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2 箱庭

 第一話の文字数が6666文字でした。

 

 



 こんにちは。フルーレティでございます。

 頭に掛かっていた靄が一気に晴れたようで、気分爽快です。

 私はまだ脳みそがフリーズしているらしいお嬢様にニッコリと微笑んでから、お嬢様の横手に移動する。

 もちろん真横ではなく、お嬢様より一歩下がっておりますよ。

 

「…ちょ…ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっとぉおっ!?」

 

 ようやく再起動したお嬢様は、壊れた蓄音機並みの性能でぎこちなく振り返ると、ようやくその可愛らしいお声を聴かせてくださいました。

「ど、どうして、あなた、…えっと…」

「フルーレティにございます」

「ふ、ふるーれてぃ…」

「呼びにくいのでしたら“レティ”で。ああ、そう言えばお嬢様のお名前を伺っておりませんでした。お許し下さいませ」

「わたくしは、シャロン・ド……ではなくてっ、あなた、どうして、わたくしの横にいますの!? お嬢様ってっ!?」

 バタバタと高速手話の如く手を動かすシャロン様に、私はドゥドゥと肩を軽く叩いていなしながら、ニコリと微笑んだ。

「もちろん、それは、私がシャロンお嬢様にお仕えしたかったからですわ。私ではご不満でしょうか?」

「そ、そんなことないわっ! わたくしはっ、」

 

「待ちたまえ、シャロンっ」

 

 その時、私と可愛らしいお嬢様との心温まる主従が決まるのを邪魔する、ゲス野郎様の声が響いた。

「ジョエル様っ」

 シャロン様が驚くように振り返る。

 悠然としたその立ち振る舞いとその手の趣味の人にモテそうな嘆美な風貌は、少し困惑気味なのを差し引いても、まるでお伽話に出てくる“王子様”のようでした。

 今更ですが、建物の造りや服装などを見ると、この世界の文明は中世か近代中世くらいでしょうか。電気を使わない灯りが宙に浮かんでいるのを見るに、魔術による召喚魔法で呼ばれたみたいです。

「少々待ってほしい、シャロン。その者と話をしてもいいかな?」

「……かしこまりました」

 お嬢様の様子がおかしい。しおらしい? 妙に能面っぽい顔で固い声を出していますけど、この方が苦手なのでしょうか?

 それはいけませんね。不肖、このフルーレティ。シャロンお嬢様のために、この下郎を亡き者に……と思いましたが、“様”を付けて呼んでいたところを見ると、下手に手を出すとシャロン様の立場が悪くなるやも知れません。

「お嬢さん、名を聞いても良いかな」

「はい、フルーレティにございます」

 疑問系でない感じが命令し慣れている感じがします。

「私はこのアルグレイ王国の二番目の王子であるジョエルです。フルーレティ嬢……君は、自分の状況を理解していますか? どうしてシャロン嬢に仕えようとしたのです? あなたはこの場で召喚された…」

 

「そうだっ! そんな劣等生に最初にパートナーが決まるなんて、何かの間違いだ!」

 

 今日は何度も会話が邪魔をされますね……。

 次に声を上げたのは、茶色の髪に背の高い少年でした。シャロンお嬢様を貶しただけでなく、その軽薄そうな顔だけで万死に値します。それはそうと、ジョエル様はホントに王子様でしたね。

「カールッ! 止めないか、不敬だぞっ!」

「兄上は黙っていてくれっ! 学院内のことは、近衛騎士である兄上でも口出しは無用だっ!」

 警備していた騎士っぽい人とカールくんが口論を始めました。

 めんどくさいですね……。私はあまり人の顔や名前を覚えるのが得意ではないので、登場人物が一気に増えると面倒で覚えられません。

「その娘にちゃんと説明して、最初から選ばせ直すべきだっ! その女の事を知れば、そんな劣等生を選ぶなんてありえないさっ」

 カールはそう言いながら、私の全身を上から下までジロジロと無遠慮に眺める。

 あまり気持ちの良いものではありませんね。私の親が良いプロポーションをしていたので私もそれなりだとは思いますが、君を喜ばせるためではない。

 それに私のような平均程度の胸よりも、シャロンお嬢様のような特盛りのほうが男性的には喜ばしいのではないでしょうか?

