者に管理をさせるのが我慢出来なかったからだ。

 だから、クラスで疎外されている女子生徒がいても、あからさまに無視をした。

 自分が管理するクラスの中で、たとえその少女に責が無かろうと、知恵里が管理する和を乱すような存在を許せなかったのだ。

 

 クラスの女子達は男子の格好が良いとか浮ついた話を良くしていたが、知恵里はそれに共感出来なかった。自分はいずれ神社の跡を継ぐ。それならば相手の男性はこちらのやることに口を出さず、他の仕事に就き経済力のある大人の男性が良いと、小学生の頃から合理的に考えていた。

 だが現実では、子供である自分にそんなシチュエーションはない。けれど、知恵里が大人の男性と恋をしたがっていると勘違いをした従姉は、彼女に“乙女ゲーム”を与えてしまった。

 

 光と闇と恋のオンライン2――恋のミルフィーユ。

 

 シリーズ物のオンラインオープンワールド・シミュレーションゲーム。些か地雷臭の漂う名のゲームであったが、知恵里は嵌ってしまった。

 それは、仮想世界で“大人と恋をする”ことではない。

 子供である自分が、大人達を魅惑し籠絡して愛に狂わせることに、ある種の快感を得てしまったのだ。

 

 このゲームでは攻略出来る大人は、公式には、近衛騎士隊長の青年と魔術学院講師の二人だ。知恵里ももちろん、ゲームではこの二人を集中的に攻略してきた。

 攻略系のゲームでは情報こそが一番の武器になる。

 そしてこの世界に召喚された知恵里は、いち早くゲームの世界であると気付き、自分の持つ情報を秘匿した。

 他にも必ずこのゲームを知る“ヒロイン”が存在するはず。他のヒロイン達に見つからず、この世界を自分の都合の良い状況に変えるように、知恵里は静かに行動を始めた。

 

 嬉しい誤算があった。このゲームには、一人のプレイヤーが一定以上の人数を同時攻略することで、特別な【隠しキャラ】が出てくる事がある。

 この現実のような状況で、多人数同時攻略は難しいと考えていた知恵里だったが、彼女が得た【神術の才】により教会に呼ばれ、その人物と遭遇出来たのだ。

 最強の聖騎士、エリアス・レーヴェ。何かしらのフラグにより、この世界に【外敵】が発生した場合、ヒロインとエリアスが協力してそれを倒すのだ。

 

 その見目麗しい美貌の聖騎士が、あの苛められていた女子に跪き、手の甲に口付けをして熱い視線を送っていた。

 許せない。その位置は自分の場所だ。

 

 その女子生徒は異世界に来てからかなり性格が変わっている。もしかしたら苛めがなければ、それが彼女本来の性格だったのだろう。

 彼女が悪役令嬢シャロンのパートナーになったと聞いた時は、あぶれ者同士お似合いだと考えていたが、もし彼女がゲームのことを知っていて、それでもシャロンのパートナーとなったのなら、彼女が最大の敵になるかも知れない。

 その証拠に、シャロンに接触系の感知魔法を掛けようとした瞬間、彼女に二の腕をタプタプされて魔法を消されてしまった。

 

 自分の邪魔をする者は絶対に許さない。彼女とシャロンをこの世界から排除しようと知恵里は静かに決意した。



 

 自分から蜘蛛の巣に。


 次回、メインヒロイン参戦?

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― 新着の感想 ―
またこんな自称ヒロインちゃんが…………。 このクラスの女子はみんな恋ミル中毒なんだろうか?
[気になる点] >クラス委員長となったのも、内申書の為であると同時に、それ以上に自分より愚かな者に管理をさせるのが我慢出来なかったからだ。 > だから、クラスで疎外されている女子生徒がいても、あからさ…
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