 それにしても、本当にお嬢様の胸部はご立派です。……口には出しませんが。

「お嬢様のお乳はご立派ですね。触らせていただいてもよろしいですか?」

「な、何を言っているのっ!?」

 おっと、本音だけが漏れてしまったようです。メイドとして良くありませんが、それも仕方ありません。男性でも女性でも巨乳美少女を嫌いな人などあり得ません。

 

「お前はいい加減黙れっ! 申し訳ありません、殿下。弟がこのような……」

「むがっ、」

 先ほどの騎士が弟であるカールを床に押さえつけていた。

「いや、カールも言った通り彼も私と同じ学院で学ぶ同級生だ。不敬などではないから彼を放してやってくれ」

「……はい。シャロン嬢も申し訳ない」

 そう言いながらお嬢様に視線を向けた騎士の目が、一瞬呆気にとられたように何度か瞬く。

 それはそうでしょう。私どもの会話までは聞こえていなかったようですが、お嬢様は真っ赤な顔で胸を両手で隠しているのですから。

 それに気付いてジョエル様や他数名が胡乱げな視線を向けてきたので、テンパっているお嬢様に代わって、スカートの裾を摘んでニッコリと笑い、誤魔化しておきました。

 

「……あ、あのっ!」

 その時、放置されていた、召喚された同級生の中から、聖衣くんが手を挙げながら緊張気味の声を上げた。

「僕たち、どうなるんでしょうか……?」

 

「「「……あ、」」」

 

   ***

 

 とりあえず簡単な説明だけをされた地球から召喚された生徒達は、詳しい説明は明日と言うことで、学院にある客室に案内されて休むことになった。

 最初は各人に一室ずつ用意したのだが、先行きが不安な生徒達は二~三人ずつの部屋を希望し、それぞれが今日起こったことをボソボソと相談し合っていた。

 

「ねぇ銀子……私達どうなっちゃうのかな?」

「うん……」

 二人部屋の中で、親友の吹亜の言葉にさすがに勝ち気な銀子も言葉を濁す。

 元の世界に戻る手段はあるのか? この世界で暮らさなくていけないのか? もう家族には会えないのか? 自分達の生活はどうなるのか?

 15歳で成人となるこの世界でも、今年14歳の少女達はまだ子供だ。

 押し潰されそうになる不安に銀子達は、不安から目を逸らすようにどちらからと無く別の話題を探し始めた。

「えっと……神白さんって、あんな子だったっけ?」

「……わかんない。あんまり話したこと無いし。あんな状況の中で、一人で前に出て、あんなに堂々としているなんて……」

 突然人が変わったような同級生の行動に、驚き困惑しつつも、その様子を思い出すと不安がわずかに軽くなった気がした。

「それにねぇ……」

「うん……」

 二人は同時に思い出したのか、揃って同じ疑問を口にする。

 

「「神白さんの下の名前って、あんなのだったっけ?」」

 

 

 不安に苛まれる生徒達の中で、数人の女子生徒だけは同級生に合わせて不安そうな顔をしていながらも、その内側では歓喜の叫びをあげていた。

 彼女達は、この世界が“何か”を知っていた。

 

 乙女ゲーム――【光と闇と恋のライン】。

 その舞台となる世界、【箱庭世界ファンテリア】の【アルグレイ王国】。

 

 そのゲームは10年前、最初に家庭用ゲーム機向けに販売された。

 内容は良くある恋愛ものの乙女ゲームであったが、細かすぎる設定とキャラクターの台詞の多彩さからゲームマニアの間で一時期話題になった。

 内容は、【探求者】であるヒロインが、沢山の攻略対象の間で恋に揺れ動きながら、最後はその人物と新しい国【アルグレイ】を建国して、都市開発ゲームの要素を取り込んだ異色のゲームだった。

 

 発売から三年後、第二弾の【光と闇と恋のライン2】が発売された。

 開発会社が聞いたことのない会社で、第一弾が特に売れたという話も聞かないので、第二弾が出たことをゲームマニア達は訝しがっていたが、その内容はさらにネット上で話題になる。

 ゲームは建国から二百年経ったアルグレイ王国。その王都に新設された【魔術学院】が舞台だった。

 これの内容も、攻略情報が一切役に立たないほどの台詞の多さで、何度でも愉しめると噂になり、前作とは違って学院の授業内容や法整備なども決める内政の要素も含んだ、誰向けの作品か分からなくなる内容だったのだ。

 

 その三年後、第三弾の【光と闇と恋のオンライン】が発売される。

 第二弾もかなり開発費が掛かっていそうな仕様だったが、それが売れたという噂もないのに、今回はさらに金額が掛かっていそうな仕様になっていたことから、開発したのはどこかの富豪が趣味で作ったのではと言う噂がネットで上がっていた。

 今回の異色な点は、文字通りこれが【オンラインゲーム】であることだ。

 某狩りゲームのようにパスワードの決められた部屋に入ることで、最大四人のヒロインが同じゲームの舞台を楽しむことが出来る。

 内容は、さらに二百年経ったアルグレイ国の魔術学院に召喚されたヒロインが、男性陣を攻略するゲームで、友人同士でゲームする場合を除き、攻略対象が被る場合もあってネット上での罵りあいにまで発展した。

 さらにアクションロールプレイングゲームの要素まで取り込み、混沌とした内容のゲームになった。

 

 そして去年の年末に第四弾、【光と闇と恋のオンライン2――恋のミルフィーユ】が発売された。

 これは他に作品を出していない会社がどうしてこれ程の開発費を掛けるのか、意味が分からないほど凝った作りのゲームだった。

 今回もオンラインであり、同時に10名以上が参加出来るものだ。

 舞台はさらに二百年ほど経った魔術学院に、女子生徒八名、男子生徒八名の16人の中学生がクラスごと召喚されるもので、プレイヤーは第一ヒロインである子爵令嬢か、16人の生徒達の中から選ぶことになる。

 このゲームの異色な点は、まず【男子生徒】もプレイヤーキャラとして使う事が出来る点だ。

 おそらくは男性プレイヤーも引き込みたかったのかも知れないが、プレイヤーが男子生徒を選んだ場合は、悪役令嬢を攻略することも、難易度はべらぼうに高いが“男性”も攻略出来ることから、大量の“腐り神”に取り憑かれた女性を引き寄せた。

 さらに異色な点は、この手のゲームには珍しい【3Dオープンワールドゲーム】であり、操作キャラクターもキャラメイク可能で、NPCとなった生徒も、何千種類も容姿と性格が用意されており、それらランダムに生成された生徒も攻略出来る、キチガイじみた自由度で乾いた笑いを誘った。

 

 これらシリーズの一番不思議なところは、これほどの開発費を掛けておきながら、一切の宣伝をしていないことだった。

 ゲーム専門雑誌等の取材も受けておらず、一般人が知らない“ネタゲーム”として、ネット上でのみ有名なゲームなのだ。

 

 そのゲームの世界に、ゲームと同じように中学生である自分達が召喚された。

 ゲームを知っていた数人の生徒は、ゲームとは違って16人ではなく17人召喚されたことを少しだけ疑問に感じたが、それ以上の期待感から、それもすぐに気にならなくなった。

 

 ゲームの攻略対象は、五名+α。(歳は学年時に上がる年齢)

 

 ユーリ・ド・フォン・アルグレイ 19歳。アルグレイ王国、第一王子。

 ジョエル・ド・フォン・アルグレイ 15歳。アルグレイ王国、第二王子。

 アンディ・ド・メルシア。24歳。侯爵家令息。近衛騎士隊長。

 ヨアン・ド・ミシェル。14歳。侯爵家令息。魔術学院4年生。

 エリク・マルソー。27歳。準男爵家。魔術学院講師。

 その他、会話の出来るノンプレイヤーキャラクター。

 

 障害となる悪役令嬢は、三名+α。

 

 エミラ・ド・フォン・アルグレイ。13歳。アルグレイ王国、第一王女。

 カミラ・ド・リース。20歳。公爵家令嬢。魔術学院特別講師。

 シャロン・ド・ミシェル。15歳。侯爵家令嬢。

 その他、一部のプレイヤーキャラクター。

 

 どのキャラを攻略するとしても彼女達が複雑に絡んで邪魔をしてくることになり、正確なルートが存在しないために、彼女達はプレイヤー側から嫌われていた。

 

 このゲームを知っている生徒達は考える。

 一年以内でパートナーを見つけて【攻略】しないといけない。

 だが、自分以外の“誰”か他に【プレイヤー】が居た場合は、攻略対象が被ることや邪魔をされる恐れがあった。

 だから自分が【プレイヤー】であると暴露したりしない。情報は何よりの武器であり隠すことで他の【プレイヤー】を牽制することにも繋がる。

 

 女子生徒の一人、神白と言う少女が悪役令嬢の一人であるシャロンのパートナー候補になったことで、彼女も【プレイヤー】かとも思ったが、それを確かめるために自分から暴露するのも危険だった。

 

 彼女達は笑顔と不安の裏に隠れて、そっと牙を研ぐ。

 そうして少女達による己の意地とプライドを掛けた、恋愛(デス)ゲームが開始された。



 

 次回、フルーレティに迫る悪意の影。


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― 新着の感想 ―
フルーレティかよ!? ああ、でも確かにメイドとか執事とか任せたくなる人材だなあ。
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